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ワールド13 アウトドアでは体操座りが楽な件

 軍曹と伍長殿は「ちょっと少尉殿にも報告しておこう。」とテケの被牽引車に腰を下ろしているオキモト少尉の所へ向かった。

 三人は何事か話し合ってから、煉瓦塀の奥に入って行った。


 僕は、楽にしていてよい、と告げられていたので、木陰の草の上に座ってパソコンを取り出し、スマホで撮影した写真をHDにコピーしたりしていた。


 少し辺りがザワつく気配がしたので画面から顔を上げると、先ほど伍長殿と駆け上がって来た道から、雪さんが姿を現した処だった。

 屯する異装の兵隊たちに恐れを生したものか、他の子どもたちの姿は見えない。

 彼女だけが仁王立ちして、周囲を睥睨へいげいしている。


 突然姿を見せた北門島の美少女に、隊員たちは皆、色めき立ったけれど、外交使節団の自覚が有るから口笛を鳴らしたりする兵はいない。

 でも休憩中にも関わらず、ちょっとだけ背筋が伸びて、お上品になった感じはある。


 蓬莱兵分隊の袁副隊長だけは鋭い目をして、彼の近くに座っていたイ島出身の少女兵士を呼び、何か耳打ちしている。

 少女兵士は燕と言う名で、イ島攻略戦の際に、島の支配階級だった清朝側の海賊の裏切り攻撃で友人を亡くしてから、蓬莱兵部隊に身を投じたのだ。

 日本軍の軍装を身に着けた燕さんは、袁副隊長の言葉に頷くと、さり気無く腰の30年式銃剣に手を遣った。


 雪さんが僕たちに襲い掛かって来るとは思えないから、僕は指笛を鳴らすと、袁副隊長と燕さんに両手をバツにして首を振る。

 通じるかどうか危惧したが、副隊長も燕さんも了解したようで、両手で丸のシグナルを返して寄こした。

 それでも警戒を完全には解いていないようだ。


 せっかく目立たない木陰に居たのに、指笛やハンドシグナルみたいな派手な動きをしたせいで、雪さんに気付かれてしまった。

 先ほど伍長殿がチョコやコンペイトウを子供たちに配布していた時と同じく、また睨まれている。その表情は岸峰さんであったなら、頭が沸騰している場合の顔だ。


 やっちまった、かな?

 写真で驚かせたり、不意打ちでもう一枚撮影したりしたのが拙かったのだろうか?

 で、彼女は強い顔をして、ズンズンこちらに向かって来る。

 「お巡りさん、この人が盗撮魔です!」なんて事にはならないだろうと思うけど……。


 下していた腰が、ふわふわ浮き始める。「浮足立つ」という慣用表現を実感だ。

 ……逃げるか?


 ラブコメ的展開であれば『絵姿を盗んだ=魂を抜いた』というような誤解が有って、「かくなる上は、責任を取って我を娶れ!」というような、ウフフな流れだって有り得るだろう。

 けれども現実には、そんな都合の良い事は起きない。

 基本、僕は異性にモテるようなタイプの人間ではないし、現在、岸峰さんや石田さん達と親しくしているとはいえ、岸峰さんとは同志的繋がりであり、石田さんたちとは同僚的な交流関係なのだ。

 一見いちげんさんから好意を抱かれるような経験なぞ、逆さに振っても出て来ない。


 往復ビンタくらいは覚悟しておこう。

 それ以上の、例えば命の遣り取りみたいな事態になったら、袁さん辺りが介入してくれるだろうし。

 甘いとかヘタレとか言われるかも知れないけれど、今の処、雪さん相手に拳銃を抜く勇気は無い。


 僕の葛藤を知ってか知らずか、雪さんは僕の正面に真っ直ぐやってくると、ドッカと胡坐をかいた。

 ……はい?

 短い着物の裾が捲れて、赤いふんどしが露わになっている。


 日本兵の下着はパッチの下は褌が普通だし、蓬莱兵も水夫姿の時には下半身はそれだけというのを大風呂なんかで散々経験しているから、彼女が褌をしていても何の不思議もない……と言えばないのではあるが。

 けれども女性の場合は、ハッピの下には、お祭りの時に着用するような短パンというか短い股引を着けていると思うじゃないですか!

 ただ単に僕の認識不足とすればそれまでなのだけど、不意打ちです。

 神よ! 彼女は褌一丁です!


 僕が固まったまま後ろに引っくり返ると

「何をやっておる? そこに直れ。」と雪さんの愉快そうな声がした。

 「下着が見えてますよ?」

 「恥ずかしがる事はあるまい。何時も、こんなだぞ?」

 まあ、そりゃあ……そうなのだろうさ……。


 僕は動揺を収めるように、ゆっくりと上体を起こすと、彼女に倣って胡坐をかいた。

 けれども、その態勢に慣れていないと、胡坐というのは結構窮屈、というか不安定。また後ろに転びそうになる。

 取りあえず叱られている人みたいに、両手を膝に置いた前傾姿勢の正座に換える。(足元を硬い軍靴にしているせいで、後ろには体重が掛けづらい。久々にスニーカーにしておけば良かった。)

 「どういった、御用件でしょうか?」


 彼女は鷹揚に頷くと「楽にしてよいぞ。」

 怒られるわけではなさそうなので、今度は体操座りになって、落としたノートパソコンに手を伸ばす。

 ハード・ノートで良かった。でも帰ったら掃除しておこう。


 雪さんは懐に手をやると、布袋を取り出した。

 そして「ん。」と、受け取れという様に突き出してくる。

 視界の隅には、後方から静かに接近してくる燕さんが見えたが、雪さんが取り出したのが布袋である事を確認すると、また静かに引き返して行った。

 皆さん、ご心配お掛けして申し訳ありません……。


 受け取った袋は、雪さんの汗なのか、仄かに湿気ている。

 なんだか甘い匂いがする。

 中にはドライフルーツが入っていた。

 「美味いぞ。滋養もある。」

 チョコのお返しという事らしい。


 「パパイヤ、マンゴーですね。」

 「なんだ。知っておるのか?! 日ノ本には無い果物のはずだが……。」

 「そうですね。有難うございます。僕も……こっちで見たのは初めて……になります。」

 「訳の分からん事を言うヤツだな。……でも、知っておるのなら話が早い。呂宋では、よう採れる。砂糖漬けにして乾かせば、日持ちもする。」

 「じゃあ、遠慮なく頂きますね。」


 僕がパパイヤを一切れ口に入れ「おお、甘い。」と感想を述べると、雪さんは「美味かろう?」と破顔一笑した。

 「雪さんは、ずっとルソンですか? 南国らしくない、お名前ですけれど。」

 「爺様の命名なのだ。我は船に乗ってあちこち行った事はあるが、まだ雪は見た事が無い。寒くなると空から舞い降りて、それは美しいものだと聞いた。爺様の臨終間際の時には、白い花びらを天井から撒いて雪に見立てたぞ。」

 「お爺様は、お喜びになった事でしょう。」


 雪さんが遠くを見る様な目をした。故人となった祖父を思い出しているのだろう。

 「まるで雪のようじゃ、と。」

 そして、こう付け加える。

 「冬の大阪城を思い出す、と。」


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