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旅人、満たされぬ者達

夜。私にとってのそれは、神秘の時間。

暗く冷たい地面とは対照的に、無数の色の火花と、真っ白な真円が描かれた夜空を見ることができるのだから。

けれど、そのどれもが、私達とは違う。

だってそう、私達の方がずっと。


汚れてるから。


「ねぇ。今日、しない?」


「別にするつもりないけど……足りてないの?」


言い返されてぼんやり気付く。

言われてみれば、今日は満たされていることを。


「ううん、足りてる。昨日したばっかりだったね」


鼠蹊部を摩りながら、その上でわざとらしく指を伸ばす。

これは私の良くやるサイン。好きなだけ抱き合った後の、満足した事を表すサイン。

彼はそれをまじまじと見るや否や、思い出したように呟いた。


「でも、そっか。今日は命日だ」


私も思い出す。


「あぁ、うん」


今日が、私達だけになった日だったことを。


「する?」


この日はいつも、何故か互いに喪失感を感じる。その度に私は。


「いい」


厭になる。


「そう。じゃまた明日ね」


彼はそう言って、テントに入っていった。私はまだ、もう少しだけ焚き火の前に当たっていた。

薪の焦げた匂いと、独特のシンとした冷たい空気が鼻を刺す。


「二人ぼっちって、こういう気分なんだろうね」


何も考えずに、ボソッと、私は呟いた。




「おはよう、レダ」


「うーーんっと、あぁ。おはよう。イオ」


先に起きていた私を見るや否や、彼は気持ち良く伸びをした。

そのまま辺りを見渡しては、演技っぽく苦笑いをこぼす。


「こんな景色、どう渡るんだろうね」


「さぁ。歩ける海なんて、知らないから」


私も似たような笑顔を彼に見せた。

そんな顔するくらいしかない。それくらいしか、私達のできる反応は無いのだから。


あの時から、世界は大きく壊れてしまった。海は固まり、土は流れ、森は踊り、川は笑い始めた。

ふざけてる。そんな世界にたった二人、置いていかれたんだ。


私達は出発の準備を終えると、リュックを背負って再び歩き始めた。

その間、交わす会話は全て目に入るものに対してだけ。目新しいものが無いのなら、弾む会話もない。別に二人とも、ギャグを言い合うような人じゃないし。


「さて、と。そろそろ食料が底をつくから、この海を歩ききった辺りで補給しようか」


イオが後ろを向いて、私に話し掛けた。


「そうだね、そこでまた留まろうか」


「そうしよう」


言い表し難い足音を立てながら、私達はその海を横行した。

やがて海を歩ききり、砂浜が見えてくる。


「……やっぱりロマンかな」


「ん?」


「僕は海と砂浜って、好きなんだ」


「知ってるよ、そんな顔してる」


荷物を降ろしながら、渡ってきた道のりを振り返る。

どこからか、規則正しいさざ波と、海鳥の鳴き声が聞こえてきそうな世界が、そこに広がっていた。無論、そのどちらも聞こえないのだけれど。


「うーん、どうせ食べなくても死ねないし……食料確保しなくていい?」


「ダメ。お腹は減る」


「我慢は?」


「私は出来ないよ」


「ははっ、知ってた。ちょっと海を掘ってくるね」


私は砂浜に腰を下ろし、帽子を側に置いた。リュックに入っていた傘を差し、軽く日陰を作る。その中から、海中の魚を掘り当てる彼をまじまじと見つめていた。

相変わらず大変そうだ。

海の中で泳ぎ回る魚を掘って取る、なんて彼ぐらいにしか出来ないんじゃないだろうか。


私達にとって固形物となった海も、生き物達にとっては普段となんら変わらない海なのだ。

そんなこと、あり得るんだろうか。

始めてそれを体感した時、私は余りの常識との違和感に若干の吐き気すら感じていた。


人間だけ……それも生き残った私達だけが、その現実を歩まなきゃいけない。

死ぬことも、老いることも許されず。無限の時の中を、彷徨い続けなきゃいけない。

そう思う度に、自分がちっぽけに見えて、可哀想に感じて、そう感じる自分に嫌気がさして……そしていつしか。

何も考えられないような、快感を求めたくなる。

今みたいに。


「取ってきたよーって、どしたの。顔真っ赤にして?」


「っごめん……ちょっと向こう行ってくる」


気付けば、また自分の事を慰めようとしていた。火照る体が求める快感を抑えながら、足を運ばせる。


「え?あぁ……うん、分かった」


私を気遣って、いつもと同じ調子で彼は黙ってくれた。

ふらふらした足取りで、私は木の陰に隠れた。そこから荷物を置いた所にに戻るまでには、ちょっと時間が掛かった気がする。




「最近さ、頻度多いよね」


「ん何の?」


自慰の事を聞かれているようで、私は過敏に反応する。ちょっと早口で返した私に、レダは少し驚いていた。


「あぁ、晴れのことだよ。まあ服を乾かしたり手間が出たり、或いは濡れた服のまま動くとかよりかはマシだけどさ」


「……あぁ。流石に濡れたままだと気持ち悪いかも」


早とちりしたようなので、私は一息つきながら平静を装った。


「でも、川の水組むのもやだよね」


「飲まれたくない、なんて断末魔を聞きながら川の水を飲むのも、うん厭だね。分かる気がする」


「だから雨が降って欲しいんだけど」


「そうだね」


「降らないね」


「うん」


「……ねぇ、僕たちはさ。いつまで歩くんだろうね」


「……分からない。けど」


私は頭で言いたい事を整理してもいないのに、間髪入れずに続けた。


「君と居たから、ここまでは歩けたかな」


態とらしい笑顔と共に、彼の方を振り返る。レダは目をパチクリさせ、半開きの口をこちらに見せていた。


「私、そんなに頭は回らないし。力がある訳でもない。それどころか、明るい性格でもないし変態だし……っていうか、きっと普通の女の子より性欲に忠実だと思う。でも。そんな私を受け入れてくれる君だから、ここまで来れた」


目を伏せ、気持ちで口角を上げる。しっかりと視界には捉えられなかったけど、多分彼は右手を口元に持っていき、恥ずかしそうに手の甲の皮を噛んでいた。

いつもの癖だから、今も目の前のあなたはそんなことしてる気がする。


「……狡いよね。僕は君がそんなだから」


その先は口籠るように喋ったから、私には聞こえなかった。


まあ、きっと互いを必要としてるのかな。そんな気はしてる。


「ごめん、僕も変態かも。今日はしたいかな」


「いいよ、付き合う。変態だから」


だから、こんな関係が二人きりの世界で成り立つ。

……いやもしかしたら、これも私達に与えられた呪いなのかもしれない。だなんて、思ったりしてみて。


「……ん、どうしたの笑って?」


「っあぁ。ううん。何でもないよ」


久し振りに手首に巻いたゴムで、後ろ髪を短く結んだ。

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