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水上交通遮断作戦 3

 イ島攻略部隊は攻撃に先立って、形ばかりの降伏勧告を行う事になっている。

 万が一にでも敵が抵抗を諦めて投降してくれれば、弾薬が節約出来るし、味方に死傷者を出さずに済むからだ。


 手立てとしては、装甲艇4号が島に接近し、拡声器を使って呼びかけを行う。

 けれど敵が、攻略部隊に対して簡単に手を上げるとは考えていなかった。

 それは敵が徹底抗戦の意思を持っているというよりも、未知の存在に対して強い警戒心を抱くであろうという理由からだった。


 その場合には、イ島に籠っている小勢にかかずらっている暇は無いから、砲撃で圧倒した後、小発による着上陸演習を行い、放置すると決定されていた。

 再度の攻撃には、一週間ほど間を置く。

 生き残った敵兵がいても、時間の経過と共に、自分たちの立場を理解するに違いない。


 渚の簡素な船着き場には人影は無く、山頂に有った砦は昨日の空襲で破壊済だから、生存者は40軒ほど固まって並んでいる小屋か、山の茂みの中に隠れているものと思われる。

 勧告の内容は既に、投降した海賊のえんと打ち合わせてある。

 『命は助ける。武器を捨てて出て来い。降伏の印は白い旗だ。』

 4号艇が一隻で渚近くにまで進出し、スピーカーで拡大された袁の呼びかけが島に響き渡る。


 呼びかけを行っても何も反応が無ければ、装甲艇が後退した後、砲撃開始だ。

 武装大発の150㎜砲は、左右射角が限られているし艇が波に揺られているから、細かな照準は定め難い。

 けれども、破片の散布界は長さ150m以上、幅40~50m程度の歪な楕円という広さを持っているし、爆発の衝撃は直撃でない近弾でも、豆戦車タンケッテや軽戦車程度なら転覆させてしまうほどの威力がある。

 口径の大きな砲というのは、文字通り『細けぇ事は、いいんだよ!』な破壊力なのだ。


 袁が行った降伏勧告に応答が無く、船着き場近くにまで進出していた4号艇が後退を始めた時に、小屋から慌てて作ったらしい即席の白旗を持った老人が、おずおずと表れた。

 イ島の海賊が降伏するとは思っていなかったが、見た事も無い兵器に対抗するのは無理と観念した様にも思われる。


 4号艇が後退を停止し、進み出た1号艇が横に並ぶ。

 『安心しろ。命は助ける。皆、武器を捨てて出て来い。』

 2隻が波打ち際近くにまで接近し、再度の呼びかけが行われると、あちらこちらから人がいて来て、船着き場には十数名の老人と、ほぼ同数の若い女が並んだ。


 通信士が袁に「あの女達は?」と質問すると

「情婦だな。かどわかして連れて来た者も居れば、自ら望んでやって来た者も居る。この辺りの船乗りは羽振りが良いから。」と言う答えだった。「内陸ではいくさと飢饉が長く続いたんだ。食えるならば、海賊の女にだってなる。」


 艇の扉を開けて甲板に出ようとする袁を、艇長が止めた。

 「待て。船着き場にまで出て来た人数が少な過ぎる。この島には、あと100人居てもおかしくない。」

 「そりゃあ、腰が抜けて来られないヤツだって居るだろう。女どもが無事に舟に乗り込んだら、そいつらだって、出て来るよ。この舟に逆らうのは馬鹿だって事は、子供にだって分かる。」


 艇長の制止にも関わらず、甲板に出て身を晒し、大声を出して女を呼び寄せる袁だが、彼は知らなかったのだ。

 袁のいた船団は、ただ一隻の装甲艇に完膚かんぷ無きまでに叩かれたのだが、イ島を攻撃したのは航空機で、ここの海賊は装甲艇の実力を知らない事を。


 船着き場に唯一残っていた艀を一人の若者が漕ぎ、白旗の老人と女6人を乗せて4号艇に接近して来る。

 4号艇と1号艇は、船体を90度回転させて渚と平行になる態勢を取り、前後の搭載砲を島に向ける。

 それから艀に指示して、艀を艇の島とは反対側に接舷させると、老人と女達とを甲板員が引っ張り上げる。

 艇上の捕虜たちには、コンペイトウと水が手渡され、若者は次の捕虜を連れて来るために、船着き場に戻って行く。


 通信士はそれを見ながら、小発の兵を武装大発に移し、小発を捕虜収容に向かわせれば、簡単に全員の収容が終わるだろうに、と思っていたが、武装大発と小発は距離を保ったままで、一向に接近して来る様子を見せない。

 彼が、まだ少女と言ってよいほどの年恰好の女達が、ホッとした表情で砂糖菓子をしゃぶっているのを見ている間、袁と老人が頻りに中国語で会話をしている。

 「何て言ってるんだ?」

 通信士の問い掛けに、袁は憤然とした顔でつばを吐き

 「ここの頭目の奴ら、自分の身の心配ばかりして、年寄と女を無理やり先に行かせたらしい。俺たちが約束を守るかどうか、見てから自分の身の振り方を決める心算だ。女どもは、貢物みつぎものの扱いさ。」


 艀が更に二度、船着き場と装甲艇の間を往復し、2隻の装甲艇の甲板上の捕虜が、老人6人と娘14人にまで増えた時、小屋から男たちが姿を現した。

 数は30名ほど。皆、上半身裸になって両手を上げている。けれども裕福な海賊だとは思えない貧相な肉体だ。


 装甲艇の甲板は満杯だから、これ以上の収容は難しい。

 それを察したのか、沖の小発が前進を始めた。

 船着き場に歩いてくる男たちと、近づいて来る小発を、交互に眺めた袁が「どうやら、殺生をせずに済みそうだな。」と笑った時の事だった。


 数軒の小屋から次々に矢が放たれ、投降した男たちの背に突き立った。

 射られた者はその場に倒れたが、無傷の者は算を乱して水際に逃げて来る。


 同時に別の小屋からは、多連装のロケット矢が装甲艇に向かって発射され、女たちの悲鳴が上がる。

 ロケット矢の発射筒は何基か有るらしく、直ぐに別の小屋からもヒューンと甲高い奇妙な音を出す矢が撃ち出される。


 艀を漕いで岸に向かっていた若者は、咄嗟とっさに海に飛び込み、泳いで装甲艇の陰に隠れようとしている。

 船着き場に残って艀を待っていた老人たちは、頭を抱えてしゃがみ込む。


 即座に2隻の装甲艇の銃塔が反撃する。

 ロケット矢を撃ち出している小屋に射線が集中すると、板壁を貫通した銃弾がロケット矢の射手に命中したのか、艇に向けての射撃は直ぐに止み、内部でロケットが跳ね回っているのか、小屋が中から炎上を始める。

 4門の57㎜砲は海に面した小屋に向かって、片端から榴弾を叩き込む。

 元々、トーチカや機関銃陣地攻撃を目的として作られた砲だ。

 砲弾が命中した小屋は、轟音と共に屋根が噴き上がり崩壊する。


 奥にある建物とて無事には済まない。

 小発から擲弾が発射されたからだ。

 山なりの弾道を描いて撃ち込まれる89式榴弾は、脆い小屋なぞ一発で破壊してしまう。

 その上、建物は密集しているので、大方の目安で射撃を行っても、どの建物かには必ず命中するのだ。


 装甲艇に「撃ち方止め。」の指示が出た時、船着き場の集落に抵抗する者は残っていなかった。

 装甲艇と捕虜に対して攻撃を行った敵の生き残りは、抵抗拠点としていた集落を捨て、30人ほどが一塊になって、山頂へ続く小道を逃げ登ってゆく。


 逃げる海賊を睨んだ少女が、呪いの言葉を吐いた。

 彼女の同輩とおぼしき少女が、彼女の足元に倒れている。

 白旗の老人と艇の通信士が、倒れた少女を何とか救おうと手を尽くしてはいるが、口から泡を吹いた少女の命が助かるとは思えない。

 彼女が受けたのは、腿に刺さった一本のロケット矢なのだが、やはり毒が塗ってあるらしく、止血や傷口の消毒ではどうにもならないらしい。

 艀を漕いでいた若者も、肩にロケット矢を受けて、うつ伏せになって海に浮かんでいる。


 少女の呪いは、直ぐに聞き入れられる事となった。

 彼女が呪い、或いは願いを、神に祈ったのかそれとも別の何かに祈ったのかは分からないけれど、聞き入れたのは武装大発の15榴だった。


 2門の150㎜砲は、各1発の砲弾を発射しただけだったが、逃げる敵をキレイさっぱり消し飛ばしてしまった。


 一発目は導火線式の近接信管で、賊の群れの上で爆発し、爆圧と金属片のシャワーで敵の群れを切り刻む。

 ダメ押しの二発目は、短延期信管だった。

 短延期信管付きの150㎜砲弾は、一度土中に潜り込み、次いで火山の噴火の様に土砂を高く噴き上げさせて、地面に大穴を穿うがつ。

 土煙が静まった時には、賊が逃げ走って居た場所には、新しいクレーターが一つ、ポカンを口を開いているだけだった。


 船着き場に接岸した小発から、次々に兵が飛び降りる。

 けれどそれは、当初の目的であった着上陸演習のためではなく、降伏した者たちの生き残りを救助するためだった。


 装甲艇4号の艇長は、今にも海に飛び込もうとしている袁に

「何をする心算だ?」と問い掛けた。

 袁は、うつ伏せで浮いている若者を指して

「あいつを引き上げてやろうと思ってね。あいつは怯えていたけど、勇敢だった。勇者として葬られる資格がある。」と、ポツリと答えた。

 艇長は頷くと「ロープを持ってこい! 勇者に礼を尽くす。」と大声を上げた。


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