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4 ムーンラビットオンライン

「凄いな……」

 ぐるりと首を巡らせつつ、呟いた。


『これぞSF』と言わんばかりの風景もそうだけど、何より今現在、僕自身が感じている身体感覚のリアルさに対してだ。


 耳を通り過ぎて行く他プレイヤーの雑談や、着ているジャケット――いつの間にか着替えていた――の肌触り。軽く足で突付いた時のタイルの感触に、息を吸った時に鼻孔に感じる、空気の流れ。


 もちろん一〇〇%全てが現実通り、と言う訳でもない。例えば遠くに見える風景は、良く見るとCGっぽさが感じられる。けれど、普通に身体を動かしてみる限

り、違和感を感じるような事はない。


 さて、これからどうしようか……と思った矢先、僕の目の前に『Touch』の表示と共に、虹色にぼんやり光る球体が現れる。指示通りに触れると、


「新人操縦者(オペレーター)さん、セレーネへようこそ!」

「ようこそ!」


 現れたウィンドウから、ウサ耳の美少女と可愛くデフォルメされたヒキガエルが挨拶をして来た。


「まずは自己紹介を。このセレーネでのナビゲーションを務めさせて頂きます、わたくし『タマ』と――」

「オイラ『ギン』です」


 それぞれウサ耳とヒキガエル――タマさんとギンさんが挨拶。ウサギなのに『タマ』とは。なんか猫みたいな名前だ。


「さて、まずあなたを『セントラルタワー』へと案内させて頂きます」


 タマさん――呼び捨てで良いか。タマがそう言うと、ホログラムの赤い矢印が目の前に浮かぶ。矢尻が向かう先には、天井にまで届く高さの、いかにも重要そうな佇まいの円柱状のビル。正確には『八』の字みたいに根元部分が広くなっている形状だ。


 矢印に先導されながら、広場を歩く。"広場"の名に違わぬ広さに、『タワーの入り口前に出してくれれば良いのに……』と思いつつ、到着。改めて近くで見上げると、相当な高さだ。


 自動ドアを抜けて中へ。


 ロビーもやはり広かった。そして、プレイヤーでごった返していた。


 真っ先に目に飛び込んで来たものは、吹き抜け構造の多層式フロアの中心を貫

く、巨大な柱。そこに取り付けられた大型ディスプレイには、タマとギンが何やら案内をしている。多分、ゲーム内情報なのだろうけど、始めたばかりの僕には内容が分からない。


 根本に目を移すと、ぐるりと取り囲むようにカウンターが設置されている。案内の矢印が指し示している辺り、僕の目的地はあそこらしい。


 カウンターへと延びる真っ赤な絨毯の上を、真っ直ぐに進む。椅子に腰掛けて、ウィンドウ操作をしている人。身振り手振りで仲間達と話をしている人。観葉植物の葉を、一人でひたすらいじっている人。様々なプレイヤーの姿が視界に映り、通り過ぎて行く。


「ようこそいらっしゃいました、オペレーター様」


 カウンターへたどり着くと、受付のNPC女性が一礼する。何故NPCと分かるかと言えば、頭上にアイコンが出ているから。プレイヤーの場合は、何も出ていない。もちろん、設定で変える事も出来るけど。


 それから、「お名前は 『KOU111@』様で間違いないですね?」やら「読みは『コウ』でよろしいですか?」やら、キャラクリエイトの延長じみたやりと

り。全て「はい」と返す。


「では、こちらをどうぞ」と渡されたのは、小型の端末らしき機械。説明によると『オペレーターズデバイス』なる道具だとか。基本的にはこれを使ってメニュー画面を開いたり、ロボット――ムーンラビット(MR)を呼び出したりするとの事。


 簡単な操作説明が終わり、「後の事はメニュー画面をご参照下さい」と言われ

た。カウンターから離れて、早速メニューを開く。


「登録は済みましたね、コウ様」と、先程のタマ&ギンのコンビが登場。その後はゲームを進める上での基本的な情報やこの街(セレーネ)で出来る事、ついでに人類による地球奪還作戦成功の鍵は、あなた達オペレーターの働きに掛かっている……と言う旨のご高説をたまわった。


 とりあえず、これで自由に動けるようになった。差し当たってするべき事

は……。


 やはり、機体操作のチュートリアルだろう。いきなり実戦に出る程、僕は無鉄砲ではない。チュートリアル用の施設はタワー内部に存在するとさっき説明を受けたし、ちょうど良い。


 そうと決まれば、ささっと済ませますか。






 赤茶けた荒野に、乾いた風が吹き付ける。もうもうと舞う砂埃が行くあてもなく流れ、丈の低い草木が寂しく音を立てる。あちこちがひび割れ、砂の堆積したアスファルトの道路は、行き交う車が途絶えて久しい事を静かに物語っている。


 そんな、普通に日本で学生をやっている限り立ち入る機会など訪れないであろうロケーションにて、僕はMRの操作練習に励んでいた。最も、設定の上ではシミュレーター訓練、と言う事になっているけど。


 そもそも『MRO』世界のAIは現実世界のAIより更に高性能であり、

『かつては高度なAIによる全自動型の機械が活用されていた。しかし細菌テロによって、AIを乗っ取り人類に敵対行動を取らせる細菌が蔓延し、反乱を起こした機械達に人類は敗北。当初は無線による遠隔操縦型の兵器を使おうとしたが、電波妨害の前にあえなく敗退する。

 だから、MRと言う『人が直接乗り込んで操作する兵器』が開発された』


 ……と言う設定だ。機体の性能はもちろん、操縦者――オペレーターの腕前がかなり重要になる。


 最も、操縦そのものは結構簡単だ。二本のスティックと二つのペダル、これだけでもオート補正のおかげで、初めての僕でも割と思い通りに動かせる。


 設定では一定水準以下のAIなら細菌兵器に乗っ取られないから大丈夫とか、うんたらかんたら。とにかくそう言う事らしい。


 歩いて、走って。真上に跳んで、左右に跳ねて。レーダーを見て、敵を探して。


 ここまでは順調。だったんだけど、武器訓練で苦戦し始める。


 近接・格闘武器。こちらは全く問題なし。次々と現れる訓練用ターゲットを、用意された各種武器でさくさく破壊して行く。簡単簡単。


 問題は射撃武器。これが思ったように上手く行かない。


 止まっているターゲットをじっくり狙って撃てばちゃんと当たる。けど、肝心の動いているターゲット相手だと、中々当たらない。当たっても、ダメージの低い

『カスリ』判定が多い。いわゆるクリティカルヒットに当たる『直撃』判定を、とまでは行かなくても、通常打に当たる『命中』判定を安定して出したいんだけ

ど……。


 そんな調子で訓練をこなし、最後に待ち受けていたのは総合訓練。「今までの訓練で学んで来た事を活用して、切り抜けて見せろ!」……との教官の激に反して、結局射撃は殆ど活用しなかった。


 いや、最初はムキになって活用しようと思っていた。敵に近付いて、足を止め

て、しっかりと敵に射撃マーカーを合わせて、ライフルを発砲。見事に命

中、撃破――するのは良いけど、その間に反撃もばっちりと頂く。訓練だけにダメージ自体は極小とは言え、こんな調子じゃ実戦で通用しないのは目に見えている。


 結局、格闘戦を多用した。ブーストダッシュで接近、ブレードを振り下ろす。別方向から攻撃が飛んで来たら、サイドステップできっちり避けて、そちらへ突進。


 折角なので、別の攻撃にはシールドでのガードも試しておく。攻撃に合わせてタイミング良くシールドを構える。防御判定に成功させ、本体へのダメージを防い

だ。


 敵を全機撃破して、総合訓練が終了。教官からの「良くやった! これで君も一人前だ! さあ、人類勝利の日を目指して戦うのだ!」とのお言葉を適当に受け流し、僕はセントラルタワーへと帰還した。






「さて、どうするかな……」


 ロビーの壁際に並んでいる椅子に腰掛け、呟く。この場合の『どうする』とはつまり、クランの話だ。

 順当に行けば、大地の――と言うか姉さんのクランに所属するのが良いだろう、と思っている。家族に、幼なじみに、中学の同級生。気心の知れた相手と一緒な

ら、何の不安もなくゲームを楽しめるだろう。


 しかし、このゲームを選んだ切っ掛けは二階堂さんからのクラン加入の誘いだ。ならば、彼女の誘いに乗るのが筋ではないか。僕が断った理由も『Cosmosを持っていない』だったから、この通り所持してプレイしている現在、彼女の誘いを断る理由もなくなった。


 建前上は。


 本音を言えば、そもそも二階堂さんとはそれ程親しい間柄ではない。彼女に対して何が何でも筋を通さなければ、と言う程の義理を感じていない。ついでに、例の超なんとか言う、珍妙なクラン名も大いに引っ掛かる。正直、同類と思われたくない。


 つまり、積極的に関わりたい訳ではない。とは言え、どうしても嫌って訳でもないし……。


 それに。


『気心の知れた相手』だからこそ、結局はいつも通りの自分で通してしまう事になりはしないだろうか。自分を変える努力をするならば――と言える程大層な事かどうかは分からないけど、思い切って二階堂さんと組む方が、自分にとってよほど有意義な事なのかも知れない。


 いやいや、それはやっぱり考え過ぎかも。素直に姉さんのクランに入った方が良いんじゃないだろうか。


 ……うーん、もしかして僕は優柔不断な奴なのか?


 まあ良いや。そもそも僕は、姉さんのクラン名もIDも知らない。そして、二階堂さんの連絡先も分からない。今すぐ決める必要もないのだ。後で大地に連絡入れるなりして、それから考えれば良い。それより今日は、素直にゲームを楽しもう。 MROの基本的な流れは、ミッションと呼ばれる依頼を受け、転送装置で地球に降り立ち、目的を達成する――と言ったものだ。もちろん、自由に探索する事も出来るし、プレイヤー戦(PVP)に明け暮れるのも楽しみ方の一つだ。取り敢えず、初心者のソロな僕でもこなせる、簡単なミッションを受けてゲームに慣れるところから始めるのが妥当だろう。


 その前に、セレーネの探索をしておくのも悪くないな。何しろ、今後の活動拠点となる街だ。どこに何があるか、簡単にでも把握しておいた方が良い。


 そうと決まれば、外に出よう。僕は腰を上げ、入り口へと向かった。






「……ん?」


 中央広場へと出た僕の目に、何やらちょっとした人だかりが出来ているのが見えた。それに、微妙に騒がしい。何だろう?


 軽く気になったので、様子を見る事にした。近付くにつれ、徐々に声も聞き取れるようになった。うーん、良く出来たゲームだ。


 人だかりの中心に居るのは、何やら会話をしている三人の男女のプレイヤー。いや、口調からしてむしろ口論、と言った方が正しい状況だ。


「……実際そうじゃねーか。馬鹿に対して馬鹿って言っただけだろうが」

「そーそー。馬鹿に対してアホとは言わねーからな」


 そう言ってチンピラっぽく笑うのは、二人の男性プレイヤー。片方は浅黒い肌のスキンヘッド、もう片方はオールバックのロン毛。ぱっと見た感じ、仲間ってところだろう。オペレーターデバイスを操作して、名前を表示させる。スキンヘッドが『ジョウ』で、ロン毛が『エウロパ』。オペレーターレベル――大まかな強さの目安だと思えば良い――は、共に『6』だった。


「聞き捨てならないわね! 取り消しなさい!」


 彼らに向かって叫ぶのは、栗色の髪をハーフアップにまとめた女性プレイヤー

で、名前は『メイ』、レベルは9。チンピラ二人組に対して、全く臆する様子はない。


「おぉ怖い怖い。取り消さないと俺達、どうなっちゃうんだろうなぁ?」

「どうなるんですかねぇ、先生?」

「あんたらねぇ……!」


 見た限り、男性側はかなり不快な態度だ。やっぱり居るんだろうな、態度の悪いプレイヤーも。


 僕は周囲をちら、と見る。集まった他のプレイヤーは、遠巻きに眺めているだけで特に手出しをしようとはしないし、気にせず通り過ぎるプレイヤーも多い。ま

あ、女性側も一方的にやられている訳でもないし、本当に困っているのならGMコールすれば良いだけだ。きっとこれくらいの事は、MROでは大した事ではないのだろう。ほっといても大丈夫だ。


 ……と思うのは、実は心理的な罠だったりする。いわゆる『都会の人間は冷た

い』の正体だ。


 人は『何かの問題か?』と思った時、周囲を観察して判断しようとする。その周囲の人間も同じように辺りを観察しているから、結果周囲の誰もが騒がない。それを見て、みんながこう思う。

『誰も騒いでいない。じゃあこれは、大した事じゃないんだろう』


 ……と。


 一人を相手に、二人掛かりで馬鹿にして笑う。態度の方も、ロールプレイの一環としても度が過ぎているように見える。客観的に、女性プレイヤー側を助け船を出して良い状況なのだろう。


「ま、訳分かんねぇモーソー言ってる奴に相応しいクランだとは思うがね」

「言えてる言えてる」

「言えてないわよ!」


 でも、どうやって? 第一、僕は詳しい事情を知らない上、ついさっきゲームを始めたばかりの初心者だ。力になれないどころか完全に『余計なお世話』で終わる公算が高い。


「実際、メンバーお前一人だけじゃん。みんなそう思ってるって事だろ」

「そりゃ、あんなハズカシー事言ってりゃな」

「好き勝手言い散らかして……! あたしのクランは、絶対一番になってやるんだから! あたしの――」


 やはり申し訳ないが、僕は関わらない方が良いだろう。取れもしない責任を取ろうとしてはならない。はっきり言って、それこそ馬鹿と言われても仕方のない事

だ。


「――『超最強絶対無敵団』は!」


 だから、僕は馬鹿と言われて仕方ない。なにしろ、それ(・・)を聞いた瞬間、何の目算も確証もなく前に出て、彼女の方へと歩き出していたのだから。


「ん……? 何だよお前」

 こちらに気付いたスキンヘッドのジョウが、あからさまに非友好的な視線を向けて来る。


「いえ。それ以上は止めて頂ければと思いまして」

「はあ? お前には関係ないだろ」


 僕の言葉に、ロン毛のエウロパが言う。


「関係なくはないでしょう」

 ちらり、と『メイ』さんの方を見て――こんな気持ちを、腹をくくると言うんだろうか――


「彼女のクランメンバーとして」

 僕は言った。


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