ワールド3 装甲車の運転と射撃の演習をする件
岸峰さんと二人、自転車で空港近くの航空隊車両待機所に向かう。
天気も良いので「爽やかな風に乗って」とか描写したい処ではあるけれど、この時代の自転車はアルミ合金なんかは使っておらず、重い。
頑丈第一みたいなシロモノだから、どうだろうか、柔なママチャリの1.5倍、重量を削ぎ落としたスポーツ用の2倍くらいはありそうな気がする。
戦後には小型のガソリンエンジンを搭載して、そのまま原動機付自転車に改造出来たのも頷ける。
シンガポール攻略戦では、「銀輪部隊」と呼ばれた自転車歩兵は、こんな重い自転車を漕いだり担いだりしてマレー半島を驀進したのかと改めて感心する。
目的の待機所では少年衛兵が敬礼で「室長殿、主任殿。これから訓練ですか?」と迎えてくれる。
今日は衛兵任務に従事中だけど、操縦シミュレーターを触りに電算室に来た事のある少年兵だから、既に面識がある。
だから今日の僕たちは顔パスで、身分証の提示は求められなかった。
僕と岸峰さんは民間人だから、下車してお辞儀の答礼をして
「初めて実弾射撃の演習です。上手く務まるかどうか、今からドキドキしています。」
と応じる。
衛兵氏が「大丈夫ですよ。航空機操縦演習装置の方が、よっぽど難しいです。」
操縦シミュレーターソフトは、その有用性を池永少尉が認めた為に、航空隊向けに貸与したノートパソコンのHDにもコピーした。
江藤大尉も気に入って、隊員や航空隊に出入りする人間には何かと理由を付けてはトライさせているみたいだ。
僕が大尉に「シミュレータは所詮『畳の上の水練』なのではないですか?」と疑問を投げても
「仮に『畳の上の水練』であっても、やらないよりは遥かに概念を掴めるだろ? 強い追い風で狭い空間に着陸するなど、普通に事故が起きそうな危険な場面を安全に演習出来る。」
との事だった。
DVDの内容を確認した時には、役立たずのデータディスクばかりだなと思ったものだが、意表を突いたところで役に立っている。
おかげで岸峰さんは、度々シミュレータの特別講師として航空隊に招かれ、航空隊の地下アイドル化している。
航空隊の待機所には、航空帽を小脇に抱えた彼女の写真が飾られて、こっそりファンクラブも存在しているみたい。
地下アイドルの岸峰さんは
「いやぁ、でも実弾だからね。空身の銃には触ったけれど、弾が入ったホンモノを持ったら、人間が替わりそうで、ちょっと怖いよ。」
と少年兵に微笑んでみせる。
彼は岸峰さんの笑顔に、少し眩しそうな表情になって
「包丁でも人が刺せますが、包丁を持っても人格が替わったりしないでしょう? 鉄砲だって猟にも使う道具です。漁網と同じですよ。大丈夫です。太鼓判を押します。」
「そんな風に言ってもらうと心強いね。アリガト。大船に乗った気持ちで訓練してくるよ。」
「お待たせしちゃったかな?」
航空隊の詰所から出て来て、少年衛兵と世間話をしている僕たちの前に姿を現したのは、立花さんだ。
少尉候補生だった彼女は、野戦任官だけど晴れて少尉に任命された。
池永少尉からは「呼びつける時に、一々『候補生』を付けるのは面倒だから、司令部も少尉にしてしまえって判断したんだろ。」と憎まれ口を叩かれているのだと。
仲の、およろしい事で!
「航空隊には、話は付けてあるからね。練習場に向かうのには、ここのソダを借りるよ。」
立花少尉の僕たちに対する言葉遣いも、かなりフランクになっている。
理由には気心が知れたという事もあるのだろうが、「候補生」が外れて、肩ひじを張らなくてもよくなった事が大きいのではないか、と睨んでいる。
ソダこと98式装甲運搬車は、97式軽装甲車「テケ」の武装を取り外して、代わりに車体に荷台を載せた装甲輸送車だ。
だから操縦方法はテケと同じ。
ディーゼルエンジンを始動して、アクセルを踏みながら、左右両方の履帯を動かすギアを入れたら前に進む。
進行方向を変える時には、曲がりたい方向の履帯を止めるか速度を落とせばいい。
ご老人が運転する電動車椅子くらいの速度で平坦地を進むのなら、クラッチ操作にさえ気を遣えば、耕運機みたいな小型特殊の運転免許を持たない僕にでも簡単だ。
荷台に置いてある戦車帽を被り、鋲無しの軍靴に履き替えて、燃料とオイルの残量を確認する。
車体脇にしゃがんで足回りのチェック。
一連の始動前確認を終えて皮手袋をはめ、保護眼鏡を装着してからソダに搭乗。
最初は僕が操縦席に着き、岸峰さんは荷台だ。
操縦席横の車長席に陣取った立花少尉が命令を下す。
「では、滑走路周りを一周するよ。その後、操縦手を交代してもう一周。射撃訓練は、その後で。」
ノロノロ、ヨロヨロと98式装甲運搬車での滑走路の周回を終えた僕たちは、ソダに乗ったまま這う様な速度で、空港の外れに簡易設置された小銃射撃演習場に向かう。
97式軽装甲車や98式装甲運搬車の最高速度は時速40㎞だから、本来ならばカタログスペック的には操縦した速度の3倍は出せるのだけれど、履帯外れなどのトラブルが発生した時の対処法を身に着けていないから、立花少尉は今日の演習では無理はさせない心算のようだ。
「本当ならば最前線に物資を補給する時には、急加速に急速後退、方向変換や蛇行運転なんかを併用して、敵に的を絞らせない事が肝要なんだよ。TKやテケの装甲は薄紙同然だからね。けれども、それを無理に行えば履帯トラブルの元となる。だから出来るだけ物陰に身を隠しながら接近し、サッと仕事を終えてサッと退くのが軽装甲車運用の要だよ。だけども、我が軍には装甲車両の配備数が少ないから、前線での移動砲座・銃座としての役割を期待される事が多いのだけれど。」
簡易射撃演習場は、滑走路のから距離を置いて掘られている塹壕の一つに、塹壕から滑走路の反対側に向かって10m、30m、50mの位置に土嚢を積んで的を並べたものだ。
100mとか200mの位置にも土嚢は積んであるのだが、そこは専ら距離感を掴むのに使用されていて、僕や岸峰さんが使う事は無いみたい。
理由は「弾の無駄だから。」という事で、宣なるかな……。
まず始めは拳銃射撃から。
日本軍の拳銃といったらワルサーP38にシルエットが似ている14年式自動拳銃が有名だけれど、僕たちが訓練に用いたのは94式拳銃というベレッタにちょっと似たオートマチック拳銃だ。
重量は800gくらい。
よく小説では、実弾の込められた拳銃を持つ時には「ずっしりと重い」なんて風に描写されるけれども、その重量には心因も含まれているわけで、単に重量だけで言えば1リットルサイズのペットボトルより軽い。
しかも、ペットボトルよりも握り易い様に形状が工夫されているので、持ち重り感は無い。
装弾数は6発で、有効射程は500mとなっている。
けれどもこの500mというのは、当たれば殺傷能力が有りますよというだけの話で、拳銃で500m先の的を狙い撃つ馬鹿はいない、との事だ。
戦車兵や段列の兵が護身用に94式拳銃を携帯する時の携帯弾数は
○銃内に6発
○予備弾倉1本(6発)
○弾薬盒(バラ弾 15発)
だけ。
西部劇映画やアクションドラマみたいにバンバン撃ちまくっていたら、アッと言う間に弾切れになってしまう。
しかも、当たらないんだ。これが。
94式拳銃を両手保持して10m先の的を狙う。
先ずは初体験とトリガーを握ったら、肘にまで感電した様な衝撃が走った。
拳銃を撃った後、銃身が跳ね上がる描写が映画なんかで出て来るけれど、あれ本当ですわ。
初弾は斜め上に飛び去った。
いつの間にか見物に集まって来た非番で待機中の航空隊員が
「グリップしている手で押さえ込め!」と声援というかヤジ? を送ってくれる。
岸峰さんは「反動、キツイ?」と心配そう。
けれど立花少尉は
「悪くなかったよ。今ので反動の感じは掴めたでしょう? 経験を活かして、次行ってみよう!」
と前向きな激。
二弾めは失敗の経験を活かして、グリップを握った手に力を入れて、的のやや斜め下に照準を着ける。
発砲。
今度は策を弄し過ぎた。
初弾発射の時に比べて銃身を予め抑え込んでいたために、弾は狙っていた場所の近くに直進し、地面に土煙を上げた。
失敗だ。
けれども、これを見ていた立花少尉も野次馬も
「よし!」
「いいぞ! 次は当たる。」
と盛り上がっている。
僕は一つ深呼吸をして、狙いを定めた。
反動を予想して銃身を押さえ込めたら、後は狙い通りに撃てば良い。
僕の発射した第三弾は、野次馬の予想通りに10m先の的のド真ん中をブチ抜いた。




