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前編


 広大な大陸に存在する、二つの王国。大陸は長方形のような形をしており、それを二分するかのように王国は存在していた。しかし、国境ではそれぞれの領土を奪わんと、日がな一日侵攻と防戦の応酬が繰り返され、国境線は一日ごとに書きなおす必要がある様相を呈していた。


 何がきっかけで開戦へ至ったのか。大陸統一のため、資源独占のため、価値観の相違のため。様々なものが考えられるが、全ては妄想の域から脱却できない。五十年にもおよぶ戦争の歴史に、そのような些細なものは押し流されていった。戦争をする理由など、それを続けるうちは、坂を転がり落ちる雪玉のように増えていくからだ。

 しかし、増えたものは、それだけではなかった。戦死者、負傷者、負債、資源の浪費、疲労感、戦争をやめる理由も、泥沼化していくにしたがって増えていった。

 

 二つの王国は、終わりの見えてこない戦争に嫌気がさした。一進一退の攻防を数十年も続け、平民も貴族も王族も、身分を問わず、老若男女全てが疲れ果てていたのだ。そういった時代の流れもあり、両国は停戦へ動き出すのだが、『先に停戦を申し出るのは、体裁が悪い』といった考えを持った。

 申し出を承認する際に、有利な条件をふっかけることができるのだ。待つのは当然であった。しかし、それでは本末転倒もいいとこである。

 そこで、停戦条約を締結するにあたり、第三者に仲を取り持ってもらうことにした。教会である。


 幸いにして、両方の国とも、同一の宗教を信仰していた。彼らに仲を取り持ってもらおうとした。そして、不運にも両国は、その申し出を断られた。

 教会にとって、戦争状態にある両国は都合の良いものであったのだ。


 王国側は強く出ることはできなかった。教会の影響力は絶大なものだからだ。

 例えば経済。都市を支える交通網は教会が管理をしており、商品の流通を滞らせるのも、彼らの胸先三寸である。王国、商会も販路を持っているのだが、どうしても見劣りしてしまう。大規模な商品の運搬に、教会は必要不可欠なのだ。

 そして政治。戦場の最前線である国境付近を統治しているのは、敬虔な信者にして、教会と太いパイプがあると言われている辺境伯だ。さらに性質(たち)が悪いことに、似たような境遇の辺境伯同士が、日々戦場を賑やかせている。下手したら、教会の意向に従い、自国に仇なす可能性があるのだ。

 さらに、教会は独自の軍を所有しているため、武力行使で黙らせるわけにもいかなかった。勝利することはできるだろうが、消耗を狙われて敵国に攻め入れられないと、楽観できるはずがないからだ。


 戦争は続行を余儀なくされた。こうなればいち早くの、相手国の制圧を為すしか、終戦の道はない。そうしてとった行動は、奇しくも両国とも同じであった。王族のみに伝わる秘法を行使したのだ。

 それは『世界を捻じ曲げる』秘法。異なる因果に生きる者を召喚するものであった。代償は王族の血を持つ者の命ひとつ。片や隠居していた元国王を、片や国王の末娘を贄に『勇者』が召喚された。


 それほどまでの犠牲を払ってでも、勇者召喚は価値のあるものであった。比喩でもなんでもなく、勇者は一騎当千の力を有するのである。王族の命令には逆らえないという首輪付きではあるのだが。といっても、そのような不確かなものを信頼できるはずもなく、王族は勇者にできるだけの歓待をした。

 しかし王族の力を持ってしても、二人の勇者には我慢ならないことがあった。


 食事がまずいのである。具体的に言うと味がない、もしくは薄い。


 こんな生活耐えられないと、調味料ドバドバの濃い味付けに慣れた勇者たちは、調味料の開発を決心する。離れた場所でも心は通じ合えることを、二人は証明してみせたのだ。

 開発する調味料についてだが、二人を語るうちで外せない特徴がある。勇者の一人は『マヨラー』であり、もう一人は『ケチャラー』なのだ。それも病的なまでの。どれくらいまでかというと、調味料の開発を決心するのに、召喚されてから数時間しか経っていないほどだ。


 二人は寝る間も惜しんで、ケチャップ、またはマヨネーズの開発に勤しんだ。昼間には戦闘訓練を行い、夜間は眠気を調味料への執念で抑え込み、素材の選定を行った。

 この選定が困難を極めた。勇者たちがいた世界の食べ物と、この世界での食べ物との見た目が一致しないのだ。外見は『トマト』かと思いきや、中身は『アボカド』であったり、ただの山菜かと後回しにしていたものが、実は辛子に代用できるものであったりと、勇者たちの常識にそぐわないものばかりだった。


 材料の用意が完了したときには、勇者たちは限界であった。調味料(ヤク)を定期的に摂取しなかったために、手が震え、幻覚が見え、頬がこけ、勇者ならぬ幽者のような陰鬱な雰囲気をまとっていた。訓練相手を務めていた騎士が委縮してしまうほどだった。

 そのような状態での調理は、実に痛々しいものであった。手が震えるせいで、包丁は指に多数の切り傷を作り、ソースをかきまぜると器からこぼしてしまい、塩と植物の種子を間違えたりと、「もうおやめください!」と侍女が口を出してしまうほどだ。しかし、勇者はやめなかった。

 むしろ虚ろであった瞳に光を携え、侍女をしっかりと見据え、こう言ったのだ。


「ばかを言うな。ここで俺が、『マヨラーの伝道師』の名を冠する俺が止まれるはずがないだろう。この二つ名がつけられるに至った経緯が、お前にわかるか? 俺が以前いた世界では『マヨラー』と呼ばれるものはたくさん、それもこの王国の人口に達するほどの人数がいたのだ。つまりだ、『マヨラー』と揶揄される者は、言外に『ただのマヨラー』とばかにされているのだ。この辛さが、わかるか? 俺にはわかる。マヨネーズが純粋に好きなだけなのに、誰にも迷惑をかけていないというのに、『マヨラー』とばかにされるのだ。しかもだ、しかも自分を否定されると同時に、マヨネーズも一緒に否定しているのだぞ。奴らは個人の感性さえ殺してしまうのだ。しかも殺したことに気づきさえしない。虫が勝手に道路で死んだと思っているのだ。奴らが殺したくせに、奴らが踏みつぶしたくせに。俺は、そんな悲しき存在である『マヨラー』から『マヨラーの伝道師』なる二つ名をもらったのだ。俺ならば『マヨラー』たちの希望になれると、彼らは俺を信じてくれたのだ。だから、ここで俺は止まるわけにはいかない。止まってしまったら、『マヨラー』たちの願いが潰えたことを意味するのだから、この世界にマヨネーズを広めるまでは、俺は死ねないのだ……!」


 勇者が放つ、静かながら熱を感じる演説に、侍女は脳髄まで痺れるような感銘を受けていた。勇者とは、召喚されただけではなり得ない者なのだ。人生という道で迷わない、堅固でびくともしない信念を持って生きる者こそが、勇者にふさわしいのだと、がつんと頭が揺らぐような衝撃を受けた。


 それまで彼女は勇者を、ただ幸運にも抽選で当たりを引いただけだと、内心ばかにしていた。戦争が終結した後も、精々『勇者』という役割にしがみついてればいい。そんな、下種な考えをしていた昔の自分を恥じた。せめて罪滅ぼしに、自己満足に過ぎないこともわかっている。いや、ちがう。純粋に生涯仕えたいと思った、高潔な生き方をする彼に。『マヨラー』たる悲しき存在の願いを叶えようとする、『勇者』の彼に仕えたい……!


「では、私に勇者様のお手伝いをさせてください! 勇者様は、一人で歩むには辛すぎるほどの重荷を背負っています。確かに勇者様ならば、その茨の道を歩めるかもしれません。いえ、必ず歩んでみせることでしょう。ですが! 私は傷つく『あなた』を見たくないのです! お願いです、私にも『あなた』の思い描く未来を見る権利をください!」


 それは侍女にあるまじき行為。仕えるべき存在にお願いをするなど、到底許されるものではない。だが、彼女はこうするしかなかった。きっと彼は、この王国さえ飛び出して、大陸にマヨネーズという至高の調味料を知らしめることだろう。自由に翼を広げて、おとぎ話のドラゴンのように。だから、ドラゴンの背にしがみつくチャンスは、今をおいて他にないのだ。


「……! ありがとう。俺が進む道に、『君』はついてきてくれるというのだな。これほど頼もしいことはない。……君が言ったように、俺は厳しい道を行くことだろう。それでも、大丈夫か?」


「もちろんです。どんな困難でも、あなたと一緒なら、私は負けません!」


 『勇者』と『侍女』が、マヨネーズによって繋がれた瞬間であった。


 その後、侍女の助けもあり、マヨネーズは無事完成となった。勇者が味見をした際に、久しぶりのマヨネーズ(ヤク)を摂取で来た感動のあまり、侍女に抱きついてしまい、彼女の顔が赤くなるのだが……それはまた、別のおはなし。『マヨラーの伝道師』たる彼は、気づかなかったことだろう。


 ――――召喚されて、三日目(・・・)の出来事であった。


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