水上交通遮断作戦 4
高速艇甲104号は、装甲艇3号を盾にしてア島に接近した。
いざ島から攻撃が有れば、艇の速度を活かして一気に離脱する算段だ。
鮑老人が装甲艇に乗ってくれたなら、このような危険を冒す必要は無いのだが、老人の心意気は乗組員全員が理解しているから、不満を言う者は一人も居ない。
104号艇からの呼びかけに先立って、ア島には94式偵察機が降伏勧告のビラを撒いている。
この事を提案したのは高坂中佐で、中佐は紙資源の重要性を唱えていたから、聞いた者は皆驚いた。
けれど彼は「ア島占領は、今後のモデルケースでもありますから、やれることは試してみましょう。」と微笑んだ。
小林艇長からその事を聞いた鮑老人は
「目論見通りに行けば、殺したり殺されたりせずに済むかも知れないが、上手く行くかどうかは、やってみないと判らんな。なにしろ、字を読める者が少ない。」と、やや懐疑的だった。
しかし彼は「清のやり方に、腹の底では怒りを感じている者も多いし、言わんとする事が伝わりさえすれば、存外上手く行く事も有るだろう。まあ、望みはあるくらいに、考えていれば良い。」とも付け加えた。
装甲艇と高速艇は、先ずはア島南岸の船着き場に接近し、投降勧告を行った。
スピーカーから鮑老人の声が響き渡るが、海賊側からは白旗を掲げた降伏使節も現れなければ、装甲艇に対する攻撃も無い。
「こりゃあ、こっち側の港は無人かな?」機関士がそんな感想を述べる。
ア島の船着き場は一つではなく、島を挿んで反対側の北岸にも、隠蔽された船着き場が存在していた。
但し、北岸の船着き場は、付随した砦も含め、昨日の砲撃で炎上していたはずだ。
装甲艇は司令部を介して、ビラを撒き終えた後上空を旋回している偵察機と、連絡を取り合っているようだ。
装甲艇の通信を聞いていた通信士が「上陸、開始します。」と皆に告げる。
小林が沖に目を遣ると、95式軽戦車を搭載した大発が、スルスルと進出して来る処だった。
通常での揚陸戦闘では、第一波として歩兵部隊が上陸し、橋頭保を確保する。
次いで火力支援の戦車が上陸し、敵機関銃座やトーチカなどの抵抗拠点を破壊する。
各種艦艇は、その間、艦砲による制圧射撃を行い、上陸部隊を掩護する。
おおよそ、この様な手順を踏んで行われるのであるが、今日は戦車揚陸と歩兵の上陸はほぼ同時だった。
鋼鉄製の大発が、船首部分を砂浜に乗り上げて擱座させ、船尾に錨を打った時点で、小発も浜に乗り入れる。
次いで、大発が船首の歩板を下ろして、中の戦車が前進する。
小発から飛び降りた歩兵は、直ぐに戦車の後ろに着き、直協体制を採る。
敵が対戦車砲や重機関銃を持っていない事が分かっているが故の芸当だった。
95式軽戦車は、砂浜で脚を捕られる事も無く、快調に海浜の建物へと進んで行く。
歩兵は遮蔽物の無い砂浜を越えると、サッと散開して戦車の脇を固める。
今の処は完全な無血上陸だ。
上陸地点の海岸線を完全掌握した時点で、島の内陸側から、パンパンと乾いた銃声が聞こえてきた。
小林は、敵の反撃が始まったか、と双眼鏡を覗いたが、戦車兵はハッチを大きく空けて身を乗り出し、前方を窺っている。
撃たれているのは、上陸部隊ではないらしい。
通信士が「敵に内紛が発生している模様。」と状況を報告してくる。
直協歩兵の数人が、身を低くして前方に駆け出す。斥候が出たようだ。
「儂らも行こう。言葉が分かる者が必要だろう。」
鮑の言葉に、小林は104号艇を船着き場に着けると、機関士に艇を任せて鮑老人と共に砂浜を突っ切った。二人には、M1小銃を抱えた甲板員が追従している。
「高速艇の小林だ。指揮官はどちらに?」
戦車の脇で双眼鏡を覗いていた中尉が、小林の方を向いて手を上げる。
小林たちが駆け寄ると、中尉は「ご苦労、軍曹。特設中隊の百道だ。今、斥候を出した。」と小さく敬礼した。
小林が「こちらは鮑信埼殿。今回、通訳をお願いしています。」と鮑を紹介すると、百道中尉は
「何分、宜しく頼む。……どうやら相手は、同士討ちを始めたようなのだ。」と簡単に状況を述べた。
兵が一人中尉の元にやって来て
「報告します。付近の小屋に伏兵の姿無し。但し、島民と思われる女子供が、20名ほど隠れていました。言葉が通じないので、そのままにしております。」
小林は鮑老人に「連れに行くか?」と訊いてみたが、鮑は「戦に巻き込まれる心配が無いのなら、後でも良いだろう。今は、戦っている連中をどうするかだ。」と腕を組んだ。
百道中尉は鮑の言葉に頷くと、95式軽戦車に前進を命じた。
ハ号は悪路を軽快に踏み越えて、灌木を薙ぎ倒しながら島中央の草原に向かう。
M1小銃を抱えた歩兵も、遮蔽物から遮蔽物へ巧みに身を隠しながら、戦車を掩護する。
小林達の一行も、戦車の後に続く。
ア島攻略部隊は、まだ一発も発砲していない。
前方から「報告!」と叫びながら斥候が駆け戻って来た。肩で大きく息をしている。
「白旗組と抗戦派の間で戦闘が起きています。白旗組の方が数に勝りますが、武器を持ったままの抗戦派が圧倒的に優勢です。」
小林は百道中尉の様子を窺った。
ここは白旗組に肩入れするのが人情だろうが、中尉の立場としては両者共倒れを待つ策を選んでもおかしくない。捕虜を抱え込む手間を考えれば、両者が争っている内に、まとめて殲滅する事を採用したとて不思議ではないのだ。
けれども、その様な不人情な方針を採れば、折角協力する気になってくれている鮑老人はどう思うだろうか?
小林が意見具申を行おうと思った時、百道中尉は
「着剣! 我が隊は、白旗組に加勢する。前進!」と命令を下した。
戦車を先頭にア島攻略部隊が草原に雪崩れ込んだ時、そこには既に多くの人間が倒れていた。
上半身裸で武器を持たない白旗組は、石を投げたり、棒切れや敵から奪った剣を振り回して抵抗を続けているが、30人ほどしか残っていない。
一方の抗戦派は、100人近くが槍や弓を構えて、じりじりと白旗組を追い詰めようとしている。火縄銃を装備している者がいないのは、再装填に手間がかかる火縄銃は既に手放してしまったからだろう。
白旗組、抗戦派の両勢力とも、姿を現したハ号を目にして固まった様に動きを止めた。
抗戦派の中には、後ろを向いて逃げ出そうとした者もいたが、伏せて弾を避けようとした者は一人もいなかった。
ハ号の37㎜砲と前方機銃、それに随伴歩兵のM1小銃が、一斉に火を噴く。
着剣した96式軽機関銃を肩から吊るした機関銃手も、立位のまま発砲する。
最初の一斉射撃で、抗戦派の殆どの者がその場で薙ぎ倒され、残った者もライフルの正確な狙撃に、次々と喰われた。
鮑老人が大きく手を振りながら、腰を抜かした白旗組に駆け寄って行く時には、既に草原の抗戦派で立っている者は一人も居なかった。
その後の「処理」は凄惨を極めた。
生き残った白旗組が、許可を得て落ちている剣を拾い、まだ息の有る抗戦派を「始末」して回ったからだ。
石に当たったり棒で殴られて倒れているだけで、治療すれば治る怪我人に対しても、白旗組の「処置」は容赦が無かった。
抗戦派から受けた仕打ちを思えば無理も無いとも言えるが、小林はあまりその様な「処理」を見ていたくはなかった。
甲板員が鮑に向かって「いいのかい? そろそろ止めなくて……。」と呼びかけるのが聞こえたが
「今は、止めるに止められんだろう。抗戦派は白旗組の怪我人に、同じ事をした様だからな。」
と、諦めた様な声の返事が戻ってきただけだった。




