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パラ32 大尉からの忠告とエロ爆弾の件

 僕が大尉の示唆で思い付いた「厄介の種」の内容を岸峰さんに伝えると、それを聞いていた大尉は意外にも

「ふむ。確かにそれも問題なのだが、その辺は上の者が頭を悩ませれば良い事だ。中佐殿か早良さわらにでも、丸投げにして任せておいても良いのではないかな? 貿易をするにも、倭寇だけが相手だという訳ではあるまい。ここの輸送船を使うのならば、全く問題の無い距離に日本が有るし、この時代なら台湾にはオランダの東インド会社が進出しておるはずだろ?」


 おりょりょ……。けれど、言われてみれば、その通りだ。(さっきは大尉、歴史の勉強はサボってたみたいな事を言っていたくせに。)

 御蔵島の船を使えば、マカオやマニラの商館とだって取引出来る。

 明代末期には既に、東南アジアは列強の植民地化が進みつつある状態だから、各国の東インド会社と取引を始めれば、生ゴムみたいな戦略物資など、プランテーション作物からの製品の調達も可能なのだ。


 さすがに、まだ大規模油田は開発されていないが、それは中国と貿易をしたところで同じ事。

 中国にある大慶油田や勝利油田が開発されるのは第二次世界大戦後の事で、今はまだその存在すら、知っているのは僕と岸峰さんだけだ。

 勝利油田は、御蔵島から一番近い大規模油田に当たるはずだから、確保出来るかどうかは別として、念のためには、一言触れていた方が良いのかもしれない。

 「大尉殿、実は天津てんしんの近くに石油が眠っています。将来、勝利油田と呼ばれる事になる油田です。北京にも近いという場所が場所だけに、今の人数での占領は難しいと思いますが。」


 「それは重大な情報だな。天津近郊に大規模油田が存在するというのは初耳だ。それを確保する・しないでは、確かに歴史を変えるのかも分からない案件だな。中佐殿にも伝えておくよ。……けれども、今、手出しをするのは不可能だ。」

 確かに、勢いを増す清と戦い、油田地帯を占領しつつ開発を行うのは上策とは言えない。

 騎兵の侵入を許し、放火でもされようものなら、油田が燃えるのは仕方がないにしても、この世界では調達が困難な、貴重な機材を失ってしまう。

 やはり最初に油田を開発するのならば、江戸幕府(あるいは朝廷)と提携して、新潟油田か秋田油田を掘削する方が良いのだろう。


 僕が回し車を回すハムスターのように、石油確保について思考の堂々巡りをしていたら、岸峰さんが大尉の心配事について話し出したのは、僕の考えていた事とは全然異なるアプローチの推理による懸念だった。

 それも、差し迫った事態についての。


 「大尉殿が心配しておられるのは、島の中に、戦闘から逃げおおせた海賊が潜伏しているかも知れないっていう可能性ではないですか? それならば、『今後』とか『将来的には』といった時間的余裕の無い、今なんとかしなければならない問題ですから。」

 彼女は続けて「けれど、そう明言してしまうと、基地に受け入れた避難民の中で、パニック……ええと、恐慌を起こしてしまう者が出るかも知れない。しかも、潜伏者がいる可能性が、高いのか低いのかさえ、今の時点では分からない。だから、状況がハッキリするまでは、基地から離れるのは危険なのだ、と私たちに注意喚起しておきたいが、大っぴらにそれをするのもはばかられる。―――違いますか?」


 「鋭いな。」大尉が真剣な目で、岸峰さんと僕を見つめる。「明日、君たちが機材を取りに、山に戻ると耳にしたのでな。紙の節約に繋がる、とか。」

 「情報掲示用の機械が有るのです。」彼女も真面目に答える。「今の処、私と片山君にしか扱えません。」


 「だろうな。その事について、とやかく言う気は無いのだ。それに、君たちが無闇に騒いだり危険を冒したりする人間でないことも、分かっている心算だ。……ただ、充分に注意の上にも注意を重ねて欲しい。何故ならば、君たちは平和な時代から来た人間で、命の危険を感知する能力に秀でているとは思えんからだ。」

 「護衛を連れて行け、という御忠告でしょうか?」と彼女。「どの道、私も片山君も運転は出来ませんから、車を出してくれるようにお願いはする心算です。」


 大尉はウンウンと頷きながら

「司令部も、君たちを裸で送り出すような事はせんだろうよ。けれど明日は、我が軍は水上交通遮断作戦に員数を投入する予定だし、米軍と豪州軍は山狩りに手を取られるだろう。疲労した兵は休ませてやらにゃあならないし、護衛を厚くするのが難しい。本当なら自分の意見としては、日を改めろと言いたい処なのだ。……そこで、航空隊からも腕っきを付ける。荷物運びの人足にんそくに連れて行け。本当なら自分が付いて行ってやりたい処だが、明日は航空隊も全力出撃になるだろうからな。」

 「お気遣い、感謝します。」彼女は椅子から立ち上がって、深く頭を下げる。僕も慌てて、それに倣う。


 「礼には及ばん。必要を感じたからするだけの事だ。……座ってくれ。頭を下げられたままでは、話が続けられん。」

 僕たちが着席すると大尉は

「明日、付けるのは池永という見習い少尉だ。名目は『航空作戦に応用出来るかもしれない最新機材の視察』。これならば、明日ヤツが作戦から抜けても、どこからも文句は出まい。……視察は名目だから、警護に集中させる。池永は若いが、注意力や危機感知能力はズバ抜けて高い。若干、落ち着きが足り無いのが玉にきずだが、役に立つ男だ。」


 僕は一つ思い付いた事が有って「池永少尉にお渡し出来るカメラが置いてあったはずです。」と告げてから窓まで移動し、ガラケーで夜景を撮った。

 「見ていて下さい。」抜き出したマイクロSDをパソコンに繋ぐと、撮影した夜景をモニターに全画面表示する。

 「現像行程抜きで、撮影写真を見る事が出来るのか!」大尉はデジカメ機能の、フィルムカメラに対するアドバンテージに直ぐに気付いた。「航空偵察の処理時間が短縮出来る。」


 「この写真は、拡大したり、暗い画面を明るくしたり、ぼやけた画像をシャープにしたりすることも可能です。」

 僕は画像処理機能を使用して、写真を様々に変化させてみせる。

 「理科実験準備室に置いてある生物部のカメラは、バードウォッチング用の高解像度のものですから、このガラケーのデジカメ機能で撮った写真よりも、はるかに鮮明に映ります。そのカメラを持って戻れば、池永少尉は任務達成ということになりませんか?」


 「その通りだ。」大尉は頭を下げると「礼を言う。池永を出すのは、護衛のためだけの心算だったが、思わぬオマケが付いた。そのキャメラ、是非とも使わせてもらいたい。」

 今度は岸峰さんが、大尉に「頭をお上げ下さい。」と言ってから

「大尉殿、カメラに望遠機能が付いているからと、空から女風呂なんかを撮っちゃダメですからね?」


 大尉は彼女の茶々に少しもひるまず

「岸峰君が居る時には、映像を見にこの部屋に来るのは不味そうだな。片山君一人の時に、コッソリお願いにあがるとしよう。」

 大尉の弁は冗談だと分かってはいるけれど、岸峰さんや石田さん達に妙な警戒心を起こされるのは嫌なので

「ノートパソコンも一台付けますから、鑑賞会は航空隊内でお願いします。でも、くれぐれもイ号1型乙無線誘導弾みたいな騒動は、起こさないで下さいよ。」と一言加えておく。


 「イ号1型乙無線誘導弾? なんだそれは? 海軍の巡潜の改造兵器か?」

 「いえ、陸軍の秘密兵器です。……ああ、まだ『エロ爆弾』騒動は、起きていないんだ。」

 大尉はぐっと身を乗り出して「エロ爆弾? 気になるネーミングだな。」

 「右に同じく。」岸峰さんも興味深々みたいだ。


 「1944年の出来事です。」

 「ふむ。数年後の話か。遠い未来の出来事という訳ではないのだな。」

 「陸軍は対艦攻撃用に、無線誘導式の噴進弾ふんしんだんの試作機を開発します。」

 大尉は少し驚いた顔になって「それはスゴイな。接敵しなくとも攻撃出来るのならば、搭乗員の安全が高まる。」

 「対艦ミサイルが出来たのって、戦後になってからだと思っていたよ。でも、それが活躍したって話は、聞いた事がないような気がするけど。平和教育のせい?」

 「平和教育というのが何なのかは知らんが」大尉は岸峰さんのといさえぎって「なぜその誘導弾がエロ爆弾なんて呼ばれておるのだ?」


 「はあ、それで45年に試作機の発射試験を行ったのですが。」

 「うむ。」

 「誘導装置が故障して、熱海温泉の女風呂に直撃してしまいました。」

 「…………。」

 「入浴中だった裸の女性が逃げ惑ったので、それ以後『エロ爆弾』という綽名あだなが付いてしまいまして……。」


 大尉はニヤリと笑うと

「分かった、分かった。貴様から借りるキャメラに『エロキャメラ』などという綽名が付かん様に、偵察員には厳命しておく。機械の力に頼るな、女風呂を覗くためには、自らの目を鍛えておけ、と。」

 そして彼は椅子から立ち「明日はくれぐれも注意して行け。池永が危ないと言ったら、迷わず引き返せ。機械の用意が一日遅れたくらいで、誰も文句は言わん。俺が言わせん。」と言い残し、颯爽と部屋を出て行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

参考機材


 イ号1型乙無線誘導弾

  無線誘導式の対艦ミサイル(試作品)

  弾頭 300㎏

  通称 『エロ爆弾』

  1945年に伊東上空で発射した試作機が熱海温泉を直撃

  「玉ノ井旅館」の女湯を燃やすという事故を起こした


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