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レル2 お握りを食べて戦車に乗り込む件

 「有難うございます。朝食の配給は、先ほど既に頂いているのですが?」

 僕は嬉しく感じながらも、少し当惑して風呂敷包みを受け取る。


 池永見習い少尉は「受け取ったのは乾パンで、米の飯はまだでしょう? 乾パンは直ぐに悪くなる物じゃないから、こっちから先にどうぞ。……片山さん、でしたっけ?」

 「はい、片山です。時間遭難者になってしまいましたが、前の世界では高校生でした。今日はよろしくお願いします。」


 僕が見習い少尉を招き入れると、岸峰さんが大慌てで干していた下着類を片付けている。

 それを見た池永さんは「どうか、お気になさらず。洗濯物は生乾きでしまい込むと、良くありません。」

と紳士的なのか頓珍漢とんちんかんなのか判らない事を言っている。

 岸峰さんが「はぁ。でも、少し恥ずかしいものですから……。」とモゴモゴしても

「なに、自分には姉が二人と妹がおります。見慣れた光景だから、気にもなりません。」

と動じない。

 岸峰さんも仕方なく「それではお言葉に甘えまして……。」と、再び洗濯物を広げる。


 戦前の日本の家庭は大家族だったと言うし、都市部でも生垣越しに覗き込めるような場所で行水ぎょうずいが行われていたというから、(人にもよるのだろうけれど)『見る・視られる』と言う事に対して鷹揚おうようだったのかも知れない。……まあそういう例も有ったというだけで、本当の処は分からないけど、さ。

 池永さんは、席に着いた岸峰さんを見て「いや、大尉殿から伺ってはおりましたが、お美しい。」なんて事を平然と言う。

 そして「さぁ食べて食べて。急がないと、そろそろ時間になります。」と食事をかす。


 風呂敷の中には、竹の皮で包んだ握り飯が2個ずつと沢庵たくあんが入っていた。

 岸峰さんは、それではお言葉に甘えまして、と礼をして握り飯を取る。

 彼女が絶品の笑顔になっているのは、美青年から美しいと言われたせいなのか、あるいは米の飯が嬉しいからなのか。


 「お昼までは、炊事が出来ないと伺ってましたが。」

 岸峰さんの質問に、池永さんは少しだけ得意気に

「航空隊には航空隊独自の食事班が有って、しっかり飯を炊くのです。腹ペコで飛んでは良い仕事が出来ませんから。多分、大型船でも今朝は普通に、飯と味噌汁を食べていると思いますよ。これは本来別の大隊でも、そうあらねばならないのですが、状況が多忙に過ぎるせいか、今はまだ機能してないみたいですね。」


 丁度一つ目を食べ終わった処で、石田さんがドアを開ける。

 作業衣袴はそのままだが、彼女は何故か皮のヘルメットを被っている。

「あ、少尉殿。いらっしゃってましたか。」

 池永さんは「石田君、お早う。」と応じてから相好そうこうを崩し「フミちゃんも行くのか。今日の自分は人足役だから、イケナガで構わないよ。」なんて事を言う。


 「帝国陸軍少尉殿・カッコ見習い、に対して、そんな不躾ぶしつけな物言いはデキマセン。」

 彼女は白い頬を桃色に染めると、僕に向かって「少尉殿は、私を見ると故郷の妹を思い出すとかで、子供扱いするのです。」と訊いてもいない釈明を始める。「そんなにとしも離れていないのに。」


 「別に子供扱いはしていないよ。フミちゃんと妹が、同い年なだけだ。」

 こういう御仁ごじんには何を言っても無駄だと観念したのか、石田さんは

「お握り、食べ終わったら、司令部棟の入り口までお願いします。」と、一礼して急いで部屋を出て行った。


 「彼女、戦車帽を被っていたな。」石田さんを見送った池永さんが、そんな事を呟く。「片山さん、今日出るのは装甲車両ですね。指揮を誰が執るのかは分からないけれど、考えたな。軟目標の高機動車よりも安全でしょう。……けれど、フミちゃんは自分が運転する気なんだろうか?」

 僕はそれを聞いて「石田さん、戦車を運転出来るんですか?」と驚いたが

「なに、速度は出ないから、不整地でなく路上を走るのならば単車を運転するより安全です。……転びませんからね。」

と池永さんは平然としている。「彼女たちは、車両各種の運転の基礎は既に叩き込まれていますし。それに、どうせ今後は皆が運転や整備の技術を習得せねばなりません。我々全員が例外無く、です。」

 これは僕にも、自分で自動車の運転くらい早く出来る様に成れ、と発破はっぱを掛けているに相違ない。


 彼は続けて「凄いと言うのなら、岸峰さんの方が凄いでしょう。女だてらに練習機を飛ばせるって言うじゃないですか?」と言い出す。江藤大尉も余計な事を……。

 岸峰さんは慌てて「模擬操縦装置をたしなんだだけです。実物には一度も。」と、口の中のお握りを飲み下しながら、かぶりを振る。

 「そうなんですか? 一度、模擬戦の御手合わせを願おうと思っていたのに。……それはそれとして、高等練習機で一度飛んでみましょう。どうせ適性者を探して、パイロットの育成もやらなくちゃならないんです。」


 僕はお握りを食べ終わって、待望の米の飯だけど思ったよりも美味しく無かったな、と感じた。

 けれど、21世紀では、米の販売は自由化されていたから、家で買っていた米自体も美味さを増しているせいだろう、と思う事にした。


 司令部棟の外に待っていたのは、なんと「チハ」だった。

 97式中戦車、当時の日本軍の主力戦車だ。

 砲塔を180度回転させて、正面には97式7.7㎜車載機関銃を向け、後部を向いた戦車砲には防水布のカバーが被せてある。


 「立花比佐江です。少尉候補生をしております。今日は私が指揮をうけたまわります。」

 チハの横に立っていた猫顔ファニィ・フェイス系の恰好良い女性がピシっとした敬礼を寄こして、僕と岸峰さんはお辞儀で答礼する。

 「片山と岸峰です。ご厄介をお掛けします。」

 「お楽にして下さい。トラックかジープでお連れしたかったのですが、お聞き及びと思いますけれど、賊が出る可能性があるもので。」

 立花少尉候補生は、僕と岸峰さんに戦車帽を渡すと

「これを着用して下さい。中は、そう広くはないし全面が鉄の塊ですから、被らずに頭を打つと痛いですよ。」


 「立花、俺の分は?」池永さんが右手を軽く上げて、立花さんに催促する。

 「貴様は員数外だろ。チハは4人乗りだ。鉄兜を被って跨乗こじょうしてろ。」

 池永さんと立花さんは『貴様・俺』の仲らしい。見習い少尉と少尉候補生。どっちがどう、より偉いのかは分からないが、同じ島の准士官同士、親交があるのに違いない。

 けれど、立花さんが池永さんにやらせようとしている跨乗戦闘いわゆるタンク・デサントの歩兵は、戦車を狙った銃砲弾が降り注ぐから、死傷率が異様に高いと聞くのだけれど……。


 「荷運び人足だし、警戒係だから仕方が無いかな。」池永さんがチハの背中によじ登って、57㎜砲に掴まる。

 立花さんは側面の道具箱を開けると、中から防弾チョッキのような物を取り出して、彼に投げる。

 「92式防弾衣か。こんな重い物、着てられないよ。」防弾チョッキを受け取った池永さんが、そんな苦情を言う。

 「勝手な事を言うな。貴様が死傷したら、自分が責任を問われるんだ。絶対に怪我なんかするなよ。」

 それから彼女は、道具箱からト式機関短銃も取り出す。「拳銃だけじゃ心許無こころもとない。これも吊っておけ。」

 「益々重くなる一方じゃないか。俺は見ての通りの優男やさおとこなのに。」


 二人が遠慮のない、あるいは気のおけない遣り取りをしているのを、運転席のハッチを開けた石田さんがじっと聞いている。

 けれど彼女は前方を見つめたままで、表情からは何も伺えなかった。


 僕たちもチハに乗り込もうかというタイミングで、後方から軽い感じの履帯音が響いて来た。

 そちらを向くと、ブレンガン・キャリア(カーデン・ロイドMk6)っぽい装甲車がやって来ている処だった。

 運転席から古賀さん、車長席からスミス准尉が顔を覗かせている。

 けれども、その車体にはブレンガン・キャリアがブレンガン・キャリアである所以ゆえんのビッカース機関銃が付いていないし、足回りが全然違う。おまけに、車体後部が装甲板とパイプフレーム付きの荷台(座席?)だし。


 「何だか変わった車両ですね。オーストラリア軍仕様のカーデン・ロイドですか?」

 僕の質問に准尉は「なに言ってるの? れっきとしたメイド・イン・ジャパンよ。98式装甲運搬車『ソダ』って言うの。」

 「『テケ』(97式軽装甲車)の車体から砲塔を外して、貨物室と後部扉を付けた車両ですよ。」と立花さんが解説してくれる。

 「池永クン、そんな所にしがみ付いてないで、こっちにお乗りなさい。」と准尉が池永さんを呼ぶ。「馬鹿な事してると、落っこちるわよ。」

 「確かにソダの荷台の方が、楽そうですね。」池永さんは、防弾チョッキとマシンピストルを身に着けたまま、身軽にチハから飛び降り、ソダの荷台に乗り込む。「じゃあ、出発しましょうか。」


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