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ワールド22 「国姓爺」が存在しない事になるかも知れない事に気付く件

 中尉殿の『狙い』は、それだったのか。

 ……ナルホド。リュウさんに解説してもらって、ようやっと理解出来たよ。

 真実の力がどう、とか言っていたけど、最大のアドバンテージは受験生的「質問に対する知識披露欲求の脊椎反射」なんだ。


 『雛竜先生』対『早良技術中尉殿』では、賢人対賢人で、良く言えばチェスの名人戦、嫌味な言い方を選ぶなら狐と狸の化かし合いみたくなってしまうから、間に僕の様な『馬鹿正直な記録係の書生』を介在させる、と。

 ……なんだか、両者から地味にディスられている気配が無いでもない様な……。

 マア、良イジャナイ。オイラなんか、どうせ受験生で、パブロフの犬として質問には正直・正確に即答するイキモノなんだよ!


 「片山様、『に落ちた』という顔をなさっておいでですね?」

 リュウさん――いや、雛竜先生の声は優しい。

 例えてみれば、出来の悪い生徒に穏やかに接する超絶優秀な家庭教師の声、みたいなものか。

 「早良が僕をホッぽり出して、しれっと他所へと向かった理由に、ようやく納得がいきました。」

 「それが最善の選択であった事も?」

 「……雛竜先生のおっしゃる通りです。」


 雛竜先生は僕の心持ちを知ってか知らずか(いや、当然察しているのは間違い無いが)

「御蔵島、見てみたくなりました。多分、私のような者にとっては、夢の様な世界なのでしょう。」

と希望に満ちた感想を述べる。

 「我もまた、新しき世を見とうございます。」雪さんが、すかさず追従する。「御供させて下さいませ。」

 雛竜先生は、ニコと笑みを漏らし「雪は、怖ろしゅうはないのですね?」

 「修一様の住まわれている場所。さだめし人の持てる技を極めし世界かと。観ずにはおられませぬ。その上、女子おなごでも看護婦なる技が究められるとか。技を究め、世の役に立ちとうございます。」


 慌てたのが花さんだ。「我も御供致しまする!」と宣言し、僕に「『かんごふ』とは?」と恐い顔で問い掛けてくる。

 この場合の恐い顔は、別に怒っているのではなくて真剣さが表情に出ているだけだから、僕も賢者モードの顔を演出し

病人やまいびとの回復を手助けしたり、人を病に罹らぬよう気を配る専門婦人です。白き衣を纏う事が多いので『白衣の天使』と称される事も珍しくありません。」

 「びゃくいの天女……。」

 花さんはウットリした表情で天を仰ぐ。

 もしかすると、白の薄布を纏って雛竜先生を膝枕する自分の姿を想像しているのかも……。

 今の説明、マズかったかも。


 「先生の看護婦、他の者には任せられませぬ。我が付き従いまする。いえ、もし連れて行かぬと申されましても、海を泳ぎ渡ってでも御蔵島に向かいまする。」

 あちゃあ……物凄くややこしい事になっちゃたか?

 軍病院の婦長さんは、冷静かつ穏やかな人だったけど、隔離病棟でシロウトが勝手な動きをする事は、絶対に看過するのは有り得ない。

 下手をすると花さんは、看護師見習い基礎コース履修中の段階で、摘み出されてしまうんじゃないか?


 僕は「看護婦の技を究めるのは、そのように甘いものではありません。」と釘を刺す。「好き勝手して、先生を殺すお心算ですか? 投薬一つ間違っても、治るものが治らなくなる……いや、それが原因で患者が死んでしまう事だってある。必要なのは、熱意は勿論ですが、正確な知識と熟練の技なのです。初手からズブの素人がこなせる仕事ではないのです。」


 少し言葉がキツかったかも知れない。花さんは、目に見えてしょげた。正に、青菜に塩。

 ここはフォローを入れておかなければなるまい。

 「先ずは技術を学ばれませ。わざすべです。花様は熱意はどなたにも負けぬ御様子。いずれ立派な看護婦として独り立ち出来るのは疑い無い。」

 雛竜先生も「その様ですね。先ずは看護婦の技を習得する必要がありましょう。花がその技と術とを身に着けたら、花の厄介になりましょうか。」と彼女に語り掛ける。「それまでは熟達の玄人くろうとに、我が身を任せずばなりますまい。花、早うに看護の技、身に付けておくれ。頼みましたよ。」

 花さんは先生の言葉を受けて「御意!」と平伏した。

 彼女の身体が小刻みに震えているのは感極まってか、或いは悔し涙か。


 「それでは先生、御蔵島にお越しくださいますね?」

 今の流れだと、雛竜先生は入院の意思を固めてくれたように思える。僕は言質を取るべく、そう畳みかけた。

 けれども彼はふわりと笑い「先生は止めて下さいと申し上げましたのに。」と、間をとる。

 「そんな訳には参りません。先生との人としての格の違い、存分に思い知らされました。」

 「これは困った。」雛竜先生が苦笑いする。「買いかぶりです。私は片山様ほど物を知りません。殊に、新しき技術に関しては、無知蒙昧むちもうまい古人いにしえびとのようです。」

 う~ん……。これはミッション・クリア成らずか? どこで失敗した? 畳みかけるのが早過ぎた?


 「今すぐにでも出発したい気持ちはやまやまなのですが、私は鄭将軍か、もしくは福松様の到着を待ってからでなければ動けませぬ。」

 ……福松? 鄭成功じゃないか!

 雛竜先生は、鄭芝龍か鄭成功が温州に到着するのを待っているのか!


 「鄭将軍は、既に福州をおちに?」

 雛竜先生は軽く頷いて「厦門あもい、泉州に固めの兵を残し、福州から陸路、馬祖から海路で、温州に兵を進めております。陸路に抗う城あらば下し、海路に従わぬ賊あれば打つと、地固めも兼ねて。」

 自軍勢力範囲に於ける反南明朝分子の掃討か。

 「今までは苦戦も無く、破竹の勢いであるとか。」


 鄭芝龍の北伐は、『史実では』南京に到達する前に失敗に終わっている。

 また後に鄭成功が南京攻略戦を行った時も、南京攻囲中に敵の反撃を受け、大敗北を喫して大陸から撤兵し、台湾に引き籠る事になる結果に終わった。

 今回は既に、初代南明朝皇帝である弘光帝が殺されずに存命中であるという歴史改変が起こっているから、鄭芝龍の北伐失敗や鄭成功の南京攻略失敗が、史実通りに進むわけではないのかも知れないが、福州軍(鄭芝龍軍)の戦果が南明朝の存非を大きく左右するのは疑いの無い処だ。


 ――ここまで考えて、気が付いた。

 弘光帝が存命であるならば、二代皇帝である隆武帝は存在しない。唐王の身分のままだ。

 鄭芝龍は福王(即位前の弘光帝)から『南安伯』に任命されて、福建省支配の法的根拠を得ているわけだけども、鄭成功は弘光帝死亡後に隆武帝に気に入られて、明朝皇帝の姓である『朱』姓を賜る(それが国姓爺というアダ名の由来)なので、『コクセンヤ』と呼ばれる人物が存在しない事になってしまうのだ。


 ただまあ、そんな些末さまつな事はドウデモイイ。

 鄭成功が現時点で、只の「地方公務員試験合格者」に過ぎないにしろ、鄭芝龍の地盤・看板を引き継ぐに足る実力や統率力を持った快男児であるのなら。


 気になるのは雛竜先生が鄭成功の事を「福松」様と日本名で呼んだ事。

 鄭成功の号は「大木」だったはず。鄭成功が号を名乗るほど偉くなってない段階であるのなら、字名は「ミンガン」だったか「メイガン」とかだった様な気がする。

 正しい知識が欠けているのが忌々しい。クイズ研か歴史研の連中だったら、一発で正解を出せるのだろうに。

 だから「福松」と言ったのが、日本人である僕向け(あるいは藤左ヱ門さんなど既に明に与力している日本人も含めて)にアピールする効果を狙っての事なのか、それとも弘光帝は帝位に就くまでは「福王」だったからその絡みがあるのか、ちょっと判断が付かない。

 雛竜先生に質問するには立ち入り過ぎた話であるし、歴史上での北伐失敗みたいな、大騒ぎを起こしそうな話に繋がってしまうかも分からない。

 先生と一対一で密談しているのならともかく、ここには藤左ヱ門さんは大丈夫だろうけれど、雪さんや花さんが同席中だ。


 「何か、悩んでおいでの様ですね?」雛竜先生からの質問。「福州の軍勢が到着するのに、何か気掛かりでも?」


 さあ、何と答える?


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