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8 放課後の出来事

「ふぃぃ〜〜」


 高等教育の現場から解放された学生達が、がやがやとした雑音と共にその自由なる翼を大いに広げ、教室と言う名のかごから羽ばたいて行くひととき、すなわち放課後。


 もっとも、この後に部活と言う名の籠に自ら好んで飛び込んで行く生徒達も存在する。燕雀えんじゃくのような僕からすれば、鴻鵠(こうこく)のように理解出来ない人々である。


 まあそもそも、高等教育自体が任意で行われるものであって、自由意志で受験に挑み、結果大鶴高校に生徒として在籍している僕自身にも、籠に囚われた責任が存在するとも言える。自ら籠に囚われておきながら、籠に囚われた事を嘆くのは矛盾であると理性の上では重々心得ているのだが、いかんせん本能的な心の働きはどうにもならない。


 つまり、授業が終わって嬉しいな、と言う事だ。


「うぃ〜す昂介こうすけ。帰ろうぜ」


 僕が学業と呼ばれるものに対して思料しりょうを巡らせているのとは対照的に、何の裏も表もなく喜びを露わにする我が友人、後藤大地(だいち)が背中に鞄を背負いながら話し掛けて来た。


「ああ、待って。今荷物入れ終わるから」


 僕は保護ケースに入ったタブレットPCを鞄に詰める。昔は明日使う教科書を机の中に置きっぱなしにすると言う、ものぐさな風習があったらしい。現代人が温故知新の手本とすべき、実に素晴らしい姿勢であると思うのだが、残念ながら一台の機械の中に全ての教科書が詰め込まれるのが標準となった現代社会において、とうに廃れた風習なのである。窃盗あるいは破損のリスクを考え、大事に取り扱わなければならないからだ。比較的安価とは言え余計な出費は避けたいし、全教科まとめて影響を及ぼす羽目になる。技術の進歩とは、時に大切なものを奪い去る罪深い行為なのかも知れない。


 お陰で、鞄が劇的に軽くなったんだけど。技術の進歩に賛美歌を送るべきだ。


「じゃあ、帰ろう――」

「やっほー、こうー」

「くわぁっ!?」


 立ち上がろうとしたところに、背後からバシンと肩を叩かれ、カウンターじみた衝撃が掛かった。


「おおう。昂、大きな声出さないでよ」

「……まい。お願いだから、もう少し僕の心臓と肩に優しい挨拶をしてくれよ……」


 一旦椅子に座り直して後ろを振り向くと――と言うか振り向くまでもなく、クラスメイトであり僕がプレイするM R Oムーンラビットオンラインで所属しているクランのマスター、二階堂舞が立っていた。まともな友人関係を結んでからまだ二日しか経っていないのだが、本人の要請もあり僕は彼女を『二階堂さん』から『舞』と呼ぶようになっていた。


「後藤も今帰るの?」

「おう」


 大地は僕と接点を持ち、僕は舞と接点を持つ都合上、必然的に大地と舞にも接点が出来る。こちらは名字とは言え、気が付けば舞は大地に対しても君付けをしなくなっていた。


「ごめんね、ちょっとばかり昂借りて良い? 我がクランの本日の活動について話をしときたいから」

「ああ。七泊八日で五十円な」

「大地。僕を旧作のレンタルCDか何かと思ってないか?」


「……クーポン持ってないし、しょうがない……」

「舞。つまり僕との話には五十円分の価値もないって事か?」


 取り出した財布の中を覗いた後、諦めた風に鞄に仕舞い込む舞。硬貨入れを確認する位の事はしてくれても良いんじゃないか。


「冗談だよ。不良在庫を処分すると思って持ってってくれ」

「あー、そんな時間取らないから大丈夫よ。分別も面倒だし」

「君達の僕に対する評価を是非とも問い詰めたいところだけど、それは置いとくとして。……舞、今日はどうするつもり?」

「う〜ん……。今日は、て言うか今日もやってないミッションこなしてく、って感じかな。そうすりゃその内レベルも上がるでしょ」


 レベル――オペレーターレベルは、MROをどの程度やり込んでいるかを示す数値だ。経験値と呼ばれるものを貯める事で上昇して行く。単なる目安だけでなく、一定レベル以上でなければ受けられないミッションや、扱う事の出来ない装備もあるため、上げておくに越した事はない。敵機を撃破する事でも経験値は貰えるが、それよりもミッションの成功で貰える経験値の方が多い。


「まあ、昨日みたくガッ! て行きましょう。それで良い?」

「良くない。昨日それでえらい目に遭っただろ」


 昨日、資源回収ミッションに出た時の事だ。指定された資源を回収して帰還すれば成功となる形式のミッションで、戦闘を行う必要性は薄い。ましてやその時受けたミッションでは、今の僕らでは手に余るような強敵が闊歩かっぽしているところに肝心の資源が存在していた。全長二十メートル以上はあろうかと言う、巨大な四足歩行の奴だ。当然、戦闘は避けたいところだったんだけど、


(ねえ、あいつってすごい強そうな外見してるわよね)

(そうだね。見るからに凶暴そうな外見だね)


(どんな攻撃仕掛けて来るか、興味湧くわよね)

(全く湧かないね。あいつに手を出すのは絶対止めよう。タンスの裏に潜むクモのように、遮蔽物の裏をコ

ソコソ這い回って資源だけを回収しよう)


(ふむふむ。やっぱり耐久力は高いわね。一発当てただけじゃ、全然APが減らないわ)

(止めろって言った側から撃つんじゃない! ……ああほら、こっち向いた! 目ぇ凄い光らせてるし、確実にこっち攻撃仕掛けて来る気だ!)


(なるほど。あいつ、ミサイルを中心とした爆撃系の攻撃がメインなのね)

(爆発! すぐ近くに着弾して爆発起こってるから! さっさと逃げよう!)


 ……てな事があった。


「もうっ。そんな昔の出来事を怖がってどうするのよ」

「今から大体十七、八時間前の出来事なんだけどね……」


 はあ、と溜め息を吐いて、何を見るともなく目線を教室内に巡らせる。ほとんどの生徒は帰宅なり部活なりで姿を消し、人影はもうまばらとなっていた。


「……?」

 そんな折、まだ机に座っていたとある女子生徒と目が合った。


「……っ!?」

 彼女は慌てて目を逸らしたけど、その後も小柄な身体をそわそわと揺すったり、手にしたメガネケースのふたを小さく開け閉めしたりと、どうにも落ち着かない様子だった。


 辻 帆乃香(つじほのか)。僕のクラスメイトだ。


 どんな人物かと言うと、目立たない人物だ。以上。


 ……僕の人を見る目が疑われそうなのだが、実際に目立たないタイプの人間なのだから仕方ない。


 彼女は基本、無口で引っ込み思案な質だ。自分から他人へ話し掛ける事はほとんどなく、話し掛けても必要最小限の返答で終わり。嫌われもしないが、好かれもしない。忘れられもしないが、話題にも上らない。キーボードのQみたいな存在感である。


 当然、僕とは何ら接点のない人物だ。目が合う事なんて、これが初めてである。もちろん僕は、たかだか一度目が合っただけでロマンスを感じ取るような、ちょろい男ではない。


「どしたの、昂?」

「ああ、ごめん何でもない。……まあ、そんな話し合うべき事もないか……」


「そうね。ガッ! で行きましょう」

「出来れば擬音以外の方針を聞きたかったんだけどね……」


「良いんじゃねえのか? ガッ! で」

「他人事だと思って……。ああ、そう言えば大地。一昨日借りた漫画、明日辺り返すよ」


「おう。どうだったよ?」

「うん……。あれは凄かった……」


 大地から借りた漫画『TETUーRO』の九巻。前巻で大軍に囲まれる絶体絶命の窮地に陥った主人公セイだったが、思いもよらない奇策を次々に繰り出し、更には本人の奮闘もあって、セイ率いる解放軍の圧勝で終わった。凄まじいまでの絵の迫力といい、本当に面白かった……。


「セイ格好良過ぎだろ。あの戦いの後に『百万は敵と言わん。次は千万連れて来

い』とか」

「何何何何っ!? それ『TETUーRO』っ!?」


 とんでもない勢いで、舞が食い付いて来た。……って、ちょっ!? 顔が近いって!?


「そ、そうだけど。……舞、君も見てるの?」

「当っっったり前でしょうっ!?」


 慌てて顔をのけぞらせつつ尋ねると、舞は両の握り拳を胸の前でぶんぶかと振り回しながら叫んだ。危ないので、椅子をずらして後ろに退避。


「だって最高じゃないの! 全編に渡って漂う血と火薬とオイルの臭い! 炎と黒煙に包まれた戦場! 真っ正面からぶつかり合う鉄と鉄、男達の魂と魂! これぞ傑作中の傑作よ!」


 うん、僕もそう思う。同時に、女子高生の口から大量の感嘆符と共に語られる感想じゃないとも思う。


「おお、二階堂も分かるのか、あの世界が」

「モチの一発ロンよ! アニメも見たわ! 全話録画してるわ!」


 実に活き活きと目を輝かせる舞。表情だけを見れば、アイドルに熱を上げる女の子のようである。とてもSF戦記物に熱を上げているとは思えない。


「折角だから聞いとくけど、舞は何でMROプレイしようと思ったの?」

「だって、ロボが出て来るじゃない。当然よね?」


 本当に当然のように言ってのけた。


「舞って、ロボ好きなんだ」

「そりゃもう! ロボは良いわねぇ。ロボは人類の生み出した――」


 カシューーーー……。


 何の脈絡もなく床から聞こえて来た音に、僕達の会話は中断された。


 床を見れば、シャーペンが一本、ころころと僕の席近くの床まで転がって来ていた。


 当然、僕らは筆箱なんてとっくに鞄の中である。一体誰のシャーペンだと視点を上げると、


「〜〜〜〜」


 辻さんが、ゼンマイ仕掛けのレトロなブリキ人形みたいな、えらくギクシャクとした動作でこちらへとやって来るのが見えた。何となく、身体の芯から並々ならぬ決意がにじみ出ているようにも見えた。


 僕らの前で、ピタリと停止。ギギギ、と姿勢を正す。メガネの奥で、泳ぎ回る視線を無理矢理正面に向けようと努力する瞳があった。


「……あの、辻さ――」


「ごめんなさい鞄に筆箱を入れようとしたんだけどたまたま筆箱のファスナーが開いていたらしくうっかりシャーペンが落ちてここまで転がっちゃったみたいなの」


 予め用意されていたかのような早口でまくし立てられた。


 ちなみに、僕の席は南側窓際の後ろから二番目で、辻さんの席は北側窓際の最後尾だ。『うっかり落ちた』シャーペンは、普通教室の端から端まで床を転がる事はない。


「あ……うん」

 僕は床のシャーペンを拾い上げ、辻さんに渡した。


「……あ、ありがとう」

「ど、どういたしまして……」


「…………」

「…………」


 しばらくの間、チラチラと僕らの――いや、むしろ舞の様子をうかがっていた辻さんは、やがて決意の風船から空気が抜けたようにしょぼんと視線を落とし、とぼとぼと自分の席へと戻って行った。


「……何だったんだろう……」

「え? シャーペン落っことしたんでしょ?」

「アレを見てそう思える二階堂はある意味凄ぇな……」


 辻さんの小さな背中を見送る僕と大地に対し、舞は額面通りにしか受け取らなかったらしい。


「そう言えば舞は、辻さんにも声掛けたんだろ? 『無敵団』に入らないか、

って」

「うん。断られちゃったけどね」


「まあ、仕方ないよ。そもそもCosmos持ってなきゃMROも遊べない訳だ

し」

「ううん。辻さんMROのアカウント持ってるってさ」

「あ、そうなんだ」


 MROは各媒体で大々的、積極的な宣伝を行っているため、普段VRゲームに興味ない人でもその名前は知っている、と言う程に知名度の高いゲームだ。加えて、近年はロボットアニメそのものの注目度が高くなっている上、特に女性人気の高い『昇歌旋律(しょうかせんりつ)レクイエム』と言う作品の影響もあって、MROはロボットゲームでありながら女性プレイヤー数もそこそこ多い。もちろん、絶対数そのものは男性プレイヤーの方が多いけど、女性プレイヤーの姿も決して珍しいものではない。


 だから、辻さんがMROを遊んでいると言う事実は、彼女に対し抱いているイメージ的に軽く驚きはしたけど、意外と言う程の事でもない。


「でも、クランの勧誘は結局失敗だったわ。何やかや言ってて全部は聞き取れなかったんだけど、とにかくごめんなさい、って」

「そりゃあ、あの妙ちきりんなクラン名が悪いんじゃないか?」

「その可能性は高いね」

「二人共うっさい」


 舞はぶすっと頬を膨らます。


「まあそれはともかく。そろそろ帰ろうか」

「おう」

「そーね。それじゃ昂、今日のログイン時間は――」


 カシューーーー……ガン。


「「「…………」」」

 僕らは一斉に同じ方向を見る。


「…………」


 そこには、カーリングのストーンよろしくシャーペンを勢い良く滑らせたは良いが、途中で机の足にぶつかって止まり、さてどうしようと頭を捻っている――と言った風情な辻さんの姿があった。


「…………」

「「「…………」」」


 辻さんはギクシャクと床のシャーペンへと歩いて行く。


「…………」

「「「………………」」」


 次に、床のシャーペンを足先でツイツイと少しずつ蹴って行き、僕らの近くへと転がして来る。


「ごめんなさい鞄に筆箱を入れようとしたんだけどたまたま筆箱のファスナーが開いていたらしくうっかりシャーペンが落ちてここまで転がっちゃったみたいなの」

「僕らに用事あるんでしょ!? もうここまで来たら、普通に話し掛けた方が良いと思うよ!?」


 思わず叫ばずにはいられなかった。見る間に辻さんは小動物みたいに身体を縮こませ、おろおろとし始めた。


「あ、ああ、ごめん驚かせちゃって。怒ってる訳じゃないから」

「……こ、こっちこそ……」


 辻さんは言った。


「それで、辻さん。僕らに何の用かな」

「……それは、その……」


 辻さんは先程と同じように、舞の顔色をチラチラとうかがっている。


「あー……そんな焦らなくて良いからね」

 流石に舞も気付いたらしく、フォローの言葉を掛ける。


 一分位は経っただろうか。


「……あああ、あにょ、あの、二階堂さんっ」

 やがて辻さんは、意を決したように口を開いた。


「……わわわ、私を『超最強絶対無敵団』に入れて下さいっ!」


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