ワールド7 舟艇母船の大部屋でコンピューターが囲碁を打つ件
舟艇母船「大津丸」は、舟山群島から中国沿岸を順調に南下していた。
出港してから二日目の朝が来た。
昼夜兼行で飛ばせば、本日未明には目的地周辺に到着していても不思議はないのだけれど、夜間の航行は不測の事態があるかも知れないと、船長判断で昨日は暗くなる直前に錨を下ろした。
御蔵島周辺海域とは違って、途中には地形変動は見られないから、海図や航路図はそのまま使えるみたいなのだけれど、有視界航行を堅持する方針で大事を取ったのだ。
僕は一応電算室長だから、報告レポートこと『御蔵新聞』用記事作成の名目で、船橋にも出入り出来るので、一等航海士や航海士の方々にも話を聞けたから、その辺りの事情も分かった。
夜間投錨中は、警戒任務中の船舶砲兵の人たちが、探照灯で周囲を照らしていたので、そう言った存在を知らない人が目にすれば化け物か幽霊船が出た! と肝を冷やしたかも。
同行しているのは同型船の「海津丸」。
船長150m弱、9,500トン級の巨船二隻が前後に並んで航行しているのだから、昼間にも遠目にせよ岸から見かけた現地人もいるはずで、もし聞けるものなら、どう感じたのかインタビューしたいものだ。
時津丸型舟艇母船は、一隻で一個大隊の兵員・装備と、それを揚陸するための大発・特大発26隻を収容する事が出来る。
大発には95式軽戦車「ハ号」、特大発には97式中戦車「チハ」が搭載出来るので、トラックなどの非装甲車両や支援車両を運ばないのであれば、二隻でチハとハ号併せて52両という大戦車軍団を揚陸可能だ。
けれども、この洞頭列島派遣部隊は実は見せかけだけの大軍で、海津丸には軍属の船員の他には搭載砲操作要員の船舶砲兵三個分隊しか乗船していない。
本隊に当たる大津丸にも、装甲車両は38㎜砲搭載の97式軽装甲車「テケ」が二両と、機銃装備タイプのテケ二両の計四両のみ。
ジープだけは数が多く、十両の50口径装備車両と固有武装無しの十両とが搭載されている。
上陸部隊の兵員は、戦車兵がテケ一両に各二名の八名。
武装ジープに、運転手と機銃の操作員も含めて各四名、計四十人の米豪連合軍が乗る。
非武装ジープには、運転手を含めて各二名の日本兵と、各二名の中国兵併せて四十名が搭乗する。
全員併せても、八十八人で一個中隊にも満たない。せいぜいニ個小隊と言った処。
その中には僕みたいな戦力外も含まれているから、戦闘部隊としてはお寒い限りだ。
けれども洞頭列島には外交交渉に行くのだし、舟山群島で実施した様な制圧目的で出かける訳ではないので、「こんなもの」なのだろう。
今の処その気配が無いとはいえ、清朝側が杭州湾から舟山島上陸作戦を企画する可能性がゼロとは言えないから、舟山群島方面をガラ空きにする事は出来ない。
ちなみに今「中国兵」と表現したのは、舟山群島で投降した元清朝側の海賊や島民で、蓬莱兵と称されている人たちだ。
反清朝の思いが強いし、近代化生活にも順応済みの人たちなので、信頼しても大丈夫。
逆に危険分子と看做された人たちは、幾つかの島に隔離されている。
大津丸の右舷デッキで、中国大陸を眺めながら風に吹かれていると、早良中尉とスミス准尉、それに大内警部補が連れ立ってやって来た。
「いよいよね。どう? 緊張してる?」
スミス准尉が金髪を風になびかせながら訊ねてくる。
「緊張……しているのでしょうけれど、よく分かりません。夢の中で行動しているような、変な心持ちです。」
「大部屋で、寝そびれましたか?」と、中尉が微笑む。
当初大津丸に乗船した時に、加山少佐から「船室はガラ空きだから、士官室を使ってもいいよ。」と提案されていたのだけれど、フェリーの二等船室みたいな大部屋に居る事にした。
普段ならハンモックが吊られているのかも知れないけれど、今回はスペースに余裕があるから毛布二枚を重ねてマットレス代わりに床に敷いている。
昨夜の大部屋では、トランプをするグループや囲碁・将棋をするグループが、ギャラリーも含めて愉快そうに騒いでいた。
誰しも重要ミッションを前に緊張が無いはずがないけれど、この二週間の経験で着上陸作戦には習熟しているから、それまで実戦経験が無かった人たちも古参兵然として、まるっきりの新兵みたいにブルッている様子を見せる者はいなかった。
恥を承知で敢えて言うなら、僕が一番ビビっている。
囲碁勝負に興じていた、高速艇甲の小林軍曹と蓬莱隊の鮑隊長が、そんな僕を気遣ってくれたのか、「片山君も勝負に参加しなさい。……そうだな。煙草を一本賭けようじゃないか!」と参戦を要請。
嬉しいけれど、僕は五目並べしかやった事が無い。
僕は煙草を吸わないから、負けて巻き上げられても構わないと言えば構わないが、いざという時の賄賂用としての用途が有るので、無駄遣いはしたくない。
けれど、ああ、あれが有る、と気付いて
「受けて立ちます。けれど、お相手をするのは僕でなく、この電算機です。」
とノートパソコンを指差した。
周囲からどよめきが上がる。「電算機は囲碁も打つのか!」
「面白い。人間様と、どちらが強いか勝負だ。」 etc. etc.
カードや将棋をしていた人達も、面白そうな気配に気付いて勝負を切り上げ、碁盤を取り囲む。
僕はワープロソフトを閉じると、囲碁ソフトを立ち上げた。
計算スピードは早指しに、けれど思考アルゴは最強にセットする。
プロ棋士を打ち負かすまでに成長する事に成る囲碁ソフトだが、このパソコンに間借りしているヤツはゲーセン級の赤ちゃんだから、そんなに強いとは思えないけれど。
「さあどうぞ。こっちの準備は完了です。」
対戦棋士は、碁打ち仲間の譲り合いの末、袁副隊長に決定だ。
袁副隊長先手で始まった早指し勝負は、岡目八目のギャラリーを巻き込みつつも、終盤のコウ立て勝負で中央の白の大石が死んだため、人間側の圧勝となった。
いや、分かった様な口をきいているけれど、僕自身は囲碁の事は何も知らないから、周囲の人の戦評ですよ。
「参りました。」と、僕は煙草一本を進呈する。
袁さんは満足そうに一服してから、鮑さんや小林軍曹と一口ずつ回し飲みし
「こんな箱が、囲碁で人間様に勝てるものかと考えていたけれど、どうして、中々先を読む。危なかったよ。」
「じゃあ次は、鄭将軍傘下を代表して、俺が出るとするかな。」
名乗りを上げたのは趙さんだ。
周囲からもヤンヤの喝采。
「この調子で巻き上げられたら、スッカラカンになってしまいます。」と、座を盛り上げる為に僕がグチってみせると
「それならば、自分が景品を出そう。勝った方に一本だ。」と加山少佐からの助け舟。
少佐は真新しい敷島の封を切ると、一本を場に供える。
かくして人間対コンピューターの囲碁勝負は、深夜まで続いた。




