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ワールド1 転移後2週間が経った件

 新しい原稿を打ち込んだUSBメモリを持って、僕は食堂に向かった。

 記事には、平行世界転移後2週間にして舟山群島を「ほぼ」制圧したという内容が、舟山島本島の主要城塞に日章旗を揚げてバンザイする兵士の写真と共に記載されている。

 写真はスマホ撮影だから、スチルカメラのそれよりは構図なんかが甘いのかも知れないけれど、尾形伍長の撮影した写真には臨場感がある。


 制圧が完全占領ではなく「ほぼ」なのは、大きな島の場合には山間地に逃げ込んだ残党を掃討してしまうのが難しいからだ。

 例えば舟山島本島は、面積が476平方㎞ほどもあり、これは種子島の444平方㎞並みの大きさで、帰参した海賊を戦力に含めても、御蔵島の兵力では完全な掃討作戦は難しい。

 山中の残党に対しては、無理攻めをして戦死傷者を出すよりは、気長に降伏を待つほか仕方が無いようだ。


 島嶼とうしょ部の制圧自体では、苦戦に陥る事は無かった。

 舟艇母船が75㎜砲で砲撃を加えた後、特大発からチハやハ号が上陸すると、敵は呆気無く白旗を上げるの繰り返しだったからだ。


 水上交通遮断作戦で前もって敵船舶を破壊しておき、敵が何処にも逃げられない状況を作った上で、航空機が主要城塞に手榴弾投下レベルの小規模な爆撃を行ってから、降伏勧告のビラを撒く。

 そうすると、清側に付いた頭目や役人が徹底抗戦を叫んでも、その島に居る元々清の政策に対して面白く思っていない勢力との内部抗争になって、島社会が崩壊してしまうのだ。

 内部に亀裂の有る組織はもろい。

 狭い社会での内部抗争は、時として小規模だが激しい内戦になる事もあったが、清朝側が粛清されて終わる事が殆どだった。


 その様子は偵察機や高速艇が、社会実験を観察しているようなレポートにまとめて報告を上げてきている。

 抗争が一段落した島では、舟艇母船が沖合に、その巨大な姿を現して腹の底に響くような霧笛むてきを響かせると、砲撃開始前に海岸に白旗が並ぶことも多々あった。

 降伏の手土産は、弁髪の首だ。


 1863年の薩英戦争では、薩摩側の砲台はアームストロング砲を擁する英国軍艦の砲撃で一方的に叩かれたが、陸戦に移行すると洋式銃装備のイギリス軍は、火縄銃と斬り込み攻撃を主体とした薩摩武士団の激しい抵抗に遭って、陸戦隊の揚陸に失敗、多数の死傷者を出して錦江湾から撤退している。

 兵器に優劣が有っても、勝利するためには戦闘開始以前に、敵の抗戦意思を消失させる事が重要なのだ。


 戦国時代や三国志時代を舞台にしたシミュレーションゲームを思い出して欲しい。

 敵の強固な城を抜くには、力攻めよりも武将の引き抜きや士気の低下を促す方が、少ない被害で楽に落とせる。城ごと寝返らす事が出来れば、戦闘そのものが発生しない。


 まあ、エラそうな口を叩いているけれど、これらの一連の戦闘に関して、僕自身は何が出来たという事も無い。

 上がって来る報告をレポートにまとめて、次々に掲示板を更新するだけだ。

 作戦も粛々と言うよりも寧ろ淡々と遂行され、血気盛んなジョーンズ少佐などは、モヤモヤが残っている様な感じ。

 けれども、味方の犠牲を出さずに隊の練度を上げ、着実に目標を達成する手法に不満が有る訳ではなく、ただ時折は武装大発の大型砲を使ってみたいという程度の不満みたいだけれど。


 今では掲示板の設置場所は、講堂(兼 食堂)の他に、新港地区の新町湯の番台にも増えている。

 データをアナログ変換して20型のテレビに映すのだ。

 ビデオデッキ付きのブラウン管テレビだから、画面の解像度は悪いけれど、司令部・兵舎地区にまで視に来なくて済むから、新港地区の人達には好評だ。

 古臭いブラウン管テレビなんかが残っていたのは、テレビが学校の財産として登録されていたからで、準備室の隅で埃を被っていたのだけれど、今は立派に役立っている。

 ちなみに新町湯では、掲示板情報を映していない時には、あのDVDに入っていたアニメや特撮をVHSにダビングしたものが、繰り返し流れている模様。


 新港地区にも掲示板を設置する事になったのは、捕虜が増えて兵舎の避難所が手狭になった事と、御蔵島に海賊の襲来がある可能性が無くなったためで、希望者は新港地区の居住区画に帰還する事が許された事による。

 掲示板テレビの設置場所も、最初はどこにするのか議論が有ったみたいだが、銭湯なら皆が立ち寄る場所だからという事での決定という話。


 食堂に着くと、炊事班のオジサンから

「おっ! 新しい報告かい?」と声を掛けられた。

 「はあ、舟山島本島制圧のニュースです。写真入りですよ。」

 「それは是非とも観なくちゃいけないねェ。直ぐ更新だろ?」

 「すぐ、やります。」


 僕は演題のパソコンにUSBメモリを差し込むと、新しい記事をアップしてプロジェクタのスイッチを入れる。

 写真ニュースを読もうと、人々がスクリーンの前に集まってくる。

 僕は身体を斜めにして人混みから脱出すると、後ろの方で記事に見入っている伝令班の少年兵にVHSテープを手渡した。

 「このテープに、更新記事が入っています。」

 彼は敬礼して「確かに受領しました。直ちに新港地区へ配達致します。」ときびすを返して駆け出して行った。

 彼はオートバイで新町湯までVHSテープを運搬するのだ。


 『御蔵島司令部からのお知らせです。』

 スピーカーから岸峰さんの声が流れる。

 島内放送だ。写真ニュース更新のお知らせだろう。

 ちなみに、池永さん操縦の水上偵察機の後席に乗り込み、舟山島の尾形伍長からスマホデータを受け取って来たのは彼女である。

 『舟山島占領作戦に関する御報告です。ただ今、舟山島本島占領の写真ニュースが、新たに講堂掲示板にアップされました。お手すきの方は、ご確認宜しくお願い致します。繰り返し申し上げます……』


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