第十話 ハイゼン帰還
ハイゼンがガルジアからの連絡を受けてからアントウェルペンに戻るまでのスピードは速かった。口ではガルジアを悪く言いつつもハイゼンの行動は忠臣そのものである。だが、率いていた兵士への指示、関係各所への根回しなどしていたため、さすがに事件に間に合うほど速くは無かった。
ハイゼンは年齢はもうすぐ四十代後半に入る歳である。髪の毛は白くなっていた。セルディウスに飛燕剣術を教えた師匠である。筋肉は必要最低限で威厳のある顔と鎧を着ていて長身である。
ハイゼンがアントウェルペン商会に着いたのは事件が終わってセルディウス達が本部に戻った後である。彼が執務室のある階に到着して食堂に入るとテレジアが椅子に座ってテーブルに書類を置いて作業をしていた。
「ガルジアの奴に急に呼び出されてな、何の騒ぎがあったんだ?」
「父上が死んだわ」
「!?何?いみが…」
冷静に一言で済ませるテレジアもだが…ハイゼンは何かを悟ったのか奥の部屋へとズカズカ歩いて行く、しばらくして戻ってくるとテレジアに話しかける。
「本当にガルジアの奴が死んでいるぞ!」
「ええ、そういったでしょ」
「どうやって死んだ、殺そうとしても死ななそうな奴だと言うのに…」
「北辺の勇者に殺されたのよ」
「北辺の勇者?なんだ、そいつ」
「大セルディウスを殺した奴だそうよ」
そう言ってグシャグシャの報告書をハイゼンに差し出す。ハイゼンは奪い取るように受け取ると報告書を乱暴に見る。
「ふん、意味が分からん、こんなクソに兄上が殺されるとは考えにくいが…」
「だけど、北辺の勇者は窓とはいえ重魔導障壁をいとも簡単に壊して執務室から脱出したわ」
「頭が痛い、あり得えん…」
そうハイゼンがボヤいた瞬間、テレジアが我慢していた分が噴き出たのか怒りを露わにする。
「だから!そうだといっているのよ!!」
「…実際に、そのクソ野郎と会わないことには理解ができんな」
今にも噛みつきそうなテレジアだが再び書類に目を落として冷静さを取り戻す。それを見てハイゼンは近くにあった椅子に座ると懐からキセルを取り出して煙草を吸い始める。
「で?本題はなにかね?お嬢様!!」
「主人と呼びなさいよ」
「ふん、お前さんは何かを勘違いしているな、まだ、あんたは正式なアントウェルペン家の当主じゃない、それ以前に、忘れないで欲しいのはサヴィアス家の当主はワシでワシはガルジアに恩を感じていたから働いただけで仕えてなどおらんよ」
まったくの真実である。まず最初にテレジアがクリアしなければならない問題がアントウェルペン家の一門に当主就任を認めさせることである。それと並行して直属のアントウェルペン同盟傘下の国と諸侯をまとめる必要がある。これが最優先事項となる。
「どうすれば良いと思う?」
分かっていてもテレジアはハイゼンに助言を頼む、助言を口にするということは責任が生まれる、責任感が誰よりも強いハイゼンは一度口にすれば引かなくなると踏んだのだろう。そして、ハイゼンの得意分野じゃないが決まりきったことを聞くことでハイゼンに頼りにしているというメッセージを送るのである。こうすれば一族のために名誉と金が欲しいハイゼンは食いついてくる。
「ガルジアの死を民衆に伝えずに一族会議を招集する、意見をまとめたらガルジアが死んだことを報告すると同時にアントウェルペン家当主の就任の発表をする。後はお前さんの好きなようにすれば良い。」
「ハイゼン様、軍事の面では大丈夫かしら?」
「よく分からんな、軍事面で心配する要素があるのか?」
「敵が攻めてきたらどうするの?」
「アントウェルペン同盟さえ固めれば守りに関しては心配あるまい、合わせて市民傭兵共を呼び寄せて都市内にいる市民と必要な自由民以外は追い出すことを進言してやる。」
ハイゼンも随分強気である。「まだ契約はしていないぞ!!」と言いたい気分なのだろう。テレジアが完全に有利になるのまでは手綱を握るつもりなのだ。
「そうするわ、御教授ありがとう、助かるわ」
「それは良かった。随分素直で助かる」
ハイゼンもテレジアが自分を必要としているのが確かめられたからなのか大人しくなる。
「それより、セルディウスが見当たらんな?いつもお前さんと一緒だろ?」
「父親を殺した奴を取り逃がしたから落ち込んでいるみたいよ」
「ふん?…なに!?奴はどこにいる?」
「控え室にいるはずよ」
テレジアから場所えお聞くとドン!ドドドという音を出しながら凄い勢いで控室に向かった。
控室で僕が落ち込んでいる間、シーマが隣で優しく慰めてくれていた。セルヴィウスも心配なのか時折慰めの声をかける。
ドン!(ドアが開く音)
「おい、セルヴィウス!!なんでホクヘンの…なんちゃらを逃がした?」
「北辺の勇者です!!」
シーマが怒ったようにハイゼンに言う、僕も反論を口にする。
「奴は馬鹿力でした、それに奥の手を隠しもっている気配がしたので…」
「上位の天族だか魔族だか知らんが真っ二つに叩き切ってしまえば良いのだ!!」
「叩き切ったら死にますか?」
「いや、死なん、だが何度もたたき切れば、いつかは死ぬもんだ!!」
「出来ませんよ、僕人間なんで…」
「兄上は悪魔と戦っていたぞ!!」
「人外の話は理解できないので止めてください」
「次は殺せよ、お前の敵だ、お前が殺さなくて誰が殺す?」
「…」
そう言うとハイゼンは静かに去っていった。
テレジアはガルジアに言われた通り、一族会議を招集する。同時に市民傭兵の引き上げを開始した。引き上げは現地の契約を破棄する行為であり、多額の違約金が発生する。しかし、緊急事態である以上は引き抜けるだけ引き抜くのは当然の行いとなった。出来る限りのことは全てしておく必要がある。
次回から男爵陣営を登場させます。
勇者陣営は勇者以外は考え中です。
あとマイページも編集したので良かったら見てください。
感想募集中です。