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ワールド6 加山少佐からの依頼の件

 理科室の扉の外というのは、準備室のもう一つの出入り口、スミス准尉が趙さんを拉致した側の扉の外という事だろう。

 趙さんは拉致後一時的に、営倉に収監されていたのだけれども、司令部での尋問が済み次第、敵対する意図が無いという理由で、直ぐに御蔵島内でのほぼ自由な行動が許可されていたから、趙さんを「あちら側」に戻す際に同行しろという事なのに違いない。


 行動の自由が保障されていると言っても、趙さんが帰順した元清朝勢力の中国人と一緒に、兵舎エリアで生活するのは「不測の事態」を招く可能性が有るからという事にして、趙さんは新町湯の源さんの所に、ここ2週間は下宿していたのだ。

 趙さんは気が付いていなかったかも知れないけれど、その間は外事課のベテラン警部補がじっくりと観察していたわけだから、本当に不審な動きは無かったのだと言って良いと思う。


 「南明朝の鄭芝龍と、通商関係か何かの交渉を持つ算段になったという事ですか。」

 鄭芝龍は鄭成功の父で、1644年に北京が陥落し李自成によって崇禎帝すうていていが自殺させられた後に、南明朝で明朝復興を目指した人物の一人だ。

 ただ、この南明朝というのがクセモノで、弱小泡沫王朝のくせに内部対立や抗争を繰り返し、皇帝自身が次から次へと捕殺されたりして、史実では鄭芝龍は南明朝を2年チョイで見限る事に成る。


 だから史実通りならば、南明朝はあまり手を組みたくない相手と言えるのだけれど、清朝側も帰順した旧明朝の実力者を、後にバンバン粛清する事になるから頭が痛い。

 けれども鄭芝龍自身は、台湾の東インド会社と交易したり、日本に援軍を要請するなど、広い視野を持った人物だから連合する相手としては、少ない選択肢の中では考慮に値するカードなのだ。


 「清朝側の水上戦力とは、既に戦端を開いてしまっているからね。」

 加山少佐は僅かに笑顔を見せると「選択の余地が無い、とも言えるんだ。」

 源さんも少佐の言葉に頷いて

「清は、新しい王朝を建てたわけですから、朝貢してくる海外勢力を必要としていますんで、御蔵島の対舟山群島作戦には目を瞑って、朝貢を受け入れるかも知れませんが、安定してくれば討伐軍を送って来ましょう。今、便利使いしている旧明朝の呉三桂将軍だって最後は討伐されてしまうわけですからね。」


 李自成を追い払った後北京で即位した順治帝の、伯父にして後見人のドルゴンは、満州族内部での権力争いを別にすれば、民生・軍事的手腕共に信頼に値する人物だと思えるが、史実では1650年には38歳で事故死してしまう。

 仮に清朝に帰順するのであれば、降伏する相手はドルゴンという事になるのであろうが、その後の混乱に巻き込まれないという事は考え辛いだろう。

 だったら、南明朝側に立って中国を二分し、元が中国全土を掌握する前の時代、即ち金と南宋が並立していた時代の様な状況に持って行く事が、最善とは言えないのかも知れないけれど選択し得る『良策』だ、という事であろうか。


 「それで南明朝の方はどうなっているのですか? 舟山群島が清側に落ちていた事を考えると、既に南京は陥落している様に思えるのですが。」

 南京陥落は1645年。

 この時、南明朝の初代皇帝 弘光帝は、南京からは辛くも脱出したものの、部下の田雄に裏切られて捕殺されている。


 「弘光帝は生きているよ。」

 少佐の言葉は意外なものだった。「鄭芝龍が手を回して、船で脱出させた。」


 歴史が変わっている!


 「政治が嫌いで遊び好きの困った人物だが、腐っても鯛、明朝復興の旗印だからね。船乗りの噂から清の南京侵攻を読んだ鄭芝龍が、舟遊びにかこつけて蘇州方面に行幸させていた。史実では蘇州よりも内陸側の蕪湖で捕らえられるのだが、今回は蘇州から杭州湾に出て、海路で脱出出来たのだ。状況が分かっていない皇帝自身は、不満タラタラだったみたいだがね。」

 「まさか……鄭芝龍が、僕たちみたいな『未来の歴史を知っている』人物って事は……。」


 「そいつは何とも言えません。」源さんが注意深いゆっくりとした口調で意見を挿む。「マメに敵情を探ってりゃあ、事前に不穏な動きに気が付いたって、不思議はない。信長だって光秀の陣営に、目付以外に密偵を潜り込ませていたら、本能寺で討ち取られる前に、反乱に気付いてた未来だって有ったわけだ。あの御仁は、謀反を起こした武将を許したりするし、妙に人を信じやすい人物だったって思うんですよ。……まあ、その時には何やら事情が有ったにしろ。」

 「そうなのだ。歴史には何時も分岐点が存在する。」源さんの話に少佐が頷く。「鄭将軍自らが福建から動けなかったにしても、部下に手を打たせる事は可能だったかも知れないだろ?」


 ただ、少佐はカップの紅茶をグッと飲み干してから

「だがなぁ、今と昔じゃあ、情報の伝達速度に雲泥の差が有る。鄭芝龍の部下が揚子江の北岸で重大情報を掴んでも、福建の鄭芝龍に情報を伝えて指示を仰ぎ、また南京まで舞い戻って行動を起こすとすれば、船を目一杯走らせても2~3週間、下手をすれば1月から1月半掛っても不思議はない。電報で済ますという訳にはいかんのだ。」

 「間に合いませんね。」と僕。


 「だから、そいつを遣り遂げたとなると、鄭芝龍が絶大な信頼を置いていて独断専行も許される人物で、弘光帝からも目をかけられている人物って事に成る。」

 少佐の推理には納得がいく。

 「鄭成功が、父親の名代として南京にいたって事ですか?」


 「彼と限ったこっちゃないですが、まあそのような、賢くて行動の早い人物が手を回したんでしょうなぁ。」

 源さんの言葉に、僕は「なるほど。」と相槌を打つ。「鄭芝龍と手を組むのは、悪くないっていうより、むしろ歓迎すべき選択って事ですか。」


 「その人物が、温州の洞頭列島を押さえている。海伝いに舟山群島を、そして杭州湾から南京を窺うルート上だ。」

 「その島の守りは、清朝側の勢力が海岸伝いに温州や福州を狙って来る場合の、防ぎにも成りましょうがね。」

 僕は少佐と源さんの発言の意味を考えてみた。

 「洞頭列島の島の一つに、もう一つの扉が繋がっている、と言う訳なんですね? で、趙さんはそこから連れて来られたと。」


 「ご名答。」姐さんが微笑む。「少なくとも、趙さんはそう言ってる。まだ裏が取れてる訳ではないけどね。」

 「じゃあ、今から遠征隊……遠征ってわけでもないのか。理科室の扉の先なんだから。交渉使節を送るのですね。」

 「出発は明朝の予定だ。」少佐が僕の目を見ながら訂正する。「今日は色々と準備も有るから。」

 「分かりました。同行します。……けれど、岸峰さんが席を外す必要は無かったのではないですか。」


 少佐は少しだけ複雑そうな表情を見せると

「君と彼女とは、数日間、離れ離れになる事に成るから、彼女が反対するかも知れないと思ってね。」

 「……? おっしゃる事が、よく分かりません。彼女が電算室の仕事を続けて、先には僕が向かうとしても、扉を隔てて直ぐですよ。距離はともかく、時間的には離れ離れって程でもないでしょう?」

 「洞頭列島には、船で行くんだ。そうでないと、扉の外の世界と、この世界とが繋がっているかどうかが分からない。洞頭列島側から扉を開けて、この世界に戻って来れた時に初めて、扉が二つともこの世界に繋がっていると言えるだろう。」


 「扉の外の風景を目撃したのは、修一さんと純子ちゃんの二人だけだからね。どちらかに確認してもらわなきゃ、向こうで扉が見つからない場合に、趙さんが嘘を言って何でもない壁を調べさせている疑いを拭えないでしょう?」

 「お二人が故あって、遠くに離れたくない気持ちは分かってます。けれどもこいつは、他の人に任せるのは上手くないでしょう。」

 姐さんと源さんの説明は、その通りだ。


 「分かりました。岸峰さんには、僕から話をします。」


 どうも、更新が滞って申し訳ありません。

 暑いのが苦手なもので……

 東日本の方には、暑いと言っても実感が無いかもしれませんが、西日本はウンザリするほど毎日暑いです。

 ようやくここ数日間は猛暑日から解放され、夜間の最低気温も25度くらいまで下がりました。


( ……と、更新の遅れを気温のせいにしたりする。)

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