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レル5 時代劇っぽく捕虜を尋問する件

 獲得した捕虜を池永さんと僕の二人で外に引きずり出し、池永さんが活を入れると、男はウーンと唸って意識を取り戻した。


 古賀さんは目を大きくして駆け寄って来たが、伍長はこちらにチラと目を遣っただけで、油断無く周囲の警戒を続けたままだ。

 けれども「少尉殿、准尉殿。ご説明をお願い出来ますか?」と、事の次第を訊ねてくる。「あちら側の扉には、手を振れるなと命令が出ていた筈ですが。」

 この騒動における僕への嫌疑は、シロだと判断してくれているみたい。


 准尉が「まあ、話せば長くなるのだけれど」とけむに巻こうとするのを、池永さんは遮って

「自分が、辛抱出来なくなってドアを開けてみた。この男が無理矢理入って来ようとしたから、中に入れてから、ふん縛ったのだ。」と、一切の罪を被った。


 しかし准尉は「あら? 情報源獲得の功績を一人占めするつもり?」と、わざと池永さんの配慮をぶち壊す。「わたしがドアを開けたのよ。男を縛ったのは、確かに少尉のお手柄だけど。」

 伍長は笑って「どうやって連れて行きますか? ソダの荷台に乗せて暴れられたら、積んだ機械を壊されるかも知れない。」

 「足をほどいて、歩かせたら良いでしょう?」と、准尉は簡単そうに言う。「ちゃんと二本あるわけだし。」

 けれど古賀さんが、座敷童顔に困った表情を作って「支那語を話せる者が、おりません。」と告げる。


 准尉は動じる事も無く「起!」と、鋭く叫んだ。

 地面に転がったままの男は、もがいて立ち上がろうとするが、手足を縛られているのだから、上手くいくはずが無い。

 けれどもこれで、中国語を話せる人間が、ここに一人は居る事が明らかになった。

 彼女が叫んだのは、北京官語なのだろう。

 次いで彼女は、間髪入れず「手を出せ!」と命令する。

 男はもがくのを止め、縛られた両手を、おずおずと差し出す。


 「おやぁ? アナタ、日本語も分かるのね。」

 准尉のテクニックにまんまと引っ掛かった男は、喉の奥から低い笑い声を出すと、全身の力を抜いた。

 「倭人の仲間が居る。言葉は分かる。」

 「じゃあ、詳しい話は後で訊くから、ちょっとだけ大人しくしててね。荷台に載せるから、歩かなくて良いわよ。楽ちん、楽ちん。」


 准尉が伍長と警戒役を交代し、池永さんと伍長が男を荷台に押し込む。

 男は肝が据わっているのか一切抵抗せず、逆に

「あんたら、何者だ? 倭人の言葉を話しているが、平戸や長崎の人間とは、見た目からして違っている。それに、あの蝉の羽根の様に薄い紙は、何だ? すみはじくし、何に使うのかは見当も付かんが、相当なお宝のようだな。あれを取り返しに来たのか?」と質問をぶつけてくる。「それに、お女中は蘭人の様にも見受けられるし……。」


 「これ、姫様に向かって、何と言う言葉の使い様じゃ。これ以上無礼な事を申すと、そのほう、首が飛ぶぞ。」

 古賀さんは来客室でも、水戸黄門がどうとか言っていたし、どうも時代劇ファンっぽい。

 腰元こしもと役に成り切って「それにその方、紙がどうとか申しておるが、その様な事は、あずかり知らぬぞ。」


 「ああ、それは僕の仕業しわざです。」僕は、紙の件については責任が有るから、一言説明を入れておく。「一番初めに扉を開けた時、驚いて薬包紙の小箱と上皿天秤を、落っことしてしまいまして。」

 「若殿わかとのからの、お口添えじゃ。紙の件に関しては、その方の言い分を認めよう。……して、殿との。薬包紙の件は、如何いかが取り計らいましょうや?」

 伍長も、古賀さんに乗るらしい。事更ことさらに渋い声を出す。


 ここは僕も、時代劇口調で返事しなければならないのかも知れないけれど、無理に使おうとしても失敗するのは目に見えているから

「箱買いで沢山たくさん有りますから、小箱一つ分くらい、危険を冒して無理に回収しなくても良いと思います。上皿天秤も予備は置いてありますし、本当なら電子式の方が便利なんで。メトラーもザルトリウスも有ったでしょう?」


 今度は准尉が「聞いたか? 殿はあのように仰せじゃ。有り難く思えよ。本当なら、兵を出して取り返す処だが。」と、居丈高いたけだかに言い放つ。

 富士には月見草が良く似合うのかもしれないけれど、准尉には居丈高が良く似合う。

 彼女は中国語もしゃべれるし、時代劇言葉もイケるらしい。本当に、何者なのだろう?

 けれども准尉の頭の中で、『姫様』と『若殿』の関係と言うか、立場上の上下関係がどうなっているのか、よく分からない。


 男は僕たちのやり取りを、口を閉ざして聴いていたのだが、准尉の『兵を出す』と言うセリフを聞くと

「それは大層失礼しました。けれども、兵を出すのは控えた方が、ようございます。鄭将軍は、清の大軍すら恐れませぬ……おっと、これは口が滑った。」

と、ワザとらしく情報を小出しにしてみせた。

 『鄭将軍』ね。

 鄭成功か。或いは父親の、鄭芝龍か。

 まあ、自分の捕虜としての価値を高く見せるために、大物の名前を出しただけかも知れないけど。


 「鄭将軍? 誰、それ?」

 捕虜の勿体ぶった発言を、スミス准尉は簡単に受け流す。時代劇は止めるみたいだ。

 まあ、アメリカ陸軍の軍人が知らなくても何の不思議も無いけれど、准尉の場合は知った上での挑発の可能性もある。


 彼女の発言を聞いた捕虜の筋肉が、ぐっと強張る。

 この男、すっからそうな見た目に似合わず、鄭将軍とやらには忠誠心が濃いようだ。

 ただ、それも見せかけだけの可能性も捨てきれない。

 准尉と男との間には、狐と狸のかし合いみたいなテイストが漂っている。


 「鄭芝龍将軍閣下か、鄭成功将軍閣下の事でしょう。日本に援兵を要請されていますから。」

 僕にはこの時点で、鄭成功が将軍位を授けられているのかどうかは不明だが、『将軍』を付けておけば、まあ大丈夫なんじゃないだろうか。職位が分からない社会人に対して「シャチョーさん」と呼びかける様なものだ。

 けれど、男は明らかに動揺して「何故、日本乞師にほんきっしの秘策を知っている?!」と怒鳴ったが、急に大人しくなると「いや、これ以上は、何も話さん。」と口をつぐんだ。

 しゃべり過ぎた事に、気が付いたらしい。


 男の様子に僕たち全員は顔を見合わせたが、小走りに近づいて来た石田さんに、恐ろしい事態を告げられた。

 「立花少尉が、カンカンです。」


 観ると、砲塔に仁王立ちになった立花さんが、双眼鏡でこちらを睨んでいる。

 彼女は、準備室の外から一向に動かない僕たちにシビレを切らして、石田さんを伝令に寄こしたらしい。


 僕は伍長から鍵束を受け取ると、一度準備室に戻って、理科室側の鍵が間違いなく掛かっているのを確かめ、次に御蔵島側の入り口の鍵も閉めてから、指差呼称を行った。

 そのかんに、古賀さんは運転手席に座り、准尉は車長席に着いている。


 先ほど、これ以上何も話さん! と啖呵たんかを切っていた筈の捕虜が

「何を慌てている? ここには若殿と姫が居るのだろう? 大殿でも出て来たのか?」と、あざけったように笑う。

 途中からずっと黙っていた池永さんが、男に向かってシリアスな声で

「生真面目で融通が利かないオッカナイ人っているだろう? あまり怒らないけれど、一度怒ったら誰彼だれかれ構わず筋を通す、手が付けられないイノシシ、みたいな。」と言って聞かせる。

 池永さんは、立花さんがジワジワ腹を立てつつあるであろう事を予想し、無口になっていたみたい。

 彼の発言を耳にした石田さんは、複雑な表情で池永さんを見つめている。


 男もそれを聞いて「……ああ、確かに。天から遣わされたお目付け役、みたいなヤツ。」とゲッソリしたような声を出した。「俺も一緒に怒られるのかなぁ……。」

 池永さんが諦めた様な声で

「雷というモノは、落ちる所を選ばないんだよ。」とボヤく。

 これは多分、僕も怒られるな。


 「では、出発。」

 いつのにか、池永さんから指揮権を奪った准尉が、号令をかける。

 伍長が露払いに前を歩き、僕と石田さんがソダの横に並んで歩く。

 池永さんは捕虜の監視をしながら最後尾だ。


 ソダが、ぶるんとエンジンを噴かすと、捕虜の男が「うわわわわわ!」と悲鳴を上げた。

 履帯が、きゃらきゃら音を立てて回り出しても、悲鳴は止まない。

 うわわわわ、が、ひいいいいいい、に替わりはしたけれど。

 見張り小屋の前、チハの後ろに到着した時には、男はぐったりと成っている。


 「随分ずいぶんと、にぎやかだな。」

 立花さんの声は、ひどく穏やかそうに聞こえた。

 むしろ、楽しですら、ある。

 これはマズイ。……危険な香りが、濃厚に漂って来る。


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参考


 お女中

  元の意味合いは身なりの良い若い成人女性に対する一般的な呼びかけ

  小泉八雲の『Mujina』でも被害者は「O-jyotyu」と呼びかけている

  礼儀作法見習い中の女性も含まれ必ずしも「メイドさん」とは限らない

  (現代でも職業が家事手伝いの女性がいるのと似ている)

  女中=家政婦が定着するのは明治期以降


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