番う鬼(2/4)
その後、夜光がここまであった事や、何故に彼女の身包みを剥いだのかを八重に説明した。
八重は夜光が人命救助の為に懸命に尽くしてくれていた事を知り、火が消えたように素直に謝った。
それでも、丸裸で夜光と同じ場所にいるのは気まずいのか、背を向けたままだった。
夜光が何か体を隠す物を探しに行こうとしたが、外が土砂降りの雨になったので八重が止めさせた。
そして今、この焚き火しかない洞窟の中で、二人は背中を合わせて黙って座っていた。
夜光が「体が冷えるから」と言って、抱きかかえようともしたが、恥ずかしがって拒否した為、今のこの姿勢に落ち着いた所だ。
「変化が解けたら、俺が着てる服をやる。それまで我慢しろ。」
夜光が話しかけた時、八重の体が強張って心拍数が上がるのが背中から伝わる。
「……ありがとう。ごめんね。」
先程の慌て様が嘘に思える程弱々しい声。どこか吐息が艶っぽくもある。
再び沈黙する二人。
「傷、痛むか?」
後ろを見ないように気を付け、ボソボソと話しかける夜光。
「少し……。でも、普通の人よりは治るのは早いから大丈夫よ。
貴方よりは遅いけどね。」
何気ない、体調を確認する会話が続く。
今までは八重が夜光に世話を焼いて彼女から尋ねる事が多かったが、今は夜光が八重に話しかけて八重が一言答えるという真逆の立場だった。
「そうか……。
八重も半分鬼だって聞いた。でも、色々俺と違う。
角は無いし、鬼に変化もしない。体も細い。
それに、お前の血は何か特別みたいだ……。」
「……。」
「それから、お前の血を飲んだ時……、髪を縛った男を見た。
そいつは……、お前と……。」
「聞きたいの……?私の事を……。」
八重は顔を上げた。
「……嫌か?」
八重は焚き火の火を少し眺めた後答えた。
「いいわ。
私も貴方の過去を百之助様達から聞いた訳だし……。
雨が止むまで、昔話をしましょうか……。」
***
ーー私のこの複雑な血を説明するには生まれる前の話、まず両親の事を話さないといけない。
私の母、『与紫乃』は巫女だった。
生まれつき強い浄化の力を持っていて、邪なものを払う事が出来たけれど、その清らかすぎる気は、同じ人間からも敬まれ、同時に畏れられていた。
母の力を頼って慕う人は沢山いたけれど、母と対等に話してくれる人は居なかったのかも知れない。同じ人の形をして居ても……。
だからきっと母は、旅に出たのかもね。
自分と本当に分かり合える人に出会う為に。
いろはとは、その旅の途中で出会ったみたい。
いろはのお母さんが殺生石になって長年恨み辛みで苦しんでいた所を、解放して清めて成仏させてあげたんだって。
その後、いろはは深い恩を感じて、お母さんの使い魔になるって自分で申し出たの。
恩義があったとは言え、自尊心の強い九尾の狐が人間に従うのは珍しい事らしいわ。だから私のお母さんに感謝する他に、何か特別な気持ちがあったんじゃないかって気がするの。……あくまでこれは私の憶測だけどね。
それから長い事旅を続けて、母が18になった頃。
母は父と出会った。
父・『蒼』はとある村の近くの山の洞穴に暮らしていた。
父は物心付いた時からそこに住んでたんだけど、子供の頃に鬼であると言う理由で村の人達に酷く疎まれて嫌がらせを受けたせいで、人間の事を嫌っていた。
冠羽のおじ様が隣の村に引っ越して来るまではずっと一人だったみたい。
でもある時、母が偶然村にやって来た。
最初に父に近付いたのは母の方だった。
無口で無愛想だけど、根は優しくて寂しがり屋の可愛い人だと思ったんだって。
それに、父が村のみんなに隠れて、侵略しに来た赤鬼達を退治して守っていた事を知ったの。
例え称賛されなくても、自分の生まれ持った力を役立てて真っ直ぐに生きる。母はそんな父に惹かれた。
父も他の人間と違い、自分を恐れず優しく寄り添って来る母に惹かれた。人に敬われる存在でありながら、同じ人間達と距離を感じ、対等に寄り添える存在を探している所も……父の心に響いた。
巫女と鬼、違う種族であり、人間から見たら清と邪の対である存在。
それでも二人は寄り添ってしまった。
蜜月の時を重ね、母は私をお腹に宿した。
最初はそんな気は無かったみたいで、二人とも驚いたそうよ。
互いに別の種族だから、子を宿せる訳ないと思っていたのね。
母はそれで後悔をしなかった。
でも父は……、親である自分が鬼であるせいで、私が人間に嫌がらせをされて同じ苦しみを味わう事を恐れた。
だから母と話し合った結果、父親が誰であるかを周りに隠して、父は母と私と離れて暮らす事を決めた。
決して姿を見せず、影で一人、私達を守る事を決めたの……。
***
「ここまでが私の生まれるまでの話よ。」
夜光は心がもやもやして何と言っていいか迷っていた。
「父親と母親って奴がどこから現れて、どうしてそこから子供を作ろうと思うのか、俺は良く知らない……。
でも、八重の親は悪い奴じゃなくて、互いが好きだと思える相手同士で、子供の八重の事を一生懸命考えるくらい好きなんだってのは分かる。……俺の親と違って。」
寂しそうな夜光の声を聞いて、首だけ振り向く八重。
「……かも知れない。
でも、私は父に一人で苦しみを背負って欲しく無かった。どんな事になっても3人で仲良く暮らしたかった。そう思った時もあった。」
***
ーーやがて母は私を産んだ。
生まれた私は人間と大差無い姿だった。
人間寄りの姿で生まれたのは、母の血に流れる浄化の力が父の鬼の力を弱めたからじゃ無いかって。でも怒りや闘争心が高まると、眠っていた鬼の部分(細胞)が浄化の血を弱めて、鬼のような力が出てしまう仕組みみたい。
そして鬼や妖怪を殺す私の血も、母の浄化の力から受け継いだ能力らしいわ。
後に角狩衆に入った時にそう説明されたわ。
母はそのまま村に住んで私を育てた。必要な時は人間に化けたいろはが手伝ってくれた。
父は村を守り続けながら、私達から隠れるように暮らした。
毎月食料だけは家の前に置いていってくれたけど、私にも母にさえも会わなかった。子供の私が喜んでいる側で母が何故浮かない顔をしてたのか、今なら分かるわ。
それでもまだ幸せだった。
母が色んな事を教えてくれながら、寂しく無いように愛情を注いでくれたから。
彼女が病気になるまでは……。
母は祓う力が弱くなり、体力も衰えて病にかかりやすくなった。それは半分鬼の私を産んだ影響で、彼女を守ってた浄化の力が無くなって悪い気にあてられやすくなったせいらしいわ……。
母は心配させまいと気丈に振る舞っていたけども、それも出来ないくらい動けなくなっていった。
私が5歳になった頃ー。
後の事を察したのか、母は父の事を全部話してくれた。父が本当は鬼で、私はその血を引いてる事を……。
母は最後に私を抱きしめ、苦しいのに無理矢理笑って、こう言い残した。
「お母さんとお父さんが貴方をずっと見守ってるわ……。だから、元気に、幸せに生きてね……八重。」
そうして母は亡くなった……。
その時、私は父が現れるのを待っていた。こんな時こそきっと来るはずだと。
でも、父は来なかった……。
母を埋葬した後も、私は毎日お墓の前に立って待った。
それでも父は姿を見せなかった。
隠れて側にいる気配だけは何度も感じた。なのに、振り返って呼んでみても、姿を見せないどころか返事もしてくれなかった……。
それ程までに私に会いたくなかった理由は、人間にバレないようにする為だけだったのか……、今でもはっきりと分からない。
母が亡くなってからは、元の生活は出来なくなった。
父にも見捨てられたのだと思って、心が不安定さが重なって鬼の力が人目に付くようになってしまった。
村の子供に鬼だと言われ、嫌がらせを受け、それについ抵抗してしまった時、髪が青く光ってしまったり、力が制御出来なくて物を壊してしまった。
それに、雄の鬼がよく近寄るようになって、いろはと一緒に退治するようにもなった。自分の血で鬼を殺せると分かったのもその時よ。
こんな私の状況を見て、村人は私を「鬼女」だと怖がるようになった。
私は石を投げられ、人間扱いをされなくなった。
鬼の私が人間の胎児化けて生気を吸い、後に母を取り殺したと嘘を言い触らす人さえいた。
辛うじて村を追い出されずに済んだのは、母が生前に村長に事情を話していた事、また巫女の仕事で恩を売って置いてくれたお陰だった。
私は蔑まれる中、鬼の血と、それが流れる自分と父を憎いと思うようになってしまった。
誰かに疎まれ嫌がらせをされる苦しい日々が続き、12歳になった時ーー。
唯一私を庇ってくれた村長が亡くなり、村から私を追い出すと言う話が出た。
その時、話を聞きつけた冠羽のおじ様が自分の村に来ないかと言って来た。でもその当時、私は鬼や父を信用出来なくなっていて、その友達であるおじ様もきっと同じなんだと思って断ってしまった。……何故だか、いろはも強く断ってたと思う。
行く末に絶望したそんな時、私はあの人と出会った。
萩ノ助さんに……。
あれが私を変えた転機だった。
私が川で髪を洗っていた時、あの人が山向こうの村から散歩に来ていたのにばったり会ったの。
あの人は私を見て叫び、いきなり草子に素描を始めた。
「君が僕の鬼子母神様、いや天女様か……?!兎に角、その髪と、キリッとした目……全部。
僕は……一生君を描くぞっっっ!!!」
それをきっかけに、私はあの人に貰われて暮らす事になった。
彼は小さな寺に住む画人で、本当は僧侶なのに読経より絵を描く方が好きな変わった人だった。歳は私より十歳上。
変わった人ではあったけども、優しい人だった。鬼だと周りに言われる私を、唯一綺麗だと言ってくれた。
そして、私の青く光る髪を見た時も……、「どんな青よりも綺麗だ。もっと側で見せて欲しい。」と言ってくれた。
子供みたいに無邪気で、時に見せる真剣で鋭い視線が素敵で……、物怖じせずに私を庇ってくれる心の強さもあった。私はあの人に惹かれた。
萩ノ助さんも私の事を見てくれた。鬼と人に拘らず、ただありのままの私を……。
心も体も綺麗なのだからもっと自信を持って明るくして良いんだと言ってくれた……。
あの人と過ごした日々は、長い苦しみを撫でて洗ってくれるような、本当に優しくて……、幸せな一時だった……。
やがて私達は夫婦になる事を決めた。
私はあの人に全部を捧げて、喜びを分け合って生きて行くつもりだった。
……でも、あの忌まわしい出来事が起きてしまった。
婚礼の日、村が赤鬼の軍に襲撃された。
大江方面から都に勢力を伸ばして来ていた朱天鬼・元実の軍に襲われたの……。恐らく領地獲得の為に……。
そこで村の人が侵略部隊の人鬼に虐殺された……。そして奴はその死体で餓鬼を作ったの……。
その中には萩ノ助さんもいた……。
萩ノ助さんは辛うじて生きてる所に血をかけられて、人間から餓鬼に変わるのが遅れていた。
泣いて何も出来ない私に、萩ノ助さんは言った。
私の血で殺して欲しいと……。
後は、貴方が私の血を飲んで見た出来事の通りよ……。
私はあの人に血を飲ませた……。そして殺してしまった……。
その後は何をしたか自分でも良く覚えてないわ。
ただ、あの人が留めていてくれた鎖が再び外れ、とてつもない怒りが湧いた。自分と鬼を憎む気持ちが……。
その気持ちのまま、赤鬼達を殺した……。
後から異変に気付いた冠羽おじ様が駆け付けた時には……、私は全部を殺し尽くして、自分の体を痛めつけて、冷たくなったあの人の亡骸を抱いていた……。
<話に出てきた人物>
『萩ノ介』 (法名は『秋草』)
・小さな寺に住む画人。
八重と夫婦になる予定だった男。歳は八重と10近く離れている
元々とある武士の出身で、文芸で生計を立てようと手頃な寺へ出家した禅僧。写経や仏事をそっちのけで、水墨画などの絵に熱中し過ぎて破門されかけた事がある。
僧侶でありながら髪は剃っておらず、美しい女体や筋肉質な男体を眺めて絵として昇華するのが好きな生臭坊主。
性格は少年のように無邪気で変わり者。常識に囚われず物事を深く考えた上で善悪や真実を導き出したり、いざという時に無力でも弱き者や道理を守り通す強さもある。
絵を描く時は誰も寄せ付けない程の鋭い目付きになり、食事や睡眠を忘れて没頭する。
八重を描いていた他に、蒼と冠羽に偶然出くわしてインスピレーションを受け、筋骨隆々な鬼を描いてた事もある。(八重には内緒で)
絵は物語や空想を交えた美人画や仏画、無骨な鬼・武人などの人物画が多い。要所で繊細な線と荒々しい線を使い分けるのが得意。常に新しい画法を模索して、人々を驚かして飽きさせない努力をしていた
※鎌倉・室町の頃は女犯への取り締まりがまだ緩い方だったらしいので、彼が普通に八重と結婚しようとしてるのはそういう事なのかもしれない。
また直接的な例という訳ではないが、実際に歴史上で結婚という禁止事項を敢えてやった僧として浄土真宗の宗祖である親鸞がいる。(こちらはちゃんとした思想に基づく理由から断行していて、革命的意味合いが強い)




