水上交通遮断作戦 2
高速艇乙(HB-O)の基本武装は軽機関銃1丁で、船首部分に搭載されている。
けれども今日は、舟艇破壊作戦に従事するため、参加艇には屋根上部分に重機関銃が追加設置されていた。
破壊力からすれば、7.7㎜弾を使用する日本製重機よりも、12.7㎜弾を発射する米軍のブローニングM2の方が優れているのだが、昨日の今日では銃架の変更が儘ならないので、その採用は見送られている。
その代わりに、と言っては何だが、木造の敵船舶により大きなダメージを与えるために、使用する弾種には焼夷弾が多めに積み込まれている。
徹甲弾で物理的に破砕するだけではなく、船体を装備品込みで炎上させる為だ。
だから艇に乗り込んでいるのも、通常時の艇長・機関士・通信士・銃手(軽機担当)の4名に加え、銃手(重機担当)の5名態勢に増員と成っている。弾薬手が追加とならないのは、手すきの者がその役割を担うからだ。
乗組員数の限られる小型艇では普通の事で、自分の通常の役割以外の事も果たさなければならないのは、別に珍しい事ではない。
更にこの日には、艇固有の乗組員以外に、2名の歩兵が小銃手兼擲弾筒手として乗船し、一隻当たりの乗員は7名にまで増えている。
2名の歩兵が装備している擲弾筒は89式重擲弾筒だが、持ち込まれた擲弾は89式榴弾ではなく91式手榴弾である。89式重擲弾筒は、この91式手榴弾も発射可能だ。
但し最大射程には差が有って、89式榴弾を使用する場合には670mだが、91式の場合は220mとなっている。
91式手榴弾は重量530gで炸薬量は65g。89式榴弾は重量800gで炸薬量150g。
両者の威力を比較した場合、89式榴弾一発は91式手榴弾3発に相当する。
それならば、使用弾種を89式榴弾に統一しても良さそうなものだが、91式は文字通り「手榴弾」だから、素手で投擲する事も可能だし、専用のソケットで小銃の先端に装着し「小銃擲弾」として発射する事も出来る。重量が軽い分、携帯する弾数も増やす事が出来、今回の襲撃には91式が採用されたのだった。
高速艇乙25隻から成る戦闘隊は、陽の登り切った朝6時を以て、順次出撃を開始する。
出撃予定に入っていない艇は、高速艇甲と共に本日も御蔵島周辺海域に於いて、航路図の作成に従事する。
出撃する面々は、今日も地道な作業を行わなければならない仲間たちから、ひどく羨ましがられた。
高速艇乙は甲ほどのスピードを出す事は出来ないが、力強いエンジン音を響かせて朝の海原を進撃する。
そして昨日の空撮で得られた情報に基づき、割り振られた偵察・攻撃目標の島に向かって舵を切って行く。
途中にある、明らかに人が住む事が不可能な岩礁は無視するが、判断の難しい小島は念のために周囲を周回し、船舶や船着き場の有無を確認する。
O-22号艇が最初に接近した島も、その様な判断の難しい島の一つだった。
「艇長、船着き場は見えませんけど、おかしくはないですか?」
重機関銃を島に向けたまま、機銃手が声を上げる。
艇長は舵を機関士に任せ、双眼鏡を使う。
確かに船着き場は無いが、狭い砂浜には何かを引き摺り上げた様な跡が残っている。
慎重に接近して行くと、艀サイズの小舟が奥の木立の中に引き上げられていて、粗末な漁師小屋のような建造物がある。
艇長は擲弾筒手に手榴弾発射準備を命じ、まず重機で艀を射撃させる。
重機関銃が3発ずつ2回、計6発の焼夷弾を撃ち込むと、破壊され穴だらけになった艀が燃え上がる。同時に小屋からは、何者かが島の奥へと逃げ込む気配がした。
艇長は無人になった小屋の破壊を、擲弾筒手に指示する。
擲弾筒手は狙いを定めながら91式手榴弾を発射し、4発目が草葺きの小屋で爆発する。
「4発は使い過ぎだな。3発以内で命中弾を出せるようにしろ。」
通信士が地図に攻撃済のチェックを入れているのを見ながら、艇長は擲弾筒手に、そう告げる。
草葺き小屋は完全破壊にまでは至っていないが、この島についてはこれで良い。
では、次へ。艇長は淡々と新たな目標を指示し、22号艇は舳先をその島に向けた。
O-17号艇の場合は、22号艇の場合ほど事は簡単に進まなかった。
17号艇の向かった島に待っていたのが、艀ではなく20mより大きい30m級2隻だったからだ。
石積みの波止場から沖に突き出た浮き桟橋に停泊中の30m級ジャンクは、20m級よりも喫水が深そうで、20m級の様な強襲揚陸機能は無い様に見える。
一応昨日の戦闘から、60m級大型輸送船は、明代中期の外征船団の提督「鄭和」の戦艦に倣って『宝船』、20m級強襲揚陸用軽疾船は元軍のそれに倣って『抜都魯』とコードを定められていたが、ここに停泊中の船はそのどちらにも属していない。
17号艇の接近を認めた島の勢力は、5隻の艀を出して接近して来る。
高速艇乙は艇の長さは11mしか無いから、容易い獲物だとでも思っているのか、艀の乗組員は派手に火縄銃か突火槍だかの発砲音を響かせて威嚇している。
相手がいくら火縄銃を発射しても、距離300mでは命中は望めまい。
艇長が双眼鏡で確認すると、間違いない、弁髪だ。
「軽機! 目標、艀の海賊。撃て。」艇長が軽機関銃に射撃を命じる。
重機の弾は30m級を破壊するために温存しておきたいし、91式手榴弾を発射しても彼我共に移動中だから命中させるのは難しい。
擲弾筒手2名は38式小銃、通信士は38式騎銃で戦闘に参加した。
96式軽機関銃の発射速度は550発/分。弾倉は30発入りだから、連射を続ければ3秒ほどで撃ち尽くしてしまう。射手は頻繁に弾倉交換を行わなければならない。
揺れる高速艇からの射撃だから、艀1隻当たりに弾倉1個は費やさざるを得ないので、5隻を制圧し終わった時には、船上には空弾倉5個と150発の薬莢が散らばっていた。
艀の水上ピケット隊を蹴散らした後、17号艇は擲弾筒の最大射程付近まで、接敵する。
先ず重機が焼夷弾を敵30m級に連射する。
次いで擲弾筒が30m級に狙いを定めた時、楯を並べて水際に進出してきた10名ほどの敵兵が弓を構える。
軽機がすかさず射撃を加え、敵は弓を飛ばす暇も無く倒れ伏す。
重機は弾種を徹甲弾に変更し、港付近の建物群を掃射する。
建物から新たに飛び出ようとしていた敵兵が、脆い建物ごと粉砕される。
火の手の上がった30m級には、海賊数人が取り付いて何とか消火しようと試みているが、連続して撃ち込まれた手榴弾がそれを阻止する。
17号艇は再度、重機関銃による30m級の破壊を試み、港を後にした。
島を周回して、他に船がいないかどうかを確かめるためだ。
そしてもう一度、この島の別の港を襲撃してから、島を離れた。
手持ちの焼夷弾が尽きたからだ。
徹甲弾と手榴弾で、更に2隻の船を破壊する事は出来たが、炎上させるには至らなかった。
遠ざかる島を見ながら、艇長は「再度の攻撃を要す。」と地図に記入した。




