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レル1 朝の支度と昨日の夜見た夢の件

 どすっ、ばたん、ぎしぎし。

 奇妙な音で目が覚めた。


 音のする方に目をやると、簡易寝台の上で岸峰さんが、均整のとれた身体をしならせている。

 夜明けの光の中で、ヨガだか柔軟だかをやっているみたいだ。

 枕もとの携帯を確認すると、5時40分。アラームは6時に設定しているので、予定起床時間よりも20分ほど早い。

 陸軍士官学校の起床時間は5時半だから、まあ文句は言えないけれど。


 「ごめん。起こしちゃった?」

 僕の気配に感付いた彼女が、声を掛けてくる。

 でも、多分『そろそろ起きやがれ!』という意思表示なのだろうなぁと、勝手に推測する。

 「いや、有難う。そろそろ起きないといけない時間だね。」

 僕が目を覚まして部屋を出ておかないと、彼女は着替えもままならない。

 今日は理科準備室まで機材を取りに戻る予定だから、彼女は迎えが来るまでに、身支度を整えておきたいのだ。


 僕は起き上がって、寝押し(演習)を試みた運動衣袴を確認する。

 シワシワだぁ。ソファーの上での寝押しは、やはり不可能なのか。

 皺のままの衣袴を身に着け、藁草履わらぞうりをつっかける。

 岸峰さんに「顔を洗ってきます。」と伝えると、どうぞごゆっくり、と送り出された。


 シャワー室に洗面台が有った筈、と向かったが既に列が出来ている。

 けれど、皆が手早く洗面を済ませるので、思ったより早く歯磨きを終わらせる事が出来た。

 自分でやってみたら分かった事だが、豚毛の歯ブラシは硬いので、長く磨いていると歯茎が傷だらけになりそうなのだ。

 来客室の前にまでは戻ったものの、予想以上の早さなので、扉を開けてよいものなのかどうか、分からない。

 取りあえずノックをしてみると「どうぞ。」の声。


 部屋の中の岸峰さんは、作業衣袴に略帽の恰好になって、ちゃんとゲートルまで巻いている。

 男装の麗人といった様相で、似合っている。―――似合ってはいるのだけれど、コスプレにしか見えないよ。


 「婦人部隊の制服は、着なかったんだね。」

 「大尉が、気を付けて行けって言ってたでしょう。何か有った時に、スカートよりも良いかと思って。」

 確かに。

 「それじゃあ、今度は私が顔を洗って来るよ。」

 「支給品の歯ブラシは、とても硬いからね。気を付けて。」

 「元から持ってたヤツを使おうかと思ってたんだけど……こっちのモノを使ってみるよ。洗顔フォームなんかは、当然無いよね?」

 「うん。」

 彼女は一つ溜息を吐くと、少し照れたように笑い、手を振って出て行った。


 僕は硬く絞った手拭いを物干し綱に引っ掛けると、運動衣袴を脱いで作業衣袴を身に着ける。

 脱いだ運動衣袴と毛布は畳んで、壁の棚に片付けておく。

 軍隊では衣類の後片付けやベッドメイクは丁寧に行わないと、班長から酷く怒られると聞くから気を付けて作業を行う。

 この部屋には班長という者は居ないのだけれど、岸峰さんがいるから、手を抜くと殴られる事までは無いにしても、駄目出しを喰らう可能性が高い。


 地下足袋を履くか軍靴にするかで迷ったが、軍足と軍靴の組み合わせをチョイスする。

 踵の無い軍足は、靴の中で靴下が回ってしまった時のような変な感触だが、慣れれば気にならなくなるだろう。

 ゲートル巻きは中々上達しないが、昨日岸峰さんが厳しく指導してくれたお蔭で、取りあえずの形だけは出来ている。

 軍靴は重いし、歩くたびにガツガツと硬い音が出る。隠密行動を取るのには、向いていない履物のようだ。


 皺になってしまった運動衣袴をどうしようかと悩んでみたが、今採れる適当な解決策が思い浮かばない。

 準備室に戻れば、葉脈標本を乾燥させる時に使う安物のアイロンが有るから、それを持ってこようと心に決める。


 持って来ないといけない物をリストアップしてみると

 ○パソコン+プロジェクタ+付属品 (情報掲示用)

 ○パソコン+デジカメ・望遠レンズ+付属品 (航空偵察用)

 ○没収品や忘れ物の携帯とスマホ (もし有れば予備のバッテリーも)

 ○ビニールテープ (草履の鼻緒に巻く)

 ○アイロン+アイロン台

 こんな処を思い付く。


 OHPやプリンタも持って来たいけれど、今日は急がなければならないから後日に回す。

 リストを書き終えた時、岸峰さんが帰ってきた。

 彼女はノック無しで、いきなりドアを開ける。

 「なに書いてるの?」

 「取って来る物のリストだよ。……キミ、いきなりドアを開けたけど、僕がまだ何も着ていなかったら、どうする心算なのさ?」

 彼女は横からメモを覗き込んで

「決まってるじゃない。悲鳴を上げるよ。……持って来ないといけないのは、こんなものか。時間も限られるし、積める量も分からないから、まあ良いでしょう。」


 6時20分に石田さんがやって来た。

 今日は彼女も作業衣袴姿だ。「おはようございます。特に変わりは有りませんか?」

 僕たちは二人して声を揃え、ありません、と答える。

 彼女から朝食分として、昨日と同じく乾パンと牛缶をもらう。

 「お昼には、通常の食事が用意出来ると思います。あと、出発時間は7時でよろしいですか。車両を持ってきますから。」


 石田さんが部屋を後にすると、僕たちは取りあえず椅子に座った。

 出発までに時間が無いから、手早く食事を済ませてしまわなければならないのだが、2食連続での乾パン食は気が重い。

 けれど、全くお腹が空いていない訳ではないから、コンペイトウを口に入れ、ポットの湯冷ましを飲む。

 岸峰さんは、乾パンをボリボリ齧りながら「ちゃんと食べとかないと、身体が持たなくなるよ。」と心配してくれる。


 「うん。ありがとう。」

 岸峰さんに一つ礼を言って、僕も乾パンを齧る。

 そして、昨夜の寝物語の答え合わせを提案する事にした。

 「岸峰さん、昨日の夜に話していた事だけど……」

 「うん。覚えているよ。夢の話でしょ?」


 僕が昨夜に見た夢は、覚えている分には残念ながら「元の世界に戻る事」に関連が有るものは無かった。

 岸峰さんが出て来る夢で、彼女には話す事をはばかられるような内容だった。

 だから僕は「昨日一日のあれやこれやが混沌とした夢で、手掛かりになるような内容は含まれていなかったんだ。」と告げるに止めた。


 岸峰さんは「私は疲れ過ぎていたのか、夢を見なかった気がするんだ。夢に出そうな事があれだけ有ったのに。」と自嘲気味に嗤う。

 「片山くんが目を覚まして直ぐに、この話題には触れなかったから、ああ片山君も収穫が無かったんだ、とは考えていたけれどね。」

 「僕が見たのは、願望のなせる幻だったって事かな。」

 「まあ、決めつけるのは早いかも知れないよ? 気絶した時限定とか、何か繋がる為の条件があるのかもしれない。……あるいは、至近距離でパンツ見てドキッとした時とか。試してみる?」


 僕は自分の顔が真っ赤になったのを、自分でも分かった。

 こんな風に派手に赤面するくらいなら、鼻の下を伸ばした馬鹿面ばかづらを晒す方が余程マシだ。


 僕の顔を見て、岸峰さんの顔も同じく真っ赤に成り

「あー今のは冗談だからねパンツなんか見られても減るモンじゃないなんて事を言うけど私のは減るんだよ片山君の事はキライじゃないし見られても大丈夫なんだけど恥ずかしいから見せる事は出来ないからねもうチョット何か別の条件だって有ると思うんだよとにかく一足飛びに結論に結び付けるにはまだ時期尚早って事で。」

とシドロモドロの事を言い出した。

 そして彼女は、うつむいて黙ってしまう。


 二人して赤い顔を晒していたら、ドアがノックされた。

 時間には早いけれど、石田さんが呼びに来てくれたのか、と「どうぞ。」とドアを開ける。

 扉の外に立っていたのは、引き締まった感じの美青年で

「池永、と言います。航空隊の見習い少尉です。江藤大尉殿の命により、参上しました。」

と持っていた風呂敷包みを手渡してくる。

 「朝食の握り飯です。腹ごしらえをして下さい。」


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