レル8 ソダの荷台でデジタルカメラの使い方を説明する件
準備室からの帰り道は、ソダの荷台で風に吹かれながらだったので、チハの車内に籠って過ごした往路に比べれば、随分と楽チンだった。
何よりも、岸峰さんの顔が白くなったり青くなったりしないのが、僕が心安らかでいられる大きなポイントだ。
いや、一応エチケット袋用のコンビニ袋は、準備室の雑品箱から追加調達しているから、いざとなったら彼女に素早く手渡す用意は、密かに完了はしているのですよ。
まあ、それはそれとして……。
出発に先立って、監視台の詰所から尾形伍長が、有線電話(あのハンドルをぐるぐる回して通話するヤツだ)で趙さん確保の件を司令部に連絡を入れ、ついでに準備室には鍵を掛けたら結界が発生する事を報告したら、準備室防衛のために余分な人手をかける必要が無くなった事を司令部も了解し、伍長と水島さんも僕たちと一緒に戻る事になった。
司令部からの情報でも、陣の浜に上陸した海賊の残党は、ほぼ完全に制圧したと考えられるという事なので、行きがけみたいに襲撃を心配する必要も無いらしい。
完全にゼロとまで言い切るのは難しいだろうけど、野生のイノシシ等に襲われるのと同等程度のリスクにまで低下したという訳だ。
完全な「安全宣言」を出さないのは、もちろん全ての可能性が払拭されたのではない事もあるけれど、池永さんの読みでは、司令部の見解は避難者が勝手に単独で山に入ったりするのを牽制する目論見も有るんじゃないか、という事だった。
チハには、砲塔に立花さん、運転席には石田さん、機銃手席には水島さんが乗り組み、ソダの車長席には伍長、運転席には古賀さんだ。
帰り道では、チハもソダもハッチは全開だから、これならチハに乗っていたとしても、それほど閉塞感は感じなかったかも知れない。
池永さんは僕や岸峰さんと一緒に、ソダの荷台に座っている。
池永さんは立花さんに「もう、これ(92式防弾衣)外しても良いだろ?」と主張したのだけれど、立花さんは
「何か有ったら、池永が楯にならなくちゃいけないのだから、基地までは着用しておくように。」
と重いボディアーマーを外す事は許さなかった。
これは先ほど、司令部の見解に独自の解釈を交えた池永さんに対する、立花さんの当てつけなのかも知れないし、或いは、真面目な立花さんがリスク評価を行った上で、必要な措置だと考慮した結果なのかも知れないけれど、どちらが当たっているのかは分からない。
池永さん、残念。
けれど考え方によっては、立花さんは池永さんや僕たちの安全に、最大限の注意を払ってくれているのだという事も言える。
彼女としては、帰路も僕や岸峰さんはチハの装甲の中に入れておきたかったのかも。
けれど往路で岸峰さんがダウンしてしまったから、次善の策としてオープントップではあるが装甲板があるソダの荷台という選択をしたのだろうか。
一行が動き始めた処で、僕は荷物の中からデジタル一眼と望遠レンズを取り出し、池永さんに説明を始める。
けれども、この手の民生用の機械は、習うより慣れよで実際に触って確かめた方が理解が速いし、無茶しなければ壊れる事もそうそう無いので「じゃ、実際に写真を撮ってみて下さい。」と簡単な説明を終えたら直ぐに彼に手渡した。
世の中には、マニュアルを読むのが苦手とか嫌いとかいう不思議な理由で、ぶっつけ本番で初めての機械を平気でイジり倒す人は結構多いし、メーカーは苦心に苦心を重ねて初心者が触っても壊れない製品を世に送り出している。
彼に渡したカメラは、カメラとしての性能自体は、準備室に置いてきたままの高級品に比べて劣るかもしれないが、生物部アウトドア班の新入部員向けとして、長らくその激務に耐えてきた名品だから、僕は大きく信頼を置いている。
池永さんは「シロウトが無駄に撮ったら、フィルムが勿体無い。」と尻込みするけど
「フィルムは消費しませんし、現像の必要も無いんで、試して下さいよ。」と強引に握らせる。
彼は不承不承カメラを受け取ると、ファインダー越しに風景を眺める。
そしてズームアップレバーを操作すると
「おっ? おおぅ!」
と歓声を上げた。
「絞りもシャッタースピードも、ピントも全部カメラが勝手に判断するので、シャッター押すだけで撮れます。」
「そんな事、言ったってなぁ……。」
僕の言葉に半信半疑の様子で彼がシャッターボタンを押す。
カシャッというシャッター音の代わりに、ピピッという電子音が聞こえて、彼の肩が小さくヒク付く。
「……しまったな。ブラした。」
僕は本体の液晶画面を指差して「大丈夫ですよ。ちゃんと撮れてます。」と彼に確認を促す。
「本当だ! 何故だか分からんが、ブレずに撮れてる……。」
「手振れ防止機能が内臓されてるんです。写真家の写す写真の様に、対象物だけを強調したメリハリの有る写真ではないですが、風景の一部分だけを正確に切り取るだけなら、この全オート機能で誰でも簡単に使えるカメラなんです。」
「凄いな、このキャメラは!」
池永さんが上げた歓声に、車長席の尾形伍長が振り向いて「そんなに凄いですか?」と興味深そうな声を投げかける。
「すごい、スゴイ! このキャメラが普及したら、キャメラマンは皆失業しちまうぞ!」
岸峰さんは「確かにカメラは進歩しましたが、構図の切り取り方やマニュアル機能の使いこなし方で、やっぱりカメラマンは私たちの時代でも、プロの仕事師や芸術家として尊敬されていますね。」と注釈を加えた。「けれど、シロウト写真でも見るべき写真が手軽に撮れるようになったのは、進歩です。」
彼女はそう言って、池永さんからカメラを受け取ると、本体の撮影モードを連写に切り替える。
「これでシャッターを長押ししてみて下さい。」
池永さんは、今度は気負う事無くカメラを構えるとシャッターを押し込んだ。
軽いシャッター音が連続する。
池永さんはムゥと唸った。
「今のは1秒2枚の設定です。設定は、例えば3秒毎に1枚とか、いろいろ変更出来ます。本体モードをムービーにすれば、映画みたいな動画も撮れます。」
黙り込んでしまった池永さんの代わりに、尾形伍長が
「万能キャメラじゃないか。スチルだけでなく映画も撮影出来るなんて!」
「動画と言ってもサイレントですけど。」と、僕は一応説明を入れておく。「トーキーにはトーキー用のビデオカメラという製品が別にありまして……」
池永さんは間髪入れず「持ってるのかい?!」
「はあ。プロ仕様の物じゃなく、お父さんが子供の運動会動画を撮影するような、小さなビデオですけど。準備室に何台か。」
伍長は後ろ向きに、ぐいと身を乗り出して
「取りに戻りますか?」と池永さんに問い掛けた。
池永さんは瞬間、迷いを見せたが
「いや、今日の処は一度帰隊しよう。まずこのキャメラの使い方に習熟するべきだ。」
と判断を下した。
それに、とチハの砲塔から上半身を突き出し前方を見据えている立花さんに目を遣って
「今更、あの部屋に一度戻りたいなんて言ったら、立花が頭から湯気を立てて、カンカンに怒り出すと思うんだよ……。」




