第六話 勇者という男
書いているうちに長くなってしまった。
北辺の勇者は危険な存在だと教養のある人間なら誰もが気付くレベルである。彼は忌み人と言われる存在でも特に危険な天族と魔族の混血である。天眼と魔眼のオッドアイが危険性を示していた。オッドアイだから危険という意味ではない。オッドアイは珍しくない世界である。しかし、天眼と魔眼を二つ持つのは通常あり得ないことである。事実、最強クラスの力を持つ眼だが…二つは相矛盾するため、力はお互いが相殺する部分が多く弱い。
「さて奴に会いに行くか」
敵から危険な存在を送られた恐怖が皆を支配していた。
「ガルジア様のところにご案内いたします」
上から降りて来た、シーマとセルヴィウスが北辺の勇者を出迎えた。シーマは普段だと見せない作り笑顔で出迎えたが…セルヴィウスは逆に普段なら出来る作り笑顔を引きつらせていた。礼儀作法は二人ともして見せていたが深々とはお辞儀はしなかった。相手がお辞儀をする以前に無粋にも殺気を飛ばしてきたからである。明らかなマナー違反であった。
「そのように殺気を飛ばされますと困りますのでお控えください」
北辺の勇者は馬鹿にしたように言い放つ
「ここが、かの有名な悪の根拠地ですね!!」
その瞬間である。周りにいた人間達の表情が怒りの形相になった。なんという失礼な奴なんだ!!皆こぞって思うことである。
「はい、確かに悪名高きアントウェルペン商会の本部でございます。」
さすがのシーマも作り笑顔は辞めて無表情に言い放つ、隠す必要も無いし、言いたい奴には言わせとけば良いのである。そうシーマは心で言いつつ、また、作り笑顔に戻った。
「ではこちらに」
魔導エレベーターに案内する。エレベーター内は広い、畳で言うのであれば10畳はある。
「ふん」
何が「ふん」なのかと言いたくなるが気にするようなことでは無い。
エレベータに乗るのが嫌である。コイツ本当に…さっきから殺気ばかり飛ばしてくる。私も本気で飛ばすぞ!!とシーマは内心怒り心頭である。エレベータの中では不利だが刺し違えてでも殺してやろうか!!!と思うほどである。
「ではエレベータで上に上がりますね、上げてちょうだい」
「ハッ分かりました」
そう一緒に乗る護衛隊の兵士の一人が言う、彼らも北辺の勇者の飛ばす殺気には気づいているが彼らも実力者達である。簡単には北辺の勇者と言えども倒せない。何よりもセルヴィウスがシーマと連携してエレベーターの道中、決して警戒を解かない。
「君たちは金で働かされているのだね、本当に可哀そうな人々だ」
護衛隊の兵士がキレそうになったのでシーマが人睨みして止めた。その上でシーマとセルヴィウスは「なにをコイツは勘違いしているの?」と言いたい衝動に襲われる。コイツは馬鹿なのだ、何も理解していない。
「ええ、お金は生活に大切なので…大変なんですよ、苦しくて…」(迫真の演技)
真実を説明したらヤバいことになりそうだったので相手が望んでいそうな言葉を適当に言ってやった。そうすると北辺の馬鹿は納得したようで黙ってくれた。身なりで察しろよ!と内心毒づくシーマである。
チン!!という音と共にエレベーターが到着する。
扉が開くと出迎えたのはセルディウスであった。護衛隊長のザイードは気分が良くないのか控室のところで剣を磨いていた。
「おまえ何者だ!!」
凄く無粋なことを聞かれてセルディウスは困惑する。
「何者と言われましても…しいて言えば使用人ですかね?」
自分でもよく分からないほど曖昧な立場にいるが…
それ以前に後ろにいる。シーマとセルヴィウスが今にでも勇者殿に襲い掛かりそうな勢いなので困る。
「おまえが使用人?!」
「なにか…問題でも…」
うん?!なんだ?強いとでも言いたいのか?後ろにいる二人には反応しないのは可笑しくね?(笑)と思うのだが…ああコイツ神の加護を見て言っているな…見えるのはさすが勇者殿である。と言いたいが…極端な思想を持っているに違いないと確信する。
「私は神に少し愛されていましてね、強さとは違いますがね」
かまをかける言葉を言ってやった。神の加護を受けていること事態は強弱はあっても珍しく無い、これに対する反応の仕方で分かる気がしたのだ…
「いい気なもんだな!!」
どうやら神のことを恨んでいるらしい、逆恨みだろ!!と言いたくなるが忌み人だし、そういう考えになっていても可笑しくはない。
「ご案内しますよ」
案内して歩くがシーマとセルヴィウスが完全に殺気を隠さなくなっている。本気レベルじゃないのが救いと考えるしかない状況だ。もっとも二人に殺気を出させるとは勇者殿は凄いと言わざるおえない、強いからこそだと感心する。
「ここで悪巧みの命令を出しているのか!」
北辺の勇者殿が無遠慮に言うものだから周囲の従業員が呆気に取られてしまう。
「そういう見方も出来ますが…命令は上の者が下の者に言うことを言いますので間違いです。電話先の兵士の方が身分は高いですよ」
「コキ使われる側が偉いとは皮肉だな!」
確かにそうだが…勇者殿はアントウェルペン商会を正しく理解しているのか?と聞きたくなる。
「金のために働かされている、という意味ではそうですね」
「本音はそれだろ!」
間違いでは無いので言い返すのは辞めておこう。相手は外交の使者だ、あまり無礼だと良く無い。
「その方が北辺の勇者ですか?」
執務室の前に来ると待っていたテレジアが聞いてきた。強者から殺気を向けられることもあるせいかテレジアは相手の無礼な振る舞いも気にしていなかった。
「この方は?」
さすがの勇者殿も分かるレベルで身なりが良いのでテレジアに無粋な言葉を掛けなかった。
「私、このアントウェルペン商会の財務・人事総責任者をしていてサンマリノ騎士団の団長を務めております。テレジア・アントウェルペンと申します。」
相手が西洋風の人間なのでテレジアは西洋風に名前を紹介した。
「おまえがアイツの娘か…」
アイツ呼ばわりは失礼だがテレジアにとっては良く会うパターンなせいか全く動じなかった。
「はい、ガルジアは私の父親です。」
「何不自由無く暮らして人を虐げ、親のコネで形だけの地位にいるのか」
まぁ形だけというのはテレジアからしても真実なのでムカつかないだろうな、むしろ馬鹿にしてくれている方がテレジア的には大変助かるので内心はほくそ笑むレベルである。
「左様でございます」
「で、悪の親玉はどこにいる?」
本当にコイツを通して良いのかテレジアは悩んでいたが父親の意思を尊重したのだろう、通すことに決めた。テレジア以上に経験が豊富で修羅場を潜り抜けてきたガルジアが、この種の手合いの言葉に怒るとは到底、誰も思わないし、あり得ないことである。
こうして勇者殿は重厚な作りの扉の中に入っていった。
「ねぇあれが本当に勇者なの?」
先ほどまでの完璧な淑女はどこへ消えたのか?と聞きたくなるほど表情が豊かになったテレジアが聞いてきた。
「う~ん、強さだけならな…」
「強さは、どのくらいだと思う?」
その質問は難しい、だが一つだけ言えるのは奴は武術の達人ではないということである。達人なら殺気は隠す、自分が強くても達人は無意味な争いはしない。しかし、奴は…たぶん、武術を習わずに強さを手に入れてしまったタイプの人間だ!!
北辺の勇者は実は異世界から来たブラック企業の元従業員という設定で見ると面白さが上がりそう。(笑)
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