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ワールド17 策士早良中尉殿の陰謀のせいで僕が四苦八苦する件

 「雷をも、自在に操る事が!」

 藤左さんが魂消たまげたという顔をする。

 雪さんは満足気に「さすが我が師匠! 当世随一の学者様じゃ!」と手放しの賛辞。


 まずい。これはマズイ! なんでこう成った?

 あれだ。……ええっと、早良中尉の陰謀だ!


 「雷を自在に操るというのとは違います。雷の主成分は『電気』というもので、その電気を使う色々な方法があるというだけです!」

 僕は早口でベラベラしゃべくりながら、大急ぎでマグライトを取り出す。

 「例えば、こんな。」スイッチを入れると、当然ながら明かりが点く。


 「かああっ!」藤左ヱ門さんが絶叫する!

 「あああ! ごめんなさい!」

 僕の手元を覗き込んでいた藤左さんの顔を、まともに照らしてしまった……のだ。

 昼日中ひるひなかだから、目が明るさに慣れているし、そんなに眩しくはないはずなんだけど。


 「お見苦しい処をお見せした。」

 落ち着きを取り戻した藤左さんが頭を下げる。

 この間、雪さんは10mほど先まで逃げていた。

 「いえ、こちらこそ。スイッチを入れる前に、一言あって然るべきでした。」

 「今の光が雷の力か。わしは雷に打たれて死んだかと思うた。」

 「雷の力と言うより、電気の力、と言った方が正しいでしょうか。陰から陽に流れる『電子』と言うモノを利用して光を出しています。流れも圧も極小さいですから、人に害を為す事はありません。」


 こわごわ再接近して来た雪さんが「その筒の中に、雷、いや電気を封じておるのですか?」と質問する。

 彼女の手は、父の腕をシッカと握り絞めている。

 早良中尉は何時もの飄然ひょうぜんとした調子で

「片山君の懐中電灯は、軍の物より明るいみたいだけど、特注品かい?」

 「いえー。量販店で買った物です。……今ではもう、手に入りませんけど。中、見ます?」

 中尉と藤左さんが興味津々といった顔でウンウン頷く。

 一方雪さんは、一層強く藤左さんの腕を握る指に力を入れる。中からカミナリ様が飛び出してくるとでも思っているのかも。


 スクリューキャップを外して電池を出し「特に変な部分は無いでしょう? 電球はフィラメント式からLEDに替わってますけど。」

 「本当だね。LEDという電球の変換効率が高いのかなぁ?」と中尉。

 藤左さんは電池の方に興味を示し「そのカタマリが電気のカタマリか。」と鋭い質問。

 「カミナリ様も雷獣も、入っておらぬのか。」とビミョウなコメントをしたのが雪さん。


 「雪、手を離せ。流石に痛いわい。馬鹿力で締め上げおって。」藤左さんが苦笑して優しく雪さんの手を叩く。

「ちゃんと片山殿の話を聞いておったか? 電の気とは陰から陽に流れる電子の流れじゃとお教え頂いたばかりではないか。生身の雷神が入っていよう筈がないわい。」


 新規知見に関する理解力。藤左ヱ門さんは、凄く頭の良い人物なんだ。僕なんかより遥かに。

 「小倉様のおっしゃる通りです。このカタマリは電池と言って、電気を貯めておく入れ物です。中の電気を全て流し終えてしまうと、力を失います。」


 眼鏡を押し上げ押し上げ電池を検分していた中尉は「これ、ループって書いてあるよね? もしかして再充電可能?」

 「専用装置で再使用出来ますね。電流電圧は使い切りの電池と同等です。」

 「このサイズで蓄電池なのか。良いなぁ。補給の手間が減るね。」


 藤左ヱ門さんは、慎重に掌に電池を握りしめてみて「何かを感ずるかと思うたが、電気を封じておるのに毛ほどの気配も漏れて無いの。さだめし技と知恵とが詰まっておるのじゃろう。かように複雑怪奇な物は、我らが自前で創り出す事は出来まいの。」と嘆息する。

 いや、そんな事はない。豆球を作るのには難儀するかも知れないけれど、簡単な「電池」だったら直ぐにでも作成可能だ。


 「二種類の金属、例えば鉄と銅の板を束ねて何かに使うと、鉄だけ銅だけで分けて使うよりも早くさびが湧きますよね?」

 「そうじゃな。銅板を鉄釘で留めると、鉄釘は木に打ち付けた時より早く痛む。」

 「それはガルバニック腐食と言って、銅と鉄との間で微妙な電池になっているのです。二種類の金属の間で、酸に対する溶け方の強さに差が有り、電子の遣り取りが起きます。だから鉄釘が痛んで溶けた鉄が銅の表面に薄~くくっついてしまうのです。」

 「ほう。そんな事が。」

 「ですから、溶け方の差の大きな金属同士――難しく言うとイオン化傾向の差が大きな元素同士という事になりますが――例えば銅板と亜鉛板とを使って、イオン化傾向の差による簡単な電池を作る事が出来ます。」

 「むむう……。具体的にはどうするのだ?」

 「たちばなや蜜柑の実に二種類の板を突き刺し、銅線を繋ぐだけです。初歩のガルバニ電池ですね。果物にレモンの実を使う事が多いから、レモン電池って言ったりすることもありますが。」

 「?! そんな容易たやい事で、電池が?」

 「はあ。1V位の電圧が有るので、こんな懐中電灯の明かりだったら点ける事が出来ます。……本当を言うとLED球は試した事が無いので、僕の知っているのはフィラメント式の豆球での話なのですが。」


 考え込んでしまった様子の藤左ヱ門さんに、雪さんが「のう父上? 修一様は森羅万象しんらばんしょうに通じておられるであろうが。」と得意気に主張する。

 「その通りよ。」藤左ヱ門さんもうなずく。


 「それは買いかぶりです!」僕は手も首も大きく振って否定する。「若輩者の書生にしか過ぎません。こちらにおられる早良中尉殿の方が、遥かに頭脳明晰であられますし、経験も積んでおられます。」

 「早良殿が書物に読む諸葛孔明の様なお方じゃとは、既に判っており申す。そればかりか、加山殿、大内殿も皆、底知れぬ程の傑物じゃ。」

 藤左ヱ門さんは、ホゥと一つ息を吐き「敵味方として相見あいまみえずに済んだは、我らが幸運じゃった。戦になっておれば、我が隊など簡単に蹴散らされておったであろう。我が隊どころか、温州全域が陥ちておったな。……朝方空を飛んでおったたこ。あれも、妖術ではなくモノゴトのことわりを用いて、自在に空に浮くのであるとか。」

 「飛行機ですか。翼に受ける空気の流れが、上面と下面との間に速度の差が出来る事によって、浮き上がる力を生みます。流体力学はやっていないので、詳しい計算方法は知りませんけど。」


 「このように、片山室長は瞬時に物事の根源を説明する事が出来るのです。」中尉からの意味不明なヨイショ。「しかも、知っている事は知っている、知らない事は知らないと。偽りを言う事も無く。」

 とんでもないハナシだ。

 「中尉殿、それは大学受験を控えた学生だからです。所詮、本で読んだ知識を暗記しているだけに過ぎません。」

 けれども、藤左ヱ門さんは僕の言葉の内容を取り違えたみたいで

「博識というのは、そういった人物の事を指すのであろう? 四書五経に通じた大学者が四書五経を書いたわけではあるまい。今の世で『孫子』に通じておると自慢する学者が、孫武自身でない事など自明の理。それを頭と腹に修めて活かす道を知るが、学者という者よ。」


 「小倉様のおっしゃる通り。」中尉は藤左ヱ門さんに同意を示し、僕に対しては

「片山君。明治維新期の『御雇おやとい』と呼ばれた外国人講師は全員、自分自身が一流の研究者だったと思うかい? 中にはそんな人も居たかも知れないけれど、大半は研究生か駆け出し教師程度のレベルだっただろ。知識の伝授には、本人の資質を越えて『その知識を持っているかどうか』が最大のアドバンテージなんだ。ピタゴラスの定理にしろアルキメデスの法則にしろ、それを生み出したのは天才かも知れないけれど、伝授するのには『正しく理解していれば可能』だろ?」

 中尉の言う事が分からない訳ではない。けれど……けれども、僕は只の高校生だ。


 「我らと御蔵様との間の約定を取り交わした後、早良殿に『最新知見』とやらの話を伺うておったら、早良殿の言うには、『自分よりも、更に新しい知識を有している人物がいる。』という事でな。紹介して頂けるよう頼み込んでおったのじゃ。……何でも、労咳ろうがいの治療にも秀出ひいでているとか。」

 藤左ヱ門さんの顔は真剣だった。「雛竜先生の様子が、ちと、おかしい。……もしや、と心配しておるのだ。」

 労咳――結核か。終戦後にストレプトマイシンが入ってくるまでは、日本人の死因で常に上位を占めていた病気だ。BCG接種と抗生物質のお蔭で、戦後の死亡率は激減するのだが。

 「労咳は、結核菌と呼ばれる目に見えない小さな生き物が起こす病です。ストレプトマイシンという薬が有れば治る病ですが、御蔵島でもまだ研究途中なのです。」


 ストレプトマイシン生産株やペニシリン生産株は、軍病院の研究棟に株分けしてある。

 その時にガラス器具や試薬類も大量に移送したし、オートクレーブやインキュベーターなどの生物実験機具に分光光度計などの分析器も持って行ったから、今の準備室は元から比べると大分スッキリしている。

 日米豪の軍医や医官、防疫給水部の隊員が生産と量産とを目指して日夜奮闘しているが、現在ではまだ、とっかかりの段階に過ぎない。


 「それでは、どこぞで高麗人参こうらいにんじんを求めるしか無いのか……。」

 藤左ヱ門さんは少しガッカリしたようだった。

 「残念ながら、高麗人参には何の薬効も有りません。」


 僕の発言は、藤左ヱ門さんだけでなく、中尉にも意外だったようだ。

 「えっ? そうなの? よく人情物の芝居やなんかで、人参さえ手に入れば、っていう場面があるよね。」

 「最新の分析結果では、オタネニンジン固有の成分は無いと言う事が判っています。サポニンという物質は含まれていますが、サポニンなら高価なオタネニンジンを買わずとも、ゴボウの皮にいくらでも含まれていますし。」

 「……じゃあ、ゴボウの皮を煎じて飲めばいいって事?」

 「そうなります。プラシーボ効果くらいは有るのかも知れませんけど。」


 「修一様、ぷらしいぼ、とは?」雪さんが目を輝かせて訊ねてくる。ややこしい話が続いているけど、退屈はしていないようだ。

 「偽薬ぎやく効果。ニセグスリ効果という現象です。とても利く薬だと騙されると、薬効の無い只の粉でも薬の効果が出る事が有るのです。良い事を考えれば、身体に元から秘めている力がみなぎり、病魔を退ける事があるという理屈です。」


 「凄まじい知識じゃの。」藤左ヱ門さんが再び吐息を吐く。「まるで三国志の華佗かだの再来ではないか。」


 ……だから、そうじゃないんだって!


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