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ワールド25 温州情勢ならびに「雛竜先生」の呼び名の由来の件

 魯王が摂政を自称しているって……モロに内部分裂じゃん!

 それ、国家が滅ぶ時の『何時ものよく有るパターン』じゃないですか!

 「過去の亡国のパターンを考えたら、緊急事態の際での国内権力闘争って、死ぬほどマズい事態の様な気がするのですけど……。」

 だいたい滅亡一直線ですよね?


 藤左ヱ門さんが「これっ!」と非難の声を上げたけれど、雛竜先生は「全く、片山様の仰る通り。困った事態です。」とアッサリ同意。「けれども、これには致し方無い面もあるのです。」

 何なのでしょうね、その理由ってえヤツは!


 僕の目付きがあんまり剣呑けんのんだったせいか、先生は多少弁解気味に早口になる。

 「弘光帝に南京の宮城から御動座頂く折、温州の魯王様には御相談する間が無かったのです。何分なにぶん全てを秘密裏に事を進める必要が有りましたので。」

 確かに、そんな話だった。

 遊び好きの皇帝を連れ出す口実に、「お忍びでのお楽しみ」って誘い出したんだったっけ。


 「それで、南京陥落の際、皇帝陛下はお亡くなりになり、との噂が流れ……。」

 風説の流布か。まあ仕方ない面も有るっちゃ有るけど。

 混乱時に於ける『ぎょく』の行方は明・清どちらにとっても最大の関心事だから。

 ……ん? んんん?!


 もしかしたら、この「風説の流布」も、脱出作戦を成功させるための雛竜先生の策の一環?!

 先生が噛んでいるなら、手抜かりが有り様筈が無い。

 魯王は、本当に弘光帝が死んだ、と思ったのに違いない。


 「ああっ! それでは魯王様は、本当に帝が亡くなったと思って!」

 先生は済まなさそうな顔をして「帝の不在は明にとっての一大事。国全体が溶ける様に清に吸収されてもおかしくはありません。殊に温州は、杭州との間には台州を挿むばかり。民の動揺は福州の比ではありません。」

 それで魯王は『明国摂政には、俺が立つ!』宣言をしちゃったワケだ。


 「万難を排してでも、魯王様には御一報を届けるべきでした。」先生が目を伏せる。

 「しかし、その様な事は、土台どだい無理だったのだ。」藤左ヱ門さんが力強く言い切る。「弘光帝崩御の噂で温州は荒れておったし、我々鄭将軍に与する者は福州寄りの勢が強い。無理に温州の王宮に向かおうものなら、温州軍と戦をする事になっていたやも知れぬ。ここで仲間打ちは、何より避けねばならぬ。一先ひとまず福州にて帝の身の安全を図る為、温州に伝えるのは後回しになったのじゃ。」


 そう言う事情なら仕方がない。

 藤左ヱ門さんの語調が強いのも、僕に向かってというより、致し方ない事情であるのに反省しきりな雛竜先生を励ますための、鼓舞の弁だろう。


 「お伺いする限り、最善手を打った上での副作用、みたいな出来事ですねぇ……。起きちゃった事は仕方が無いけど、フォロー・アップは進められているのでしょう?」僕はそんな風に他人事みたいな感想を言うしか無かった。

 「フォロー・アップとは、何でしょう?」先生が首を捻る。

 「ああ! すみません。……ええっと……『事態の収拾を図る』みたいな意味です。」


 先生は、その事ならば、と頷いて

 「魯王様を正式に監国に任ずる、という事と成りました。その上で、唐王様を大将軍、鄭将軍を車騎将軍に。黄尚書様が、その旨、帝から御裁可を得まして。」

 上手く交通整理が出来たみたいなのだけど、僕はちょっと気になって「明国に、大将軍や車騎将軍といった将軍位制度って有りましたでしょうか? 兵部尚書とか小師とか、漢代とは違った名称の分類だったように記憶しているのですが。」と質問してみた。受験生はツマラナイ事に引っかかる。


 雛竜先生は微かに笑って「今現在の明朝における、兵たちへの景気付けですよ。『三国志演義』が読み物として流行はやりになりましたからね。軍務担当文官だと、清の剽悍な騎兵との戦では、押されてしまいそうな気分になりましょう? 車騎将軍や征北将軍と称すれば、関羽将軍や張飛将軍を思い起こさせて、如何にも強くて頼りになりそうではないですか。」

 ナルホド。これも一種の心理戦か。

 先生は続けて「それに……各地方に独立した地方軍制を並べておけるほど、現在の明は大きな国ではないのです。」

 最後はしみじみとした声だった。


 「それでは、現在では魯王様と共同歩調が採れているわけですね?」

 質問してから気が付いた。『唐王と福松(鄭成功)は、破竹の勢いで進撃中』という話がなかったか?

 それならば、福州と温州との間での停戦が、成ってナイじゃん! 「或いは未だ、魯王様との間で上手く話が付いていないとか……?」


 「その通りなのです。台州・温州では、清国の順撫使や密偵が暗躍して、村々への清への帰属を煽っており、それに応ずる者も少なくないのです。唐王様は温州を進みつつ、明にそむいた者を排除しなければならず、城や砦を下す事『破竹の勢い』ながら、早馬を飛ばして直に魯王様に帝の御決定を御報告する事が出来ていないのです。伝令は関に遮られるならまだしも、捕縛されてしまう事さえ有り。中には清の息の掛かった者に、捕殺されてしまった者もおりましょう。」


 う~ん。この、もどかしさ。

 明側が情報戦を行っているのと同様に、清側だって情報戦を実施しているんだ。

 仮に洞頭列島駐屯部隊が、魯王への面会を求めて温州上陸を行えば、皇帝の正使不在で偶発戦闘が起こるかも知れない。

 かと言って、福州軍の到着をただ待っていれば、福州軍と温州軍の兵力を無駄に磨り潰す事になる。いっそのこと両軍の間で大きな会戦の機会でもあれば、軍使の交換で誤解を解くチャンスなのかも知れないけれど、バクチ的要素が大き過ぎる。


 「そこで加山様と早良様とから御提案頂いたのが、温州に対しての手紙の投下なのです。丁度、御蔵の方々がこの島や他の島に対して行った様に。」

 そういう事なんだ。「それで早良は、急いで飛行場――凧の発着所を建設に?」

 「はい。『弘光帝は福州にて御健在なり。魯王を正式な監国と任ずる。福州から南京征伐へ向かう大将軍唐王と力を合わせて事に当たれ。承知したなら城に白旗を掲げよ。』という文面で、複数枚の文を刷らせている処なのです。少なくとも数百枚は必要でしょう。幸い温州は紙の産地なので、この島にも交易品を含め、多くの紙を所有しております。発着所の完成を見る前に文の準備が整えば、水面みなもから飛び立つ凧を使用する方法も、お有りとか。」


 加山少佐や早良中尉は着々と手を打っている最中なんだ。

 「何もかも納得がいきました。御説明頂き有難うございました。……最後に一つ。先生の『雛竜』という号の由来は、何処から来ているのでしょうか? 竜は雛を生みましたっけ?」

 爬虫類から鳥類へと向かう途上の始祖鳥の化石が発見されたのは、もっと後代だった様な気がするのだけれど。あるいは広い中国の事だから、翼竜の化石は発見されていたのかな? う~ん、思い出せない。


 先生は苦笑して答えてくれない。

 代わりに藤左ヱ門さんが「『三国志』のせいなのだ。」と教えてくれる。

 「先生は『臥竜』と称された諸葛孔明に比して、皆から『今臥竜』とお呼びなされていたのだが、余りに畏れ多いと言う事で、その呼び方を禁じなされた。すると今度は、ホウトウに比して『今鳳雛』と呼ばれる。先生は困惑なさって、その呼び名も禁じたのだが、臥竜と鳳雛の良いトコ取りで『雛竜』と呼ばれる事になってしまわれてな。遂に根負けされて『雛竜先生』に落ち着いたのじゃよ。」


 なんだか『今昔物語』で読んだ『榎の僧正』の逸話みたい。


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