第二話 アントウェルペン
「アントウェルペンに向かってくれ」
そう近くの川に待機していた大型のヨットの船長に命じると船長は了解したと船を発進させる。
「あの商人の護衛していた傭兵は弱かったですね」
そんなことをシーマが言ってきたので答える。
「それが普通なのさ、というかアントウェルペンのお膝元であるアルカディア地域に優秀な傭兵がアントウェルペン以外にいるかい?」
「それもそうですね」
「シーマ、船の中にあるシャワー室でこの娘の体を洗っといてくれ」
「うん、分かった」
こうして吸血鬼の幼女はシーマに身体をゴシゴシと洗われ、服も一般市民が着ている服に着替えさせられた。あの商人から奪ったネックレスの一つでも付けさせとけば誰も彼女を迫害などしなくなるだろう。みすぼらしい恰好で赤い目が強調されていたが普通の恰好をすれば美しい銀髪も綺麗になって目も目立たなくなった。
アントウェルペンは水上都市と言われている。アルカディア地域を流れる代表的な三つの川の合流地点に築かれている。陸上交通の中心にして空の道と言われる世界的な物量拠点である。人口400万人以上いるが大部分の人は出稼ぎに出ている。平時に都市を賑わせている人々の大部分は自由民か外から一時的に立ち寄った人々である。
水上都市と言われる理由は六つの丘と七つの島で都市が構成されているからとも言われる。実は、この地域は雪解け時と雨季に大量の水が流れてくる。丘とは雪解け時にも冠水しない場所のことである。島とは雨季時に冠水しない場所である。これを中心に都市が築かれたが現在は丘と丘の間、島と島の間の土地をかさ上げして町を間に築いている。丘や島は昔よりもかさ上げされていて現在は地名を区画名をみて確認する。
僕らを乗せた船はサンマリノ騎士団の旗を掲げることでアントウェルペンの水上を守る騎士団の兵士たちは僕らの船を当然のようにスルーする。船は途中まで行くと波止場につける。そうすると僕らは船から降りた。
サンマリノ騎士団はアントウェルペンのサンマリノ島を拠点とした騎士団である。サンマリノ島は三つの川の合流地点でもある。サンマリノ騎士団はアントウェルペンの水上交通と物量の管理など税関の役割をしていてアルカディア地域では事実上の水上交易の管理者という立場にいる。
「どこへ行きますか?」
「テレジアの待つところまで行く」
そう言うと少しシーマがむくれる。シーマはテレジアのことが嫌いでは無い、しかし、僕が娼館に行くよりもシーマは最近テレジアと僕が会うのが嫌いなようである。いわゆる嫉妬という奴だ。
「仕方が無いだろう、一応雇い主だし、彼女はサンマリノ騎士団の団長だよ?」
「私、騎士じゃないんで!」
ジーと見つめながらシーマが無言の抗議をしてくるが無視する。ガルジアに話に行く前にテレジアに話をするのは今や当然のことになりつつある。
四人を引き連れて波止場を後にしてテレジアのいる隠れ家に向かう。アントウェルペンは幾つかの区画に分かれている。都市の成り立ちの関係で中央部にお城及び国家の中枢が集中し、南側が古い市民を中心とした住民の居住区画になっている。東側がロムール地方から流れるロムール川があり、ここから木材、鉱物資源などの重要な物資が供給されるため、東地域が工業及び造船業の区画がある、造船業とは水上及び海洋用の船を造る場所で川を使えば海まで行けるというのはサブで実はアントウェルペンの造船業の最重要な建造艦は空中及び宇宙に出る輸送船及び軍艦の建造である。北側は宗教関連の施設が多い、一番アントウェルペンで重要な宗教はアストレイラ教で、次が水神教、その次が僕らが信じるアストレイア教である。
今僕らが歩いているのが西側でアントウェルペンでは市政の中心区画と商業区画と新興住宅区画などが存在している。他の側より地勢的に攻撃を受ける可能性が高いだけに何度も都市の拡張がされ、大きな城壁が最も多く区画と区画の間に存在している数が多いのが南側である。
「初めて見る世界なんでしょうね」
シーマが吸血鬼の幼女がキョロキョロ周りを見ているのを見て言ってきた。
吸血鬼は第二新世界から来た種族である。あの世界は『善悪』が世界の理になっていると言われる。この『力こそ正義』が理の第一新世界とは異なる世界である。向こう側と違って第一新世界は力さえあれば太陽だろうと防げるのは道理である。
吸血鬼も太陽や銀が弱点では無くなるが…力の作用が異なるため、第一新世界では相対的に弱体化してしまう。元々第二新世界の所属なので吸血鬼は少数民族扱いになる。迫害も起きやすいというわけだ。
だから人里に吸血鬼が入ることが少ない、さらにアントウェルペンは間違いなく世界最大の都市の一つなので吸血鬼の少女には珍しいだろう。
「アントウェルペンは今や世界最大の都市と言っても過言ではなくなっているからな」
人種、宗教、民族が入り乱れる世界である。アルカディア地方は昔にウルフ帝国の支配を免れたこともあり、ネ族が少なかった。まして、アントウェルペンはアントウェルペン家が作った新興の大都市である。なので獣人は遂最近までは少数しかいなかった。しかし、ガルジアがネ族を積極的に受け入れて以来はネ族と共に獣人達も移り住んで来るようになった。
ネ族は商売が上手で人間世界に直ぐに溶け込んだ種族である。彼らは人間を武力で支配するのではなく、共存して人間達から富を得ることを優先するようになった。彼らは民族は違うが同族意識の強い獣人達を一緒に呼び寄せた。獣人達は運送業でアントウェルペンに新たな物量革命をもたらした。
「賑やかなのは良いんですけど…最近は身なりが悪いのが増えてきて困ります」
アントウェルペンの市民かどうか?は簡単に分かるほど市民と市民以外の身なりに差が出ている。自由に国に出入りできる権利を持つ自由民も身なりは清潔で立ち振る舞いで分かる。領主の権限は対外的な権力は別として国の中では弱い、市民は軍隊の中心であり、傭兵業、造船業、製造業、金融業などで莫大な収入を得ている。身なりが良くなるのは収入だけではない、税金は高いが一度適切に払えば財産は保証され国に守られるという安心が益々アントウェルペンを豊かにいしている。立ち振る舞いも自分たちの力に自信がついて立派になるのである。
「彼らもチャンスを求めてきているのだ」
アントウェルペン以外の地域は今だ王や貴族がいる。彼らは世襲していくうちに酷い統治を行うようになった。人間神アストレイアが自らの支配する世界における奴隷制を禁止したために奴隷はいないが近い存在になっている人々が存在しているのも事実である。アストレイアには明確な線引きがあるらしく、アストレイアの考える奴隷を扱うものには容赦の無い天罰が下る。しかし、線引きの範囲内だと天罰を下さない。
「だけど、私は嫌いです。」
こうして入ってくる貧しい人々は警備の厳しいアントウェルペンでは許可証が無いと武器を持ち込めない。包丁や針でさえ持ち込み禁止、許可証が無いと外に運ぶことも許されないという徹底ぶりである。そして守備隊、航空警備隊、警察、水上警備隊によって隅々まで治安が保たれている。この都市にスラム街は存在しない。この都市で暮らすことは難しくなく、一度住めば仕事にありつけて収入に困ることなど無いからスラムなど生まれないのだ。
「あまり、良くないよ、そういうこと言うの」
「いいじゃないですか!言論の自由があるでしょ!」
またまたシーマが機嫌を悪くした。
僕にとってのアントウェルペン家は幼い時から一緒に暮らしている家族である。サヴィアス家が市民権を剥奪されてからはサヴィアス家を庇護下に置いてくれているパトロンである。しかし、家臣ではない、ましてシーマにとっては全く関係無い存在である。それに主人が良いように使われているのが気に食わないのである。
「テレジア様と仲良くするのは良いですけど…」
テレジアとは幼馴染である。付き合っていると言っても間違いは無い、しかし、微妙な関係である。サヴィアス家は血筋も悪くないのでガルジアは表立って反対しない。だが、市民権を剥奪された家の人間を庇護下に置いているだけではなく、仲が良いというのは世間の体裁を気にするガルジアにとっては高度な政治的問題となり、公認している訳ではない。要するに黙認の状況である。
「アントウェルペン家は商人みたいな雰囲気だからね」
アントウェルペン家は元々商人の一族で都市を築いて周辺の国々の圧力を回避するために領主になっただけという体裁を今日まで決して崩したことが無い。つまり、領主だが商人が彼ら一族の本業なので金儲けする姿勢は対外的には拝金主義の国というイメージをアントウェルペンに植え付けている。
「お外の領主よりはマシだってパパが言ってた。」
シーマがパパと言うのを聞くと周囲の人が驚く、身内と話している時は歳相応な気がするけど…周囲からは大人びていると印象をシーマは与えるらしい。さらに驚きなのは彼女のパパがパパという呼び方が一番似合わない男であるという事実である。超破天荒で有名な英雄で今は昼間でも酒場で飲んだくれている人なのだ。だがシーマとっては良い父親らしいので父親の悪口は彼女の前では禁句である。
「シーマはベーメンにいた頃は覚えてないから…」
昔、テレジアと共にサヴィアス家はベーメンに飛ばされていたことがあった。テレジアのお供をするといいうガルジアの依頼という形でベーメンに亡命させられていたのである。この時期は良い思い出が無い、貴族社会はアントウェルペンでの暮らしが当たり前になった人間には厳しすぎる世界なのである。シーマの父親は外の世界が嫌いらしく、帰ってからはガルジアに文句を言いまくってガルジアを怒らせたほどである。
「着いたな、入るぞ」
そこはアントウェルペンの区画の中でも平凡な市民が住んでいる区画にある家である。ガルジアの傍から離れたいテレジアは逃走の末に現在、ここに家を買って必要な時以外は家に引きこもっている。
「あら、三人ともお帰りなさい、あれ、その娘は?」
「商人を殺した後に可哀そうだから助けたんだ」
「ふ~ん、吸血鬼なんて珍しいわね、魔族じゃないんでしょ?」
確かに魔族にも吸血する者がいるらしい、もしかしたら魔族の血でも入っているかも知れない。しかし、
この娘は間違いなく吸血鬼である。
「とえりあえず匿ってあげてよ」
「いいけど、それより任務はどうだったの?」
関心はあるが問題は別にあると言いたげに聞いてきた。
「上手くいったよ、書類も手に入れたし」
そう言って書類を渡す。そうするとテレジアは少しだけ見て言う。
「本当に市長の判子が使われているのね、信じられないわ…こんなものに本来は価値などないけど…許せないわね」
「男爵がアントウェルペンの支配を主張するための材料の一つになる予定だったのさ」
テレジアは忌々しげに書類を近くにあった机に投げる。
「お父様もセルディウスにやらせる必要ないじゃない?」
「他に信頼出来る人材がいないのさ」
これは事実になりつつある。出来る能力を持つ人間は沢山いるが役職持ちか偏屈かのどちらかになってしまっている。それに最近のガルジアは人間不信が強まっている気がする。
「お父様も限界が来ているのよ、そろそろ引退してくれないかしら」
「そんなこと言って…あのガルジアが引退すると思う?」
それは無いだろうと思う、ガルジアは次期後継者であるテレジアに実権を握らせていない。テレジアに能力が無いというよりは権力を手放したく無いのである。さらに汚い側面は極力テレジアにやらせようとしない傾向がある。これがテレジアに実権を握らせるのを遅らせている原因である。
「引退してくれても構わないは、そうすればアントウェルペンも変われるでしょ?」
「どうだかね…男爵が勢力を付けて来た現状だと権力の移行は難しいよ」
本当に現状は厳しい、今だガルジアの実力を知る周辺諸侯は表だってはガルジアに挑戦してこない。しかし、いつまで危うい均衡は保たれるのか?心配は尽きないのである。
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