ワールド10 北門島上陸の件
「報告を入れた。船長殿は、余計な事は言わず『直ぐ、全艇に伝達する。』と確約してくれたよ。」
戻って来た伍長殿が、そう告げる。「あっちに日本人がいる、なんて情報は趙さん話していなかったがなぁ。」
南明側の宝船級は、今や肉眼でも乗組員の頭や腕の動きが分かるから、おおよそ400mくらいの距離だと考えてよい。
仮に、急にロケット矢を放たれたら、マグレ当たりしか期待出来ないにせよ、こちらに届く。
ほとんどのバートル級は宝船級の周りを固めているけれど、内三隻は突出して距離を詰め始めた。
交渉役なのだろうか。大きく旗を振っている。
こちらの船団の前方でエンジン音が高まったと思ったら、派手に水しぶきを上げて高速艇がスピードを上げた。
高速艇甲の最高速度は時速69㎞。
船団の楯になっている装甲艇を追い越して、一気に前に出る。
104号艇の小林艇長以下が、腹を括ったのだろう。
高速艇の上には「南明」と大書した幟がはためき、長い航跡を残す。
高速艇の速度に度肝を抜かれたのか、バートルの旗が一瞬動きを止めたが、前にも増した勢いで再び打ち振られる。
まだ相手は撃ってこない。
高速艇甲から、拡声器を通した呼びかけが流れる。
遠過ぎて微かにしか聞こえない。よく聞こえたとしても中国語だろうから、どの道、僕には内容は分からない。
敵対する意図は無い、と呼びかけているのかも知れないし、もしかしたら趙さんが「帰って来たぞ! 援軍を連れて来たぞ!」なんて、功を誇っているのかも知れない。
バートル級から高速艇への攻撃は無かった。
高速艇は早くも三隻のバートル級に接近し、肉声で交渉しているようだ。
その頃には僕の乗った艇も含め、全艇が時速20㎞近くにまで速度を上げていた。
十字旗の宝船級の船縁にも、船員が鈴なりになって、こちらに手を振っている。
この距離になったら、双眼鏡を使えばチョンマゲ頭がハッキリと確認出来た。
彼我の船団は、列島の主島ではなく、列島北端寄りの有人島に向かう事になったようだ。
大発でバートル級を牽引するのかな? と思ったのだけれど南明朝側の船は両舷からオールを突き出し、漕走を始めた。
バートル級は軽疾船の性能通り、人力船としては中々速い。
目指す島は事前の予想通り「北門島」という名前で、主要島である洞頭島とは少し距離が有る。
ぶっちゃけてしまうと、理科準備室のもう一つの出入り口に当たる島だ。
趙さんを連れて来た島、と言い換えてもよい。
昨日の内に大津丸の航海士さんに確認した話では、洞頭列島の島々の総面積は890平方㎞で、面積だけ見ると佐渡島単独の855平方㎞と近いだけの広さはあるが、有人島15と数十の無人島及び岩礁から成立しているということなので、個々の島だけ見れば舟山島よりも小さな島ばかりだ。
「詳しい事は判らないけれど、洞頭島も北門島も、御蔵島程度かそれより小さな島なんじゃないかなぁ?」
と、船舶部隊の方でも詳細情報は把握していないみたいだ。
御蔵島の部隊は蘭印進駐目的で、別に中国沿岸で作戦行動を行う予定など無かったのだから、これは致し方ない。
実際に目前に迫って来る北門島は、舟山群島のア島程度か、それよりやや大きな面積に見える。
緑豊かと言えば聞こえが良いが、標高は100m程度だとしても島の山容は急峻で、農業生産性は低そうだ。
しかも北側・東側は切り立った崖だし、海岸線は荒磯ばかりで平坦な砂浜は有ったとしても狭そうな感じ。
だから困った事に、大発・特大発併せて十五隻が、一度に接岸するのは難しいだろうな、と思える。
切り立った崖の下は普通はドン深になっているものだけれど、隠れ根が無いとは言えず、測鉛を終えていない現段階では、後続している大津丸や海津丸は喫水の事もあるし、沖合に停泊する事になるだろう。
「飛行場を造るのは大変そうだが……ドーザーを使えば、何とか成るかな?」
伍長殿が島を眺めながら、そんな感想を口にする。
「飛行場、作るんですか?」
「まあ、相手が許してくれればね。」
「削った土砂は、どうします?」
「海岸の埋め立てに使うんだよ。小型輸送船くらいは直接接岸出来る港が欲しいから。」
確かに、現存の自然石を積んだ小堤防と木製桟橋だけでは、バートル級ジャンクか、装甲艇・高速艇程度しか接岸出来まい。
「合意に達してから、一旦、出直しでしょうか?」
「いや、合意が付いたら直ぐ作業にかかれるよ。本格的な工事を始めるのには、一度資材を取りに戻るだろうけれど。」
大津丸内には、まだ二隻の特大発が残っているが……。
「ブルドーザーも、積んで来ていたんですか!」
何と用意が良い事だろう。それとも、その程度の準備を備えておくのは、上陸部隊としては当然の事なのか。
「排土板付きチハが一両有るのさ。工事の専門職は、扉経由で御蔵島から直ぐに来れるしね。ドーザー・ブレード付き戦車じゃぁ、専用車両よりも使い勝手は悪いのだろうが、予備作業の先乗りには充分だろう。」
高速艇が木製桟橋に接岸し、数人が上陸した。
その後、高速艇は二隻の装甲艇を回って、何人かずつを島にピストン輸送する。
多分、趙さんや鮑隊長、少佐や中尉を揚陸したのだろう。
宝船からも艀が下ろされて、南明朝側の要人らしい人物が桟橋に上がった。
その間、特大発が順に狭い浜に乗り上げて歩板を下ろし、被牽引車を引いたテケが上陸する。
こういった機械を知らない人間の目には、被牽引車を連結したテケは、一体どのように映っているのだろうか。
巨大な外骨格生物?
双眼鏡越しに、自走する鉄箱に仰天する南明側の人間が見える。
島奥から浜に見物に集まっていた島民が、蜘蛛の子を散らすように逃散してしまう。
流石に指導的役割の人物や、宝船から降りてきた者たちには、逃亡してしまう姿は無かったが、それでもかなり驚きは大きいようだ。
テケを指差して何かを叫んでいる。
揚陸の進捗状況だが、テケを下ろした艇が離水して後退しないと、次の大発は接岸出来ないから作業は中々スムーズに捗らない、というか時間が掛かっている。
大発の揚陸を視察していた両軍の要人たちは、しばらく言葉を交わしている様子だったが、テケに跨乗すると島の奥へと進んで行ってしまった。
僕たちの艇は順番が来るまで、洋上待機だから待ち時間は何となくヒマだ。
しかも大きな大津丸に乗っている時とは違って、大発では波の揺れを感じるから、だんだん船酔いの気配を感じてきた。
このままだとチハに乗った時の岸峰さんみたいに、リバースしてしまうかもしれない。
伍長殿や蓬莱兵さんの様子を窺ったが、流石に船舶兵と元海賊だから、こんな波程度ではヘッチャラのようで、蓬莱兵の一人はロッキングチェアにでも座っているかのように、うつらうつらしている。
岸はすぐそこにあるのだから、靴さえ脱いでしまえば泳ぎ着くのは簡単なんだが……。
胸ポケットに、出発前に餞別という名目で石田さんが分けてくれた仁丹が有ったのを思い出し、マッチ箱サイズの小容器から数粒取り出して口に含む。
心地良い苦みが、少し気分をスッキリさせてくれる。
「ヒマかい?」伍長殿の声。
「はい。さっきまで緊張していたのが、嘘の様です。」
「作戦行動中っていうのは、こんな感じのモノなんだよ。待機・待機で移動。また、待機と移動。会敵して撃ち合っている時間より、待機と移動の方が、ずうっと長い。待機中や移動中に、悪い事・マズい事ばかり妄想していると、人間参ってしまうから、ヒマを持て余すくらいの度胸が有った方が、結果的には精神の平衡を保てる。まあ、良い傾向だよ。」
船酔いで気分が悪くなっていました、とも言えないから「恐れ入ります。」と返答する。
『恐れ入ります』というのは、何と便利な言葉なのだろうか。
艇橋から一人、操作兵が僕たちの所へやって来て
「時間短縮のために、人だけ上げる事になりました。テケを降ろした特大発が回って来ますから、そっちに移乗して下さい。車両はそのままで。」と告げる。
「了解。こんなに狭い浜だとは思わなかったね。」と伍長殿。「高機動車を二十両も連ねたら、島が埋まってしまいそうだしなぁ。」
「落水しないよう、くれぐれも気を付けて下さいよ。」
「命は惜しいからね。注意する。」
操作兵との会話を終えた彼は、僕の姿をしげしげと眺めて
「片山君、雑嚢は残して行く方が良いのじゃないか?」
けれど、肩掛けカバンの中にはポリ袋に包んだノートパソコンなんかが押し込んである。
今、撮影に使っているカメラ替わりのスマホも、いよいよ上陸の時には防水バッグに入れてカバンのポケットに詰め込む心算だ。
「カバンは斜め掛けにして、ビニール紐で身体ごと縛ってしまうので、大丈夫です。」
伍長殿は一瞬困った様な顔になったが
「それならば、乗り移る時には両方の艇に同時に足が掛かっていない様にしなさい。移乗機会が来たら、飛び移る心算で。決して両方の船に片足ずつ乗っかっていてはいけないよ。落水の元だ。」
「分かりました。必ず気を付けます。」
特大発がやって来た。
こちらの大発よりも船縁位置が高い。
「次は君たちか。」特大発から呼びかけてきたのは和田軍曹だ。
「片山君を先に行かせます。飛んだら確保して下さい。」と伍長殿が返事する。
「分かった。任せておけ!」
伍長殿が屈んで掌を組み、足掛かりを作ってくれる。
僕は念のために靴を脱ぎ、靴ひもを結んで首からぶら下げているので足袋裸足だ。
蓬莱兵の二人が両側から服を掴んで、失敗した時に海に落ちない様に気を配ってくれている。
軍曹が「さあ、来い!」と合図すると、伍長殿が「行くよ!」と叫んで立ち上がる。
僕の身体は簡単に持ち上がって、大発の船縁に足がかかる。
軍曹の「飛べ!」に合わせて、特大発の船縁に向かってジャンプすると、すかさず数人の手でキャッチされた。
船底に足を着けて「ありがとうございます!」と周りの人に礼を述べると
「ヒヤヒヤものだったけど、上等、上等。」と労われた。
振り向くと伍長殿と蓬莱兵は、何の苦も無く自力でこちら側に飛び移っている処だった。
凄いなぁ、と感心したら、和田軍曹は「日頃の経験の賜物だな。何気ない動作に見えても、経験の有無は大きいモンだろ?」とニヤリと笑う。
「本当ですね。肝に銘じます。」
「そこまでの事じゃないよ。慣れだよ、慣れ。次の時には、もっと上手くやれるさ。……けれど、中途半端に慣れて来た時が、一番危ない。いい加減をやって、事故を起こすのがそんな時だ。無意識の内に、全ての危険事項を排除出来るようになるまで、繰り返し練習するのが大切なんだ。」
「恐れ入ります。」
僕たちが移乗した特大発は他の艇の兵も回収し、ジープだけになった大発は次々と大津丸へと戻って行く。
「どうだい片山君。酔いは醒めたろ?」伍長殿の声。
気が付くと、本当に船酔いの事は忘れていた。……けれど、気分が悪くなっていたのは伍長殿にバレていたんだ。
「まるっきり、忘れていました。」
「けれど今度は、逆に揺れない陸に上がった時に、まだユラユラしている様な気がするはずだよ。」
「本当ですか?」
「そんなもの、そんなもの。」
伍長殿の予言は的中し、着岸した特大発の歩板を歩いて上陸した後は、奇妙な浮遊感がしばらく続いた。




