「陣の浜」迎撃戦闘 2
レイノルズ伍長は敵橋頭保に蹂躙攻撃を敢行しようと戦車を突進させていたが、それに先立って、砲手に砂浜に伏せている敵の群れに対して、榴弾による攻撃を命じた。
土砂が噴き上がり、バラバラになった肉体が飛び散るが、着弾点周辺の他敵兵は、ピクリとも動きを見せない。
―――伏せてるんじゃない。……みんな死んでいやがる。
ウィンゲート少尉は、砂浜の掃討を前方機銃と友軍車両に任せ、海上に逃げ出す事が叶った20m級を、主砲で狙い撃ちにしていた。
しかしM3戦車の37㎜砲は、貫通力こそ高いものの炸薬量が少ないせいか、ジャンクに被害を与える事は出来ても、一撃で沈める事が出来ない。
直接照準の近距離射撃だし、砲手役の照準は確かなのだが、直線的に命中しても派手に木片が飛び散るばかりで、船の上部構造物を破壊するのは容易でも、軟目標のせいか撃沈や完全破壊には至らないのだ。
「照準を少し下げて、水面ギリギリを狙え。」
慎重に狙いを定めた砲手が引き金を引くと、ジャンクの横腹付近で火炎と水柱が上がり、撃たれた船は急速に傾いてゆく。
「敵20m級、撃破。次の目標は……」
砲手に目標を指示しようとしていたウィンゲートは、突進していたレイノルズのM3が急停止したのを見た。
「よぅし! ここだ。」
ジョーンズ少佐は貨車山砲分隊の隊列を停止させた。
外周道路が海岸の崖上を通る場所で、陣の浜全体が右端方向から見渡せる。
「トラックのケツを回せ! 砲を海に向けろ。」
照明弾の光の下、3艘の敵大型船がクッキリと視認出来る。
3艘のうち右端の大型船は、戦場から離脱しようと沖に向かいつつあり、既に岸から100mほど離れている。
「少尉! お前は道路を下がって、後続の増援が寝ぼけて突っ込んで来ない様に、交通整理しろ。50口径はガン・トラックの横をすり抜けさせて、どんどん前に行かせるんだ。探照灯搭載トラックが来たら、一台は捕まえておけ。照射射撃をやる。」
少佐はオキモト少尉に口早に命令を下すと、自身は自動貨車の荷台に登った。
「右端の沖に向かっているヤツから行くぞ。……そうだな、まず距離800で一発カマせ!」
残り2艘は、上陸兵を収容する心算なのか、渚に近い位置にいる。戦車が波打ち際にまで進出していたら、同士討ちの危険がある。
ゴンドウ曹長が転把を回し、照準を定める。「照準、よし!」
「運転手! ブレーキを目いっぱい踏み込め。……やるぞ。撃て!」
75㎜砲が轟音を轟かせ、トラックにグッと圧が掛かる。けれど、トラックは踏み止まり、砲弾が敵めがけて飛んでゆく。一弾目は目標よりもかなり手前で水柱を上げた。
「近弾だ。増せ100。方位、このまま。」
「装填よし。」「照準よし。」
「てェ!」
今度は遠弾。しかし、一発目よりも着弾点は目標の60m級に近い。
「よし! 夾叉した。……引け50。これで仕留めろ。……てェ!」
三発目の砲弾は、命中こそしなかったものの至近弾となり、衝撃が敵大型船を大きく揺さ振るのが見える。
木造船のことだ。船体が緩んで海水が一気に流れ込んでいるに違いない。
「このまま、もう一発お見舞いするぞ!」
死体の山を踏み越えたレイノルズのM3は、楯を構えて何とか味方を逃そうと、絶望的な時間稼ぎをしている敵後衛を、同軸機銃で楯ごと吹き飛ばしながら前進を続け、一気に水際までの距離を縮めていたが、急にガクンと止まってしまった。
戦車の腹の下に岩か流木が潜んでいて、それに乗り上げてしまったのだ。
操縦手は後進をかけて、車体を動かそうとしているが、履帯が軟弱な砂場の地面を掻いて掘り下げてしまい、完全にスタックした。
「落ち着け。右旋回か左旋回は、出来そうか?」
レイノルズが操縦手に呼びかけると、操縦手は履帯を片方ずつ動かして脱出を試みたが
「駄目です。腹が閊えています。」と行動不能を告げた。
「仕方が無い。この場で、射撃を継続する。敵には逆襲に転じる余力は無いから、危険は無いだろう。掃討の方が付いたら、牽引して引っ張り出してもらおう。」
『伍長、何か有ったか?』ウィンゲート少尉からの通信だ。
「何かに腹が閊えました。移動不能。この場で戦闘を継続します。敵が肉薄攻撃を仕掛けてくる気配は有りませんから、支援は不要です。」
『了解。主砲は大型船を狙え。弾種は徹甲。船腹と船内を撃ち抜いて、穴だらけにするんだ。』
オキモト少尉は、外周道路を後ろへ徒歩移動しながら、増援にやって来た「東回り隊」車両の交通整理をしていた。
停車して砲撃中の貨車山砲の横を楽にすり抜けられそうなジープは、優先的に前に進ませていたが、トラックは道路を塞がぬよう脇に寄せて停車させる。
そのうちに少佐の注文通りの、大型の探照灯を積んだトラックを一台見付けると、運転手に
「少佐から、直々のご招待だ。君はガン・トラックの所へ行って、パーティーに参加するんだ。」
と先を急がせる。
「他の者は、50口径のジープが優先だ。ジープは前に進め! さあ、行った、行った!」
レイノルズ伍長との通話を終えたウィンゲートは、自車の砲手に次に攻撃するジャンクを指示していたが、突如として海に水柱が上がったのを目撃した。
右手側の陸上から中口径、おそらく75㎜の砲弾が撃ち込まれたのだ。
増援の砲兵か、とウィンゲートは推察する。中尉から連絡のあったアメリカ軍の貨車山砲だろう。だが、到着したのが、やけに早いが?
中口径砲の弾着に一瞬気を捕られたウィンゲートだが、「照準よし。」と砲手に告げられ、車長の役割に復帰する。
「撃て!」
先ほどの射撃でジャンク攻撃のコツを掴んだ砲手は、一発で20m級の横腹を撃ち破った。
「いいぞ!」
ウィンゲートの砲手が2艘目のジャンクを撃破したのとほぼ同時に、75㎜の二発目が着弾した。貨車山砲の狙いは、沖に逃げようとしている大型船のようだが、これで夾叉だ。
誰が撃っているのかは知らないが、なかなか腕が良い。
直撃こそしなかったものの、三発目と四発目が至近弾で、60m級大型船は沈没を始めた。
ウィンゲートとレイノルズの車両を除く、5両のM3が波打ち際にまで達した時、陸上には上半身裸になって膝を付き両手を上げた一握りの投降者以外、生きて動いている敵兵は居なくなった。
75㎜砲の射点付近から、大型投光器で沖に逃げる残り1艘の60m級に強い光が浴びせられた処で、ウィンゲートはキューポラのハッチを開け、空に信号弾を放った。
赤い光が尾を引いて打ち上がると同時に、20秒おきにリズミカルに照明弾を打ち上げていた、監視哨からの砲声が止む。
背後の松林からは、ハンディタイプのサーチライトとブローニング機関銃を搭載したジープが、続々と進出して来る。
ウィンゲートは小隊に「撃ち方止め。」の命令を下した。
後は増援部隊に任せても大丈夫だろうし、M3の搭載機銃の銃弾は残り少なくなっているはずだ。
彼は額の汗を拭い、水筒の水を一口飲んだ。
貨車山砲では、ゴンドウ曹長が「照準よし。」を告げたが、ジョーンズ少佐は「待て。」とだけ命じて双眼鏡で逃げる敵大型船を見つめている。
探照灯で照らし出された敵60m級は、泡を喰ったように漕走を続け、戦場からの離脱を図っている。
ただ、その歩みは如何にも鈍い。
敵攻撃部隊では、唯一無傷で残った船だ。今、照射射撃を行えば、簡単に喰ってしまえるだろう。
「撃たないんで?」というゴンドウの問い掛けに、少佐は少しだけ忌々しそうに
「ヤツらは、見逃してやる。」と答えた。
「悲劇には、生き残ってそれを伝える目撃者が不可欠だ。彼らには、その役目を負ってもらう。……彼らがその任務を全うしたら、海賊どもは二度と御蔵島に手出しをしようとは思うまい。」
「少尉殿、耳、大丈夫ですか?」
特務曹長が立花少尉候補生を気遣って、声をかける。
「あっ! はい。まだ、キーンとなっていますが、問題ありません。」
彼女は気丈に返事をするが、その表情は呆然としている。
「ただ……。いえ、何でもありません。」
候補生は何かを言いかけたまま胸の内に飲み込んでしまったが、特務曹長には彼女が口にしかけた内容の見当は付いた。
彼女は双眼鏡で、渚の戦闘の一部始終を具に追っていた。
現代兵器の優位性や暴力性が、中世の兵の武装や戦法を無慈悲に圧倒したのを目撃したのだ。
この時代であれば、それなりに屈強で恐れられている存在であるはずの海賊が、一方的に殲滅、否、殺戮されてしまう現実に、彼女が戦慄を覚えても不思議は無い。
けれど、我々が生き残る為には、降りかかる火の粉は払わなければならない。
「少尉殿、今回の戦闘での照明弾の発射弾数は、各32発 計64発です。」
およそ20分間で7両の戦車が、敵約一個大隊を掃討した。
ただ、それだけの話だ。
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参考
夾叉
遠距離砲撃を行う場合に発射された砲弾が敵を挟むこと
普通は 遠弾→近弾 の順に夾叉するよう砲撃を行う
今回は夜間砲撃のため敵大型船との距離を見誤って近弾が先になった
砲兵中隊が一斉射撃を行う場合は
1)基準砲が夾叉を出した後、命中弾を出し
2)そのデータを基に全砲が照準
3)一斉射撃
という手順を踏む




