第五話 野望の果てに…あるモノとは…
アントウェルペンの経済の中心である商業地区の中心にある広場に一番大きな建物としてアントウェルペン商会の本部がある。20階建ての建物に相当し、一番上にはパルテノン神殿より豪華な神殿が乗せられている。その下の建物もヴェルサイユ宮殿より豪華絢爛な建物があり、建物には多くの彫刻家や美術家が命を落としてでも作った芸術作品で飾られていた。
ガルジアが自らが住む中心部のお城や宮殿では無く、この建物に全精力をつぎ込んだのはガルジアが商人としてのウェルペン一族というアイデンティティに強くこだわったことの証と言える。そしてウェルペン一族で今や空前の繁栄を手に入れた商人が拠点とするには相応しいといえる建物である。
建物に入るのに厳重な警備を通らなくてはならないがガルジアは当然の如く、顔パスである。誰が主人の歩く道を止めるだろうか、むしろ皆がこぞって道を開けた。偉大な商人というよりも偉大な人物という尊敬の念の方が強いのは純粋に凄いことである。
エントランスから魔導エレベーターのある場所に行き、エレベーターに乗って最上階に向かう、建物には商会としての機能の他に世界の銀行と言われるアントウェルペン銀行を中心とした全業種のグループ企業が入っている。そしてそれらグループ企業の頂点である戦争ビジネスを行う軍需企業の上に我がアントウェルペンの最大にして初歩である傭兵派遣司令部が存在している。
「ここで毎日のように傭兵が全世界に派遣されていると思うと凄いですよね」
感嘆を込めて僕が言うとガルジアが答える。
「そうだな、傭兵になってこそ、真のアントウェルペンの市民と言って良いだろう」
実際に現代のオフィス並みに近代的で机が少し間を空けて並べられている。机の上でオペレータが魔法を使って別世界にいる傭兵部隊と連絡をとっている。向こうからくる要望や苦情を彼らは聞いて上に報告するのである。
「あなたも派遣されればいいのよ、そうすれば私が付いて行ってあげれるのに…」
ガルジアへの当てつけなのか本心からなのか分からない言い方をテレジアがする。
「テレジア、何を言っているのだ!!私がセルディウスを派遣するわけが無いだろう」
テレジアは今にでもブチ切れそうになりながら言う。
「そうね、一番扱いやすい手駒ですものね」
否定は出来ないのかガルジアは黙り込んでしまう。情というものが表現できないガルジアは必死に言葉を探しながら言う。
「私はそんなつもりでセルディウスを匿って育てて来た訳ではないのだぞ!」
ガルジアが言うとテレジアが僕の気持ちを代弁するように怒って言う。
「ならば何故?アントウェルペンはサヴィアス家を追放したですか!!」
その瞬間、司令部で業務にあたっていた従業員たちが皆、テレジアを見ることになる。続いてガルジアを見る。
「仕方が無いことだったのだ…」
テレジアはガルジアを睨むとズンズンと歩いて先へ行ってしまった。
上階にある豪華な食堂で皆で食事を取ることにした。食事を取るのはガルジア、テレジア、ボク、シーマ、セルビィウス、他側近達である。食事は豪華だが味を楽しむ気分にはなれない。
「テレジア、機嫌を直してくれないか?」
「ならば、お父様、この際です、十年年前に起きた事件に関して聞かせてください」
十年前の事件とはサヴィウス家追放事件のことである。これに対するガルジアの対応をテレジアは糾弾したいのである。
「あれは本当に酷い悲劇だ!!私はセルディウスの父親である大セルディウスが死ぬとは思ってもいないし今でも信じていない!!」
だがガルジアからすれば父上の死から語らなければいけないらしい、ドラゴンごときと言うけど…ドラゴンも種族が沢山おり、父上の戦ったドラゴンのレベルを知る者は少ない。ハイゼンは「ドラゴンと戦ったことの無い人の戯言だ!!」と見も蓋も無いことを言っている。
「それは可笑しいは、父上は大セルディウスがドラゴン討伐に失敗した責任を追及して市民権剥奪、一族の財産も剥奪して追放したではありませんか?」
テレジアが本題に突っ込む、聴きたいのはガルジアに責任がある話の方である。ハイゼンは「帰ってきたら勝手に決められていた。」と憤慨していた。ただし、当時は相当ショックだったらしく、ハイゼンが偏屈で国に忠誠を誓わなくなっている原因になっている。「忠誠はガルジアへの恩を返すため」と冷めた表現をしている。
「一族からは財産は剥奪したがアントウェルペンからは追放していない、マレージアとその家族はテレジアお前と一緒にベーメン王国(チェコじゃないよ!)に避難させただけだ。」
ハイゼンは財産没収に憤っていただけだが…追放されたことを根に持っているのは僕とテレジアであるのは間違いない、そのせいで母上は病状が悪化した。テレジアは幼い時に父親に自分の存在が否定されたと感じたようである。
「私も厄介払いしたのね」
幼い時の印象は拭えない、そして厄介払いしたという根拠になりえるほど当時のテレジアの立場は複雑だった。
「違う!!!断じて違うぞ、テレジア」
テレジアは大理石のテーブルをドン!と叩いて言う。
「何がちがうのですか?!サヴィアス家の中でも神に愛される飛燕剣の使い手で常勝無敗と言われた国家の英雄大セルディウスが、たった一度、ドラゴン討伐如きで死んだからと言って…もし、サヴィアスの傭兵が敵に回っていたら、どうするつもりでしたか!!」
いまどき父上を褒める人間は少ない、母上の前であれば皆こぞって父上を褒めるが…死んだ時に与えた影響がアントウェルペン一国の問題で済むレベルじゃなかったのが大きすぎて市民達も口を閉ざす。サヴィアスの傭兵が敵に回る可能性は現実的には低いが…ハイゼンなどは「出ていけば良かった!!」と嘆くのでガルジアが顔を青くするのも納得できる。
「だから出来る限りの手を使って…」
これに関しては疑問の声がある。アストレイアを信じるレイア教徒からは特に糾弾される事案になっている。それが一時、テレジアの立場の不安定化と宗教対立を引き起こしかねなかったほどである。
「お父様なら、防ぐことも出来たというのに…」
「すまぬ…だがテレジア、あの悲劇はな…」
ガルジアの言う悲劇とは父上のことである。どこまでもガルジアは父上のことを引きづるのは母上と似ていて嫌いだ。
「なんですか?」
ガルジアは一息つくためにお水を飲むと言う。
「北辺の勇者という人物を知っているか?」
「ええ、聞いたことがありますね、たしか…十年前ほどから有名に…」
テレジアは考え込む、確かに妙である。大セルディウスが敗れた後に同じドラゴンを北辺の勇者が倒したと有名になった。本当かどうか怪しかったため当時は捨て置かれたが…最近、再び脚光を浴びて有名に成り始めている。
「あの卑劣な奴は…」
ガルジアが何かを言いかけた時だった。突然ドアが凄い勢いで開かれて中に護衛隊長のザイードが入ってきた。
「陛下!大変でございます!!」
ザイードは護衛隊長で東部出身で細身の剣を使う、普段は冷静で汚い仕事でも平気で行う武人という側面が強い人物
「ザイード、騒がしいぞ」
血相かいてザイードは叫ぶように言う。
「男爵側から外交の使者が来ました。」
「ふん、随分と速いな!!」
速い、高速の飛竜にでも乗ってきたのか?それとも本当に急いで来たのかもしれない。
「ええ、それもそうなのですが!!」
ザイードは恐る恐る主人に伝える。
「その使者が…北辺の勇者と名乗っております!!」
その瞬間、ガルジアの目は驚きで目が開き、怒り、凄い勢いでザイードに言う。
「なんだと!!それは本当か!」
「はい、以前、聞いた特徴と一致しております」
「なんという運命か…直ぐに執務室で会う」
そう言うと扉に向けて歩こうとするがザイードは必死になって言う。
「お待ちください!!陛下、あの者は尋常ではありません、危険な存在です!」
北辺の勇者が領主を殺したという話があるからザイードは言っているのかも知れない。
「分かっておる」
「いいえ、会見は謁見の間で行うべきです、もしくは護衛をお付けになってください」
寡黙なザイードにしては珍しい言葉である。ここまで強くガルジアに対して止めるのは初めて聞いた。
「奴とは一対一で話がしたいのだ!!」
「家臣としてなにか嫌な予感がします。お一人は危険です。」
ザイードが止めると側近の一人も止めに入る。
「陛下、私も不吉な予感がします。」
そう言われてガルジアは振り向くと言う。
「神官長まで…だが私は…」
神官長とはアントウェルペンにおけるアストレイラ教のトップである。ただし、正確にはアントウェルペン家の司祭という立場なので家臣である。
「陛下?!」
だがガルジアは歩みを止めない。
「ええい、忠臣ならば主人の言うことは黙って聞けば良いのだ!!」
そう言われて本当に忠臣であるザイードは黙ってしまう。ハイゼンは「ザイードは黙って尽くすのを美徳だと考えている」と言っていた。真逆なのがハイゼンなので油と水である。
「お父様!!お待ちになってください、私も先ほどの話が気になります、ここは謁見の間で…」
嫌な予感がしたのかテレジアも珍しく止めに入る。しかし、反ってガルジアの決心を強めてしまった。
「こっちに来なさいテレジア」
そう言われてテレジアはガルジアの傍までいくとガルジアは娘を強く抱きしめた。
「私がただの冷酷な人間だとお前は思っているかも知れないが…いや、その通りだが…私が半身と言っても良い存在を失って良い気分でいたとは思わないでほしい。私は自分の野望が邪魔されたのが気に食わないのだ!!」
テレジアは黙ってしまった。言いたい事はあっただろうが普段から言いたいことは言い合う仲だけに不思議と通じ合うものがあったのかも知れない。
テレジアから離れるとガルジアは執務室に向かっていった。
「私の野望を邪魔したことを後悔させてやる!!」
ここまで娘に糾弾されてガルジアは北辺の勇者を糾弾せずにはいられなくなっていた。
いろいろ考えましたがガルジアらしい敵との会見の仕方です。
因みにガルジアは自分が汚いことをしていることを隠していません。公然の事実です。そしてガルジアもテレジアも結構、いろいろな事を衆目のある中でしゃべりまくっています。
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