1話 異世界に来ていきなり揉め事を見る、そして絡まれる
「…………くっそ、あの神様」
次に視界が広がったのは、平原であった。前方には森、横目では民家らしきものも見える。どう考えても日本ではない。
「服装は、俺が死んだときの格好か」
俺が愛用していた通気性のいいシャツと、ちょっとゆったりしたズボン。靴はスニーカー。実に異世界感がない。
「あの神様、金くらい渡しとけよ」
俺がいつもズボンにいれていた財布とスマホは入っていない。どのポケットも空だ。何もしなくていいと言う状態には金は不可欠。その金がないことに、俺はすごく不満を感じた。
「スキル。そうだ、何も考えず、何もしなくてもいいスキルがもらえてるんだったな。だったら、金がザックザックでてくるスキルとかじゃないか?」
俺にとって、何もしなくていいというイメージはそれである。あっちの世界でももし6億持ってれば、俺がダラダラしていても、誰も文句を言わないといつも思っていたものだ。
「しかし、使い方とかもさっぱりだ。ゲームみたいに画面があるわけでもないし」
「ぎゃあああああああああああ!」
俺が1人でぶつぶつ言っていると、男の大きな悲鳴が聞こえた。
ドラマとかではない、リアルな悲鳴だ。別にドラマを否定するわけではないが、やはり鬼気迫った声はドラマでは限界があるだろう。
「…………」
俺はすぐさま近くにあった大きな岩の隙間に隠れた。絶対に面倒なことになってる。関わりたくない。
「とは行っても様子は気になるな」
完全に隠れていると、状況の把握がし辛く逃げるのにも困る。ちらっとだけ見よう。
「おおう、まじか」
俺の視界に広がったのは、なんというか、典型的な盗賊というか蛮族みたいな屈強そうで、凶悪な顔をした10人くらいの男が、なんか商人ぽい人を襲っていた。商人ぽい人の近くには女性が3人と男が2人。
しかし戦えそうなのは、男2人だけで、商人ぽい人と女性は完全に丸腰。
あと良く見ると、1人血を流して、倒れている。おそらく彼も戦える人の1人だったようではある。
「くっそ、傭兵を…………雇ったのに!」
商人ぽい人の言動を聞く限り、どうやら、3人が傭兵。そして、商人ぽい人がその3人を雇っていて、女性3人はその男の商売仲間か、あるいは商売道具か。その商人を盗賊が襲っているというわけだ。
「…………おい、傭兵が…………」
「頼む……殺さない…………」
うーん、距離があるから聞こえないな。状況が分からんと心配だ。
『スキルセレクト。異常聴覚を発動させます。スキルポイントは5消費です。残りは95です』
「ん? 誰の声だ?」
突如俺の頭にアナウンスのようか無機質な声が響いた。ボー○ロイド?
「この辺りは盗賊の出ない安全な地域と聞いていたが……」
「へっへっへ、そういう場所をきちんと狙うのも盗賊ってわけだ。そしてまんまとな」
お、何か急に声が聞こえるようになった。まるで横で話してもらってるみたいだ。急にどうした?
そういえば異常聴覚? スキル? あ、これスキルか? でも良く耳が聞こえても、俺のダラダラとは関係ない気もするが……。
「た、頼む、命だけは……」
「へっへっへ、今生殺与奪の権利は俺達にあるんだ。もちろん金はもらうし、そっちの女ももらう。だが、お前を生かしておいて、目撃証言をされるのも困るしな?」
「さ、触らないで! 私はエルフですわ! 連れて行くならこっちの子にしてください」
「わ、私だって将来有望な魔法使いですよ! くっ、さっきまで訓練していたから、MPがない……」
「ふえーん、けほっけほっ」
というか、俺が困惑している間に偉いことになってる。
金のほうはいいとしても、あの女性3人、あの男たちに連れて行かれたら、ろくなことにならんな。
女性3人といったが、1人はまだ少女だな。すげー泣いてるし。むせてるし。
まぁあの子は泣いているのも分かるし、他の2人も強気ではいるが、表情が絶望的である。
……いや、何を考えてんだ俺。事なかれ主義だろ。
平和な国日本で育ち、女性とろくに接してこなかった俺でもさ、あのまま何もしなかったら、どうなるんだろうというのはよく分かる。
俺はクズな自覚はあるけど、悪人ではないと思ってるんだ。実際生きている間、人に後ろ指をさされるようなことはしたことはない。要するに何がいいたいかというと、人並みの良心はある。このまま見てみぬ振りをしたら、すごく気分が悪いというのは俺も思う。
でもさ、あの10人くらいいる上に、仮にも傭兵みたいな人が殺されてるわけで、俺が出て行ってどうなるねんという話ですよ。ただ死者が1人増えるだけで何一つメリットがない。
日本で言うところの、これは殺害現場を見てしまった状態に近いだろ。その状況でさ、俺が犯人にばれたら、まず間違いなく殺される。俺にできるのは、こっそりと逃げて、3日ほどちょっと心が痛むのを我慢するくらいだ。
ぴとっ。
「ん?」
そう思っていると、俺の手元に何かが触れた。
「うわぉぉぉ!?」
それは蜂みたいな虫だった。俺は大抵の虫は大丈夫なのだが、蜂だけはダメなのだ。おそらくそれは蜂ではないのだろうが、そんなことを考える間もないほど反射的に声が出た。
すぐに口を押さえたが……。
「誰だ!」
しまったー。完全にばれた。
そりゃ10人もいりゃ気づきますよねー。
「その岩場に誰かいるぞ! 殺してしまえ!」
うぉぉ、こぇぇ。
まだ記憶に新しい火事現場での死。やっぱさ、死にたいと思ってても、本能的には怖いもんで、俺が自殺に踏み切れなかったのは、やはり死を恐れていたからだろう。何度やっぱり逃げようと思ったか。やっぱ死ぬのは怖い。
俺はさっと逃げようとしたが、10人相手にそんなことはできるはずもなく、あっさり逃げ場を失って、商人ぽい人たちの近くに追い込まれてしまった。
そこにいる商人ぽい人も女の子達も、絶望の表情である。いつの間にかしばられてるし。
「えーと、俺はどうすれば助かりますか?」
「運がわるかったとしかいいようがねぇなぁ! 死ね!」
異世界に来てからまだ10分も経っていないのに、死ぬのか。くそ、あの神様のバカ野郎。やっぱ天国が正解じゃん。無駄に怖い思いして、即死じゃなかったら痛い思いするじゃん!
『スキルセレクト。異常聴覚解除、絶対硬化を発動させます。スキルポイントは10消費です。残りは85です』
俺が目を閉じて覚悟をすると、またあの無機質なアナウンスが響いた。