破業の鬼・血の巻(11/11)
「酒呑童子を倒した……。何て奴だお前は!
今、助けに行くからな……!」
百之助はその神々しい光景に心奪われた。先代であり師である波綱の顔が浮かび、少し瞳が潤んだ。
連戦続きの疲労を押し殺して崖の方へ向かおうとする。
しかし木次郎はそれを止めた。目を閉じ、近くの岩陰にもたれてグッタリとしている。出血は止まったものの、老体の体力ではあまりいい状態とは言えない。
「百之助……何か不味い……。鬼か妖が……、大勢迫ってるようだ。ここまでの道のりに、所々仕掛けて来た『鳴子札』が反応している。音が……聞こえる。」
『鳴子札』とは通常の魔除け札を改良したもので、鬼や妖を識別するのは同じで、対象を活動停止させる代わりに、癇癪玉を発射して音を鳴らす罠である。
「確かに爆発音が何度も聞こえます……!
時間差で駆け付けた伏兵?もしくは、まさか都からの……!!」
「更にもっと気になるのは……童子が影響しているはずの日食が、まだ完全に空から……。」
百之助は急いでいろは達を呼び寄せようとする。
「姫、いろは!急いでこっちへ!」
その時、下品な笑い声が聞こえた。
「あぁ〜はっはっはっはぁ〜!!
お困りの元実様にぃ、この紅鳶がこんな事もあろうかとぉ、援軍を連れてまいりましたぁ!!」
(撤退中の都侵略部隊に出くわすとは……。それも大江で籠城中の陽光様が『これ以上は負け戦』と機転を利かしてそうしていなければヤバかった……。俺ってば運がいいぜぇ!)
「獄鬼・餓鬼、鬼兵部隊800!岳鬼5!
素っ首差し出して、我が出世の糧となれ頼光ぅ〜!!」
紅鳶は唾を飛ばしながら、腕を振り、鬼平達に合図を送った。
森の入り口から下鬼の大軍が目を光らせてゾロソロと攻め入って来る。
紅鳶の騒ぎに一瞬気を取られたいろは達。
珠はその背後に何かを感じて咄嗟に振り返る。
「っ……!いろは危ない!」
いろはも何かを感じて耳を立てるが、もう遅かった。
「なんっ……?!」
崖の側に生えていた松の影が揺らめき、その闇の中から細身の鬼が飛び出す。
赤鐘だった。
「全く……。騒がしい方ですね、紅鳶。でもまあ、囮としては合格です。」
赤鐘はいろはの横っ腹を蹴り上げて突き飛ばし、珠の腕を引く。
「最後に勝つのは、どんな大変な時でも感情に流されずに最終目標を見据えて冷静に、柔軟に行動できる者だけですよ。頼光さん?」
皮肉を込めてニッコリと笑う。
珠はカムナを抱いたまま彼に抱きかかえられ、松の影に吸い込まれていった。
「いやっ!赤鐘、駄目ーっ!」
「なななっ?!どこ連れて来やがる、この鬼公がっー!」
「珠姫、カムナー!!」
木次郎を背負いながら慌てて駆け付けた百之助だが、もう珠とカムナの姿はなかった。
(やられた!最後の最後で!)
悔しげに地面を叩くが、嘆いている時間は無かった。
鬼兵達が背後に迫っていた。
奥からは元実もこっちに迫って来ていた。
絶望的な状況。
決死の覚悟をする百之助の隣に何かが立つ。
群青色の体色に雷のような模様が入った、大きな鬼。緋寒の背や太さと同じくらいかそれ以上だった。
青鬼は虚無や悲しさを背負ったような瞳を向ける。
「娘が世話になった……。どうか伏せていてくれ、頼光公。」
「な、んで、てめえがここにいるっ……!!
『蒼』!」
いろはは血を吐きながら、歯を剥き出しにする。
青鬼・蒼は両腕にジグザグの白い閃光を這わせると、顔の前で拳を握って構えた。
5匹同時に飛びかかる獄鬼。
その硬い皮膚を拳が突き破り、雷鳴と共に白い閃光が落ちて、鬼兵達を次々と白い灰に変えていく。
10匹同時だろうが、岳鬼だろうが、蒼はその場からほぼ動かず、敵の体を打ち砕き続けた。
雷鳴の音が拍の速い大太鼓の如く、渓谷に、森に、大地に、轟き続ける。
残り元実と人鬼のみとなり、赭、東雲、紅鳶が立ち塞がる。
蒼は白い閃光を纏って周りに滞留させながら、突然後ろを向いた。
後ろには愛しむように不敵に笑う、赤銅色の鬼が膝を突いていた。
「今日は忘れられない素晴らしい日だ……。これ程までに死にそうで楽しい戦いが出来る好敵手に恵まれるとは……!!」
緋寒であった。
緋寒は吹き飛ばされて川底に刺さっていた自分の片腕を、硬い皮膚ごとバリバリと食っていた。切り傷の肉の繊維と繊維が一人でに動いてくっ付きあって、肩の深い傷を塞いでいく。角だけは戻らない。
「酒呑童子!!
嘘だ……何でお前は……、死なないんだ!」
百之助は震えた。酒呑童子の変の時の恐怖が蘇る。
「己の腕を血肉として食って、回復させたか……。
だが、そのような状態で戦っても貴様は死ぬ……。何故来た?」
蒼の目つきが鋭さを増す。
「我が子がまた俺達を殺しに来てくれる……。
それまでに俺が出来る事は戦って極め、我が子の高い壁であり続ける事だ……。
連戦、負傷など関係ない……。強くなる機会は今我が目の前にある。
それだけだ。」
彼は満身創痍ではあったが、目は希望に溢れた若者のように澄んでいた。
「ならば容赦せん。」
蒼はがっしりした腕を天に向かって振り上げる。
青空が見え始めた日食の空を覆い隠す雷雲。そこから細い雷が雷火を散らしながら集まって束になる。
その時点でその閃光の眩しさと、見た事のない異様な術に近寄れる者はいなかった。ただ白い光の中に青い鬼の巨大な影が見えるだけだ。
「この渾身の一撃を我が友に捧げる……!
赤鬼どもよ、滅びよっっ!!!!!」
蒼は叫び、重い腕を振り下ろした。
***
空はいつもの夜空になっていた。日食の代わりに朧月が浮かぶ。
渓谷の戦いから数時間後。
百之助は都への帰路についていた。
馬に乗って走るのは自分と増援に来た約3人の隊員。
木次郎は早馬に乗せて先に行かせた。
終始唇を噛み、無言だった。
(突然現れた、青鬼。
あの白い光の中に見ることが出来た光景は僅か。
白い雷に打たれた鬼達が吹き飛び、元実さえも気を失い、酒呑童子は彼と拳を打ち合い、やがて悶え弾け飛んだように見えたーー。
人鬼達は猛攻の混乱に乗じて堪らず先に撤退したようだ。
全てが終わった後、残った物は下級の鬼兵だったと思われる白い灰のみで、何匹が死に何匹が生き残ったか詳細は不明……。
その後周辺を探したが、姫をさらった赤鐘と言う人鬼、夜光と八重は見つからず……。人鬼との戦闘で別れた三ツ葉もだ……。
あの青鬼も『お前達が八重と共に戦い続けるのなら、また会う事となるだろう』とだけ言い残し、何処かに消えてしまった。
いろはは……八重の捜索のため渓谷に残った。残るなとは言えなかった。
私も自分の手で彼らを探してやりたかったが、今それは許されなかった……。
都に『不穏な動きがあり、急を要する』と報告があり、直ちに対処しなければならなくなったからだ。
よって夜光達の捜索は、増援に来た隊員に任せる事にする。
都側は勝利した。
しかしこちらの隊は痛み分けをしたのみで、姫は奪還され、本作戦は多大な犠牲と共に……失敗に終わった。
そして私は、院に帰ってこの事実を射貫達や防衛の為懸命に戦ってくれた仲間達、そして帝に伝えねばならない……。)
百之助は苛立ちと遣る瀬無さで、軋むまで手綱を握り締める。
(夜光、八重……!
許してくれとは言わん……。ただ、生きててくれ……!)
***
誰かの呼ぶ声。
男勝りな話し方でありながら、艶っぽい女の声だ。
『夜光、夜光……!起きなよ。
久しぶりで忘れちまってるかもしれないけどさ……。』
チョロチョロと水の音がする。
夜光は目を開けた。
辺りは白い霧が立ち込めた河だった。曲がりくねった箇所が幾つもあり、流水の模様と合わさって美しいうねり髪のように見える。
夜光は少年の姿に戻り、小脇に気絶した八重を抱いていた。
彼は大木に漆の簪を突き刺していた。
前に、「おたま」という恩人がくれた赤メノウのついた簪だった。
それによって辛うじて流されずに済んでいる。
女の声は続ける。
『あの、風の子みたいな青鬼も言ってたろ。
あんたに話せるのは限られた時だけ。私達が精々できるのはこうして精神が不安定な時に話かけてやる事さ。
死んだ者は生きてる者に触れちゃいけないからね……。
だから、最後はあんたが自分の足で立つしか無いんだよ。
あんたはやりっ放しで逃げる男じゃないだろ?その子を守るって決めたんなら立ちな。』
夜光はまた目を閉じて開けた。
すると、今度は変化した状態のまま、大木に片手で掴まっていた。
後ろは激流で、大木のある所は比較的流れが緩やかだ。
彼は激流に飲まれ、八重を庇って岩に身体を激しくぶつけて、やがて気を失っていたらしい。
(あれは、おたまだったのか。
また、助けられた……。)
月夜が岸辺のある場所を照らしている。岸の奥には浅い洞窟も見えた。
夜光は最後の力を振り絞り、岸に上がった。
八重を胸に抱きながら這い、洞窟の入り口で再び気を失った。
(破業の鬼・血の巻及び7話/完)
やっと、7話が完結しました。
ここまでお読み頂き、感謝しきれない気持ちです。いつもありがとうございますm(__)m
山場を越えて、残り後4話程(ページにして40P程)となりました。このままちゃんと終われると終われるといいな、と思います。




