番う鬼(3/4)
「それから、村に調査にやって来た三ツ葉様と出会って、角狩衆に保護されて、こうして貞光隊に入った……。」
八重はぼうっと焚き火の火を見つめている。遣る瀬無さが限界にきて、表情筋が動かなくなってしまったかのように、また火の明るさを感じていないかのように、真顔だった。
背中を合わせている夜光は壁で踊る火影を見つめる。その動く影に、冠羽の村の祭りで見た篝火の周りで踊る人々を思い出した。
外は雨が霧のように細い雨粒に変わって降り続いていた。
「お前も……鬼だから同じ所に居れなかったんだな。」
夜光は間を置いてボソボソと話し始める。
「……そうね。」
「……『鬼が自分の一番大切な人を壊した』って前に言ったよな?
その鬼って、攻めてきた赤鬼と、……お前の事でもあったんだな。」
「ええ。」
少し優しく返事する八重。しかし、心の震えは隠しきれていなかった。
「血を飲んで死んだのはその萩ノ助って奴が望んだ事で、仕方ない状況だったって気がする。
八重は悪くないし、萩ノ助もきっと恨んでいない。
寧ろ、今のお前を見たら萩ノ助が悲しむと思う……。」
八重は天井を見上げ、瞳に影を落としたまま微笑む。
「……それでもね、あの人は絵が描くのが好きで……『綺麗な物を一生描き続けてそれを後世に伝えたい』って言う夢があったの……。
私もその夢を支えるんだって思ってたのに、それも奪ってしまったのは変わらない……。
私がもしもちゃんと自分の体の仕組みと戦い方を知っていて、いろはだけに頼らず、最初から上手く鬼達を倒していたら守れたかもしれない……。
でも肝心の鬼の力が出せたのは、全てが壊れて激しい怒りと悲しみを感じた後だった……。」
八重は膝の上に顔を伏せた。
「だから強くなって、角狩のみんなと戦い続けて、誰かを救い続けるの……。償いきれないとしても……。命を落としてでも……。
それが半分鬼として生まれた事への償いだから……。」
夜光は少し唸った。変化したままの為、溜息が獣の唸り声のようになってしまう。
「……八重は俺と同じだ。そう言う所。
自分の弱さが嫌な所……。
でも、自分の全部を嫌いにならないで欲しい。」
「……え?」
「誰かの為に一生懸命戦う中で、傷を負ってしまうのは仕方ない。でも、自分が嫌いだから傷を負ってもいいとか、命を捨てようって気になら、それは良くない……。
死んだら二度と会って触れられない。それは……胸が痛くなるし、その痛みは簡単に消えない……。それはお前も知ってるはず。
その痛みを他の誰かにも与えてはいけないと思う。
八重は、お前はいい奴だ……。俺よりも人間の気持ちが分かるし、本当に何が悪いのかちゃんと中身を考える力がある。
だから今、お前の周りには百之助達とかいろはとかお前を好きな奴が沢山集まってる。
俺も同じ気持ちだ。
そのお前を悲しませない為なら、もっと強くなれる気がする。
どうしたら側で嬉しいって笑ってくれるか、頑張って考えようとも思うし、その為に自分を変えていけるような気もする。同じ半鬼だから分かる事もあると思うから……。
お前にとって萩ノ助が一番であっても……。」
八重は振り返った。夜光もそれを察して振り返った。
二人の目が合う。
八重の片目から涙が流れていた。八重はそれを隠そうと首を前に戻す。
夜光は背中から八重の首にゆっくりと腕を回し、彼女の体を包み込んだ。八重の泣き顔を見ないように、そのまま黙った。
八重は抵抗しなかった。ただ、声を上げて泣き出したいのを我慢した。
夜光の胸の中で泣きたいと言う気持ちが起きても、それを押し殺した。
自分の肩や胸の上に置かれた夜光の腕にそっと触れる。
夜光は牙だらけの顎を開き、舌で八重の肩の傷を舐めた。角ばってゴツゴツした手では上手く摩れず、傷を広げてしまうと思ったからだ。
かさぶたの状態になった痛々しい肩を、長い舌が撫でる。
八重はやっとの思いで冷静な声を出す。それでも震えは隠せなかった。
「本当……馬鹿な子ね……。私の血が体に入ったら、今度は死んじゃうかもしれないのよ?他の鬼みたいに……。」
それでも夜光は舌で傷を舐める事をやめなかった。
八重は首を横に回して夜光の頬に口や頬を寄せた。
二つの体温は、霧雨が土に染み入るように優しく静かに溶け合っていった。
他に何もせず、どれ程そうしていたのか分からない。
夜光が深い微睡みを感じた時、彼の体は青い炎に包まれた。
「夜光?!」
八重は均衡を崩し、夜光の上に倒れ込んだ。
夜光はやっと変化が解け、人間の姿に戻っていた。
夜光に覆い被さる体勢になっている八重。
急な事で二人は暫く呆然としていたが、八重が自分が裸なのを思い出して慌てて離れた。
再び体を隠して背を向けて座る八重。
夜光が上着や小袖を全部脱いで渡す。
「……ちょっと、貴方が着る物が無くなっちゃうでしょ?」
「俺はいい。体が回復するまである物全部着て温めろ。」
八重が夜光の着物を着終わると、夜光はしゃがみ込んだ体勢で振り返る。
細く絞るようにして鍛え上げられた色白の裸体に六尺褌。
その格好で股を大きく開いた蹲踞の体勢になっているので、嫌でも腹筋や股に目が行く。
八重は顔を赤くして目を逸らした。
「八重?どうした?
俺、何か変か?」
「な、何でもない……!」
急にあっ、と声を上げる夜光。
「そうだ。さっき下に着ていたこれも燃えたよな。
いるか?」
夜光はその場で褌を解いて布を体から離そうとする。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬っっっ!!!」
八重は顔から火が出たように更に赤くなり、直ぐに止めさせる。
どうにか見えずに済んだが、その後罵倒されたのは言うまでも無い。
「さ、最低っ!!信じられないっ!!馬鹿じゃないのっ?!」
何故怒られているか分からず、怯む夜光。
「???
要らないなら別にそれでいい……。そんなに何が怖いんだ?」
「色々と考えたらわかるでしょっ、おバカっ!!」
(俺は八重の裸を見ても何も思わなかったのに……。そんなに俺の裸が嫌いなのか……?)
夜光は少しだけ傷付きモヤモヤした。
「……萩ノ助さんのでさえちゃんと見たこと無いんだからっ……!」
小声で叫ぶ八重。恥ずかしさで胸の奥がぎゅっと締められたような気持ちになっていた。
雨が止まぬまま、また日が落ちる。
二人は洞窟で寄り添って眠る事にした。
背中合わせて横になる二人。今度は比較的近い身長だ。
二人は中々眠りに入れず、肩や足をモゾモゾさせた。
お互い起きてる事が分かって気まずくなったのか、八重が呟く。
「……夜光、起きてる?」
「いや。
八重は休め。何かあったら起こしてやる。」
「貴方も戦闘続きで疲れてるでしょ?休んで……。」
八重は少しして口を開く。
「……ねえ、戦いが終わったらお母さんに会いに行ってあげたら?
酒呑童子は殺したって言ってたけど、珠ちゃんがあれは嘘だって言ってたわ……。」
夜光は身を起こす。しかし、浮かない顔で直ぐに横になった。
「でも、好きで母親になって産んだわけじゃない。もう何年も経つし、俺の事なんてもう忘れてる……。」
八重は上半身を起こして仰向けの夜光の顔を覗き込む。八重の黒髪が垂れ、夜光の白い胸板の上で川のように畝った形になる。
「それでも。生きてるかも知れないなら探して会ってあげて……。
死んじゃってからじゃ何にもしてあげられないもの……。」
「分かった。
八重もいつかお前の親父と会って話せるといいな。
俺の親父みたいに子供と戦う事でしか幸せになれないような可哀想な奴じゃないから大丈夫。きっとお前を抱きしめておんぶしてくれる……。」
八重は困ったように微笑む。
「おんぶか……。もっと前に、小さい頃にして貰いたかったな……。
今はもう必要ないもの……。」
夜光八重の髪に手を伸ばす。
「……八重、髪を首に巻いてもいいか?」
「いいわ……。」
夜光は長い黒髪を襟巻のように巻く。
首の温かさに安心し、体から力が抜け、微睡み始める。
顔と顔の距離が縮まり、二人は肩を寄せ合って眠りに落ちた。
<おまけ 夜光&八重>




