ワールド21 雛竜先生と北門島城攻城戦演習をする件
「ああ、片山様を密偵や何かと疑っている訳ではありません。」
僕もビックリしたけれど、リュウさんも僕の反応に慌てている。
心なし執成す様な調子で「言葉が足りませんでした。御蔵島の武器を用いれば、この城を落とす事など赤子の手を捻るようなものだろうと感じたのです。……今後の、私の知らない戦とはどの様な事になるやら興味が湧きまして。」と付け加える。
そういう事か。……一瞬、背筋が凍りましたがな……。
もしかしたら何か裏が有るのかも知れないけれど、ここは信頼感醸成の為にも、ある程度正直に返答するのが良いだろう。
「多分、城攻めはやらないと思います。……いや、城攻めの必要を感じないと言う方が正確でしょうか。」
「と、申しますと?」
「船を攻撃して潰してしまえば島は孤立します。無力化してしまう事で、敢えて攻略の必要性を感じないと申しますか……。」
高坂中佐が舟山群島平定で使った、交通遮断作戦だ。水上撃滅戦と言っても良いのかもしれない。
リュウさんは少し考えるような素振りで「船戦に、絶対の自信をお持ちという訳ですか?」
「御蔵島の船は、速度も速いし風も漕ぎ手も必要としません。エンジンという機械が、その役割を果たします。敵船の見張りにも飛行機――自在に飛ぶ凧ですね――を使えますし、大型船には水上レーダーが有ります。」
「レーダーとは?」
「目に見えぬほど遠くにある船を感知する機械です。レーダー波という一種の電波を放射して、その反射の有無で船を見付けます。ですから、闇夜でも敵船の接近が分かるのです。……まあ、レーダーを使わなくとも探照灯という強い光を放つ機械で、船を照らし出すことが可能ですけど。」
僕はマグライトを点灯してみせて「この機械の1000倍くらい強い光を出す機械です。」
この場合の1000倍というのは、正確に1000倍に近い光量という意味で使ったのではなく『とっても強いよ!』という意思表示だ。
「かように強い光を浴びせられては、水夫も弓勢も目が眩んで、戦になりませぬな。」
先ほどマグライトにビックリした藤左ヱ門さんが感想を述べる。「こと夜打ちでは。弓鉄砲を交える前に勝敗が決しましょう。」
確かに探照灯には、敵艦船に照射攻撃を行う用途だけではなしに、攻撃・防御兵器としての役割も持たせてあった。
マクリーンの『女王陛下のユリシーズ号』の作中には、巡洋艦ユリシーズ号が探照灯照射で敵ハインケル爆撃機(シュトゥーカ攻撃機だったかな?)を仕留めるシーンがある。
探照灯は昼間でも防空装備として運用されていたのだ。
「まともに見てしまったら、しばらくは目が眩んだままですね。」と藤左ヱ門さんの見解に同意する。
「それに索敵能力だけでなく、攻撃兵器も桁違いなのです。」
僕は大津丸の主武装を思い出しながら、ゆっくりとした調子を保つよう気を付けて話を続ける。
「88式高射砲は、75㎜……ええと二寸半ほどの弾を、最大で14,000mくらい……ああ三里半ほど先まで飛ばします。……そうだ。この場合の里は日本の里ですから……明の単位だとどうなるのかな?」
雪さんが素早く暗算して「修一様、日ノ本の一里が明の十里に当たりますゆえ、明国風に言えば三十五里という事になりまする。」と教えてくれる。
「有難う、雪様。単位の換算がちょっと分かり難かったんで、助かりました。」
雪さんは算数の問題として無邪気に換算してくれたわけだが、その数字はリュウさんには衝撃的だったみたい。
リュウさんは「三十五里とは……。けれども、それは最も遠くに飛ばす場合ですね。狙って当てるには如何程の?」
「そうですねぇ……。高射砲は対戦車砲扱いする事があるくらい直進性に優れていますから、半分の距離として十八里ほどになりましょうか。日本風に言うと、二里弱……だから、一里と三十町?」
正確な処は分からないけれど、チハの車長は5.6mで車幅は2.3mだから、急速変針も出来ず図体もデカい60m級帆船ならば、もっと遠くても楽勝かも知れないのだけど。
それに敵船は装甲目標ではない。徹甲弾でブチ抜く必要は無いのだ。
高射砲が航空機を攻撃する時のような時限信管付き砲弾だったら、破片効果で近弾でも帆は破れ船体は穴だらけになる。
ちなみに中国風の単位換算が、「里」以外イマイチ分からないんだけど、日本の尺貫法とメートル法の換算の場合は
一里=約4km
一町=約110m
一間=約1.8m
一尺=約30㎝
一寸=約3㎝
と言った感じ。換算は本当にメンドクサイ。おまけに、御蔵島にはヤード派(1ヤード=約90㎝)も居るし。
「二里ほども先の的に狙って当てられるとは、物凄い。けれども、一発で当てる事が出来るのは、それより近い的ですよね?」
僕が暗算で悪戦苦闘しているのを見て、リュウさんは「お国の単位で結構ですよ。」と優しく言ってくれるけど、それは日本の尺貫法でという意味で、メートル単位で答えても分かってはもらえまい。
「有難うございます。それでは日本風で、お答えさせて頂きます。500m、およそ五町であれば、初弾から命中しましょう。」
リュウさんは平静だが、藤左ヱ門さん、雪さん、花さんがザワッとした反応を示す。
「それに、88式高射砲は4秒に一発――ああ、一つ・二つ・三つ・四つと四つ数えるごとに、次々と弾を発射出来ます。」
「一度狙われたが最後、決して逃げられぬという訳じゃな……。」藤左ヱ門さんが乾いた声を出す。「恐ろしいの。」
「それに弾の威力が強いのです。火薬を仕込んだ炸裂弾な上、弾速が速いので。60m級、三十間クラスの海賊船なら、直撃の場合一発で吹き飛ばします。時限信管を使えば、直撃せずに近弾となった場合でも穴だらけに出来ましょう。」
貨車山砲の75㎜砲一発で宝船級は沈むから、より初速の速い88式高射砲であれば、命中した60m級が轟沈するのは間違い無いだろう。88式75㎜高射砲は、その優秀性から海岸陣地で対艦用に配備されたりもしているし。
「また、有用な装備に98式高射機関砲もあります。」
むしろ非装甲船舶にとっては、こちらの方が脅威度が高いのかも知れない。
「弾は2㎝、七分ほどの炸裂弾。射程は最大5,500m、一里半ほど。」
藤左ヱ門さんが首を傾げて「88式とやらに比べると、だいぶ小さな弾のようじゃが? それに最大で一里半の距離ならば、当てるには、やはり五町ほどまで近づかねばなるまいに。」
「98式高射機関砲が脅威なのは、その手数です。六十数える間に300発――ですから『ひとーつ』と言っている間に七分弾を5発連続で撃ち出す計算なのです。」
「なるほど。その手数の多さであれば、五町などと近づかずとも十町離れた場所から相手を穴だらけに出来るわけですか。」リュウさんが頷く。「いや、穴だらけなどという生易しいものではないな。使う弾が小なりとはいえ炸裂弾。船など水夫もろとも粉微塵になりましょうな。」
「ですから、隠れる物の無い海の上で遠く間を取って船戦をする方が、味方に被害を出さずに相手を殲滅出来る手段となるのです。」
藤左ヱ門さんや花さんは言葉も無い。
雪さんが明るく「正に無敵でござりますな。」と感想を言ってくれるけど、それは御蔵島と北門島とが敵対する事は有り得ないと信じてくれているからで、仮に敵対するハメになったら、という想像をしてみたとしたら……多分もっと深刻な事態である事を理解するだろう。
「仮に、全ての船を失うても、この城が屈っせずば、如何?」
藤左ヱ門さんが問いかけて来る。
「干上がるのを待つのみ、か。」リュウさんがボソリと答える。「けれど、もし……力攻めせねばならぬとすれば、どうなさいますや?」
「力攻め、ですか。まず凧を飛ばして空から様子を窺います。そして……凧から炸裂弾を降らせても良いのですが……15榴(150㎜榴弾砲)という、巨大な火砲で攻め立てます。15榴の弾であれば、一発で50m×90mの範囲――四十五畝ほどになりましょうか――が、そっくり消し飛びます。或いは41式山砲か94式山砲の75㎜弾を『つるべ撃ち』に撃ち込んでもよい。こちらだと一発では40m×40m以下、十六畝未満しか破壊出来ませんが、連続して数を撃ち込めます。」
御蔵島にある装備は、元々、蘭印一の大要塞であるバンドン要塞攻略及び蘭印全域占領向け装備であり、攻城砲にはエゲツない口径の火砲と、数多の小中口径砲が揃っている。
日本軍単独だったら、ここまで集積する事は出来なかったはずだが、何せ物量主義の米軍と組んでいる。
日本国内の余剰設備を掻き集めただけでなく、アメリカ本土から溢れんばかりの豊富な資材や工作機械を運び込まれて、太平洋地域の重要補給拠点と成るべく、島中の新工場が最新鋭設備フル稼働で兵器や交換部品、各種補給品の山を「こさえて」いたのだ。
それで、御蔵島の砲兵に運用経験が無いため未だ投入はされていないが、155㎜カノン砲『ロング・トム』のような米軍式装備も倉庫に眠っている。
眠ったままの兵器には、M3中戦車試作車の様に重装甲で図体の大きな戦車もある。
ノモンハン戦では、日本軍砲兵はソ連軍砲兵との対砲兵戦闘で最大射程の差と砲弾集積量の差に苦しみ、また戦車戦でも装甲の薄さと搭載砲の非力さとで対戦車戦が不利に進んだため、余剰生産分は満州にも送られる予定だったようなのだ。
ちなみにM3中戦車試作車(試リー車)は重量が27t近くあり、特大発にも載せる事が出来ない。
大型クレーン搭載の大型輸送船が直接接岸出来るまともな港湾で積み下ろしするか、一旦バラシて特大発でパーツ分けして揚陸し、現地で組み上げるかしないと運用出来ない代物だ。
今でも各工場は、他の仕事に従事している者がいるから稼働率こそ低下はしているが、生産活動は続いている。
流石にロング・トムや試リー車の生産は、量を絞りに絞っての生産となっているけれど。
「敵わぬ、敵わぬ。」藤左ヱ門さんが首を振る。「城ごと消えてしまうわ。」
「城と港とを、火砲で叩きに叩いた後、兵が押し寄せて来るのですね?」リュウさんが冷静に次の手を指摘する。「けれども、城兵は城を離れ、山や森に伏せているやも知れませぬよ?」
「上陸部隊の先頭には、戦車が立ちます。鋼の板、そうですね厚みは四分から二分と言った処でしょうか。それで全身を覆ったイクサグルマです。その戦車のミニサイズ、いえ小型の車両は、城前に停まっている97式軽装甲車ですが、より大型の97式中戦車は倍ほどの大きさとなります。この戦車もエンジンで動きますので、馬匹などを必要としません。」
「弓鉄砲を弾き返す動く鉄壁、というわけですね。その壁に身を隠して兵が寄せ来ると。まるで砦が攻めて来るようだ。」
「そうなります。けれど戦車は只の壁ではありません。それ自らが攻撃をするのです。」
「弓手や槍兵を込めているのですか?」
「もっと強力です。二寸大の炸裂弾を撃ち出す火砲と、鉄砲玉を50発連射する銃を載せています。銃は50発発射し終えると、弾倉交換に数十秒を要しますが再び50発の連続発射が可能となります。早良が土木工事用に排土板付チハを揚陸すると申しておりましたので、後でご覧いただくのは可能かと。」
「凧の発着所……空港なるものを作る機械が、その戦車と同じ物なのですね?」
「はい。工事用にブレードこそ装着してはおりますが、まず同じだと考えて頂いても。人手をかけて手掘りで行うよりも、はるかに早く作業が進みましょう。」
そして、と僕は一旦言葉を切り、一呼吸置いて「戦になれば、その戦車を十両、二十両と戦場に投入します。」
蒼ざめてしまった藤左ヱ門さんと比べて、リュウさんの頬はバラ色に上気し「快ナルカナ!」と上機嫌だった。
藤左ヱ門さんは、その様子に驚き「愉快、でございますか? これ程の力の差、怖ろしゅうはございませんか?」と頭を振る。
「藤左様。御蔵島の力、敵に回さば真に恐ろしき敵でありましょう。」リュウさんは高揚した状態のまま藤左ヱ門さんに話し掛ける。「けれども、片山様の御説を伺っても明白な通り、我らと事を構える心算は微塵も無き御様子。もし騙し討ちを企てる疚しい気持ちが有れば、これほど明け透けに手の内を明かされる事はありますまい。」
「片山殿は裏表無き御方、それは同意致します。けれど、皆が皆、そうであるとは限りますまい。」
藤左ヱ門さんが反論を述べる。
理想的な指揮官・副官関係だ。
イギリス海軍では、艦長の判断が如何に合理的であっても、作戦会議中には副官は必ず反論を述べる伝統がある、というのを読んだ事がある。
ブレイン・ストーミングの段階で、懸念材料を逐一潰すのと物事を多面的に捉えるため、であるらしい。
「我らが、そのように懸念を持つであろうと予測して、早良様は片山様を一人でここに寄こされたのでありましょう。『聞きたい事は全て、正直者の記録係にお訊ねあれ。隠し事はせぬゆえ。』という心持ちであれれたのでありましょうな。」
リュウさんが、目を細くして僕を見る。
「片山様は、早良様の御期待に、良く沿うた仕事をなされたという事でありましょう。」




