番う鬼(1/4)
※今回R-12程度の性描写や裸の状態が出てきます。苦手な人はご注意下さい。
決戦の地となった二瀬渓谷。
その遥か南東におよそ25里(100キロメートル)下った場所に都がある。それに対し渓谷より1里ほど南西の場所には二瀬川の支流があった。
その支流の岸辺に変化したままの夜光がいた。
気絶してはいるが、八重を離すまいと胸にしっかりと抱いている。
夕刻のくすんだ青紫の空を、鼠色の雨雲が覆っている。
夜光の頬に落ちる雨粒。
それは静かな雨となり、夜光の体を打った。
(雨……。これ以上体が冷えると不味い……。
八重は俺より冷たくなってる……。血を多く流したせいだ。それに、もうすぐ夜になる。
何とか、しなきゃ……。)
夜光は黄金の瞳をゆっくりと開けた。
気付けの為に自分の指を噛む。
痛みで奮い立たせ、丁度目の前にある岩の浅い洞窟まで四つん這いで進む。
雨粒の当たらない中まで入ると、夜光は岩壁に寄りかかった。
体力の節約の為に変化を解こうとしたが、何故か出来なかった。
(何でだ。胸がドキドキして力を緩められない……。)
腕の中の八重を見る。眠ったままだ。
しかし、たまにむせて水を吐き出している。
夜光は吐いた水が気道に詰まるのを防ぐ為、彼女の頭を横向きにして寝かせる。
「流されている時に顔は出してやれたからあまり溺れず、息は出来てるな……。
でも体が雪みたいに冷たい……。この場合はまず……。」
夜光は昔カムナから聞いた言葉を思い出した。
『いいか、生き物ってのは体の芯まで冷えきっちまうと、筋肉が硬くなって心の腑(心臓)が止まって死ぬ。寒くて震えてる時はまだいいが、頭の動きが鈍くなって来ると血が体内を上手く巡らなくなっている証拠だからヤバイぞ。
まず、体を温めるんだ。』
(俺が小さかった頃、野良鬼に酷くやられて死にかけた時や、雪山で死にそうになった時はカムナが色々教えてくれたな……。)
夜光は洞窟の奥にあった枯葉を掻き集める。
角と角の間から小さな鬼火を出して着火する。雫程の青い炎が枯葉を焦がす。夜光はその火種が大きくなるように上手く葉を掻き混ぜ、息を吹きかけて、鍋程の赤い火の焚き火にする。
鬼火の熱で普通の火を起こしたりせず、全部鬼火で枯葉を焼けば良いと思う所だが、鬼火は通常の火より熱く、火加減をしないと直ぐに薪や燃料を燃やし尽くしてしまう。また、放った者の精神状態に火力が左右されやすい為、長時間焚き火をするのに向かない。
夜光は焚き火の側に八重を移動させた。
『あ、濡れた服とか冷たい物は肌から離せよ。体温が上がりにくいからな。』
過去のカムナの教え通り、淡々と彼女の血塗れの装束を脱がしていく。
自分で着るのと脱がすのでは勝手が違く、また変化していて手が大きく、力加減も上手く出来ないので少しもたつく。しかし、彼女の白い肌や胸や尻を自然に見て触れた所で、冷静さを失う事は無かった。ただ服の上から触れるより柔らかくて温かいと思っただけである。
(俺が噛み千切った肩の肉が元に戻り始めている……。俺と同じく、半分鬼だから八重も回復が早いのか……。
でも、俺と同じなのに脂肪が多くて筋肉量は少ない……。なのに戦う時にはちゃんと力が出る……。何でだ。)
最後に『濡れた衣類』に含まれるので下着のさらしやもっこ褌(※サイドで紐を結ぶタイプの褌。)も容赦なく脱がした。あくまで低体温症で命に関わると判断したからである。相手が恥ずかしいと思うかどうかは、異性に鈍感な彼には考慮出来なかった。
落ちていた枝で小さな物干し台を作り、服を広げて干す。
(地面は岩で冷たい……。やっぱり抱きかかえるか。
変化した俺の大きな体なら、肌に触れる部分も広くて、その分体が早く温まるはず。)
夜光は胡座を掻いて座り、股座に裸の八重を座らせ、両腕で肌を覆い隠すように背後から抱きしめる。
二回りも大きな黒鬼がそれより小さな少女を大事そうに体で包んでいる姿は、どこが異様だった。
夜光は八重のつむじ部分に鼻を当てる。血と汗の匂いの奥に酸味のある果実のような匂いがほのかに混じっているのを感じ、何故かほっとした気持ちになった。
八重の長い髪の束を掬い取って首に巻き、目をトロンとさせてまどろみ始める。
(俺は、守り切れたんだな……。
戦いに勝ったんだな……。)
夜光は黒い瞼をギュッと瞑る。少しだけ、生温かい液体が絞り出された気がした。
八重のゆっくりとした心音と静かな寝息を聞きながら、暫しの間、眠りに落ちた。
次の日、夜が明けてーー。
夜光は比較的動けるようになったが、八重は眠ったまま目を覚まさない。
夜光は心配になってまた考える。
また一つカムナから教わった事を思い出した。
『血ってのは体内に巡って走って臓器に生気を届けてるもんだ。それが外に流れちまったら体は上手く働かなくなって死ぬ。それは傷の回復が速い鬼だって例外じゃない。
鬼なら特に失血したら血を飲むなりして補給するんだ。』
夜光は直ぐに出かけて、近くの森で鹿を狩った。
「ごめんな……。八重を助けたいんだ。」
頭を強く殴って、痛みを感じる暇も与えず絶命させる。
肩に担いで早速洞窟へ持ち帰る。
そしてどうやって飲ませようか再び悩んだ。
(眠ってるから少しずつ、口に流さないといけない。)
取り敢えず近くにあった葉を器に血を搾り入れて、抱き起こした彼女の口に流そうとする。が、葉の平らに近い形や力加減が上手くいかないせいでこぼしてしまう。八重の口や胸元が血で汚れる。
(一気に流し込むと喉に詰まって危ない……。いい器も無い。)
夜光は暫く考えた後、何を思ったか、鹿の腹に齧り付く。そして、血を少し吸って口に含んだ。
そして、彼女の後頭部に片手を回して支え、もう片方の手で両頬を掴んで口を開けさせる。
潤いのある杏色の唇。それを夜光の口が塞いだ。
開けた口から舌を八重の口に挿れ、唾液と共に喉の方へ血を飲み込みが要らない程度に流し込んでやる。変化した夜光には牙が沢山あっても唇が無い為、上手く口移しするにはその方法しかなかった。
ここまでの行動を、夜光は少しも躊躇わなかった。
ただ、八重に早く目覚めて欲しいと必死だったのである。
口の中を喉の奥まで何かがうごめいているのを感じ、八重は薄く目を開けた。
「……ん。」
目覚めた彼女の目の前にいたのは、黄金の瞳を光らせた異形の黒い鬼だった。
「んんぅっっ??!!」
八重は夜光の胸を押して突き放す。
びっくりして後ろに手をついて、座り込む夜光。嬉しそうに声を上げる。
「八重……!やっと起きた……。」
八重は息を整えて周りを見渡すが、自分が丸裸である事や、舌を挿れたのが夜光だと言う事を後から理解し始め、赤くなって声にならない悲鳴を上げた。
「っっ!!!!!」
正座で股をギュッと閉じて、胸を両腕で強く抱いて隠し、震えて夜光に背を向ける八重。
「八重どうした……?!傷が痛いのか……。」
夜光は四つん這いで八重に近寄る。
が、八重は強く怒鳴った。
「来ないでっ!!!」
頬を紅潮させ、混乱したように息を荒げ、目を右往左往に泳がせる八重。
「まだこんな姿、誰にも……!
萩ノ助さんにすら、全部見られた事なかったのに……!結婚しても私の心の準備が出来るまでずっと待ってくれるって言ってくれたから……。」
防衛反応で髪が薄く群青色に発光する。
夜光はその髪を見て、自分が敵認定されたのだと判断し、悲しそうな目をする。
「クゥゥゥゥォン……。」
八重は肩を落としている夜光を横目で見、更に困った顔をした。
「ちょっと……、そんな捨てられた子犬みたいな声出さないでよ……!
まず、ふ、服は?!」
「そこに、干して……。」
と、指差した先にはパチパチと燃え上がる衣服があった。
さっきのいざこざで、枝の物干し台が崩れて焚き火の中に入ってしまったらしい。
八重は諦めたように壁に額をぶつけて、黙り込んでしまった。




