第七話 断罪
北辺の勇者が剣を持ち込めているのは外交の使者だからです。
ガルジアは北辺の勇者が来る前に葉巻を吸いながら考える。主人公の父親である大セルディウスはガルジアの右腕と言われ、かつて共に世界の経済覇権を握るべく戦った。野望は成功し、アントウェルペンは空前の繁栄を手に入れる。
「最高の時期だったのだ」
これに気を良くしたガルジアは軍事的な覇権にも挑戦することを決める。それも順調に成功を収め始める。そんな時にヴェスピィアス山という場所でハグレのドラゴンが現れたと報告が入る。これをアントウェルペンがアルカディア地域北部での覇権を決定的とする好機とみたガルジアは大セルディウスにドラゴン討伐を命じた。
「聖騎士にかかれば簡単な討伐のはずで世界の誰もが思っていた。」
しかし、彼は戻ってこなかった。戻ってきたのは彼の弟であるハイゼンが連れて帰ってきた軍勢だけだった。突然の英雄の失踪に誰もが戸惑い困り果てた。混乱する中でアントウェルペンを打ちのめす好機と見た周辺諸国が反旗を翻した。この攻撃を撃退し、混乱を収めるのこと事態は容易かったが市民達は裏切られたという気持ちが強く、怒りがサヴィアス家に向かった。
「マレージアが…倒れていさえなければ…」
本来なら一時的な気の迷いであり、糾弾は直ぐに収まるはずだったが…ガルジアは腹心に裏切られたという気持ちが強く、特に弁護に回らなかった。さらに運が悪いことに大セルディウスの妻であるマレージアが夫が行方不明になったせいで気力を失っていた。主要なサヴィアスの重鎮達も外に遠征していた。そして何よりサヴィアス家が一番弱っていた時期であった。
「マレージアのことを言う前に早く、弁護に回るべきだった。」
サヴィアス側は対応出来る能力に欠けていた。それが思わぬ事態にまで事件が発展してしまう原因になった。弁論も出来ずに偉そうにしているサヴィアス家の連中に怒りを覚えた暴徒が「サヴィアスを追い出せ!!」と叫び始めるとマレージアを自らの産みの母と慕う戦乙女ヴァルキリーどもが怒りに燃えて暴徒を攻撃し始める事態にまで発展する。
「動き出すのが遅すぎたのだ…」
ガルジアが事態の深刻さに気付いて動き出した時には混乱は収拾するには明らかに遅かった。人生で最大の汚点を自ら演じてしまう。弁解の余地も無い、明らかにサヴィアス家を見捨てようとしていたのである。
「それがどれほど愚かなことか…」
素人でもサヴィアス家を見捨てるなどあり得ないと断言するだろう。それほどサヴィアス家の一族の力は無視できない絶対的な力があった。何せ、一族直系が聖騎士を三人、分家が二人出している人外家系だ。一族と家臣の多くは飛燕術を使えるか匹敵するレベルの実力者揃いである。我がアントウェルペンの力の象徴だ!!そのものである。それを手放すなどあり得ない。
回想が続く中で扉をノックする音がした。
「入りたまえ」
そう言うと無遠慮に一人の若者が入ってきた。北辺の勇者だ。男はガルジアの机の前にあった客人用の椅子に偉そうに座った。
「君が北辺の勇者かね?」
「その通りです。」
何か言いたそうだったので聞いてみることにした。
「何か私に言いたいことがあるのか?」
「ありますとも陛下、ガルジアと言えば魔界帝国の成立を許し、あまつさえ人間帝国を崩壊させ、教皇を助けるという名目で人々を騙した世紀の大悪党ですからね。今もなお中原の覇権国セルギア王国が国土の半分以上を奪われつつあるのですよ、あなたの育てた魔王によってね。」
知ったような口を聞く若造だな、というのがガルジアの印象だった。こういう正義感ずらした輩には是非とも当時の状況と私が立たされた立場を体験させたいものだ、そうすれば理解するだろう。
「君はいろいろと誤解しているよ、当時、魔界に対して侵略していたの人間帝国の方だし、人間帝国の皇帝に君は会ったことが無いだろう?奴が私に何て言ったと思うかね?言葉では言い表せんよ、民を虐げ、王だ!貴族だ!!と根拠の無い優越意識で借金を踏み潰す連中だ、あんな連中にお金を貸し続けたら今頃、アントウェルペンは破産している。」
「あなたが人間帝国が滅ぶときに財宝を奪ったと聞いていますよ?」
「借金の形のことかね?それの何が悪いのか理解できないね」
吸い終わった葉巻を灰皿に置いて次の葉巻を準備しながらガルジアは反論する。
「そうそう、先ほどの娘ですか?人間帝国の直系の娘を戦乱の混乱の中で奪ってきて産ませた子供というのは?」
「テレジアの母親とは確かに政略結婚だが…私は大司教を始めとして旧臣達を助けた、その時に連中が差し出したのだよ、可哀そうだから断ったが連中が許さなくてね」
ついついガルジアの悪い癖が出てしまう。こんな言い方をするからテレジアにも嫌われるのである。しかし、彼にとっては複雑な事情の一部とはいえ真実であった。ただし、本当に愛していた部分も大きく、それが現在のテレジアへの溺愛の理由になっていた。
「魔王と同じだな、あんたは本当に悪の権化だ!!」
「それより、聞きたいことがあるのだが良いかね?」
今度はガルジアが質問する番であった。
「ヴェスピィアス山で大セルディウスに会わなかったかね?」
その時、勇者がニンマリと笑った。
「ああ、彼ですか(笑)私が殺しましたよ!!」
ドラマなら雷が陥る場面である。ただし、残念ながら外は快晴である。
「どうやって!彼は聖騎士だぞ!!」
さすがのガルジアも椅子から身を乗り出す勢いだった。
「聖騎士?あのような悪の手先のどこがですか?アイツはハグレのドラゴンが対話出来ると知ると討伐ではなく、対話で解決しようとしていました。」
彼らしいと思った。ドラゴンは別に悪では無い、味方に出来るなら殺さずに連れて帰ろうとしたのだろう、もしくは本当に助けようとしたのかも知れない、善悪では無く、中立の立場に立てるからこそ神は彼を聖騎士に選んだのだから…
「それで?」
「簡単です、不意打ちですよ!私はね!!何故か力だけはありましてね、彼に致命傷を与えられたのです。」
「そうだろうな、お前は当時まだ幼い子供だからな、それが後ろから刺してくるとは思わなかったのだろう…」
いや違う、正確には北辺の勇者が恐ろしいほどイレギュラーな力を持っていたと言うべきだ!!もちろん正面から戦えば負けるはずなど無いが不意打ちで後ろから刺せば致命傷を与えるほど…なんという恐ろしい悪魔が産れたのか…
「あなたのようにお金を稼ぐことに執着する商人は私は嫌いです、人は皆助け合うべきなのです。私のように欲も無く、皆のために戦える聖人がいれば世界は良くなるのです。」
「確かに君は人々を助けていた、しかし、悪いことをしていると一方的に決めつけて領主を殺したり、単に秩序を回復しようとして来ただけの軍勢と戦うことは無かっただろう?話あえたのではないかね?」
そう言うと北辺の勇者は言う。
「何が話し合うだ!!人々を搾取して助けない人間を殺して何が悪い!!」
「なら私が人間帝国を見捨てた理由を君は理解出来るのではないかね」
その時である。勇者の顔色が変わった。図星を突かれたのだ、今まで自分が正義だと思っていた狂信者ほど真実は受け入れがたいのである。そう、ここはアントウェルペン!!自由と平等が誰にでも与えられる国の中心都市アントウェルペンなのである。
「君はアントウェルペンの外ばかり見ているが…この都市が目に入らないのかね、君の理想の都市だと思うのだが…」
これまた真実である。あんまりにも残酷な事実、力の弱かったために紆余曲折と妥協で爵位を受け取らざるおえなかったとはいえアントウェルペン家は極めて良心的な領主であり、この国に住む人々だけでは無く、自由陣営の世界の希望でもあった。だからアントウェルペンは世界経済を牛耳ることが出来るまでになったのである。
世界の見方を変えると見えてくる別の真実に北辺の勇者はついていくことが出来なかった。彼にとって受け入れがたいほどアントウェルペンは悪だったのである。それは間違いではないかも知れない。しかし、片一方的な真実であった。
「そんなことあってたまるか!!」
「何が受け入れがたいのだ!!」
ガルジアは席を立つと机を回って勇者の横に行く、これもガルジアの悪い癖である。熱が入り過ぎて彼は議論好きで正義感が強い部分が出てきてしまう。ふだんなら静止してくれる家臣がいない中での迂闊すぎる行為だった。
剣を抜こうとする北辺の勇者にガルジアは追い打ちをかけてしまう。
「私を殺すと言うのかね、そんなことして何になるのだ?お互い話せば分かり合えるのではないかね?」
現実を受け入れられなくなった若者はガルジアに対して剣を抜いてしまう。
スッ
しかし、一撃目はガルジアが避けてしまった。次の一撃も避けてしまう。遂に頭にきた勇者は壁に追い詰めたガルジアの胸を突き刺す。
ブスという鈍い音がした。
勇者は命乞いをすると思っていた。だが命乞いをしない、だから本気で刺したのである。
刺されてもなおガルジアは痛みなど無視して勇者に言い放つ
「貴様は、勘違いしている、世界は単純では無いのだ!!」
勇者は剣をガルジアの腹から抜く、もう一回刺そうとしたら外から音が聞こえた。魔法障壁を張っておいたので直ぐには入ってこないが奴らが凄腕なのは知っていた。なにより早く離れたくて仕方が無かった。
彼は机に飛び乗るとガルジアが座っていた椅子の先にある窓ガラスを割って外に出た。
ドアを蹴破って中に主人公たちが入ってきた。彼らが見たのはあり得ない光景だった。机にもたれかかるようにガルジアが腹から血を流して倒れていた。
「お父様!!いったい何が…」
余りのことにテレジアは気が動転してガルジアに近づいて呼びかける、そうすると凄い勢いで手を掴まれた。
「テレジアよ、私の服にある鍵を使って金庫を開けなさい、お前がアントウェルペンを守るのだ!頼んだぞ、アントウェルペンを導くのだ…」
自らの国の民のためなら酷い決断だろうが下し、国を繁栄に導いた偉大な商人にして偉大な指導者は最後まで国を心配し、憂いて死んでいった。
「ああ主よおおおおおおなんということか!!」
護衛隊長のザイードは地べたに倒れこみ泣き崩れた。他の側近達も衝撃で立ちすくむ中で主人公は窓まで駆けていき状況を把握する。
「窓とはいえ、重魔導障壁だぞ!クソ、あっ?!いたな!!シーマ弓だ!!」
そう言われてシーマが窓まで来ると敵を確認して神速で弓に矢を装着すると魔力全開で術式を使って放った。
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