レル4 所属不明の捕虜一人を確保した件
途中何事も無く、理科実験準備室近くの監視小屋にまでたどり着いた。
「何事も無く」とは言ったものの、それは単に「賊の襲撃が無かった」という事であって、強がりを言っていた岸峰さんがエチケット袋を必要とした事は含まれていない。
チハの装備にエチケット袋は無いから、使用したのは僕が隠し持っていたコンビニ袋だ。
たかがコンビニ袋とはいえ、今後は入手が出来ない物だから、洗って再使用というか再備蓄したいのだけれど、彼女から回収するのは難しそうだ。
準備室近くの監視小屋には、尾形伍長と水島さんが詰めていて、僕らを出迎えてくれた。
もう大丈夫だろうと言う事で、機銃席のハッチから顔を出す。
外の空気が心地良い。
「乗り心地はどうだった?」と伍長が訊ねてくる。
「岸峰さんが、やられました。」
「そりゃあ……大変だったね。でも新人は皆、そんなモンだよ。別に恥ずかしがる事は無い。自分だって経験者だ。」
伍長は立花さんに向かって
「少尉殿。彼女は、監視小屋で休ませてやりましょう。梅干し湯でも飲んだら、少しはサッパリするでしょうから。」
立花さんは「伍長、宜しく頼む。池永の馬鹿が、出発直前になって、握り飯を詰め込ませたらしいんだ。」と返事すると、砲塔から中へ潜って来て「片山君、彼女の手助けを、お願い。」と岸峰さんを機銃手席に連れて来る。
再び中に潜った僕が、岸峰さんの身体を抱くようにして受け取り、ハッチまで連れて来ると上から手が伸びてきた。
伸びてきた手に岸峰さんを掴まらせて、僕は彼女の尻を押し上げる。
彼女はグッタリしているから、かなり重いだろうなと考えていたが、伍長は軽々と岸峰さんを引き上げた。僕なんかとは、鍛え方が違う。
だから僕が彼女の、見た目よりはるかに柔らかいお尻を押していたのは、ほんの一瞬の事だった。
水島さんが岸峰さんをエスコート? して監視小屋に入り、立花さんは砲塔に戻ってハッチから池永さんに「自分はここで警戒しているから、異次元部屋には貴様が行け。」と指示を出した。
ソダから降りて周囲を警戒していた池永さんは
「了解。指揮を引き継ぎます。……偉そうに。」と答えておいて、僕に「ソダに乗り換えをお願いします。まあ、歩いて行っても良いんだけど。胃の具合が悪かったら、一緒に歩きましょうか?」と提案してくれた。
僕は98式装甲運搬車の乗り心地も試してみたいから
「直ぐ近くなのは知ってますけど、ちょっとだけソダの乗り心地も試してみたいので。」と返事をした。
車体後部のドアを開けてソダの荷台に乗ると、スミス准尉が「運転してみる?」と訊いてきた。
ソダの運転に興味は有ったが、池永さんが「今は急ぎましょう。練習なら、基地に戻ってからでも。」と、准尉をやんわり窘めたので、運転は又の機会と言う事に。
準備室までの極短い道のり(まあ、目の前に見えてる距離だから)は、ト式短銃を構えた池永さんと尾形伍長が、ソダの前方を歩いて警戒した。
ソダの荷台の具合はと言うと、砂利道を走る4WDのトランクルームにでも乗ってるみたいな感じとでも言えばいいんだろうか。
頭が外に出ている分、チハの中よりは楽な気がする。
けれど、そんな暢気な事を言っていられるのも、手練れの二人が前方警戒をしてくれているからで、自分一人で移動するならTKとかテケみたいに、鉄板で覆われている車体の方が安心できるだろう。
早く運転を学ばなきゃいけない。
ソダを崖の前に止めると、尾形伍長が岩肌に鍵を差し込む。
鍵穴以外には、そこに扉が有る事を示す物は何も無い。
「不思議な事なのですが、この部屋の鍵は結界に成っている様なのです。開錠すれば扉だと分かるんですけどね。鍵を掛けてしまえば、外から銃床で殴ってみても、中では音も聞こえません。」
伍長が扉を開くと、LEDライトに照らされた室内が見える。
スミス准尉が室内に飛び込み、ヒュ~と口笛を吹く。「何なの、ここは?」
ワッツ・プレイス!? とか英語で感嘆するのかと思ったら、こんな時でも日本語だった。流石は情報部員。(確認した訳じゃないけど。)
池永さんもスタスタ中に入って「素晴らしい照明装置だな!」とLEDを褒めながら、あっちこっちの器具を弄り始めた。
古賀さんも中に入りたそうだったけれど、38式騎銃を持って、伍長と一緒に戸外の警戒に就く。
僕は「何触っても結構ですけど、スイッチ類だけは触らないで下さいよ。」と一応注意しでから、自分の言葉の矛盾に気付いた。
けれどツッコミ役の岸峰さんがダウンしているので、准尉と池永さんからは「ハイ、ハイ。」という生返事が戻って来ただけなので、そのまま流す。
僕はポケットからメモを出して、先ずはプロジェクターやパソコンを運び出し、ソダの荷台に乗せる。
池永さんは、名目上は荷物運びに付いて来てくれたはずだけど、准尉と一緒に中の機械に夢中になっているので、搬出は一人でやる事になりそうだ。
見かねた伍長が「入り口は自分一人で大丈夫だから、手伝ってあげなさい。」と、古賀さんを手伝いに付けてくれたのだけど、当の古賀さんも中へ入ると装置類に見とれているので、野次馬が二人から三人に増えただけだ。
まあ、僕としても、重い物を女の子に渡すのはどうかと思うから、そのまま放っておいてカメラと二台目のパソコン、それにスクリーンなんかを持って出る。
外で伍長に「古賀は?」と訊ねられたが「木乃伊取りが木乃伊になりまして。」と答えると、彼は「仕方が無いナァ。でも、分からんでもないからな。」と苦笑した。
没収品の段ボールは二つ有って、中には待望のスマホなんかも入っていた。
空段ボールを一つ組み立て、スマホとガラケーを一個ずつ入れる。電話類はまだ有るけれど、一度に持って行っても仕方が無いから、予備として置いておく。
空段ボールには他に、段ボールを組み立てるのに使ったガムテープ、鼻緒に巻くためのビニールテープ、延長コードや接続ケーブルを放り込む。
「雑品」と書かれた箱の中には、繰り返し充電使用可能な乾電池とその充電器が有ったので、それらも有り難くワンセットだけ持って行くことにする。これで携帯の内臓バッテリーが駄目になっても、電池からの給電で使用可能だ。
雑品箱にはガス充填式の着火具も有ったので、それも貰って行く。これで給湯室のコンロに火を点けるのにマッチを擦らなくても済む。
空段ボールには、アイロンを入れてもまだ余裕が有ったので、もう一度没収品を漁る。
何が入っているのか分からないDVDが10枚位ケースに入っていたので、それも接収する。何かの役に立てば良いけど。
ついでに、封の切ってある煙草が二箱と100円ライター。こんな物持って来て、しかも没収されたヤツがいたんだなぁ……。
僕が段ボールにアイロン台を乗せて、よいしょと持ち上げた処で、漸く古賀さんが「お手伝いします。」と言ってくれた。
少しの間考えた末、段ボール箱は彼女に運んでもらい、僕は卓上プリンターと印刷用紙を一束、持って出る事にした。
ソダに荷物を積み込んでから、段ボールから煙草とライターを取り出すと、「伍長殿、こんな物が。」と彼にプレゼント。
彼は「怪しからんな。君は高校生だろ。」と笑って、一本だけ摘み出す。
「洒落たライターだな。」伍長は、火を点けると深く吸い込み「軽いが良い香りだ。」と満足げに頷いてから、ライターと残りの煙草とを返して寄こした。
「それは持っておきなさい。自分が独り占めしては勿体無い。」
伍長が一服終わるまで、僕たちは外で待っていたのだけれど、池永さんと准尉は出て来る気配が無い。
流石に呼びに行こうとした時、中からドスンバタンと騒がしい音がした。
慌てて中に入ると、理科室側の扉の前で、男がくの字になって倒れている。
「何があったんです?!」
池永さんが困った様な顔をして「スミス准尉殿が、こっちの扉を開けちゃったんだよ。」
当の准尉は涼しい顔で「あなたの言った事を疑ったわけではないけど、本当にこちらの扉が別の場所に繋がっているのかは、気になる処ではなくて?」と弁解にならない弁解をする。「けれども、これでその扉の先がどこなのか、ハッキリするわ。連れて行きましょう。」
池永さんが「何か、縛るモノある?」と言い出し、僕は雑品箱から梱包用のビニール紐を手渡した。
「ついでに目隠しも。」
彼の要求に「長さが足りないかも。」と答えてタオルを渡す。このタオル、本当なら岸峰さんに持って行ってあげれば、彼女、喜ぶだろうに。
池永さんはタオルを男の顔に宛がうと、ビニール紐で縛り上げ目隠しにした。次いで手足も縛る。
彼は忙しく手を動かしながらも
「いきなりだよ、全く。まあ、直ぐに閉めようとはしてたんだけど、この男が足を突っ込んで来たんだ。それで仕方が無いから、引っ張り込んで当身を入れたのさ。」
と状況を説明してくれる。
スミス准尉は、そんな池永さんに「ご苦労さま。」と軽く労いの言葉をかけると「でもこれは、かなりの収穫だわ。この男、弁髪じゃないのよ。」
言われてみると、その通りだ。
男の頭には、髪が有る。




