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寧波の壁1

 舟山仮設飛行場に隣接した簡易指揮所の天幕の中で、豪州軍のハミルトン少佐と米軍のジョーンズ少佐は、ノートパソコンのモニターを覗き込んでいた。

 ここは『独立混成船舶工兵部隊 舟山前進司令部』の位置付けとなっている。

 モニター画面には、航空偵察でもたらされた寧波の港周辺の様子が映し出されていた。


 「チンク共、万里の長城でも作ろうって魂胆か?」

 ハミルトン少佐はジョーンズ少佐の少々乱暴な見解に頷くと

「遂に、清国の寧波方面軍は舟山島逆上陸を諦め、寧波防衛に方針を切り替えたようだね。」

と意見を述べた。


 偵察写真に見るかの港は、昨日とは大きく様変わりしていたのだ。

 大量の人員を動員して、大規模な土塁構築を行っている様子が見て取れる。





 舟山島陥落以降も、これまで清軍は数度にわたる逆上陸を試みていた。

 大型船舶は御蔵島艦隊との水上撃滅戦で喪失していたとはいえ、バートル級ジャンクを全て失った訳ではなかったし、はしけや水汲み舟、漁船などの小型船なら掻き集める事が出来たからだ。

 指呼しこの間しか離れていない寧波―舟山島の海路であれば、外洋航行に堪え得ない小型船でも兵を移送する事は可能であった。


 けれども、それは「船の能力として移動可能な距離」である、という事に過ぎず、舟山島側からの対船射撃の弾幕や、装甲艇・高速艇・武装大発のピケット・ラインを掻い潜って着岸出来ると言う事を意味しない。

 清軍最初の逆上陸作戦は、船団が水道中央部に至る以前で粉砕されていた。


 御蔵側にとっては、戦闘未経験の兵や新たに志願した兵の練度を上げるのに丁度良い演習相手ではあったのだが、水上で敵船団を殲滅する事は何の鹵獲品も発生しない事を意味し、金属材料等の資源収支が支出一方になるために面白くなかった。


 二度目の侵攻作戦を偵察機が伝えて来た時、前進司令部は敵部隊を一部上陸させて水際で殲滅する作戦を採った。

 彼我に圧倒的な火力の差が有ってこそ、実施してみる気が起きる作戦である。


 高速艇や装甲艇は遊軍として、敵戦力が舟山港以外の場所に上陸地点を求める時に参戦する事として舟山港はワザと開けておく。

 重武装の舟艇母船や、新たに砲を搭載して武装強化した輸送船は、稜線を越えて寧波側からは見えない場所に待機し、必要があれば間接射撃で火力支援を行う。

 港に隣接した市街部の住民は、戦闘期間中は市街地から離れて疎開しておくことが推奨されたが、強制ではない。但し、避難者には輸送船のパン焼き窯で焼き上げたパンが支給される事が伝えられたため、疎開はスムーズに進んだ。


 清軍上陸部隊を待ち構えていたのは、塹壕やタコツボ陣地に籠った多数のライフル歩兵と、煉瓦造りの建物の上に土嚢を積み上げて作った幾つもの軽機関銃陣地だった。

 95式軽戦車を擁する戦車部隊と歩兵砲は後方で待機して、戦闘参加の合図待ちだ。


 漕ぎ寄せる清軍の艀には、一艘当たり、煌びやかな衣装や胸甲を身に纏った歩兵が5~6人と、漕ぎ手2名程度が乗船している。

 小型船では馬匹の運搬は困難だから騎兵はおらず、徒歩の兵ばかりだ。

 進退の合図に使うのか、小旗を結んだ槍を持っている兵が、一艘に付き必ず一人は含まれている様に見える。伍長該当の分隊指揮官なのかも知れない。

 舟山群島平定戦で姿を見せたような、如何にも水軍(もしくは海賊)といった兵の姿が見えないのは、水上戦力が疲弊して、寧波城詰めなどの陸兵が動員されているからであろう。

 歩兵の装備に剣と楯、もしくは短槍が多いのは、再装填に時間の掛かる火縄銃では上陸後の市街戦で不利が見込まれる事や、強襲中には集団射撃体勢を採り難い弓兵の性格によるものと思われる。

 それだけに、上陸部隊に含まれている銃兵や弓兵には、速成の動員兵ではなく狙撃を得意とするベテランが従軍しているのであろう。

 あるいはこれまでの戦闘で、銃や弓といった兵器自体、それに熟練操作兵が枯渇してしまっているのか。


 敵は船団が舟山港に接近すると、上陸に先立って寧波海岸付近から砲撃を開始したが、偵察機が機銃掃射で直ぐに沈黙させた。

 射撃距離が長くなるほど等比級数的に照準が不確かになる5門ほどの紅夷砲から発射された実質弾は、舟山島防衛部隊に何の被害も発生させる事は無かった。

 けれども砲声が合図だったのか、100m程の沖合で集結していた清軍船団は、一気に海岸線に寄せて来た。


 港やその周辺の海岸線に達した敵兵は、小舟から飛び降りて前進しようとしているが、明らかに動きが悪い。

 重い陸兵装備が仇となっているのだ。

 一方の舷側に兵が集中した艀などは、為すすべも無く転覆したりしている。

 慣れない着上陸作戦を敢行した陸兵主体の敵部隊は、明らかに動揺している。


 そこにライフル歩兵の狙撃が開始された。

 ライフル歩兵は、小旗付きの槍を持った指揮兵、複数名で操作する大型鳥銃を装備した兵を集中的に狙い撃つ。相手側が射撃による反撃態勢を作れずにいるから、敵からの応射のリスクが感じられず、狙いは正確だ。

 むしろ古参兵は、調子に乗る新兵に対して「身を乗り出すな! 遮蔽効果を徹底的に利用しろ!」と声をからさねばならなかった。


 機関銃陣地では、双眼鏡を装備した分隊長が、弓兵が纏まって乗船している艀に対して次々に射撃指示を出していた。飛び道具にまとまられると厄介だし、どうせ弓兵はやじりと短剣程度しか金属製品を持っていないのだ。沖目で沈めても惜しくはない。


 辛うじて陸上に足を踏み締める事が出来た清兵は、楯装備の兵を前面に立てて何とか攻撃陣形を組もうと試行しているが、分隊指揮官クラスの兵から先に失っているので、陸上での部隊再編が機能していない。

 後ろから何とか陸地へ這い上がろうとする兵の圧力で、不完全な橋頭保は小刻みに市街奥へと押し進められつつはあったが、表側に薄い金属板を貼り付けただけの木の楯では、M1ライフルの7.7㎜弾を阻止する事は出来ず、最前列の兵は次から次へと新顔に入れ替わっていく。


 個々の能力としてなら豪傑と呼ばれても不思議は無い旧明軍の古参の武人でも、初めて経験するライフル銃の弾幕の威力の前には、自分の運命に対して絶望感しか感じられなかったであろう。

 清軍上陸部隊の総司令官の頭には、何度も撤退命令を命じる事が浮かんだが、寧波撤退後に自分の身に起こるであろう糾弾と粛清とを考えれば、命令を下すのが躊躇われたのに違いない。

 清軍上陸部隊は、有効な戦術を採る事が出来ず、ただ一方的に撃たれるがままになっていた。


 御蔵軍側の陣地内では、機関銃銃塔タイプの97式軽装甲車が被牽引車を牽引しながら縦横に走り回り、ライフル歩兵や機関銃陣地に弾薬や機関銃の予備銃身を補給していた。

 ライフル歩兵の中には、連続射撃でM1ライフルの銃身が過熱してしまっている者もいて、新たな銃との交換を受ける者もいる。

 軽装甲車は行きがけの駄賃とばかりに、時に敵集団に機銃弾を叩き込む。

 補給中にも装甲車から火力支援を受ける事の出来る防御陣地に、隙は無かった。


 予備戦力の戦車隊を投入するまでもなく、清軍上陸部隊は甚大な被害を出して降伏し、300人程の投降兵や艀を操作していた水夫は、身ぐるみ剥がされた上で装甲艇が牽引する艀にギュウギュウ詰めに乗せられて、寧波近傍の海岸付近に移送された。

 各2艘の艀を牽引する装甲艇10隻は、海岸で捕虜を海に飛び込ませると陸上に砲を向けた。

 海岸に偵察に出て来た敵騎兵部隊を、各艇一発の砲撃で粉砕し、大発の着岸を支援する。

 大発からは、泳ぐ事の出来ない清国兵が負傷兵を担いで上陸し、この日の戦闘は終結した。


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