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後編


 戦場に響き渡るのは音の暴力。

 相手を威圧するために雄たけびを上げ、剣を打ち合っていく。だが決して、致命傷となる一撃は放たない。そもそもの目的は『勇者』の排除であり、今回の会戦はその布石でしかないのだ。

 教会は、戦争の長期化による勇者の疲労を狙っていた。たとえ勇者であろうと所詮は人の子。押し寄せる疲労の波には勝てやしまいと、長い目で勇者を消す算段をつけていた。


 それに、だ。教会はあわよくばと考えていた。 

『勇者たちの調味料に関する情熱は常軌を逸している。果てには調味料のいかんを問うて、勝手に潰しあってくれるのでは?』

 そして、その言葉通りの現実が飛来する


 間宵が戦場のど真ん中に着弾した。


 思わぬ轟音に兵士たちは振り上げていた腕を止め、歩みを止め、小規模ながらクレーターを形作った間宵に視線を注ぐ。一体何が起きたのか、と混乱を極める兵士たちに指揮官の命令が下る。


「総員撤退、撤退だ!」


 ウォルト辺境伯の号令により、キーピュー王国の兵たちは見失った芯を取り戻し、自国の領土に引き下がる。対するランデル辺境伯も、相手が引き下がるのに合わせて「撤退!」と声を荒げる。


 両国の兵たちが撤退するなか、その場に留まる者が二人。


 土煙が舞い上がり、それを一掃する風圧がクレーターから生じる。現れ出たのは一振りの剣を右手にて握りしめる『勇者』。

 もう一人、地平線を背景に石を手で弄ぶ、無表情を顔に貼り付けた『勇者』。


 『勇者』と『勇者』、黒髪黒目、黄色の肌。

 似ているようで、彼らの芯足る部分は全く違う。


 マヨラーとケチャラー。


 似て非なる信念を持ち合わせる二人は、出会ってしまった。

 決して譲ることのできない心意気を胸に、二人は言葉を交わす。


「俺は間宵……ピキュー王国の『勇者』だ。少々不意を突かれたが、次はこうはいかない」


間宵は苦々しい表情を浮かべる。まるでしたくないことをするかのような、止むを得ないといって歯をくいしばる。対するもう一人の勇者は


「結構だ、それでは手応えがなさすぎる。では、こちらも名乗らせてもらおうか。ハインシ王国の『勇者』、三苫(みとま)(とおる)だ。私と君の仲なのだ、気軽に呼んでくれよ?」


 ウインクでもしそうな雰囲気で青年は戦場に立っていた。しかし間宵は見てしまったのだ。三苫の右手に収まっているただの小石が、『勇者』の身体能力をもってすれば、凶器になりうるところを。

 むしろ、軽い雰囲気で凶器を扱うその姿に恐怖を感じてしまう。


「なに、そんなに恐れることはない。聞いたことはあるだろう?『最初は強く当たって後は流れで』だ。私に任せたまえよ」


 それを聞いて、間宵は吹き出してしまった。


「八百長か、確かに聞いたことはあるが……そんな選択をするわけにはいかない。俺はもう決めたのだ。信じてくれる者がいるかぎり、俺は止まらないのだと。なあに、今からお前は八百長をするのだろう? なら勝敗は決まったも同然だ」


 ――俺が絶対に勝つ。

 その意思を見せつけるように、剣を両手で構える。

 ここまで来て、こんなにも助けられて、覚悟を決められないのは男ではない。

 やってみせようではないか、してみせようではないか。

 『マヨラーの伝道師』一世一代の大舞台、見事舞ってみせよう……!


「まったく、ああまったく惜しい男だ。その信念に惹かれるというのに、それのせいで真の友となることができないとは。――――だがそれも面白い! さあ、存分まで死力を尽くそうではないか!」


 マヨラー勇者、ケチャラー勇者、似た者同士。

 だが所詮似ているだけ、本質はまったく違うもの。

 ケチャマヨ戦争――開幕だ……!






=====






「わかっているな?」

「お任せを」


 ――教会もまた、動き出す。






=====






 先に動き出したのは三苫。肩口のポケットから素早くひとつの石を手に取り、なぎ払うように右手をふるう。一直線に高速射出された石を、間宵は類稀なる動体視力で見切る。

 最小限の動きだけで三苫の一撃を避け、落下時にできたクレーターを駆け上る。上と下、地理的優位を保つために三苫は右足を振り上げ、地面を蹴り砂埃を巻き上げる。

 目潰しとまではいかなくとも、視界は確実に潰された状況に歯噛みをするが


「はぁっ!」


 風圧だけで土煙をかき消せるのは確認済。剣を振りかぶり虚空を切り裂く。開けた視界に待っていたものは果たして、拳大の石を蹴ろうとしている三苫の姿であった。


「っ!」


 通常の人間では考えられない衝撃を『勇者』たる三苫は、腰のひねりを存分に活かして間宵の胴体めがけて蹴りあげる。空気抵抗により石の表面がぼろぼろと崩れていく。だがしかし、必殺の一撃は健在。鎧など軽々と貫通しそうな速度で一直線に進む。

 間宵は足に全神経を注いで横に跳んで回避――そしてそれを待ち受ける三苫の第二撃。これを狙っていた三苫は今度こそ、胴体に石を射出、見事命中を果たす。


「ぐっ」

「甘い、甘いぞ、それでも貴様は『マヨラーの伝道師』か!」

「言ってろ!」


 胴体に響くダメージを誤魔化すため空元気を絞り出し、三苫の懐に滑りこむ。小爆発のような音を足元で叩き出し、剣を顎先に突きつける――


「甘いと――!?」


 突きをかわそうとバックステップをしたタイミングで、間宵が剣を捨てた(・・・)。最初から間宵は顎先など狙っていない。狙うは――不自然に膨らんだポケット! 全力で三苫に追随し、胸ポケットに拳を叩きこむ!

 拳が何かを砕くような感覚を間宵は覚え、三苫は遥か後方へと吹き飛んでいく。


「――あまり『マヨラーの伝道師』を舐めてもらっては困る。その名は全てのマヨラーの希望だ、愚弄することは……許さん!」


 間宵は『小型砲弾』を警戒して、ジグザグに三苫の方向へ駆けだす。間宵が足を地面につけるたび、まるで雪のように足跡が残っていく。間宵の速さには目を見張るものがあったが。

 相当距離を走ったはずなのに、何もなかった。見渡せば地平線を臨めるこの戦場、ただ一人を見つけられないわけがないのだが……。


「どこだ……?」

「ここさ」


 耳元で三苫のささやく声が聞こえ、思わず振り返ってしまった(・・・・・・・・・)。石は凶器になりうる。飛び道具としても、鈍器(・・)としても。三苫は鈍器で、脆くなっていた鎧の一部分を強打する。


「ぐっ、があ、げほ、ごほ」


 間宵は吐き気と鈍痛に耐えきれず、地面にうずくまってしまう。先の一撃で鎧は部分的に破壊されてしまった。もう一撃、あと一撃でもくらってしまったら、腹に風穴が開けられてしまうかもしれない。恐怖が再び間宵を襲いかかる。そして相手は、三苫が今の好機を見逃すはずがない。

 まず背中に一撃。胴体を守る鎧の完全破壊を成し遂げる。

「がぁっ」

 次に左手を。手甲に石を突き立て強引に穴を開ける。力任せに手甲を剥がした。

「――っ!」

 嫌な想像が間宵の脳裏によぎる。

 そしてその想像は、きっと正しい。

 小指、第二関節を逆向きに、折るように曲げる。


 パキッと、何かが割れた音がした。


「あああああああああ!」

「まだ四本残っている、安心しろ」


 間宵を安心させようとしているのか、三苫は微笑む。

 だが間宵の目にそれが映っているはずがない。激痛に耐えかねて左腕を乱暴に振りまわし、三苫の体がふわっと浮遊する。咄嗟の判断でそのまま投げ飛ばそうとした間宵だったが、三苫はさらにその上をゆく行動をとった。

 振り回された際に生じる遠心力を、逆に間宵を投げ飛ばすのに使ったのだ。

 一度投げ飛ばされかけた三苫は間宵の手を離さず、地に足をつけてからうずくまる間宵を背負い投げの要領で逆に投げ飛ばした。

 一回転した視界に混乱する間宵に、三苫はマウントポジションをとる。


「次は薬指だ」

「どけよ……クソが」

「どくわけないだろう」


 間宵はもがく、この状況を覆すために。しかしいかんせん、どうやっても抜け出せない。ああ、左手を握られてしまった。薬指を、第二関節を。

 無慈悲にも曲げられていく、声にならない悲鳴を上げる、もがく、どうしようもない。この状況をひっくり返す手は、間宵にはない。

 ……そう、間宵には。


 彼の目に、何度も助けてくれた少女の姿が、震えているメイが映る。剣を振り上げて、三苫の頭に叩きつけようとしていた。その剣が、小刻みに震える。

 当たり前だ、自らをいとも簡単に殺せてしまうほどの人物に歯向かうなど、馬鹿げている。その馬鹿を、メイはしようとしている。

 それだけはだめだ、しかし間宵は思うだけで何もできなかった。少しでも変な動きを見せたら、メイの存在に気づいてしまうかもしれない。音もなく近寄れるのは彼女の特技だが、視界に入れられてしまったらおしまいだ。八方塞がりだった。いや?


 自分は彼女に、一体何を言っただろうか。何回助けられただろうか。

 決めただろうが。

 あがいてみせると。

 未来を見せてやると。

 諦めないと。


 無理を通せば道理が引っ込む。ならば――道理なんてクソくらえだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「っ!」


 上げろ、雄たけびを。圧倒しろ、相手を。諦めるな――大切な人のために。


 右拳を握りしめ、三苫がそれを抑え込む。両の手が完全に塞がった。

 動けない、間宵も三苫も。


「メイ! 今だ!」

「はい!」


 渾身の一撃を三苫の脳天に叩きこむ。

 鈍い音が響き渡った。


「うあ……」


 ぐらりと三苫の体が揺れる。間宵はマウントポジションから抜けだし、メイを抱きかかえその場から離脱。まだ油断はできない。あれしきで倒せるとはこれっぽちも思ってないからだ。

 ふらつきながらも、三苫は立ち上がる。


「……あのときの従者か。羨ましいものだ、頼れる者がいるというのは」

「――できるさ、お前にだってそういう人は現れるはずさ。そのために俺たちは戦っていた、違うか?」

「ふっ、そうだったな。では、これで幕引きとしよう」

「ああ、いくぞ……!」


 二人は腰をぐっと下ろし、同時に地面を蹴り出す。右拳を握りしめて、振りぬく。土煙が巻きあがり、二人の姿が見えなくなる。


 ……果たして土煙が晴れ、戦場には地平線が広がっていた。

 立っていた者は、誰もいない。

 倒れ伏す者が二人。二人の『勇者』。『勇者』は倒れていた。

 地に赤い液体をまき散らし、寄り添うかのように、安らかな表情で倒れていた。

 痛いほどの静寂が、戦場を支配する。


 ……そして、その余韻を邪魔する者が一人。


「やっと倒れてくれたか、まったく末恐ろしいものだ。まさに『悪魔』だな」


 ランデル辺境伯、ハインツ王国の辺境伯、教会と太いパイプで繋がっている者。『悪魔』の殺害を目論んで、裏で色々と活動していたのだが、その努力は全て無意味となった。もちろん良い意味でだ。

 今日、この日、二人の『悪魔』は死んだ。教会に仇なす者を排除できた。これほど喜ばしいことがあるだろうか、そう思ってしまうほど彼は喜んでいた。


「そうは思わんか、ウォルト辺境伯よ」

「……」


 ウォルト辺境伯の反応が薄いことに、ランデル辺境伯は気づかない。気づけないほど彼は高揚していたのだ。


「しかし、念には念を入れて、とどめを刺すべきであろう。弓兵よ、特製の矢で『あれ』を射よ」

「お任せを」


 壮年の弓兵は三苫を照準に、弦をたわませていく。限界まで引き絞ったところで、矢を放つも、三苫に命中することはなかった。単純に外したからではない、もっと別の理由だ。


「なぜだ、なぜ生きている。なぜだ、なぜ!?」


 ランデル辺境伯は混乱していた。なぜなら――死んだはずの『勇者』が動き出したのだ。それも死にかけの動きではなく、ピンピンしたキビキビした動きで。


「あー疲れた。早くマヨネーズ摂取しなきゃ死にそう」

「それはケチャップが不服だったと解釈してもよいのか?」

「そんな意地悪なこと言うなよ。昔からの付き合いなんだからそれぐらい察せよ」

「昔と言っても数年前であろうが」

「十分昔ですー」


 しかも緊張感の欠片もなかった。

 ウォルト辺境伯はランデル辺境伯に切り出す。


「はて、これはどういうことでしょうか? まさかランデル辺境伯がハインシ王国の『勇者』を殺そうとするとは。これは――ハインシ王国に対する謀反と捉えてよろしいですか?」

「は、何を言っておるのだ貴様は!?」


 やれやれ、といった風体で首を横に振り、さらさらとした金髪が美しく輝く。


「生きていた『勇者』を殺そうとした。『勇者』は王国の貴重な戦力。それすなわち、王国への謀反と考えるのが自然かと」

「そういうことを言っておるのではない! 貴様は教会側の人間であろうが!」


 すっとウォルト辺境伯の目が細まる。


「私がいつ、教会側の人間だと言いましたか。私と教会との繋がりは、親である元辺境伯が信者だというものだけです。実際、私の周囲に教会関係の人間はいません。軍は致し方なしですが、教会の支援を受けているわけではありません」

「しかし!」


 向こう側でピーチクパーチク会話している辺境伯二人に、心底嫌な顔をする間宵。そういった面倒な話は苦手なのだ。そういうわけで、三苫に説明を求める。


「ウォルト辺境伯は教会側の人間ではないのだよ」


 曰く、親が信者であっただけで、教会には日々不信感を募らせていたとか。それが戦争の仲立ちを拒否したことで爆発した。未婚であったのも、見合いの相手に選ばれるのは教会に一枚噛んでいる者しかいないからだ。しかし、傍から見ればウォルト辺境伯は教会側の人間にしか見えないため、他にお見合いに立候補する者が出なかったそうだ。

 ちなみに、マヨネーズとケチャップに感銘を受けているらしい。


「なるほどなあ、疑って申し訳ないかも?」

「疑問形なのか?」

「いやまあ、俺、兵士たちからめっちゃ殺気送られてたからさ」

「ああ、なるほど。それは災難だったな」


 ほんとだよ、とため息をひとつ。


「これでランデル辺境伯を没落させる大義名分は得た。あとは適当なヤツを見繕えば、終戦の道筋も見える。ようやくだ」

「あーやっと『勇者』の役割も終わりだ。つかれたつかれた」


 ストレッチついでに空を仰ぎ見る。澄み渡る青い空、白い雲、空は地球のとあまり変わらない。むしろどこか違うところがあるのかと、疑問に思うほどだ。

 地球に帰る手段は見つかってないけど、ここで一生を過ごすのも悪くないと思う。治安は悪いし、飯はまずいが、だからこそマヨネーズを世に広めねばと思う。『勇者』なんていう重苦しい役割は捨てて、『マヨラーの伝道師』として生活しようか、とおおざっぱな未来設計をする。


「いいや、まだ『勇者さま』の役割は終わってなさそうだぞ」


 三苫の声が聞こえて、上に向けていた視線をある方向に向ける。

 そこにいたのは、一人の少女。

 この世界に来てから数ヶ月、何時でも何処でも何度でも、影ながら支えてくれて、時には背中を押してくれて、間宵の心に寄り添ってきた少女。

 彼女が、輝く笑顔を、まぶしいほどの笑顔を向けていた。


「間宵さん、やりましたね!」

「ああ、作戦成功だ!」


 メイは間宵へ走り出す。鎧は既に脱いでいて、いつものメイド服が風に揺れた。そして、間宵の手を引っ張って三苫から引き離す。まあ、そうするのも当たり前なわけで。


「三苫さん、さすがに間宵さんの指を折ることはないでしょう!」


 警戒心をむき出しにして、三苫を威嚇する。


「いや、左手だったし、小指であっただろう? それに『まだ四本残っている、安心しろ』と言ったではないか。ほら何ら支障は出てないぞ」

「お前それマジで言ってたのかよ……。いやまあ、確かに問題はないんだけどさ」


 小指の骨折のことを忘れていた間宵は、今頃になって小指の痛みを認識し始める。先程までドーパミンがドバドバであったため、そのツケがやってきたのだ。


「うわ、何これ。今頃になって痛み始めたんだけど。まじ最悪だな」

「あーもう! 三苫さんのせいですよ! 間宵さん早く治療しましょう」


 メイは間宵の背中を押して、治療所へと急ぐ。間宵とメイの背中を見送る三苫はというと「演技に熱が出るのはどうしようもないのだがな……」と一人寂しく言い訳をしていた。


 そして、さらにその姿を見つめる影が四つ。


「やっぱりあの『勇者』はかっこいいよねー」

「でもウォルト辺境伯って、教会が原因で結婚できなかったんだよね。私にもチャンスが……来た?」

「仕方ないよね、うん。私たち四人の関係が最悪になっても仕方ないよね」

「許される立場にある恋は……あまり燃えない。それと、二兎を追うものは一兎も得ず、という『マヨ勇者』が言っていたことわざを教えておこう」


 かしまし四人組の一人、間延びする話し方をする女性が、三苫に近づく。

 いつの間に!? 抜け駆け禁止! といった無言の圧を三人は飛ばすが、彼女は気づかない。いや、わざと無視しているだけかもしれない。こういうときに天然属性は役に立つ、というのは穿った見方か。


「こんにちはー、『勇者』さん。突然ですが、私と付き合ってくれませんか?」


 彼女に関して言えば、穿った見方ではないのかもしれない。

 計算づくであの性格を作っているのか!? と三人組は直感で感じ取った。

 そして、計算づくな彼女でも、誤算が一つ。


「ははは、すまない。私はよく間違えられてな。実は私は女なのだよ」


 青年は笑い飛ばして、彼女の告白を断る。

 時間が止まったような、そんな雰囲気が一帯を支配した。

 だが、その支配を逃れた者が一人。


「女同士、許されない立場……燃える!」


 かしまし四人組の春は、しばらく来ないかもしれない。






=====






 屋内にある治療所。今回の戦争において、死者はなし、負傷者も少ないと人的被害は軽微であったので、治療所はがらんとしていた。自分たち以外誰もいない、二人っきり。そんな事実に、間宵は少し意識してしまう。メイはというと、間宵の治療に集中しているためか、そんなことは気にしていないようだ。


「これで……よし! 間宵さん、終わりましたよ」

「あ、ああ。ありがとう」


 メイは間宵の挙動不審さに首をかしげる。もしかして……と詰め寄る。


「どこか悪いところでもあるんですか? 遠慮しないで言ってくださいよ。間宵さんに何かあったら大変です。それに、あのとき頼ってくれて嬉しかったんですよ?」

「あのときって、メイが三苫に殴りかかろうとしていたとき?」

「そうです。間宵さんが自分から何かを頼むことって、マヨネーズのこと以外ありませんからね。それも別の人にも頼んじゃいますし。……私だけにしかできないことを頼んでほしいんです」


 しゅん、と下を見つめて落ち込むメイに、間宵は「そんなことない」と言う。


「メイがいなくて初めて気づいたんだけどさ、俺って一人だと何もできないんだ。今日の戦争のときだって、メイがいなかったら、戦うことすらできなかったと思うよ。それぐらい俺は弱かったんだ」


 メイがいたことで、間宵の心はひとつに定まった。


「三苫にマウント取られたときだって、メイがいたからこそ諦めないでいれたんだ」


 彼女がいたから、最後まであがけた。


「おかげさまで、俺は五体満足でここにいる。全てメイのおかげだ」

「え、えへ。そこまで言われたら照れちゃいますね」


 照れくさいのか、小さく舌をチロと出す。


「自信を持って言える。俺はメイがいないとやっていけそうにない!」


 決してそれは、情けないことや恥ずかしいことではない。

 当たり前すぎてわかりづらいが、人は支えあって生きている。

 その比重が少し大きいだけ、ただそれだけ。何も恥ずかしいことはない。


「えー、だから」


 ごほん、と咳払いをひとつ。


「俺に一生ついてきてください」


 これは、初めて彼が言ったお願い。

 これまでは彼女が「ついていきたい」と願うだけの一方通行だった。

 だけど、ようやくだ。

 ようやく、二人の心は繋がった。

 彼女の頬を雫がつたう。

 彼は手を差し出す。

 彼女も手を差し出す。

 手を握りしめて、彼女は言った。


「はい!」


















=====





 ランデル辺境伯は問うのであった。


「結局、貴様らは何だというのだ。互いに憎み合っていたのではないのか」


 一人のマヨラー、一人のケチャラーはこう言った。


「マヨラーたる者」

「ケチャラーたる者」


「「他人の価値観を認めずしてどうする」」




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