レル3 チハの車内で空想・妄想する件 「てつはう」怖い
チハの車内は狭い。
押し競饅頭をしているように隣の席と身体が密着している、という訳ではないが、狭い空間に様々な機材やら弾薬がキッチリと(あるいはギッチリと)詰め込まれているせいもあって、例えは悪いけれど、収集癖のある友人のゴミ屋敷もかくやというコレクトルームに足を踏み入れた時の様な感じがする。
メカ好きの人にとっても、閉所恐怖症の人にとっても、共に「堪らない」空間だ。
ただ「堪らない」が好悪の好であるのか悪であるのかには、天と地ほどの開きがあるだろう。
車長で隊長の立花さんが、岸峰さんと一緒に砲塔に入り、石田さんが運転席に座っているから、結果的に僕は機銃手席に着く事になった。
何かの弾みで僕が引き金を引いてしまったりしたら大事だから、前方機銃の弾は抜いてある。
僕は今まで戦車の前方機銃というのは、92式重機関銃か米軍M2みたいに、両手でグリップを握るスタイルの物のイメージが有ったのだけど、実際の車載機関銃は銃床を肩に当てるタイプの銃で、撃ち終えた薬莢を貯めるための床まで届く長い袋が付いている。
戦争映画だと車載機銃は戦車の外側、う~ん、言い換えると「攻撃を受ける歩兵の側」から描かれる事ばかりだから、何だかこんなアナログな袋がくっ付いているとは思いもしなかった。
けれど考えてみれば、撃ち終わったばかりの焼けた薬莢が、床の上を跳ね回っていたら邪魔な上に危険なわけで、当然の工夫なんだよなぁ。
また、戦車帽も革製だとばかり思っていたら、厚みのある布を何層かに重ねてある布製ヘルメットだった。
で、この布製メットは必須。気を付けていても、すぐにどこかで頭を打ちます。
被っていても、痛い。
戦車乗りというのは、粗忽者には向かない職業らしい。
因みに、軍靴も鋲無しの物に履き替えさせられている。
無骨に見える戦車も、中身はデリケートな代物だし、鉄鋲の靴は火花を散らす危険性が有るからだ。
戦車は火を吐く道具だけれど、その戦車自体は火薬やらオイルを満載した可燃物。火の用心は、掛け声だけでは済まされない。
基地から出て山道に差し掛かる前までは、機銃手席上方のハッチを開けて頭を出していたのだけれど
「そろそろ注意が必要ですから。」
と立花さんに促されて、首を引っ込めてハッチを占める。
中に潜ると湿っぽくてオイリーな臭いを強く感じる。
隣の石田さんは、開いていた小窓を閉じ、スリットから外を見ながらの運転に変えた。
緊張を強いられている彼女は、怖い顔になっていて、つまらない事を話し掛けたら頭ごなしに怒られそうだ。
僕も銃手席のスリットや機銃用照準眼鏡で外を窺うが、視界の制限が半端無い。
遠くの方は、まだ良いとして、横やら直近の車体下方なんかは全然見えない。
見え見えの落とし穴でも、簡単に引っ掛かりそうな気がする。
戦車兵にとって、随伴歩兵無しの前進が怖いのも無理はない。
軽機の射撃で随伴歩兵を撃退したら、無傷の敵戦車も一緒になって後退して行った、なんていう戦場エピソードを読んで、肉薄攻撃してくる敵歩兵への対処は後続車両に任せて、戦車隊だけで群れになって押し込んで行けば、歩兵だけの部隊なんかは簡単に蹴散らせそうに思った事があるけれど、我が身で体験してみると、逃げようという気になるのが不思議でも何でもない。
見えないモノは怖いのだ。
今日だって、仮に海賊(山に出たら山賊と言った方が良いのかな?)が出て来たとして、相手は近・現代兵器を全く知らない昔の人だから、対戦車攻撃のやり方なんて分からないだろうと頭では理解していても、ハッチを開けて「てつはう(震天雷)」なんかを投げ込まれたらと思うと、ヒヤヒヤする。
ただ、居るかもしれない海賊は、浜辺の戦いで大負けして逃走した残党な訳だから、火縄銃や震天雷を持ったままだったとしても、火種を失っている可能性が高い。それよりも寧ろ、重い震天雷(1個4㎏~8㎏)は秩序立った撤退戦ならばともかく、算を乱して逃げる時には最初に捨てているだろう。
だとすると、武装はほぼ刀か短槍だろうし、飛び道具だったら弓がせいぜい。その弓もフルサイズの長弓ではなく、持ち運びに便利な半弓か。
半弓が有ったにしても、矢を持っているかどうかは何とも言えないし、潮を被って弦や弓が所定の性能を発揮出来なくなっている可能性だって大いに有る。
まあ、そんな風に自分に言い聞かせているのだけれど、刃物の扱いに関しては、ほとんど無縁の生活を送っている僕だから、短剣しか持たない敵でも大声を上げて突進してくれば、腰を抜かしてしまうだろうと自信を持って断言出来る。
僕に「頭を引っ込めろ」と促した立花隊長だが、彼女自身はハッチから上半身を突き出したままで、僕からは下半身しか見えない。
下半身しか見えない(あるいは下半身見放題)と言っても、彼女が着用しているのは作業衣袴、それも僕が着ているヤツとは違うタイプの「戦車ツナギ」という無骨な服だから、色っぽい話では無い。
彼女は車内通話器で石田さんにコース取りを細かく指示しているらしく、石田さんが「了解。」と返答する度に、車体がガクと左右に揺れる。
照準眼鏡で外を見ていたら、ゴゴゴゴゴゴと絶え間無く伝わって来るエンジンからの振動も大きいし、酔いそう……。
いや、酔いそうな気がするだけで、まだ酔っている訳ではないのですよ。
ただ、頭が首が、予想出来ないタイミングでグワングワン揺れるので。
自分で車を運転する人は、他人が運転する車に乗ると、ブレーキやハンドルのタイミングの違いから酔ってしまうという話を聞くけれど、これも似た様なものなのかも知れない。
戦車に乗った新兵がゲロを吐くのは、戦闘の緊張感を描く「お約束」だけど、あれ本当は車酔いが原因なんじゃないだろうか?
岸峰さんの様子を窺うと、彼女は立花さんの足元の、出来るだけ邪魔にならなそうな場所に、小さくなってしゃがんでいる。
僕が「酔ったの?」と訊くと彼女は
「酔ってる訳じゃないよ。……でも立ってたら何かに掴まりたくなるし、触っちゃいけない物に触っちゃいそうでしょう?」
うん。分かる。
初心者だから、何はやっても良くて、駄目なのかが全然見当が付かない。
多分、後ろに向けている主砲なんかは、砲弾も抜いてあるだろうし、安全装置だって掛かっているだろうから、もたれ掛かかろうが弄り回そうが、問題無いのだろうけれど、大砲ですよ? 非日常過ぎるのだ。
「そうだね。怖くて何も触れないね。」
僕の返答に彼女は、口を尖らせて
「そんな事言ってるけれど、さっきから結構、機関銃を触っているでしょう。……見てたよ。」
観察されていたのか。まあ、他に見る物も無いし。
「いや、この機関銃、弾は入っていないからさぁ……。」
こんな僕たちを乗せて、チハはガコガコと元気良く、山道を登って行くのだった。
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参考機材
てつはう(震天雷)
言わずと知れた元軍が文永の役・弘安の役で使用した手投げ弾
文永の役は1274年だが完成をみたのは、その約100年ほど前
金で発明され、対元戦争で既に使用されている
(1232年 南京の戦いなど)
重量 4㎏~10㎏程度
(女子砲丸投げの砲丸~男子砲丸投げの砲丸くらい)
前方に投げながら前進したら、自分が爆発に巻き込まれそう
元軍は鳥飼・祖原の戦いでは防御戦闘・撤退支援に使用
南京の戦いでは防御側(金)が城壁から投げ落として使用
遠くに飛ばす時には投石器を使用した
投石器自体が重いため機動戦闘ではやはり使い辛い
(投石器は分解して輸送し現場で組み立てる)
実物は松浦市立歴史民俗資料館で海中からの引き上げ品を見る事が出来る
ここには投石器用の石弾(実物)やレプリカの投石器の展示品もある
弾種 ○鋳鉄製炸裂弾
破片効果を増すために火薬には鉄片や陶片を混ぜた
○焼夷弾
炭素源に木炭粉ではなく油脂を用いたもの
田中政喜『博多湾頭攻防絵巻 元寇物語』では焼夷弾説を採用している
根拠として
曾公亮『武経総要』(1048年)と
筥崎宮所蔵『蒙古襲来絵詞模写』の絵
が挙げられている




