ワールド2 ネゴの要る仕事にはそれなりの貫禄が必要な件
旧来客室は今でも僕と岸峰さんの居室なのだが、今では「電算室」と呼ばれている。
まあ、呼ばれているだけで、電算室のプレートが扉に掛けられているわけではない。
理科準備室から運んで来た、パソコンやプリンターそれに複写機なんかがジワジワ増えてきたから、便宜的にそう呼ばれるようになってしまったのだ。
僕の寝床だったソファーは運び出されて、デスクの前には固い椅子が並んでいるし、部屋の隅の簡易寝台は2台に増えている。
簡易寝台には、それぞれカーテンと蚊帳が天井から吊るされているため、簡易寝台の上だけが僕のパーソナルスペースという事になる。
カーテンなり蚊帳なりで仕切られているからと言って、岸峰さんと隣り合わせて眠るのは彼女に悪いというか、大丈夫かなぁ俺? と懸念していたのだが、今の処問題は起こしていない。
彼女は石田さんや古賀さんとも親しくなったし、当面元の世界に再転位出来る気配も無いから、女子寮に移るかもと考えていたのだけれど、ここで寝る方が安眠出来るのだそうだ。
その理由は分からなくもない。
岸峰さんは眠っている間、いびき・歯ぎしり・寝言などなど結構騒々しい。
転移して直ぐは、彼女も大変だったし疲れているし、一時的にこんなになるのはモットモだよなあ、と納得していたのだけれど、毎晩続くので確かめてみたところ
「悪いけど、未来永劫このまんまだから。片山クンは、それに慣れなくちゃいけないよ?」
と、しれっと押し切られてしまった。
転移2日目の朝にドスバタと早朝体操をしていたのも、どの程度騒がしくしたら僕が目を覚ますかの実験だったらしい。
「他の人に、そんな恥ずかしいトコを知られたら、舌噛んで死にたくなっちゃうからね。私はココに居座るよ。片山クンは身内待遇だから、観念しなさい。」
と因果を含められてしまった。
多少、いや相当に騒々しいとは言うものの、夜中にふと目が覚めて、隣に『身内』の岸峰さんの気配が有るというのは、僕にしても鬱陶しいよりは心休まる感が強いから、彼女が残ってくれたのを実は嬉しく思っている。
彼女には迷惑そうな顔をして見せるのだけれど。
電算室の扉を開けると、古賀さんが「片山さん、お帰りなさい。」と迎えてくれた。
同時に、古賀さんと並んで座っていた少女が立ち上がり「室長殿、お帰りなさい。」と深々とお辞儀してくる。
この部屋はパソコン教室にもなっているのだ。
正式に任官した訳ではないけれど、僕は便宜的に『室長』、岸峰さんは『主任』なんて呼ばれている。
「室長、お水汲んで来て下さい。」みたいな類の権威の無い使い走りだけど。
「室長、は恥ずかしいから止めて下さい。『片山』で充分ですので。」
「そんな事を言っても、彼女にしてみれば『片山クン』とは呼び辛いだろ? 受け入れるんだね。」
別テーブルでアイロンをかけていた加山少佐が笑う。
「文書作成に物品管理、今や無くてはならぬ管理部門の電算室の長に向かっては、ね。」
「少佐殿は、自らアイロンがけですか?」
「皺一つ無く、下したてみたいに仕上がるんだぜ。こんな面白い事、従卒には任せられないね。」
加山少佐は屈託無く言うけれど、彼が口実を設けてこの部屋に立ち寄るのには理由が有る。
御蔵島居住の民間人に対する世話役・顔役的立場に成ってしまった彼の元には、苦情や相談事も含めて様々な情報が上がって来る。
現在僕が主体になって更新している掲示板には、司令部からの通達の他にも、島内のニュースや催し・掲載希望情報などが持ち込まれるわけだが、その中には各派閥(?)の利害に絡む内容の物も出て来る。
例えば、「新人飛行訓練生募集」に「船舶整備技術者募集」「消防士募集」「自警団員追加募集」などなど。
掲示板の更新をする時に、記載内容の優先順位や扱いの大きさなんかが情報持ち込み者の感性を刺激するわけだ。
司令部としての人員配置の思惑もあるから、司令部としては、その辺の情報には縛りをかけたいのだけれど、軍令や業務命令は別として、将来を見越して技術の伝承を考えれば、人手を確保し新人を養成したいのは各部門とも共通の問題だから、表立って介入するのも難しい。
不満を一旦、腹に収めてもらうのには、それ相応のネゴシエートが必要となってくる。
で、若輩の僕がそんなネゴを付けられるのかと言うと、それは人間の格と言うか、貫禄や経験が圧倒的に不足している。
だから、持ち込まれた一般情報や要望は電算室でプールしておき、御蔵島民間部門のフィクサー加山少佐が、それとなく調整する訳だ。
直接加山少佐の耳に入れるには、何となく億劫な内容の要請でも、若輩の僕になら気軽に持って来られるから、ここに集まる情報の中には少佐にとっても有用なモノが含まれている事も有るらしい。
だから、少佐に言わせると「持ちつ持たれつ、だよ。」という事で、彼が頻繁に出入りするのだ。
僕としても、司令部発じゃない島内情報は、少佐に記事内容を見てもらえるのは非常に有り難い。
もっとも、竹を割った様な性格の加山少佐は、島内フィクサーという立場は仕方なくやっている訳で、ストレスを感じているらしく「近々、源さんに代わってもらう心算だから。」と、事あるごとに言っている。
「片山君は、午後は射撃訓練かい?」
キッチリとアイロンをかけ終わった軍服を行李にしまいながら、少佐が問いかけてくる。
「はい。種痘の影響も無いみたいですから、岸峰さんが戻って来たら一緒に。」
「訓練にはM1を?」
「94式拳銃と38式騎銃、と聞いています。」
「それなら、撃つだけなら今日一日で撃てるように成るよ。分解掃除までは、今の処は求められないだろうから。拳銃はね、距離があったら、まあ当たらないだろうが、騎銃の方は簡単に的を射抜けると思う。」
「そんなに簡単に、当てられるものなのですか?」
僕の質問に、少佐は一瞬複雑な表情をして
「相手が撃ってこなければね。相手が撃ってくる時には、難しいけれどね。」




