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ワールド8 いよいよ発進! な件

 「昨晩は、ご活躍でしたね。」警部補が労ってくれる。「共通の敵がいると、人間、団結出来るモンですが、共通の敵に人ならぬ電算機を宛がうとは。囲碁勝負は盛り上がりましたな。」


 「いやぁ、そんな心算は無かったです。怪我の功名っていうか……。」

 口ごもる僕に、スミス准尉がチッチッと指を振って

「そこは、恐れ入ります、で良いのよ。成功だったのは間違い無いのだから。結果こそ全てなの。」

 「なるほど。」と僕は頷いて「恐れ入ります。」と付け加える。


 准尉はニンマリすると、そうそうそんな調子、と受けてから

「出発前には岸峰さんとモメたんだって?」と斬り込んでくる。




 出発前日、シャワーから戻って来た彼女に、僕は今回の遠征に参加する事を告げた。

 彼女は特に驚いた風も無く「いいんじゃない?」と同意してくれたが、「服装は礼装が良いのよね。セーラー服にアイロン当てておこうかな。」と、当然自分も乗船するものと考えているのは明らかだった。

 なので「船に乗るのは僕で、キミにはここで待っていて欲しい。」と告げざるを得なかった。


 当然、彼女の眉は吊り上がる。

 「ちょっと! どういう事?」

 「今回のミッションでは、南明朝と通商関係を結ぶ事の他に、洞頭列島側の扉と準備室側の扉とが、同一世界に通じている事を確認しなくちゃならないんだ。」

 「それ、別に私たちじゃなくても出来るでしょう?! それに、平行世界に飛ばされた揺り戻しが有るかも知れないのに、数日間も別行動を採るなんて、意味分からない!」


 そこで僕は順を追って

○趙氏が僕たちを「壁」の場所に案内するのかどうか、扉の外の風景を見た事があるものが確認しなければならない事。

○洞頭列島側から扉を開けた時に、準備室側で迎えてくれる者が居ないといけない事。

○二人の間に、他の誰も知り様が無い「相手を確認する術」が存在する事。

などを説いた。


 彼女はクレバーな人間なので当然その論理を理解したが、感情は中々抑えられないようで

「分かったけれど、頭にくる!」

と激昂し、僕の顔面に『頭突き』を入れてきた。

 激しく鼻血を出したのは、何年かぶりだった。




 「出発前に、岸峰さんとモメたんだって?」と斬り込んで来たスミス准尉に、僕は

「平手打ちが来るのかなぁ、と思ったら、『グー・パンチ』でした。殴られて鼻血が出たのは、小学校以来です。」と申告する。

 まあ、これが「二人しか知らない秘密」の中の一つである。




 洞頭列島は南明側の、海に於ける現在の最前線かつ重要拠点だから、大津丸が接近するとともに南明朝水軍の軍船が接近して来た。

 軍船のサイズは、舟山群島で戦った海賊の軍船とほぼ等しい。

 60m「宝船」級が五隻に、20m「バートル」級十五隻。

 兵と水夫併せて、600人から800人の戦力といった処だろうか。


 鄭芝龍は軍船(輸送船)1,000隻、兵数万を擁していたという話なので、姿を見せているのは先遣隊か偵察部隊なのだろう。

 多分この列島周辺には、少なくとも百から二百隻の軍船が控えているはずで、残りの戦力は様子を窺っているに違いない。


 あるいは基本的に、陸側を牽制する戦力配置をしていて、外海側は手薄なのか。

 緊急の情報伝達を行うにも無線通信が存在しない時代だし、仮に狼煙や鏡を使った連絡が出来たにせよ、船団を集結させるのには帆走か漕走でないと船を動かす事が出来ないのだから。


 大津丸と海津丸の甲板には『鄭』や『南明』と大書した幟を何本も立てて、洞頭列島の駐屯部隊には敵対する意図の無い事を表明してはいるけれど、それが相手側に伝わっているかどうかは判断が付かない。

 久里浜沖にサスケハナ号を見付けた時の幕府役人の様な、理性ある対応をしてもらえるのかどうかは疑問が残る。

 希望的な観測をするならば、南明朝は「日本乞師」という援軍要請計画をしていたので、それに沿った派兵であると考えてくれるかもしれない、という可能性もある。


 「そろそろ偵察機が発進しますよ。」

 早良中尉が、緊張感の全く無い口調で告げる。

 大津丸最上階の飛行甲板には、笠原少尉の94式偵察機が待機しているのだ。

 笠原機は洞頭列島上空で、派遣部隊の意図を記したビラを散布した後、舟山群島に帰投する予定だ。

 笠原少尉には、遠征隊の報告レポートが打ち込まれているSDカードを託してあるので、今日の午後には御蔵新聞に、遠征部隊連合軍対電算機の囲碁勝負の記事も載るだろう。


 「じゃあ、私は高速艇に向かいます。」

 警部補が、何時に無く真剣な表情で皆に敬礼した。

 彼は趙さんや鮑隊長と共に、小林艇長が指揮する高速艇甲104号に乗船するのだ。

 高速艇はダビットで海面まで吊り降ろされるから、ここで暫しのお別れとなる。


 僕や中尉の乗る大発は、中甲板奥のシーソー式反転台から船尾門に滑走して着水するので、僕たちも直ぐに船内奥へ移動する事になる。

 中尉が警部補に「ご武運を。」と答礼してから、「武運と言うのは変ですね。今日は戦闘は避けなくちゃならないのだから。」と生真面目な顔をした。


 スミス准尉は「Good Luck! で良いんじゃないかしら? あるいは、アディオスとかね。鄭将軍はスペイン語も堪能だったみたいだし。」


 僕たちは笑って、口々に「アディオス!」と言い合った。


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