日本限定最強チート装備
清掃隊車両群が陣の浜に到達した時、そこではちょっとした騒ぎが起きていた。
先発した米軍重機が、館跡とされている石垣近くの場所を掘り返していたら、銭の詰まった大甕を幾つも掘り出してしまっていたのだ。
重機を操作していたのが日系兵士であれば、流石にそんな神社の真下みたいな場所を遺体埋葬予定地には選ばなかっただろうが、生憎この時にはキリスト教文化以外には疎い兵士しか居なかったので、神社と寺院の区別が付かず、死者を葬るには宗教施設に近い場所が良かろうと、善意的な判断からの行為だった。
彼らには、発掘してしまった緑青の浮いたコインが、何であるかは分からなかったが、何がしかの価値を持った硬貨である事には当然気付いた。
けれども彼らは、自分たちが合衆国建国以前の時代に飛ばされてしまっている事を知っているので、コインを見付けても貨幣としての興味は湧かず、銅資源を見付けたくらいにしか考えていなかった。
それに留まらず、作業を続行し勢いのままに石垣そのものを崩し始めた処で、今度は銅貨でなく金銀が出土してしまった。
銀は表面が黒く酸化したインゴットだったため、大して価値が有る様には見えなかったが、革袋や麻・絹製の布袋に収められている砂金や粒金は、その独特の輝きから大量の『お宝』を詰め込んだ甕であることは明白だった。
「とっ、とんでもないお宝を、見付けちまった!」
「大金持ちの大富豪に、成っちゃったよ……。」
けれども、彼らの興奮は一過性のものに過ぎなかった。
大金を見付けたからと言って、何処へ行って何が買えるという訳でもなし。
仮に、この大量の金を持ち逃げする事が出来たとして、どうなる?
アメリカ大陸に渡っても、合衆国は存在しない。
イギリスに向かっても、待っているのは蝋燭かせいぜいランプの暗い夜で、香辛料抜きの臭い肉を温いビールで流し込む様な生活だ。
まともな医者も居ないから、虫歯になれば麻酔無しで歯を抜かれるだけだし、伝染病に罹ればそのまま死ぬ。
御蔵島に残って、土曜の夜には西部劇映画の屋外上映会にでも出かけ、氷で冷やしたビールかウィスキー・ソーダを飲む生活の方が、遥かに楽しいだろう。
だから重機オペレーターたちは、大量の財宝を目の当たりにしても、一見興奮状態にありながらも妙に淡々と作業を続行していたのだ。
御蔵神社下の、館跡の石組みが破壊されつつあるのを見て、加山少佐は驚いた。
自動貨車に分乗した清掃隊も大騒ぎだ。
加山は停車したばかりの先頭車両から飛び降りると、「ストップ! ストップ!」と叫びながらブルドーザーに駆け寄る。
ブルドーザーのオペレーターは、掘った穴を示しながら『GOLD』とか『discover』などと言ってくる。
どうやら、埋葬用の穴を掘っていたら金が出て来た、という事のようなのだが、生憎彼は英語が得意ではない。高坂中佐や奥村少佐は語学が堪能なのだが、自分も勉強しておけば良かったと思っても後の祭りだ。
「お困りのようですね。アタシが通辞を引き受けやしょう。」
飄々(ひょうひょう)と歩み寄って来た源爺が、加山に提案する。「英語は少し齧っておりましてね。」
「おお! 源さん。宜しく頼む。……でも、どこで英語を?」
源爺は一つ溜息を吐くと「緊急ですから正体をバラしちまいますとね。アタシは外事課の刑事なんですよ。それで、英語もやっつけた事がありまして。」
大雑把に区別すると、所謂「思想犯」や「政治犯」に対して、特高警察が国内思想犯やテロリストをマークするのに対して、外事警察は外国人がらみの犯罪を取り扱う。
特高警察と外事課は同じ内務省管轄の警察組織の一部だが、縄張り意識が有るから、当然仲はよろしくない。
「ゾルゲ事件」でも、先に動いたのは特高だったが、外事課は外事課で内偵を進めていたのだ。
当然、両者の間に情報の共有は無かった。
ついでに言っておくと、軍部と警察組織も仲は悪い。
1933年の「天六事件(ゴーストップ事件)」の例を見ても分かる様に、軍と警察とは組織の面子を賭けて、時にシビアに対立する関係なのだ。
左派系に分類される作者の小説や映画には、憲兵と特高がゴッチャにされている作品が有るけれど、憲兵というのはミリタリー・ポリス(軍警)であって、特高と仲が良い訳ではない。
戦時の共産主義者にとっては、どっちも怖かったというだけの事である。
もしかすると、ドイツ第三帝国の親衛隊とゲシュタポのようなイメージに誤解(或いは意図的な混同)が有るのかも知れないが、ドイツの場合はゲシュタポは親衛隊の中の一部門に過ぎないのだ。
――以上、長くなってしまったが、余談。
源爺――大内源蔵警部補――は、重機オペレーターとの話を終えると、彼らに陣の浜の北端付近に穴を掘る様に指示したようだった。
バックホウとホイールローダーが、そちらに向かって移動を始める。
「話したら、分かってくれやしたよ。神社ってのはアメリカで言えばインデアンの聖地みたいなモンで、埋葬場所とは違うのだと言って聞かせたら、えらく恐縮しております。悪気は無いみたいですから、許してやっておくんなさいまし。」
源爺が、手拭いで汗を拭きふき、少佐に首尾を報告する。「このごろは、釜焚きが天職みたいに思っておりましたからね、刑事に戻ると汗をかいちまいます。言葉遣いもね、何だか変な癖が付いちまいまして。」
「どうも有難う。御蔭で助かった。……けれども、源さんが警部補殿だったとはね……。」
「簡単にバレる様じゃあ、スパイは尻尾を出しゃしません。」源爺は渋く笑うと「それはそうと、お宝はどうします? 埋め戻す訳にもいかんでしょう。懇ろにお礼を揚げて有効活用させてもらうしかない、と思いやすが。」
「輸送には応援を要請するが、神社へのお礼は、ちょっと心当たりが思い付かないんだが……。」
「禰宜が居るかどうかは分かりやせんが、避難しているモンの中には氏子総代が居りましょう。酒でも供えて祝詞を唱えさせて、ヨシとしましょうや。」
「心得た。それじゃ、応援を呼んで来るから、この場は源さんが仕切ってくれ。」
「うへぇ……。とんでもない事になっちまったな。ええ、よう御座います。乗りかかった舟だ。」
少佐が清掃隊を集めて簡単に事情を説明すると、源爺の正体を知った者は皆一様に驚いたが、源爺が指揮を引き継ぐ事に異を唱える者はいなかった。
これは警部補という彼の地位がもたらす物ではなく、普段からの彼の人徳によるものだろう。
加山少佐は、毒を食らわば皿までと、ブルドーザーに館跡のお宝を全部掘り出すように命じると、重機を先導してきたジープに乗って、増援を要請するために一旦基地へ戻って行った。
清掃隊は、160人と40人の2班に別れ、自動貨車の内の2両を遺体運搬用に決め、160人から成る班は砂浜に散らばっている遺体を荷台に載せる。
2両のトラックは、砂浜とバックホウが掘った穴を往復し、埋葬用の穴の中には40人の班が遺体を安置する。
その際に埋葬班は、武器や装備などの金属や衣服等の布製品は回収して、消毒液に一度ジャブ漬けにする。
遺体から服を剥ぐのは如何にも可哀想に思えるが、産業革命以前の大量生産が為されていない時代だから、再生使用可能な物は出来る限り回収しなければならない。
穴に安置された遺体が一定量溜まれば、石灰を撒いてホイールローダーが土を被せる。
茂子姐さんは皆に諭されて、遺体運びの役からは外れ、次々に築かれる塚に般若心経を唱える事に専念している。
延々と、その繰り返しだった。
遺体は死後硬直状態だが、早くも腐臭を発しつつあり、作業に当たっている志願者の気を滅入らせた。
だから、加山少佐が戻って来た時にも、それに気付いた者は少数だった。
少佐はジープから降りると駆け足で砂浜に向かい、死体運びの列に加わった。
「おや? 少佐殿、お戻りで。……回収隊は?」源爺が少佐に気付き、声を掛ける。
「編成に、少し時間が要りそうだったから、先に戻って来たよ。フォークリフトみたいな機械が無いと、お宝の積み込みにも手間が掛かるだろうから。」
「死体運びなんて、帝国陸軍将校のする仕事じゃないでしょうに。」
加山は首を傾げると、「自分が皆に頼んだ仕事だ。本当なら真っ先に担ぐのが、自分じゃないといけなかったと思うが?」
源爺は破顔一笑すると
「こんな人だからね。手伝おうって気にも成るんですよ。」
何時までも続くかと思われた戦場清掃だが、皆がテキパキと作業をこなしたために、昼頃までには全てが終了した。
陣の浜の清掃が終わってから、一同は遺体運搬に使用した車両を消毒薬で清め、次いで海に入って身体を洗った。
参加した誰もが疲れていたが、乾いた作業衣袴に着替えてから、死者を葬った塚に最敬礼する。
最敬礼の音頭をとったのは茂子姐さんで、今一度、般若心経を唱えて略式の葬儀とする。
加山は一連の儀式の中で、一参加者の立場を採った。
源爺は米軍の重機オペレーターに、葬式の作法を解説している。
増援の輸送隊が到着したのは、清掃隊が松林の木陰で、昼飯用に持参した熱量食でカロリー補給を行っている頃だった。
増援隊の指揮を執っているのは早良中尉で、5両の自動貨車と2台のフォークリフトを率いている。
早良は、皆に交じって熱量食を齧っている加山を見付けると
「氏子総代は、準備にもう少し掛かるみたいなので、後から合流します。……すごい物が出たみたいですね。交易する時の支払いに使えそうで、明るい兆しですね。」
と弾んだ声を上げた。
加山は少し疲れた様な声で、「金銀は確かにそうなんだが、実を言うと、どうしたら良いのか分からないトンデモナイ物まで見つけてしまってね。」と掘り出された石櫃を指した。
「あの中に、収められていたんだよ。ちょっと来てくれ。」
加山と並んで早良が蓋の外れた石櫃を覗き込むと、中には桐らしい材質の木箱が収められている。
加山は大きく溜息を吐くと
「中に入っているのは、布と油紙とで包まれた鏡と勾玉だ。……それと、古い旗だな。赤地に日月の文様が入っている。」
早良は息を呑んだ。「……それは……。」
「まだ分からん。本物だという証拠は、どこにも無い。」加山は一度大きく頷く。「けれど御蔵島は、かつて南朝側に加担した水軍が支配していた島だ。……そして御蔵神社に祀られているのは『貴人』であったという言い伝えがあると言う。」
「畏れ多い事ですが」加山の目の奥を見つめる早良の目も真剣そのものだった。「三種の神器の二品。八咫鏡、八尺瓊勾玉。それに、錦旗では……。」
早良の問い掛けに、加山は答える事が出来なかった。
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参考
天六事件(ゴーストップ事件)
1933年に陸軍と内務省との間で起きた事件
事の起こりは休暇中の兵が信号無視をして巡査に逮捕された事から始まった
陸軍と内務省が意地を張り合った結果昭和天皇が調停する大事件に発展
熱量食
スティック状の補助栄養食
ブドウ糖・酵母・粉乳などを固めたもの
2本で一食分
熱量食の改良版が「軍糧精」




