24話 勇者神野
「やったー! 勇者神野様とクララベル様の婚姻が決まったぞ!」
「よっしゃー!」
「バカな! そんなことをしたらこの世界が勇者に乗っ取られてしまう!」
「なんと愚かな選択を!」
本当に騒がしい。この世界は朝から騒ぐ人が多すぎんだろうが。
「あ、おはよう、誠君」
「おはようございます、誠さんー」
「誠様、おはようございます」
「ZZZ」
目が覚めると、ロロ以外全員起きていた。
セリーヌさんが料理、マリートさんもセリーヌさんの手伝い、ジェニーさんは掃除をしていた。
「ジェニーさん、ここで何をしてるんです?」
「お掃除です」
「それは分かります。ものすごく無表情で言うのやめてください」
「申し訳ございません。私はもともと無表情なのです。感情を表情に出すのが少し苦手ですので」
「あ、そうでしたが、すいません、ってそうではなくて、なんでここにいるんですか? 今この状況でしたら、クララベル様か勇者神野さんのところにいたほうがいいんじゃないですか」
「いえいえ、クララベル様も神野様も戦闘力は私が足元にも及びません。おまけに、お料理もお2人とも出来て、掃除も丁寧で、埃1つありません。メイドのやることが何もないのですよ」
「つまり暇なんですか」
なんてうらやましい。
「メイドにとって暇は拷問です。だからこうして時々マリート様のおもてなしをするときは、私にとって素敵な時間です。マリート様はとにかく散らかすので」
「マリートさん?」
俺はマリートさんを見る。確かに適度に掃除しながら調理しているセリーヌさんと比べて、マリートさんは散らかっている。というか、マリートさんの寝床の近く汚い。俺が見てはいけないものがある気がする。
「あっははー、すいませんー。整理整頓は苦手なんですー」
まじかよ。マリートさん。あなたが家に住むとしたら、追い出す側です。
「いいのです。マリート様が散らかしていただいて、誠様とロロ様が何もされないので、私にできることが多くてとてもうれしいです」
俺だったら、何もしないほうがよっぽど楽なんだけどな。
「むにゃむにゃ……、誠さん~」
「ロロ、お前は寝ぼけるな……」
またこの後正気に戻ったロロが俺に謝ってくる流れである。
そんなこんなで昼になって、ようやく目が覚めてくる。今日はまだ朝食を食べただけである。次の仕事は昼食だ。
「どういうことだ! ジノヴァ国王子ラルド様との婚姻の約束を急に撤回するなど!」
「どういうことでもない。そもそもクララベル姫が嫌がっていた」
「貴様、わが国と戦争をするつもりか!?」
「人間同士が争うことはよいことではないが、仕方ない」
うるせー。なんで俺の家の前で争うんだよ。
「あ、神野様!」
ジェニーさんが窓の外を覗いて声を出したので、俺もちょっとのぞく。
あの眼鏡かけた背の大きい人が勇者神野さんか。すっげーな。勇者水口はさわやかなイケメンって感じだったけど、神野さんは知的なイケメンって感じだな。すっごくクールそう。
そばにいるのはクララベル姫じゃないな。なんかジェニーさんに似てるというか。
「あれは姉のメイです。神野様の秘書をやっています」
質問する前に言ってもらって早くて助かります。
「あっちの人はだぁれ?」
セリーヌさんものぞく。
「あちらの方はラルド王子に仕えている騎士です。ジノヴァ国の方です」
「ジノヴァ国には、勇者はいないんですか?」
「ジノヴァ国には、昔勇者伊藤という女性の勇者がいました。当時12歳で勇者になられた優秀な方でしたが、途中で行方不明になりました。それ以降、勇者制度に反対する一部の貴族の国となりました。リーシア国も勇者金田様が賛成したため、東側の国は全体的に勇者が王族になることを反対し始めています」
「勇者がか?」
「勇者が国の中枢に入ることですら、一部の貴族からは反対がありました。もし今回のクララベル姫と神野様の婚姻が認められて、神野様が王族に入るとなれば、事実上ヴェルトー国は神野様が次期党首となります。そうなれば、勇者が王となる風習が認められることになるので、今回はおそらく大きなもめごとになります」
なんでこう面倒くさいターニングポイントでやるし、しかもそこで会話するんだよ。
「なんだか大変だね」
「同じ生き物なのに揉めるのは悲しいです……」
ロロが言うと説得力がえげつないな。
ということはこの国も戦争になるのか。まぁ引きこもってればいいだろう。
俺のそのような考えは浅はかであったことだろう。