レル11 古賀さんが大空へ挑戦する件
昼食を終えて来客室に戻ったが、池永さんは余程忙しいのだろう、まだ会議室に詰めたままだ。
石田さんも「会議の状況を見て来ます。」と階下に出かけ、それっきりだ。
その為彼らを待つ間、岸峰さんは古賀さんにノートパソコンの使い方を教える事に決めて、ふたり仲良く並んでポチポチとキーボードを打ち込んでいる。
古賀さんは英文タイプライターを触った経験が有るみたいで、ローマ字入力は簡単にマスター出来た。
岸峰さんの「イイね!」「上手いね!」「とても初めてとは思えない!」という声が響く。
岸峰さんは褒めて伸ばすタイプの人間なのか。(僕にはゲートル巻きの練習の時だとか、厳しい扱いだったのになぁ……。)
ただ古賀さんは、マウスのクリックと、マウスを使わない場合のタッチパッド操作には、少しだけ難渋している感じ。
画像の加工や、プレゼン画面への画像の貼りつけが思う様にいかなくて「ぐああああ!」と奇声を上げている。
ウルセイぞ! 座敷童。いや、口には出しませんけどね……。
けれども手取り足取り指導を受けながらとは言え、初手からこれだけ弄れるのは、やはり彼女が優秀だからだろう。
初心者あるあるの定番よろしく、コンナモノ、ナクテモ全然平気! とか逆切れしたって、おかしくないのに。
女性陣二人が「初めてのパソコン教室」をやっている間、僕は航空隊向け貸し出し用に持って来たノートパソコンを立ち上げ、準備室で見つけた表題の記載の無いDVDの中身を調べてみている。
準備室に置いてあった円盤だから、理化学事典か有機化学事典のDVD版が有ればラッキーだと、淡い期待を持っていたのだけど、残念ながらアニメと特撮の録画を焼いたモノだ。
個人的にオフの時間の無聊を慰める役には立つだろうが、この世界でプラスチックを作り出すといった、生産性の向上には繋がりそうもない。
最後の2枚には、油性ペンで『GAME』と書いてあるので、フリーソフトか何かのゲームを落としたもののようだ。
更に期待感は低下するけど、念のために立ち上げてみると、1枚目は誰が何の目的で持って来ていたのか脱衣麻雀のソフトで、余りの役立たずな内容に、思わず膝が砕けそうになる。
けれども脱衣担当の女の子が可愛いので、女性陣不在の時には、ちょっとだけ遊んでみたい。
残った1枚が体験版の『飛行機操縦シミュレーション』だったから、持ち帰ったDVDはほぼ全滅だったと言ってよいけれど、岸峰さんが操縦シミュレーションを好んでいたのは知っているので
「岸峰さん。体験版の操縦シミュレーションソフトが有ったよ。」
と教えてあげた。
彼女はそれを聞くと「なんで? ちょっと嬉しいんですけど!」と、慌ててこちらにやって来る。
珍しモノ好きの古賀さんも、岸峰さんに同調するかと思ったが、古賀さんは難しい顔をしてプレゼンソフトに集中している。
この集中力ならば古賀さんが、ワープロソフトや表計算ソフトを含めたプレゼンソフト全般の操作に習熟するのは、そう時間が掛からないだろう。
操縦シミュレーションソフトのメイン画面を見た岸峰さんは
「あ~……。これ、初歩も初歩のヤツだね。」と少しガッカリした様子で、そのクセ僕を椅子から追い払うと、ドッカと腰を下ろした。
彼女はノートパソコンの内蔵HDの容量残を確かめてから、ゲームを記憶させる。
「ジョイ・スティックもゲーム・コントローラーも無いからね。操作はテン・キーとFボタンでやるしかないね。」
彼女はそんな事を言いながら、ゲーム内容を確認する。
「選べる機体は、セスナが一種とオープントップの複葉機の二機種だけか……。空港の方も、小型機専用の地方空港一つだけみたい。架空の空港みたいだけれど、モデルは八尾かなぁ?」
岸峰さんはセスナを滑走路に引き出すと、短い滑走距離でスイっと空中に飛び立った。
空港を周回しながら高度を稼ぎ、周辺の地形を確認する。
空港周辺は田園だけど、少し離れた場所には山や街、海まで注ぐ河が造り込まれている。
「山まで飛べそう?」と訊いてみたら、「飛べない、飛べない。左下のマップの中でしか動けないよ。」という事だった。
僕たちが余程楽しそうに見えたのか、古賀さんがプレゼンソフトの習熟を中断して
「何か面白そうな機能が有るのですか?」とやって来る。
「小型飛行機の操縦訓練よ。」
モニターを覗き込んだ古賀さんは
「スゴイです。本当に空を飛んでるみたい!」と、大きく口を開けている。
「古賀さん、やってみない?」
セスナを優雅に着陸させて、岸峰さんが古賀さんに席を譲る。
「良いのですか? 私、飛行機に乗った事が有りませんけど。」
「ゲームだから、全然平気よ。落っことしても壊れる心配も無いし。」
「じゃあ、やってみます。」決意の表情で、古賀さんがパソコンの前に座る。
岸峰さんが横から手を伸ばして、スロットルはここ、チョーク弁はこれ、方向舵とフラップの操作はこんな感じ、と簡単に解説し「初っ端は難しく感じるかもしれないけど、まあ、やってみて。」と操縦を促す。
古賀さんは、見ている僕の方が息苦しくなるくらい緊張して、セスナ機を滑走路上に持っていく。
エンジンの回転数を上げ、じりじりと前進を始めるが勢いに乗るキッカケが掴めない。
狭い空港だし、あまり踏ん切りをつけないでいると、滑走路の端まで行っちゃうよと見ていたら、機体を持ち上げる事が出来ずにオーバーランしてしまった。
『GAME OVER』
滑走路の先の安全地帯で擱座してしまった自機の画面を見て、古賀さんが大きく息を吐く。
彼女の額には玉のような汗が浮かび、作業衣袴の背中と腋にも染みが広がっている。
「何も出来ませんでした……。」
肩を落とす古賀さんに、僕は「アクション系ゲームなんて、初めは上手く行かないのがアタリマエだよ。操作のコツを掴むまでは、誰もが失敗するモノなんだ。」と言って聞かせる。
僕たちは子供の頃から、ゲームで失敗するのには「慣れっこ」に成っているけれど、古賀さんにとっては初めての経験なんだ。
失敗の経験って本当に大事なんだなぁ、と思う。
「そうそう。そんなモンだよ。」と岸峰さんも落ち込んだ彼女を慰め「ちょっと、待ってね。」と言ってから、気象条件の操作パネルを呼び出す。
条件をオートからマニュアルに切り替えると、風向きが滑走路の正面から微風が吹き付ける様に設定し
「これで、離陸がし易く成るよ。」と再度のチャレンジを促した。
古賀さんは「緊張で、手のひらがベトベトです。」と笑ってみせて、もう一度セスナを滑走路に乗せる。
岸峰さんは、古賀さんが無理して作った笑顔に頷いて
「走り出したら、思い切ってエンジンを噴かして。そして、私が合図したら操縦桿を引く。これでちゃんと飛び上がるから。」
「分かりました。やってみます。」
古賀さんは大きく深呼吸すると、エンジンの回転数を徐々に上げながら、ブレーキを外した。
機体が前進を始める。
「エンジン、全開!」
滑走路脇の構造物が、飛ぶように後ろに流れてゆく。
滑走路の前端も、見る見る内に迫って来る。
「今! 操縦桿、引いて!」
速度計を睨んでいた岸峰さんの合図で、古賀さんが操縦桿を手前に引くと、彼女の愛機は遂に大空へ舞い上がった。




