君は僕の「」を否定しなかった
――この世界には、あるものが欠けていた。
誰もかれもが、それに気づかないまま。
欠けたものの存在すら知らないままに。
大人になって、死んでいったのだ。
僕は、この街で「異常」だった。
この小さな、それでいて人の多い街で、異常だといわれるもの。
それはただひとつ、僕の持つ――目だった。
この世界には「色」と呼ばれるものがない。
遥か彼方昔。太陽と呼ばれていた、空に輝く大きな光が、まだ地上に届いていた頃。確かに「色」というものは存在していたらしい。今は、それがどんなものなのか。書物に記されたことがら以外は、一切わからないものになっている。
ただ、この「色」は。
今の世界にとっては「異常」だということしか。人々にはわからなかった。
だから、人々は。「異常」と思われるものを指すときに、「色」があるという。
僕の目は、その「色」があるという状態らしい。
だから、ここでは僕は嫌われ者……というより、どう扱っていいかわからない、といった感じだ。一応声をかければ応じてくれるし、石を投げられるとか、店の出入りを断られるとか、そういったことはない。
けれど、それだけだ。
僕は、この街の唯一の「色」のある目を持っていて。
この街で独り、生きていた。
ある日のこと。
珍しく寝坊した僕は、寝ぼけた状態で家の外を見た。
……街の様子がいつもと違う。
いつもはこう、もっと静かだ。いや、今も静かなのは静かなのだが。こう、行き交う誰もがそわそわしているというか。
僕は不思議に思いながらも、外に出た。
今日は、なんだか視線が痛い。
視線が僕に集中することはよくあるが、今日はなんだかいつもよりひどい。本当に、物理的に刺さっているみたいだ。それは、街の中心に行くにしたがってひどくなる。……さすがにこれは、慣れた僕でも気分が悪い。一体何があったというんだ。
人のよりざわついている場所。そこに、それはいた。
――嗚呼。そうか、だから。
それは、確かに「異常」だった。
けれど。
それは何者にも代えがたい絶対で。
確かにこれは「色がある」ものだった。
人の視線をくぐった先。
そこにいたのは、僕とそう年の変わらない女の子だった。
二人の髪の隙間から覗く目は――僕とは違うけれど、確かに「色」があった。
「色」というものは、たくさんあるという。
僕が持っている「色」と。彼女が持っている「色」は別物で。けれど、確かに「色」で。
とても、とても――ただひたすらに、美しかった。
少女が、僕に気づいた。少し驚いたような様子を見せた後、こちらに近づいてくる。僕も、ちょっとだけ近づくために歩く。
「こんにちは、「色」を持つ人」
「……こんにちは」
僕は、やっとのことでそれだけ呟く。めったに使わない声帯から、擦れた音がなんとか言葉を成す。彼女にこの声は、聞こえただろうか。
少女が、ゆっくりと近づく。ずっと独りで生きてきた僕が、誰にも立たれたことのない距離。そんな距離に、彼女はいた。そして――僕の目を覗き込んだ。
「……あなたの「色」は、ほかの誰にも真似できない、素敵な「色」ね。……その「色」は、私たちの身体に流れている血の持つ「色」だったんだわ、きっと」
そんなことを言われたのは。生まれてこの方、一度もなかった。人は、ただただ僕のことを「異常」だと言い。誰も、誰も。僕の「色」を肯定なんてしなかった。僕の目をまっすぐ見つめる、その目は。僕の色を唯一肯定してくれるものだと、そう思った。
「……君の、「色」は」
ああ、もう。自分の声帯が忌々しい。こんな時に、擦れた声は不便だ。
「……君の「色」は。きっと、かつて存在していたという海の「色」そのものだ」
僕がそう言うと、彼女はさっきよりも驚いた様子で。
嗚呼、きっと彼女も。僕と一緒で、かつていたところで、ずっと独りだったのだ。
「……ありがとう」
少女は、笑った。
僕は、ようやく出会えた。僕を肯定してくれる、唯一1の絶対に。
きっと、この出会いには。
この世界の何よりも、素晴らしい「色」が与えられている。
END




