ワールド19 英玉さんと闇取引の共犯関係を結ぶ件
花さんは、簡単に落ちた。
我ながらファン心理(あるいはヲタ欲求)に付け込んだ悪辣な手口だとは思う。
性根が正義の味方な岸峰さんに知られたら、軽蔑されるかも分からない。
けれども、時に目的達成の重要さは事の良し悪しを凌駕するのだ。
卑怯な自己正当化だと、言わば言え。
「暫しお待ちあれ。先生のご様子を伺うてくる。」
花さんは、そそくさと部屋に入っていった。僕に対する言葉のトーンも、目に見えて柔らかくなっちゃってるし。
二カッと笑った藤左ヱ門さんが「片山殿も、なかなかの策士よのう。」と呟くので
「いえいえ、お代官様こそ。」とテンプレで返すと、「儂は代官なんぞ、してはおらぬが?」と真面目に否定されてしまった。
いや、ただの『時代劇あるある』なんですよぅ。
「今の『しゃしん』とやらの技、カラクリの仕組みをご教授頂けまいか?」
訊ねてきたのは、花さんと共に先生の居室を警護していたもう一人の女官だ。
卵型の輪郭に切れ長の目、京劇に出て来るような中華系美人で、多分、花さんよりも若干年上だと思う。
中国語オンリーの人かと思っていたけれど、日本語もイケるのか。
「そうじゃの。英玉の申す通り、儂も知りたい。」と藤左ヱ門さんも興味津々で同意。
「雪さん、解説やってみます?」
試しに雪さんに振ってみる。ここで良い所を見せる事が出来れば、雪さんにも雛竜先生付きの看護師への道が拓けるかも知れない。
「それでは。エッヘン!」雪さんは景気付けに、一つ咳ばらいをカマす。「英玉様、父上、よろしいか?」
「さっさと進めよ。」と藤左ヱ門さんはにべも無い。「片山殿の英知の受け売りであろう。片山殿はヌシがちゃんと学んでおるかどうか、試験しておられるのよ。師に恥をかかせる様なマネをすれば、お優しい片山殿とて、お怒りになられようぞ。」
……藤左ヱ門さん……それ、雪さんに目茶目茶プレッシャーかかると思うんですけど……。
怯えた子鹿みたいな目で僕を見上げる雪さんに、出来るだけ優しいトーンで語り掛けておく。
「大丈夫。雪さんは、とても賢い『やれば出来る子』です。迷わずお行きなさい。」
うわああああ。自分で言っててナンジャ・コリャア! だけど。
「試験ではなく演習です。だから、もし雪さんが言葉に詰まっても、後は僕が引き受けます。行ける所までで良いのですよ。」
なんだかコレ、詐欺師の手口っぽい。褒めて伸ばす教師の手法ではなく、イカサマ師が純真な子供をハメる時、みたいな。
さようでございますか、と雪さんは安心したようだ。持ち前の明るさを瞬時に取り戻している。
「鏡には、それを覗き込む者の顔など、それそのままの絵が映り申そう。」
「そうじゃな。映るな。」と英玉さん。「けれども鏡は、向きを変えたら絵は消えてしまうがの。」
「それを消えぬよう、保つ技が写真の術でございます。」
「ほう。鏡に映る絵を、消さずに保つが写真の術か。」藤左ヱ門さんが感心する。「如何様にして保つ?」
「修一様のお持ちになられているカラクリの中に、記録致しまする。修一様は記録係ゆえ。」
「で、どの様にして記録するのかを教えて頂きたいのじゃが。」
更に突っ込んで来たのは英玉さん。雪さんが納得した部分よりも、より詳細な仕組みが気になるんだ。
僕はそこまで雪さんには説明していないから、ここから先は僕の出番だ。
雪さんが説明に詰まる前に、口を出す。
「分割して細かな信号に直し、記録します。」
「分割?」藤左ヱ門さんは困惑顔だ。「鏡を割るのか?」
「藤左様、鏡は割れても、小さな鏡となるだけでございますよ。」と英玉さんが誤りを指摘する。「絵を信号に分割するのでございましょう。」ロジカルな人だ。
「英玉様のおっしゃる通りです。」彼女にアイコンタクトを送ってから、藤左ヱ門さんの顔に向き直り話を続ける。
「碁盤を思い描いて下さい。まず、全部の目に黒石を置きます。次に……そうですね『天』という漢字が現れるように黒石を抜き、白石と置き換えます。」
藤左ヱ門さん、雪さん、英玉さんの三人は、ふむふむと頭の中で碁盤の情景を思い描いている様子。
「1の1は黒、1の2は黒、1の3も黒という様に、マス目の位置と置き石の色とを対応させて機械に覚えさせます。」
「おお! そうか。」藤左ヱ門さんは、すぐに絵を記録する仕組みを理解したようだ。「その盤面を再現するには、覚えさせた記録通りに、石を並べ直せば良いのじゃな。実に理詰めな仕組みよの。」
「その通りです。」
「けれども、その方法では白黒の絵のみしか記録出来ますまい。」もう一段突っ込んで来る英玉さん。「この世の色は千差万別。先の写真とやらにも鮮やかな色が着いておりました。」
僕が説明するより早く、英玉さんの疑問を解いたのは雪さんだった。
「色を着けた石を置けば良いのでは?」
頭の柔らかい子だ。
しかし英玉さんは「それでは途方もない種類の石が必要となりましょう。一口に色と言っても、赤青黄では済みますまい。」
英玉さん、惜しい!
「英玉様、赤と青とを混ぜたら紫に、青と黄色を混ぜたら緑色に成りますよね?」
こんなサジェスチョンだけで即座に、英玉さんは碁石に幾通りもの色を着ける方法を理解した。
「記録する折に、この石には赤何割、青何割、黄色何割と、『但し書き』を付けて記録しておけばよいという事か。」
「仰せの通りです。具体的には石の表面を細かく分割し、赤青黄を表示したい色の比率に合わせて配置するのです。石一個として見れば、示したい色の石になりますから。写真一枚で、260色ほどに塗り分けた色の石を1000個×1000個の100万個ほど並べている事になりましょうか。」
いささか科学的には怪しい説明になっちゃっているかも知れないけれど、だいたいこんな感じなのだったように覚えている。――どの道、僕の間違いを指摘出来る人は、この世界には(岸峰さんを除けば)存在していないから、言った者勝ち!
まあ出来るだけ正確な事を言いたいのはヤマヤマだけど、ネットで調べる事も出来ないんだもん。
英玉さんは雪さんに微笑んで「雪の言うのは真のよう。このお方は天下一の記録係であれせられる。」
そして僕に対しては、少し恥ずかしそうに「我にも雛竜先生のお写真、一枚賜る事は出来まいか?」
「そりゃあ、もう! 雛竜先生がよいと言われたら、一枚とは言わず。」
「先生の御許しが必要なのか?」
「肖像権の問題が有りますから。」
「しょうぞうけん?」
「お姿やお顔は、それを持っていらっしゃる方のモノであるという考え方です。……まあ、この時代、それを五月蠅く主張する人は居ないでしょうが。……そうか、まだ肖像権の侵害は違法なんていう法律も無いんだっけ。」
「何やら独り合点しておられるようじゃが、頂ける、で良いのかな。」
「ヤミでお渡し、という事で。」
こうして僕と英玉さんの間には、雛竜先生の写真のヤミ取引という、共犯関係の絆が生まれたのだった。
「それにしても、花様、戻って来るのが遅いですねぇ。」
僕が呟くのを聞きつけた藤左ヱ門さんは「先生が御眠りになっておるのだろう。お起こしするのに忍びないと、待っておるのやも知れぬ。」
「それならば、そうと伝えに戻るが道理。姉様は、どうせウットリと先生の寝顔を眺めておられるのじゃ。」ちょっと不満そうな雪さん。「修一様へ失礼ではないか。」
「雪、見てまいれ。我はこの場を離れる訳にゆかぬ。」ライバルの抜け駆けを心配する英玉さん。
承知、と雪さんが大股で室内に入って行く。
おおお! もしかしたら雛竜先生のファン一位争いには、彼女も参加してるのかも。
「雛竜先生は、おモテになっておられるようですね?」
藤左ヱ門さんに訊ねると
「あれだけの才をお持ちであるし、しかも麗しいお方じゃからのぅ。……女子どもは皆夢中よ。」
ほほう。麗しいのか。
でも時代や場所によって、美男美女の評価って大きく差があるから、どんな顔なのか想像も付かない。
『大兵肥満』とか言って、大柄で太っている事が偉丈夫の条件だった時代もあるのだ。
……いや、偉丈夫と美男とは、ちょっと違うか。『金と力は無かりけり』なんて優男をディスってる川柳だってあるわけだし。
「お入りあれ。」花さんだ。
雪さんが乱入してからは、アッという間だな。
「頼みまするぞ。」と念を押す英玉さんに、小さくガッツポーズを見せて、中へ進む。
寝台の上に上半身を起こしているのは――あれれ?――綺麗な女の人?




