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ワールド4 射撃訓練の結果の件

 ド真ん中をブチ抜いた、なんてカッコウを付けた描写をしたが、冷静に見れば、たった10m先の標的である。

 石投げたって当たるわナァ……。


 けれど立花少尉は「命中! 残り三発は速射で!」と声援に力を込める。

 褒めて伸ばすタイプの人だ。

 でも、褒められて悪い気がするはずはない。

 三回連続で引き金を絞る。

 三発の8㎜弾は、中心点からは散らばったが、確実に的は捉えた。


 「よし。弾倉交換!」

 立花少尉から間髪入れず指示が飛ぶ。

 僕は空弾倉を抜くと、予備弾倉を挿入しスライドを引いて初弾を込める。


 「目標、30mの的。」

 10m先の的と違って、中心部分は黒点にしか見えない。

 その黒点に照門と照星を合わせ、慎重にトリガーを握る。

 的の右横に土煙が立った。


 僕の場合、手は右利きなのだが利き目は左眼なので、拳銃は左手に握って右手は添える感じだ。

 そのせいなのか、弾着が右にブレる。

 だから照準を、ほんの気持ちだけ、言ってみれば髪の毛2本分くらい黒点から左に寄せるフィーリングで次弾を放つ。

 「おお、当たった!」と航空隊員から声が上がる。

 彼らは目が良いから弾着点が見えているみたいなのだけれど、彼らほどの視力を持たない僕には、的を設置している土嚢に当たったのか的の中心を捉えたのかが、実を言うと判らない。

 けれども大きく外れているわけではなさそうなので、同じ感覚で残弾を発射する。


 結果的には直径50㎝の的を捉えた弾は三発有ったけれど、中心の直系5㎝の黒塗り部分をかすめた弾は一発も無かった。

 回収して来た的を見ながらの講評では、少尉も野次馬連も「初回にしては、まあまあ。」という評価のようだ。


 岸峰さんが「反動って、どんな感触なの?」と訊いてくるから

「金属製の試験官バサミを握って、電気コンロのニクロム線に試験官バサミが触ったら、瞬間的に二の腕まで筋肉が収縮するだろ。あんな感じだよ。」

 「そんな変な失敗経験、した事が無いんだけど。」

 「……じゃあ、無警戒にボーっとしてたら、いきなり肘を後ろからド突かれた感じ?」

 「分かる様な、分からない様な……。」

 「まあ、百聞は一経験に如かず。体験してみるんだね。けれども、予想していたよりも革命的な経験ではなかったね。」


 そう。実弾射撃をする前には、自分の中の何かが変わってしまうのではないか、と言う様な物凄く革命的な体験をするような気がしていたのだが、実際には「初めてハンダ付けをする」とか「旋盤で棒材を切断する」といったような、極めて技術的な経験でしかなかった。

 これが「人を目がけて撃つ」というヘビーな行為であったのならば、禁忌感も強烈であろう事は間違い無いが、板に貼り付けた紙の的を狙うのは、自分の中の意識としてはシューティングゲームの延長に過ぎない。


 けれども僕の感想は、あくまで僕個人のモノであり、岸峰さんは技術の習得と割り切る事は出来なかったようだ。

 彼女は三発発射した時点で、反動のコントロールのコツは掴んだみたいなのだが、残り三発も外してしまった。

 何事もそつ無くこなす彼女だから、射撃も僕より上手いだろうと予想していたのに、違っていた。


 想像するに、彼女には単なる紙の『的』に、人の姿が浮かんでしまうようなのだ。

 赤くなった彼女の顔面には、玉のような汗が吹き出し顎先から滴り落ちているし、作業衣袴の腋や背中の部分も黒く濡らしている。

 大きく溜息を吐いて銃を下ろした彼女の横に立ち寄ると、極度に緊張した人物が発する、特有の酸っぱい臭いが漂っていた。


 立花少尉は岸峰さんの肩に手を置いて

「人を撃つ、という考えは捨てなさい。今の貴女では、威嚇射撃をする時にでも、弾がどこに飛ぶか分からないから『当てる心算が無くても間違って当ててしまう』事になるの。人に当てないために、的の中心を正確に捉える、と考えなさい。」

 「人に当てないために、正確に狙い通りに……。」

 「そう。絶対に外す為に、中心を射抜く!」


 岸峰さんは呼吸を整えると、マガジンを交換した。

 紅潮していた頬が、象牙色に戻る。

 彼女はスイと拳銃を構えると、無造作に発砲した。

 バスっと、弾は中心の黒円を捉える。

 続けざまに発射された残りの五弾も、ことごとく的の中心を撃ち抜いた。


 この結果には、彼女を見守っていた野次馬連からも「スゲェ……」という溜息しか出なかった。

 立花少尉は二イッと笑って「次、目標30mの的!」と指示を出す。

 僕は空弾倉にバラ弾を装填して岸峰さんに手渡す。

 彼女は一つ頷いてマガジンを受け取ると、弾倉を交換して30m先の目標に対峙する。

 彼女は立て続けに六回引き金を引き絞って、三発を命中させた。

 しかも、内一発はド真ん中だ。


 38式騎銃を用いた射撃演習は、94式拳銃のそれよりも、余程簡単に遠い的を射抜く事が出来る。

 銃床を肩に当てるから銃の固定が楽だし、照門と照星の距離が長くなるからだ。

 しかも38式騎銃の実包は、火薬の量を減らした弱装弾なのか、反動が小さい。

 僕は拳銃射撃の時と同じく、利き目の左眼を活かすために、左肩に銃床を当てて発砲した。

 但し、この撃ち方だと銃の右側面にある槓桿を操作する時に、左手で引き金に近い部分を握って右手で先にある槓桿を引かねばならず、その操作が面倒。


 このクセは矯正した方が良いのかどうか、少尉に質問すると

「どの道、両方の肩で撃てるようにならなきゃいけないからね。先ずはシックリくる方で撃てるように成る事だね。」

との事だった。

 その理由は、立木や建物を楯に射撃をする時、自分の得意な側に何時も遮蔽物が有るとは限らないから、なのだそうだ。

 遮蔽物の右端から銃と目だけを出して発砲するとすれば、銃床は右肩に当てなければ撃つことは出来ない。

 これは利き目が右の人が遮蔽物の左端から発砲する場合も同じなので、誰しも両肩で撃てるようにならなければならない、との事。


 僕は距離30mを難なくクリアし、50mでも全弾を的に当てた。中心の黒丸を射抜いたのは、5弾中三発。

 但し、肩を右に換えると距離50mでの命中は四発に減り、黒丸を射抜いた弾は一発も無かった。


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