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ワールド9 自分は相当なビビリだなと自覚する件

 大発に乗って船尾門からスプラ~ッシュ! するのは肝が冷えたけれど、実際には遊園地のアトラクションよりも刺激の少ない出来事でしかなかった。

 考えてみれば当たり前で、上陸作戦では貨物を積んだ艇だって滑り落とさねばならないのだから、着水の衝撃で荷崩れを起こすような仕様では話にならないのだ。


 だから結局一番怖かったのは、大発がウインチで反転台にまで引かれて行く間だった。

 艇の船底にしゃがんで警戒姿勢を取る。

 キリキリ、キシキシというウインチから響く音は、丁度、ジェットコースターがレールの頂上部に吊り上げられる時を思わせ「僕、降りまーす!」と叫びたくなった。


 僕の乗る大発には、艇の操作兵が艇橋に二人と、上陸要員として尾形伍長と蓬莱兵二名に僕の計四人の、併せて六名のみ。それに車輪止めが噛ませてあるジープが一両だ。

 大発の本来の搭載量は、89式中戦車一両もしくは完全武装の兵七十名だから、相当贅沢な使い方だと言える。(もっとも、旧式化してしまった89式中戦車は、御蔵島には在庫が無い。)

 全ての大発にジープ二両を載せてしまわず、一隻あたり一両か二両と差が有るのは、大発の数に余裕があるのと、相手方にこちらの数を多く見せる為だ。


 初スプラッシュを前に緊張している僕を見て、蓬莱兵の二人が口々に「無問題。シンパイ、ナイヨ!」と元気付けてくれる。

 彼らは既に上陸作戦に従事した経験を持っているので、まるっきり余裕シャクシャクな様子だ。

 僕も二回目以降には、ああいった平静を保てるように成るのだろうか?

 取りあえず「謝々。」と、引きつった笑顔を作ってみる。


 そして、滑走は一瞬だった。

 艇が「ガクン」と前に傾いたかなと思ったら、もう着水していた。

 「わあ!」とか「ひゃあ!」とか叫ぶ間も無かった。身を固くした時には終わっていたのだ。

 次の瞬間にはエンジン音が響いて、排ガスの臭いを感じと思ったら、もう頭上に青空が広がっていた。


 伍長がジープのエンジンを一旦始動させ、異常が無い事を確認する。

 僕が車止めを引き抜こうとしたら、伍長から「まだ、待て。しばらくは揺れるかもしれないからね。」と注意が飛んで来る。


 蓬莱兵の二人が自己装備の38式小銃の点検を行っているのに習い、僕も腰のホルスターから94式拳銃を引く抜いて装弾をチェックする。

 出発前にさんざん行った事ではあるのだけれど、何かやってないと落ち着かないのだ。

 「仕舞っておきなさい。不必要に触るのは事故の元だよ。」

 また、伍長殿に怒られてしまった。


 どうも我ながら、余計な事ばかりしている。

 初心者の指導教官は、大変な役回りなのだろうな、と頭が下がる。

 面倒を見てくれているのが温厚な尾形伍長殿で、本当に良かった。


 立ち上がって船縁に掴まり、周囲を見渡す。

 発進した大発と特大発は、低速で舟艇母船の周囲を周回しながら後続艇を迎え入れ、次第に船団を形成する。

 そして、ビラ撒きの任務を終えたと思しき複葉機が、機体をバンクさせて挨拶ながら上空を通過し、北方に飛び去って行った。

 しまった! 今のシーン、撮影しておくんだった! と臍を噛んだが後の祭り。

 けれどそんな僕を見て、伍長殿が手に持ったスマホを指差してからOKサイン。

 本当に伍長殿には敵わない。


 装甲艇三隻、高速艇甲一隻、特大発四隻、大発十五隻の計二十三隻が勢揃いすると、船団は南明朝警戒部隊に向かって前進を開始した。

 二隻の舟艇母船は、その場に待機。


 右舷に「鄭」左舷に「南明」の幟を立てた装甲艇を露払いに、一丸と成って相手船団へ向かって行く。

 船の数は当方・南明側ともほぼ同数だが、単純に船の大きさだけを見れば舟艇母船を残して来ている「こちら」より、宝船級を含む先方の方が大きいし乗組員数だって「あちら」に軍配が上がるだろう。

 けれども、こちら側は内燃機関を搭載しているから行動に優位性が有り、遅れをとる事は無いと思う。


 相手船団には、偵察機が上空を通過した時には狼狽うろたえた様な動きが有ったが、統制不能に成る事は無かった。

 航空機が何なのかを理解出来ていないのだろう。「空襲を受ける」という概念や危機感が無いのだし。

 何か変なモノが飛んで行った、程度の認識だろう。


 また、装甲艇や大発の推進器にも危機感を抱いているような様子も無い。

 こちら側は時速4㎞(約2ノット)程度の低速で前進しているので、人力を使った櫓で航行しているものと考えているのかも知れない。


 双眼鏡で南明側の船を観察すると、こちらと同じく「鄭」とか「明」と記した旗が見える。

 南明側にも望遠鏡が有ったっておかしくはないから、趙さんのアドバイス通りの幟を用意したのが功を奏していると見ても良い。


 けれども、それ以外に、どうも気になる旗が確認出来る。

 『十字』を記した旗だ。

 鄭芝龍はクリスチャンの洗礼名も持っていたと言うから、不思議では無いのかも知れないが……。


 十字の旗を立てた船を、よくよく観察して僕は伍長殿に

「あの船の乗組員を見て下さい。十字の旗、立ててる船です。」と叫んだ。

 伍長殿は双眼鏡を受け取ると「どの船だい?」と訊いてくる。

 「両端の宝船級です。十字の旗立ててる船!」


 双眼鏡を覗いた伍長殿は、むぅ、と唸った。「まげを結っている様に、見えるな!」

 「南明水軍には、日本人が参加してるんじゃないでしょうか?」

 僕の意見に彼は首を捻って「しかし、歴史上では鄭芝龍や鄭成功の日本乞師は、失敗に終わったんだろう? 幕府が腰を上げなかったから……。」


 「けれど、あの船に上がっている旗は十字です。幕府方でなくて、日本を追放されたクリスチャンなのでは? ルソンやシャムに渡ったまま、帰る事が出来なかった日本人街の日本人も大勢いたし、鎖国政策が始まった時に、海外に向かった人間だっていたでしょう。転向した元キリシタン大名なんかは、密かに後押ししていたかも知れない。」

 「有り得るな。」彼は双眼鏡を返して寄こしながら「もう気が付いているかも分からんが、報告しておこう。」と言うと艇橋に向かった。

 通信機で大津丸に報告し、大津丸から各艇に連絡を入れさせるためだ。


 彼我の距離は、刻一刻と近づいている。



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