ある女生徒の奔走
「お姉ちゃんが死んだら、骨は拾ってね」
憔悴したような姉が彼の元にやってきたのは夏の終わりのころだった。このときは少しは女らしくしろと放り込まれた女学校でやつれたのかと思ったのだ。
ルース家は地方領主であり、家系的に軍人を多く輩出している。剣と魔法と語られた時代からの家業であるから筋金入りだ。
男爵の称号は返上していないため、公的立場では役に立つが出世には全く役に立たないというのは余談だ。
女性の社会進出も叫ばれる昨今、姉も独立したいという願望の元の親子喧嘩の挙げ句の果てに女学校に放り込まれたのは去年の9月のことだ。
新年を祝う4月にも帰ってこなかったのだから、8月に始まる新学期までの長期休暇のどこかに帰ってくるとは思わなかったのは正直なところだ。
それは家族共通の見解で父母は地域の見回りで不在だ。
ついでに旅行気分で、下の妹、弟が連れて行かれた。
つまりは彼だけがお留守番である。
何かあったときに家の者が誰もいないということは避ける意味でもあった。しかし、彼自身がお断りしたことも関係している。
何が悲しくて、軍関連の学校から休暇で帰ってきてまで父のつきあいをしなければならないのだ。
母のみに伝えたので、父は別の勘違いをしているらしい。
「何があったんだよ?」
彼は家族用の応接室で冷たいレモン水を飲みながら話を聞く。
姉も同じレモン水に角砂糖を入れた。
「ヒースラー家、は知ってるわよね?」
レモン水の角砂糖をスプーンで潰しながら、彼女は言う。
「……うん? 知ってるって言う質問がおかしくない?」
「そうそう。軍人ならば、魂に刻み込めと言うレベルの常識よね。うん。そう、私の認識間違ってない」
「姉ちゃんが通ってるのって女学校だよな? それもとびっきりお上品な」
母のコネという名のごり押しで放り込まれたのだ。一番上等な女学校と言われるジェリア女学院。もちろん全寮制。卒業する頃には礼儀正しい淑女ができあがるという噂だ。
その分、寄付も高いが家計のどこから出たのかは謎だ。
あら、優しくお願いしたのよ。とおっとりした母がのたまったが、絶滅危惧種の治癒系魔女のお願いを断れる人もいない。
姉もその血統を継いでいるから癒し手の力を発揮している。他に護身術の鍛錬しているし、魔銃の腕は良い。
その他女性的なことは壊滅的だが。時間がないとか、やったことがないとか、そんな話ではなく、壊滅的。
使用人も少ないのに厨房は出入り禁止。洗濯不可、収穫以外の園芸は庭師が泣いてやめさせた。
辛うじて刺繍が出来る。テーブルマナーは問題ないのが救いで、ダンスだけは上手だ。
代わりに薪割りや雑草の草むしり、害獣の駆除などをしている。
彼がそれなりにこなせるのは全寮制の男ばかりの学校に叩き込まれるとわかっていたからだ。
破れた服を繕ってくれる優しい女性はそこにはいない。自分でやるか他の野郎に頼むかだ。
それなら自分でやった方がましである。
「お上品なお嬢様が、その貴族様が、軍人のことなど、知っているわけがないのよ。誰よ、あの方をあんなトコに放り混んだの。バカじゃないの? 死ねばいい」
呪詛を吐き続ける姉にイヤな予感しかしない。
「……ええと、ヒースラー家のお嬢様って、あの方、なのかな。養子とかもらったとかそういうのではなく」
「白きバラ、竜の養い子、希代の魔女、幽玄なる淑女、微笑みの姫君」
それらの名称を持つのは、ただ一人しかいない。最悪なことに。
真白い髪の麗しき女性。
彼は一度だけ遠目でみたことがある。
「セシルブルナー嬢」
「正解。誰が、あの家の秘蔵の娘を女学校に入れると思うのよ。しかも、お隣はミラスよ、ミラス」
ミラス寄宿学校は国家を運営する者を養成するエリート学校である。主な学生は上位貴族である。
軍人はお呼びじゃないのだ。
もろに階級社会で男爵程度の称号では太刀打ちできるはずもなく、彼は入学の話は丁重にお断りしご近所の領地にある軍人養成学校にお世話になっている。
新兵はクズだのぼろくそに言われるけれど皆等しくクズなので別に何とも思わない。
「……まあ、王都だし? 安全と思ったんじゃないの?」
あの方にとって安全でないところの方が少ないという考えは一度捨ててみた。
陰謀などと言ってはいけない。
しかし、姉は虚ろな目で首を横に振った。
「何かあれば合同でイベントするような学校に今代随一の有望婿候補がいるのに。その婚約者が彼女なのよ。なんの陰謀よ」
「恐いなぁ」
お嬢様方が無知だから悪いというわけではない。
それは、世界が違うから仕方ないだろう。姉のような人が少数派で、逆に貴族社会では浮いてるはずだ。
何かやらかしてないか心配になってくる。
「恐いでしょう? あの家の影響力どのくらいあるかご存じなのかしら。私と同じくらいの階級の方でもご存じないのだからお花の咲いた頭にちょっとは役に立つことを教えておいてあげて欲しいですわ。毒殺の仕方とか」
姉はわざとお上品な口調と微笑みを真似しているが、内容で台無しだ。
我が姉君はたぶん、過激な方の女子で、他の女性というのは優しく素敵なのだと幻想を抱きたくなる。幻想なのは知っている。
学校には姉妹がひどいと訴える男たちが結構いるのだ。
逆に兄弟が野蛮だという女性もそれなりにはいるのだろう。
「それでなにがどうなって骨を拾う話になるのさ」
姉がため息をついて話たのはこのような話だった。
「間が悪いことにどっかのご令嬢が難癖つけているところにぶち当たり、誰かと思えばセシルブルナー嬢でした。嫌な予感がして、色々なところに聞き取り調査したところ、孤立どころか嫌がらせをされていました」
「……どこで、会ったの」
「お姉ちゃんは癒しの修行のノルマがあって、女学院内を徘徊せねばならなかったのよ」
ノルマって。
彼は絶句する。
我が母ながら鬼畜である。彼も使わなきゃ伸びないと学校の治療院でもこき使われる身の上ではあったがノルマはなかった。
いつか追加されるのだろうか。
姉弟でしばし、沈黙する。
「さて、私はこの事実を無視することを許されるでしょうか」
「あー、うん。わかった」
姉はご令嬢の中では特殊だ。母の付き添いで戦地に連れて行かれる令嬢などほとんどいない。
滅多に戦争にまでなることはないが、小競り合い程度はある。
異種族と交流どころか中立からやや敵対などということも珍しくない。かつては敵対勢力としてあった魔物などは現在、山の奥地にいかないと会えなかった。
例のセシルブルナー嬢も特殊な立ち位置だが戦力として数えられる。
彼女の家は頑なに爵位を拒否していた。初代からの遺言と言っているが、実態は謎だ。ただ、戦地ではその名を聞かないことはない。
剣と魔法の世界は遠くなったけれど、消えたわけではない。
まだ剣は残っているし、魔法は魔銃となって現れた。今後、魔砲とともに主戦力になると言われている。
治癒魔法の使い手たる癒し手を除き魔法そのものを使うことはほとんどない。代わりに魔法が組み込まれた製品を使うことは珍しくない。馬車と平行して走り始めた車や汽車、通話機など様々なものが開発されている。
その時代で、魔女と呼ばれるセシルブルナー嬢がいかに特別かわかろう。
将軍ですら膝を折ると学校では噂され、その似顔絵をお守り代わりに持っているヤツの多いこと。
彼は主義の違いにより別の令嬢の姿絵を持っていたりするが、それは余談である。
「これを親世代に知らせていいのかは悩むところなのよね。父様には言えない」
「母様からそれなりのつてを使って、何とかして貰うしかないかな」
残念ながら彼らの父は思慮深くはない。腕力で世の中を渡ってきた方だ。母がやってくるまでは領地も貧乏だった話は彼らに勉強しようという気持ちにさせた。
人の良さと脳筋では渡っていける世の中ではない。
そんな腕力系の父に知らせたら、あっという間に大惨事になる予感しかない。新聞各紙を賑わす醜聞になることは間違いなかった。ここぞとばかりに貴族の制度にケチをつけるものとなりえる。
「時間稼ぎは頑張るけど、本当にやな男」
「……はい?」
「婚約者の方。本当なら婚約者が苦労しないように振る舞うでしょう?」
「苦境にいることがわかったらね」
「無関心を装ってあおってるほうかなぁ。女の子を積極的に褒める。婚約者には素っ気ない態度」
「顔が良くて爵位もお金もあって、それで女の子に優しいと」
「変なカリスマがあって信奉者がいたりするからタチが悪い」
「ほんとに」
「……だからね、彼女がそこにいるのも、孤立させるのも、ヤツの仕業ではないかと疑っているのよね」
ためらって言ったそれは、中々に衝撃的な言葉だった。かなりの考えの飛躍があり、現実的とは思えない。
さすがに姉を窘めようと思ったが、彼女は真剣なまなざしでこう続けた。
「汚名を着せられたら、切り捨てて」
「骨を拾うのでは?」
「そのときには野良犬にでもくれてやりなさい」
返事出来ない彼の頭を撫でて。
「大丈夫、姉はたくましいのですよ」
休暇を満喫して、彼女は女学院に戻っていった。
それから姉は帰省しなかった。
冬になっても春になっても、いくつも越えても。
ことの顛末は母に聞いても彼は教えてもらえなかった。
卒業の年にやらかしたことは箝口令が敷かれていたことも。
反省と称して修道院にこもった姉がようやく出てくる気になってやってきて彼は事実を知った。
「おー、おっきくなったねぇ」
久しぶりに会った姉は、修道女の姿をしていた。彼女の本質との隔たりは無表情でいる間はばれないだろう。
ただ、家庭的な面が壊滅的な姉が、修道院でどう暮らしていたのか想像したくない。
武力が必要な修道院などあってほしくもなかった。
姉は家族用の居間を懐かしそうに見回し、いつもの定位置に座った。
ずっと空席だった場所が埋まることに彼はほっとした。
その語り出した内容には全くほっとするところはなかったが。
いかに彼女が苦労したかと笑い話で包んで語る。
武勇伝のように最後の話には彼も苦笑いが浮かぶ。
「髪がゆるふわくるくるになったくらいで怒るなんて心が狭いと思わない?」
こんなのと図解してくれたものを見たとき彼は、少しだけ同情した。
控えめに言って鳥の巣。爆発したと言った方がしっくりする。
「責任をとって修道女になりますと髪を切った姉さんもえげつないと思うんだ」
「そうかしら?」
肩を越したくらいの髪が揺れた。
「それも似合っていますよ」
「……弟が軟派になっていた」
「は?」
「やだわぁ。モテモテなんでしょう?」
「野郎しかいない学校を卒業して、現在、警備隊で修行中の俺に何の恨みがあるの?」
「……無自覚すぎる」
「姉さんこそ」
なぁに、と言いたげに見られて言葉が出てこない。
「大人になったじゃないか」
「年を取ったと言うのよ。立派な行き遅れだわ。オールドミスまっしぐら」
別に嫌じゃないけどと言う。
いらっとしたのはどうしてなのか、わからない。昔から、姉はそうだった。
一人で生きていきたいわけじゃないけど、庇護下には入りたくない。らしい。
独立大事と言っていたがそんな女性はたぶん少数派だ。
少なくとも彼の知っている女性では姉一人しか言ってない。
「ずっといてくれてもいいよ。部屋はいっぱいある」
「お嫁さんに悪いわ。婚約くらい決まっているんでしょう?」
「一人前になるまで、と母さんが拒否中」
「気になる人くらいいるでしょ?」
「これから考えます」
あの子が帰ってからじゃないと揉める気がするのよねぇ、と母がぼやいていたことは知らなくても良いと思う。
彼は自覚はあったがシスコンだ。側にいれば幻滅したかもしれないが、不幸にも不在で幻想が作られる余地があった。
「そろそろ18ね。おめでとう」
そう言いながら、彼女は子供にするように弟の頭をなでる。
うーん、禿げそうにない、と不吉な話をする。
父もここ数年で後頭部が怪しくなっていた。その事実からは皆そっと目を逸らしている。なぜ男はハゲの話題であんなにも盛り上がれるものなのだろうか。
どのくらい背が低いかというのとどっこいどっこいだ。
彼は身長に恵まれたのでその話題に加わることはない。妬まれるだけだ。
あちこちに頭をぶつける話では、父すらそれは自慢かと言う。父の名誉のために言えば、身長は普通くらいだ。ただ、筋肉をつけすぎて妙にこじぢんまりして見えたりもする。
彼は思考をあらぬ方向に飛ばしながら羞恥に耐えていた。
彼の気持ちも知らずに姉の気が済むほどになで回される。
「ありがとう。姉さんは、いてくれる?」
「しばらくは」
仕方ないなぁと姉の顔に書いてあった。
それが良かったことなのかは、後に振り返ってもわからなかった。
似てないよねぇなんて、発言をされるのはもうちょっと先のことだった。
姉。
色々あった結果、独身主義となり、それなりに面白おかしく人生生きて一人で楽しく死んだのに、勝手に哀れまれて二度目の人生を送っている。
前世は同じ世界の数十年前。探せば自分の墓を見つけられる。
今回も独立してそれなりに面白可笑しく生きていこうと思っていた。
弟。
一人だけ家族で似てない。でも、気がついてない。
強い姉に憧れを拗らせてシスコン。自覚済み。
時期領主となる予定。でも、予定は未定。
セシルブルナー嬢。
儚そうに見えて強い。でも、みんな騙される。お嬢様たちを可愛いなぁと思って見ているので、実は実害はそんなに感じてない。
水ぶっかけられても、無視されても、持ち物がなくなっても、平然としているメンタル強者。
仲良くなってお友達をしているものの姉の助けはいらなかったのではないだろうか?




