天下・百鬼角狩合戦(6/8)
正午。都郊外・北東。
斗貴次郎が空鬼を迎撃していた頃、綱隊ーー。
射貫は天鬼・壱耀との戦闘を続けていた。
壱耀は両手の平で宙に円や十字ゆっくり描くように動かし、また、同時に獲物を狙う狼のように身を低くしたり、攻撃前の熊のように両手を挙げて身を高くしたりする。
これは動きを読まれない為の挙動と構えであるが、腹が出た熊のような巨体がそれを行うので、その圧迫感が恐怖を煽る。
一方、射貫は全身血だらけだった。上半身の防具や着物は全部大破し引き裂かれており、万耀による切り傷もとっくに開いている。
額から目に入る血を鬱陶しそうに拭い、万耀を睨んで目を離さない。
「あわわわ!最初の犬のお坊ちゃんと同じ掌底と切り裂きを兼ね備えた謎の拳……!しかも、お坊ちゃんの方より重くて、隊長の動きを読むのも速い!
このまま打つ手無しじゃ、隊長は出血多量で動けなくなった所を仕留められる!」
射貫の部下・五平が不安を漏らす。
他の隊員たちもじっとしていられなそうだった。
壱耀は眉を上げ、少し関心したように言う。
「ふん。人間にしては魔除け札を使わず、武器だけでよくここまで粘ったもんだ。なかなか根性がある。
だがもう限界だろう?どうする、参ったするか?」
険しい表情のまま槍の石突きを地面に突く射貫。
「俺は負けねえ……。なぜなら百之助が出かけた今……。
この戦場の主役は俺!つまりこの御伽草子の主人公は俺だ!負けるはずがねえ!!」
腰に手を当て、大口開いてガハハと笑う。
五平はワナワナと震える。
「あ・ん・た馬鹿でしょ!隊長でオッサンのあんたが御伽話に夢見てんじゃないよ!」
「さ、30代はまだおっさんじゃない!」
「だまらっしゃい!甲斐性なしのオッサンに主役補正なんてないすっからね!!岳鬼が都に到着する時間も迫ってるんだし真面目にやってくださいよっ!」
「わーってるよ!!悪かったって!!」
余裕そうに背伸びをし出す。
その他愛のないやり取りとピンピンした姿に、「全く隊長は」と部下達の顔が綻び、緊張がほぐれていた。
それに納得いかなそうな新人。
(ここは戦場なのに!隊長も皆も気が緩んでる……!
百之助様が信頼しているし、鬼に真っ向からぶつかる姿に心打たれてこの隊を選んだが、こんな不真面目だなんて……!)
射貫はいきなりしゃがみ込み、三叉槍を地面すれすれの横薙ぎに振る。足元すくいの下段攻撃だ。
縦に飛び上がる壱耀。
巨体で自重が重い相手を足から崩すのはいい案だが、脚力も安定した天鬼の壱耀にとっては大した効果は無い。
追うように槍を下段から上段に振り上げる射貫。
槍を掴んで、引き回してやろうとする壱耀。
それを予め読んでの事か、一旦槍を自分の脇に挟むように引く射貫。
着地の間に出来た僅かな隙。
ここぞとばかりに切っ先を乱れ突く。
「ぉおおおおおっ!!」
(こいつ、血がこれだけ流れてもふらつきもしない……。)
壱耀は脇を締め、腕を立て、顔から体の急所である中心線を守る。
顎や肩に薄く切り傷が入る。朱の塗料の効果で僅かに肉が焼けて煙が出る。
特に大きな損傷を与えられず一旦下がる射貫。
「最後の技が俺の髭剃りとはな!」
壱耀がニヤリと笑ったその時、彼の両腕の二の腕から血が多量に流れ出す。
「な?!」
「元々俺が狙ってたのは中心線の急所じゃねえ。その二の腕に浮き出てた血管さ。
俺の槍は刃が3本に枝分かれしている。つまり槍3本同時に叩き込んでるようなもんだ。
だが外側2本の刃は中央の刃より外側斜めに伸びてて短く、攻撃範囲が浅い。だからアンタは自然とその2本を後回しにしたんだろうが、それが仇になったな!
静脈とはいえ太い血管だけに少しかすっただけで多めに出血し、朱の塗料がその血に反応して酸に変われば、後はご覧の通りよ。」
壱耀は小さな傷が再生されずに、みるみる内に焼けただれて大きくなっていくのを見、意地悪そうに歯を見せた。
「ほお……!で、それで終わりか?!」
大きく乗り出して槍をはたき落す。
しかし射貫は引かなかった。
(槍を失って次は腰の刀か?!)
ではなく射貫も拳で殴って来た。
人間の腕力では鬼の顎など砕けない上、大した痛みも与えられない。
だが、射貫は素早く上半身で円を描くように動き回り、脇腹や顔を執拗に狙ってきた。八重歯を見せ、目を見開き、笑っていた。
(鬼に素手?!腕力じゃ敵わないのは分かってるはず。なのに……。
この突き!形と安定感は悪くねえ!
それに自分が負けないって確信した余裕の顔!人間の癖に!
馬鹿か、アホかっ!コイツっ……!)
壱耀は我慢出来ないと言わんばかりにいきなり噴き出し、ワハハハと豪快に笑い出す。
笑った勢いで平手打ち。
脇から叩かれ、衝撃が内臓に響いて呻く射貫。だが直ぐに持ち直して血を吐き出し、釣られ笑いをする。
「でぇ、次はどうすんだ!?この愉快な人間め!
どっちが知恵が無いか俺の息子と比べたい所だ!」
「どうも!馬鹿で向こう見ずって、上にも下にもよく言われるぜ!」
二人は暫く叩き合い殴り合った。本気で手加減は無かったが、笑い、殺意は無かった。
壱耀は汗を拭ってホッとした笑みを見せた。
「認めたく無いものだな。久しぶりに戦いが楽しいと思えた。
ここ数年は確実に相手を殺す戦いばかりだったからな……。元実様の命で、戦中の人間を圧倒的な力で潰す……。
手抜きすれば俺の一族が不当な扱いを受けたり、最悪は根絶やしにされる。遊びを入れる余裕など無かった。
俺が朱天鬼の遠縁で、小部族の長じゃなければ、お前を殺す勿体無さにこの勝負を次に預けただろう。また戦って笑いたいが為に……。」
「そんなに楽しくやりたいなら断っちまえよ。元実に協力する事なんか。」
古い友人の相談に乗るかのように返す射貫。
「駄目なのだ……。」
「そのお前の一族が元実に虐められるからか?」
「それよりも、鬼が、家族が二度と飢えない為に、人間全部を隅に追い立てねばならないのだ。将来息子やその先の代が、今の俺のように何者かに仕えて『鬼らしさ』を捨てる必要がないように。
だから俺は戦って貴様を……やはり殺さねばならん。」
険しい顔に戻ろうとする壱耀。しかし、射貫は顎に手をやって考える仕草をする。
「えっと整理すると、お前達は本当は遠い親戚とか他の部族と群れずに鬼らしく強い奴と楽しく戦って、十分な土地でちゃんと飯食って、家族と平和に暮らしたいだけなんだな?」
「悪いか?変か?」
「いいんや。ごく普通のいい考えじゃねえか。
ただ、お前達の大将はやっぱ間違ってるぜ。こんなに人間から鬼作って束になって増やして、人間から土地を分捕る為に戦争仕掛けるなんてよ。
それだと今度は人間の家族が飢えて、何十年後かにはお前達のように反旗を翻して同じ事の繰り返しだ。」
「そうならぬように強くあり続けるだけだ……。
で、偽善に目覚めたのか?鬼を殺し尽くしてきた鬼もどきのお前が……。」
「そんなんじゃねえさ。
獄鬼や餓鬼は人間の道を間違って戻れなくなった生きる屍だし、本人じゃどうにも出来ない尻拭きをやってやる為に躊躇無く殺せる。
でもよ、お前みたいな家族や大事な誰かの為に戦う鬼は……なんかって思う。
お前ら話し合いって言ったら拳のグーしか出してこねえし、自尊心強いから仲直りなんてさせてくれなかったがよお、息子好きのお前みたいに、微笑ましい部分見せられると心の底から嫌いになり切れねえ。」
自分の事を言われ、照れ臭そうに壱耀を見る万耀。
「はんっ!出来が良くない子供で、親として情けなくて、余計にアイツが可愛く感じるだけだ!お前らと一緒にするな!」
万耀からそっぽを向き、バシンと自分の腹を叩く。
「前戦った白妙とか言うあの天鬼も沢山殺してそれを楽しんでる、本当に憎らしい奴だったけどさ、最後死ぬ間際の母親みたいな顔だけは……憎めなかった。天鬼はどうもそうみたいだ。」
「……お前に俺らを滅ぼす気がなくても、他の人間は分からん。」
「まあな。
でも、ウチの大将も俺も、先代も、民を守る為に鬼を倒しに出てく事はあったが、お前達を侵略する為にぶつかった事はねえよ。
俺も政治の事はよく分からんが、静かに暮らしたい鬼がいるならそのままでいいじゃねえかって思う。」
「はっ、はははっ!和解など考えてるのか?!」
「それに越した事は無いんじゃね?」
「……それでも、俺達にはもっと広い住処が必要だ。」
「じゃ、素直に土地分けて欲しいっていえば……って、お前達が言えるタマならこんな所でこうしてないよなぁ。
まあ、今約束しても自分が死んでその子供や孫の代と時が移り変わって、いつかは仲良くやろうって気持ちも忘れて、互いの何かを奪わないといけない状況になって、結局繰り返しちまうんだろうなって事ぐらいは俺にも分かる……。
だからこの世は、切ねえよな。そんな仕掛けで回ってるんだからさ。」
射貫は面頬を取って、戦場を見て切なげに微笑む。
壱耀は何も答えなかった。
その射貫と壱耀の様子を見ていた万耀。
(いつもは俺や周りにガツンと言って黙らせるオヤジが……逆に黙った……!こいつ、ちょっとだけ凄い?)
一方、綱隊側。
新人隊員は呟く。
「他のみんな綱隊の為に時間稼ぎで命張ってるのに、無駄話してる場合じゃ……!それに今の怪我じゃこの勝負は負ける。作戦失敗だ……!」
それを聞いた五平が隣に立つ。
「新人君にはそう見えるんすか?
俺はやっと隊長がいつもみたいに『何かを掴んだ』ように見えるんすけどね。」
「和解すると?!鬼がそんな簡単に抱かれ混む訳……!」
貞光の伝令がそれを遮る。急停止する馬。
「大変です!
前線から巨大妖怪接近!こちらに向かって来ます。
体長は岳鬼相当、長い脚が8本……。」
壱耀に手の平で休止の合図をして間に入る射貫。
「まさか『土蜘蛛』か?!」
『土蜘蛛』と聞いて顔を青くする隊員達。
新人隊員も座学で学んだ事を思い出す。
(建国時代、坂上田村麻呂が退治した巨大妖怪!何故そんなものが生きて……?!)
また、後方からワッショイと騒がしくむさ苦しい集団がやって来る。
「鉞、担いだ金太郎〜♪牛を持ち上げ角刈る稽古〜♪
……っと、『天鬼を出せ』と触れ回ったら別の大物も差し向けて来たか。」
首のない美濃太郎を部下と一緒に肩に担いだ兼十であった。
「あっ!テメエ、あの茜の闘牛鬼を倒したのか?!
そんな風に担いで遊びやがって!」
万耀が兼十につっかかる。
「あの娘に一対一の決闘を挑んで勝って貰った体だ。……鬼とは言え女の子を泣かせてしまったからな、こいつだけは用が終わったらきちんと埋葬する。」
「勝った?!一人で……?」
射貫は挨拶に兼十と拳や腕をぶつけ合う。
「兼十!生きてたか!
再会に一杯と言いたい所だが、まずアレだ……。」
「ええ、伝令によれば天鬼を乗せた岳鬼もその後方にいます。
土蜘蛛を蹴散らし、そちらも倒す!」
壱耀は黙って聞いていた。
(土蜘蛛の後ろにいる岳鬼と天鬼というのは恐らく……。)
射貫が見据えた先、無数の死体を踏み蹴散らしながら土煙に霞む8本足の生き物が地響きと共にそこまで来ていた。胴体に付いた8つの黄金の目が輝く。
***
土蜘蛛の後方ーー。
無数の死体の上で動かない岳鬼が一匹。
その鬼が恭しく胸の前で揃えた両手の上に、駕籠が一つ。
入り口の簾が上がっており、豪華な着物を纏った女の鬼が二人見える。額とその上部に角を生やした天鬼であり、双子なのか顔がそっくりだった。
そして、その間には赤黒い甲冑を纏った天鬼がおり、床几に座って寛いでいた。
「胡火岩様ー。本陣から前に出ちゃっていいんですかー。」
「今回の岳鬼は私達が世話してる子なんでー、あれだけ『天鬼出せ、止めろ、勝負しろ』って騒がれて私達が出てくのは分かるんですけどー。胡火岩様は大将だから関係ないじゃないですかー?」
女二人は同じように怠く話す。
胡火岩は二人の滑らかな頬や唇を手で愛でてやる。
「名誉の決闘だの、そんなの受ける気なのか?桃花と紅梅よ。
そんな物を真に受ける時代ではない。しかも人間相手に……。しなくていいように頭使って立ち振る舞えば良いのだ。
『鬼も生き方を変えねば』と、元実も言っているだろう?」
「それってぇー、そういう意味ですかねえー?」
「まあまあ、前線は壊滅、岳鬼ももう少しで都に到着。もう少しで燃える綺麗な花が咲く。
『天から選ばれし鬼』である我ら天鬼は、悠々と高みの見物といこうではないか、鬼を蔑ろにしてきた蛆虫達の最後の悪足掻きを……!!」
そう言って羽扇で扇ぎ、地に響くような高笑いをした。




