5 クラン加入
メイさんからの『……へ?』と言いたげな視線が、微妙に快感やら居心地悪いやら。人間心理の機微を噛みしめながらも、僕はジョウとエウロパへと向き合う。チンピラみたいな二人組相手にこんな事をするなんて、リアルならまず無理だろうけど、これはゲームだ。システム上、暴力は振るえないし、最悪GMコールで対処出来る。
……結局人任せかい、などとちょっと少しばかり思わない事もなくもないが、そこは目をつむる。僕は体面より実利を選ぶ男なのである。
「……はあ? さっきこいつ、メンバーは一人って言ってたぜ?」
「まあ、間違ってはいないかと。入ったの今なんで」
見るからに不機嫌そうなジョウにそう答える。
「何? お前馬鹿にしてん……」
「……ぶはっ!」
ジョウの言葉が、エウロパの吹き出す声に遮られる。
「何だよ?」
「ジョウ、こいつレベル1だ。始めたばっかの初心者だ」
「……ああ〜、なるほど! ヒーロー拗らせた素人って事か!」
そう言って馬鹿にしたように笑う二人。ちょっとばかりレベル差が六倍開いてるからって、あんまりな態度じゃないか。
チンピラ二人をよそに、横合いからメイさんが話し掛けて来た。
「あのー、あなたは……」
(……どうも、二階堂さん)
ゲームの中で、迂闊にリアルの話を持ち出すのはマナー違反だとは承知しているが、確認を取らない訳にもいかない。せめて、周囲に聞こえない程度の小声で尋ねる。
たちまち、目を大きく見開くメイさんを見るに、僕は間違っていなかったのだろう。ここまでやっといて『すみません、人違いです』的な反応を返されたら、僕の自尊心に修復不可能な傷が付いていたところだった。
(ああ、成田だよ。成田昂介)
(……な、成田君なの? あなた、今日Cosmos買う予定なかったん
じゃ……)
そこかい。
(まあ、色々事情が変わって。……そう言う訳で、クラン入っても良いかな?)
相変わらずの小声で、僕はメイさんに確認を取る……んだけど、返事が来る前に一通り笑い終えたジョウが口を挟んで来た。
「あー、それじゃあお二人さん。俺らと勝負しねーか?」
「……はい?」
何を言い始めてるんだ、この人達は。
「いやだってさあ、最強で無敵なんだろ? 一番目指すんだろ? だったら、俺ら如きに負ける訳ないよなぁ?」
「そうそう、ちょうど二対二だしな。まさか、逃げる訳ないよなぁ?」
僕ら――と言うより主に僕をニタニタ笑って見ながら、ジョウとエウロパは言った。
要するに僕らを負かして、それをダシに馬鹿にしてやろう、と言う魂胆か。僕が始めたばかりの素人である以上、実質二対一のハンディマッチみたいなものだか
ら、確実に勝てると踏んだのだ。卑しい根性と呆れるべきか、勝てる相手に確実に勝つしたたかさと誉めるべきか。
「……どうするの?」
メイさんへと尋ねる。
「どうするも何も……。どうせ断っても、ロクな事にならないでしょ」
「それもそうだね……」
「……始めたばっかで妙な事に巻き込んじゃって、ごめん」
そう言ってメイさんは一つ深呼吸し、
「……良いわ、受けて立とうじゃないの」
メイさんの宣言に、チンピラ二人はニヤリと笑った。
「……なるほど。偶然って、あるもんねー」
「我ながら、そう思うよ」
決闘場所への移動のため、セントラルタワー内の転送ルームへと向かう道すが
ら、メイさんに僕がCosmosを手に入れた経緯を説明した。内容を聞かれるのも嫌なので、前を歩くチンピラ二人とは少し距離を置いての会話だった。
「それで、メイさん」
「メイで良いよ。あたしもコウって呼ばせてもらうから」
「分かった。……メイ、そもそもあいつら、知り合い?」
「ううん」
メイは首を横に振る。
「学校で言ったと思うけど、あたしはMROで一番のクランを作りたいって野望を抱いてるのよ」
「……学校で聞いたと思うけど、具体的には?」
「学校で答えたと思うけど、気分」
「…………」
学校で抱いた時と同じ気持ちを、改めて噛みしめる。つまり、メイが満足すれば今この瞬間にでも達成可能であり、満足しなければ永遠に達成不可能な野望と言う訳だ。容易であるとも、青天井とも言える達成難易度である。
僕の微妙な目線に気付いたメイが、ぶすっとした表情を作る。
「何よその目は。……まあ、そんな感じでクランを作ったは良いけど、メンバー集めにちょっとだけ苦戦してて」
「『ちょっと』」
「うっさい。……それでまあ、手当たり次第に声を掛けてる時に、あいつらにも言ったの。『あたしの超最強絶対無敵団に入って、ナンバーワンを目指しませんか』って。……そしたらあいつら、あたしの事すっごい馬鹿にし始めて……」
その時の事を思い出しているのか、メイはいかにも不機嫌そうな顔になる。
「そりゃあ、たまに馬鹿にされたり笑われたりした事もあったわよ。だけどあいつらの場合、あんまりにも酷いもんだから、つい言い返しちゃったのよ。ムキになったあたしも悪かったかもだけど……」
「まあ、あの二人の態度じゃ仕方ないね……」
「たぶん、他のVRゲームでは上級者だったんでしょ。その鼻っ柱のまんまMROを始めた、とかじゃないかしら」
「なるほど」
僕達がこそこそと話をしている間に、転送ルームの出入り口が近付いて来る。
廊下を抜けると、多数のプレイヤーが集う、だだっ広い円形の空間が広がっていた。周囲を取り囲む白い壁には、モニターが埋め込まれていて、床には壁際に沿って、絨毯みたいにぶっとい緑色のラインが部屋をぐるりと一周するように引かれていた。
設定によると、この部屋自体が転送装置となっていて、人や物資を地球側のトランスポーターへと送り込む事が出来るそうだ。転送操作は各自のメニュー画面から行えるので、使用のための順番待ちをしなくて良いのがありがたい。
「おい、場所はどこが良い?」
「ご自由に」
「そうかい。じゃあ、対人戦《PVP》用の市街地フィールドだ」
そう言ってジョウがメニュー画面を開いて、操作を始める。しばらくすると、僕の前に『転送を許可しますか?』と表示されたウィンドウが現れた。
「"YES"を選んで。転送する人は、複数人まとめて指定出来るから。間違ってないかの確認画面よ」
本人も操作をしながら、メイが僕に補足する。言われた通りに"YES"を押す
と、ウィンドウに『転送準備完了』と表示された。
僕達全員の入力が済んだのを確認して、ジョウがメニューを操作する。
僕の足下が青白く光る。そして、床からリング状の光が僕の頭のてっぺんまで次々と立ち昇っていく。やがて、視界が光の壁に遮られ、周囲の様子が全く見えなくなった。まるで、カーテンで覆われたみたいだった。
やがて光が収まると、景色は一変していた。
窓が割れ、所々が崩れ落ちたビル群。潰れた自動車。傾いた信号機。割れた道
路。それら文明の痕跡を植物が侵食し、往年の面影を蝕んでいる。
そこは、廃墟と化した市街地の大通りだった。チュートリアルの時に体験済みとは言え、あっという間に風景が変わる様はやはり凄い。VRならではの体験だ。
「じゃあ、早速始めようか、最強クランさん?」
「まあ、俺らも胸を借りるつもりで挑むんで、お手柔らかに?」
そう言ってジョウとエウロパはニタリと笑う。腹立つなぁ……。
だけど、そんな彼らの様子にメイは全く動じる気配を見せない。腕組みをして、不敵な笑みを浮かべている。
(随分強気だね)
(ふふ、ここはあたしに任せなさい)
小声で話し掛けると、メイから頼もしい言葉が返って来た。
(頼んでも良い?)
(ええ。一つあいつらに、ビシッと言ってやるから)
実に力強い返事だった。彼女ならきっと、言葉による前哨戦を制してくれるだろう。
僕の期待を込めた目線を背に受けながら、メイはチンピラ二人の前に一歩、二歩と歩み出る。
そして、ザッ! と右足を踏み出し、ビッ! と勢い良く人差し指を向け、
「……まず作戦会議良いかしら?」
……そうですね。
「……で、どうするつもりなの?」
取り敢えず、チンピラ二人組と道路を挟んで、互いに作戦会議を行う事になっ
た。恐らく、かつてはデパートだったのであろう、ボロボロになったビルの玄関前で、僕は切り出した。
「まず聞いときたいんだけど。あなた、ゲームは遊んでる? MROに限らず、ゲーム全般って意味で」
「うん、まあそれなりに」
「それじゃあ、MROはどれ位進めた?」
「……さっきチュートリアルを終えたばかりだよ」
「じゃあ、機体は一通り動かせるのね?」
「まあ、動かすだけなら……」
自分で口に出してみて、改めて不利な勝負である事を実感する。しかも僕は、射撃のコツをイマイチ掴み切れてないのだ。
そんな僕の不安を見透かしたように、メイは続ける。
「大丈夫よ、あいつらだってまだレベル6。これは、最初に提示されるような簡単なミッションをこなしていれば、割と簡単に到達出来るわ。大体このゲームに慣れ始めた、って位ね」
「ふーん」
「つまりコウ、あなたと絶望的に差が付いている訳じゃないわ。初心者が相手な
ら、素人のあなたでも一方的に負けはしないでしょ。ゲームそのものを遊んでるんなら、飲み込みも早いでしょうし」
「だけど僕、どうも射撃が苦手でさ。動いてる相手に上手く当てられなくて……」
「それを補うために立てるのが作戦よ」
なるほど、何か妙案があるって事か。
「それで、作戦って?」
「ふっふふふ。良く聞きなさい、この作戦は、二人の連携が鍵を握るわ」
自信満々に言う。これなら期待出来そうだ。
「まず、あたしが頑張って敵と戦うわ。だからコウは、それを気合で援護して」
「…………」
僕の期待を返せ。
「大丈夫、相手の攻撃を全部避けて、こっちの攻撃を全部当てれば、確実に勝てるわ。どう、この作戦!?」
「素晴らしいね。絵に描いた餅、って言葉知ってる?」
「知ってるわよ。それがどうしたの?」
「…………」
……ああ、そうか。
……残念な子なんだ。僕の目の前にいる、この同級生は。
「…………取り敢えず、僕は援護と回避に徹するから。戦力としてあんまり期待はしないでよ?」
まあ、現状取れる作戦なんて精々こんなもんか。
「ええ。……このゲーム、基本的には味方を攻撃してもダメージはないわ。衝撃で体勢が崩れる事はあるけど……重火器ならともかく、初期装備のライフルでそんな気にする程でもないから。同士討ちはある程度仕方ないと思って、ガンガン撃っちゃって」
「了解」
「このゲームは、レベルが二桁になってようやく一人前なのよ。レベル6のあいつらは、あたしに言わせればまだまだヒヨッコね。大丈夫、大船に乗ったつもりでいなさいな」
そう言ってメイは締めに入る。そこには初心者を導き助ける、熟練者の頼もしい顔があった。
「そうなんだ。……ところでさ」
「何?」
「メイもまだレベル9だろ? 君もヒヨッコじゃないの?」
「…………」
メイのドヤ顔を一筋の汗が伝う。汗まで再現されてるのか、このゲーム。
「……あっ。――ふふん、甘いわね! 四捨五入すれば、実質レベル二桁台よ!」
「四捨五入すれば、相手も実質レベル二桁台になるけど」
「………………」
メイの『良い事思い付いた』的呟きからの再ドヤ顔に、滝のような汗がびっしりと張り付く。
「う、うっさい、屁理屈言わないの! 思ってたより遊ぶ時間取れなかったんだから、仕方ないでしょ!」
居たよ。屁理屈やら詭弁やらと言っておけば反論になると思ってる系の人が。
「と、とにかく! 作戦は以上! 良いわね!?」
「はいはい」
強引に話を終わらせるメイに、心優しい僕はそれ以上のツッコミを入れる事なく大人しく頷いてあげた。
「……っと、大事な事を忘れてたわ」
そう言ってメイはデバイスを操作し始める。大事な事って? ……と尋ねようかと思ったけど、黙って待つ。すぐに、僕の前にウィンドウは開かれた。
『メイからクラン『超最強絶対無敵団』への加入要請が届きました。了承します
か?』
思わず顔を上げる。そこには、荒れ果てた廃墟に似付かわしくないメイの笑顔
と、差し出された右手があった。
……なるほどね。確かに大事な事だ。
「よろしく、マスター」
「歓迎するわ、相棒」
右手でしっかりと握手を交わしながら、僕は左手で"YES"を押した。