表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/417

「陣の浜」迎撃戦闘 1

 レイノルズ伍長は、M3のキューポラにある車長用潜望鏡から海岸線を注視していた。

 ペリスコープ越しの視界は狭い上に、暗くて見え辛い。


 ハッチから頭を出して双眼鏡を使えば、敵の動きが一目瞭然だとは思うのだが、はしけ隠密裏おんみつりに上陸した敵先遣隊がいないとは限らない。

 戦闘が始まってもいない内に、いきなり無音で毒矢を喰らうのは願い下げだった。


 車長席ですらこの有り様だから、運転席や機関銃手席の覗視孔てんしこうからは、もっと何も見えていないに違いない。

 細いスリットからの眺めは、松林の先の砂浜部分が月の光でボンヤリと明るい程度の、明暗の区別しか付いていないのではあるまいか。


 戦闘が開始されれば前照灯を点灯するし、日本軍が照明弾を上げる手筈てはずになっているから、照度不足による視界不良は解消するとは思うのだが、何しろ夜間に戦車で乗車戦闘するのは初体験なので、不安感ばかりが胸をよぎる。

 けれども、兵の手前、車長の下士官が怯えを見せる訳にはいかない。

 「もうちょっとで、オッぱじまるぞ。……あと一分か、そこいらだ。行くぞ、漢ども!」

 レイノルズの声を押し殺した激にこたえて、車内には、これまた声を落とした「オゥ!」という小さな歓声が上がる。


 レイノルズの目には、海賊の教導船に灯された松明が、ユラユラと揺れながら、波打ち際の、つい先にまで迫っているのが映っている。

 まるで御伽話おとぎばなしに聞く、スピリット・オブ・ア・デッド・パーソン(人魂)のようだ。

 クソッ! 海賊め、何時まで待たせやがる! 早く、撃たせろってんだ!





 ジョーンズ少佐が到着した時、オキモトは分隊全員を整列させ、敬礼して出迎えた。

 少佐はジープの助手席に仁王立ちになると

「全員、ご苦労! しかし閲兵しているヒマは無い。敵は陣の浜に来襲するぞ。前進!」

と号令を掛けた。

 オキモトは「まだ戦闘が始まっておりません。ここから先は、灯火管制中です。」と、一応は意見具申する。―――まあ、少佐は聞く耳を持たないだろうが、と思いながら。

 はたして少佐は

「あー、作戦中の灯火管制の禁を破る心算は無い。……要は、無灯火で前進すれば良いのだ。」

と彼の意見をアッサリと切り捨てた。


 オキモトは分隊に「乗車! 準備が整い次第、前進する。」と命じて、少佐に「なぜ、海賊は西の浜でなく、陣の浜に上陸すると、あらかじめ分かったのですか?」と質問してみた。

 少佐は貨車山砲を東回り隊に配置したし、司令部を飛び出した時点では、敵は動き出したばかりで、どちらの浜に向かうのか、判明していなかったはずなのに。


 「野生のかんだ!」と言う様な、非合理的な答えが返ってくるのかと思っていたが、少佐の返答は

「御蔵島の最高部に、より近いのが陣の浜だからだ。」という合理的な推理だった。

「海賊どもは、蓬莱ほうらいの神仙から宝物を盗もうと押し寄せて来るんだ。仙人は高い山に住んでいるモノなのだろう? だったら、奪うにも逃げるにも、距離が短い方が良い。」


 ゴンドウ曹長の「乗車完了!」の声に、少佐は

「それでは諸君! 騎兵隊前進だ。後に続け!」と号令を掛けると、月明りの下を慎重に進み始めた。





 双眼鏡で敵の動向をうかがっていた立花比佐江少尉候補生は、先導船よりも前方の波打ち際に、火縄の火らしい小さな光が見えた事に気が付いた。

 最前列の海賊が、携帯型の火鉢から、火縄に火を移したに違いない。

 「敵前衛、教導船より前に着岸! 火縄、確認。」

 通信機に叫んだ後、比佐江は特務曹長の顔を見た。

 彼は首を振ると「待て。」とだけ、短く口にして、肉眼で海岸線を見張っている。


 比佐江が再び双眼鏡を覗くと、既に砂浜には、時折キラリと輝く物がある。

 敵兵の短槍か剣が、月光を反射しているのだ。

 「敵歩兵、砂浜に進出!」


 『司令部、了解。』通信機からの声は、落ち着いていた。

 『戦車隊からも、敵上陸は確認済。』





 ウィンゲート少尉は、キューポラから出していた頭部を、そろそろと車内に引っ込めた。

 今や車外に出しているのは、目から上だけだ。


 敵は、はしけで上陸した先遣隊が何の攻撃を受けなかったのを確認すると、松明を大きく振って後続に伝えた。

 海賊の20m級ジャンクが次々に砂浜に乗り上げ、武装兵が舷側から飛び降りる。

 火縄銃にしろ半弓にしろ、飛び道具を持つ兵は少数で、槍を装備している者も少ない。

 大半は、それほど長くない刀か剣で武装し、小さな楯を持っている。


 理由は簡単に想像が付く。戦利品を持ち帰るためには、両手が塞がる武器は不向きだからだ。

 襲撃が成功すれば、剣を鞘に納めて腰に吊り、楯は背中にからげて荷物を運ぶ腹積はらづもりに違いない。


 敵兵は散開するでもなく整列するでもなく、密集して緩い輪形陣を作っている。

 一応、外周には重武装の槍兵を配置して、不意の会敵に備えてはいるようだ。

 けれどもそれは、機銃掃射に耐えられる陣形ではない。

 無能としか言い様が無いが、機関銃の存在を知らない時代の人間ばかりしか居ないのだから、その評価は酷であろう。


 渚から、20mほど沖合にまで到達した60m級大型船の間を小舟が行き来し、砂浜の兵数が増加してゆく。

 後続兵力の集結を待って、水際には上陸用舟艇を押さえておく人員を残し、全力で押し出す心算と見える。


 60m級は、一旦落としていた篝火かがりびを再び明々と灯し、兵を小舟に移している。

 数百を数える兵を揚陸したので、奇襲では無く強襲になっても、充分行けると踏んでの措置のようだ。


 そろそろ頃合ころあいだな、とウィンゲートは外付けスピーカーに接続しているマイクのスイッチを入れる。

 『放下武器! 投降! (武器を捨てて投降しろ)』


 静かな待機時間が長かったせいか、スピーカーを通した自分の声が、驚くほど大きく感じる。

 渚の敵は、急に大音量で降参を勧告されて、慌てふためいている。

 ウィンゲートは念のために、もう一度勧告を繰り返す。『投降!』


 敵銃兵の何人かは混乱から立ち直り、こちらに向かって射撃を開始する。

 但し、明確な目標を持っての銃撃ではなく、牽制目的の探り撃ちだ。

 現に、敵弾はウィンゲート車をカスリもしない。


 しかし、敵槍兵が穂先を揃えて、突撃を開始する。

 敵兵の中でも重武装の者は、士気も訓練度合いも高いようだ。


 ウィンゲートはマイクを車外に放り出すと、キューポラのハッチを閉め、小隊に「エンジン始動。」を命じた。





 砂浜の敵から、真っ黒な松林に向けて、発砲炎が伸びた。

 比佐江が通信機に「敵、発砲。」を告げる。先ほどの連絡時とは異なり、冷静な声が出せた。

 と、ほぼ同時に、特務曹長が「一番、撃て!」の命令を下す。

 至近からの92式歩兵砲の発射音は、強烈な音の壁となって比佐江を殴りつけ、彼女は通信機からの返答を聞き取れなかった。





 ペリスコープで敵を観察していたウィンゲートは、M3のエンジンが咆哮ほうこうを始めた瞬間に、急に視界が明るくなったのが分かった。

 照明弾が上がったのだ。


 海賊どもが、突撃を始めていた短槍兵まで含め、空の異変に戸惑っているのがハッキリと視認出来る。

 彼らの大半は、照明弾に魅入ってしまっているから、夜目が効かなくなってしまっているに違いない。

 「前照灯、点灯!」

 M3のヘッドライトも、眩い光を放つ。

 棒立ちになった槍兵が、呆けたように立ちすくんでいる。

 「攻撃開始!」


 ウィンゲートが号令を下すと同時に、彼の乗車するM3が37㎜砲を発射する。

 着発信管の榴弾は、ほぼ直線的に敵兵の群れに突っ込み、数人を貫通したところで炸裂する。

 爆風と破片が、バラバラになった海賊の肉片と共に、更に後方に被害を拡大させる。

 前方機銃も敵兵の塊に対して、撫で回すように掃射を始め、敵前衛は見る見る数を減らしてゆく。


 小隊長車の左右に位置した車両からも、砂浜に向かって砲弾と機関銃弾の赤い舌が伸び、敵兵を絡め取る。

 恐慌状態に陥った海賊は、その場に伏せる事さえせず、ただ後ろを向いて、海に船に逃げようとして撃ち倒され、被害を拡大させている。

 立ったまま背中を見せて密集しているので、貫通力のある一発の機関銃弾が複数の敵に被害を与えているのだ。

 彼らは中世の人間だから、機関銃掃射には遮蔽物の陰に隠れるか、せめて伏せて頭部を守り、匍匐ほふくして安全地帯に逃げるという基本動作さえ知らない。

 ただただ仲間を肉の遮蔽物として、我が身一つだけ助かろうと、ますます団子状に固まってゆく。


 陣の浜の右端・左端に位置していた、各2両 計4両のM3も、戦闘に参加するべく前進を開始した。

 履帯りたいきしませ、松林からヌッと姿を現した、巨大な獣の姿を見た敵兵は、最早もはや我慢が効かなくなって、我勝ちに海へ駆け込む。


 海賊の中でも機転の利く者は、いち早く金属の胸当てや鎖子甲さしこうを脱ぎ捨てているのだが、それに気付かなかった者は、沖へ進むにつれて動きが鈍くなり、波間に沈んでゆく。

 はしけには、収容人数を越える逃亡者が殺到したために、大型船に到着する前に転覆する舟や、沈没してしまう舟が続出した。


 20m級ジャンクに残っていた水夫は、上陸部隊の惨状を見て、仲間を見捨てて逃げようとしているが、砂浜に乗り上げた船を海に押し戻して離水することが困難で、数隻を除いては身動きが取れないでいる。

 ウィンゲートは彼の小隊長車にも前進命令を下し、7両のM3が敵の橋頭保きょうとうほを締め上げてゆく。





 外周道路を東回りで前進していた貨車山砲分隊からも、歩兵砲の発射音と照明弾の光が確認出来た。

 先頭のジープからジョーンズ少佐が立ち上がり「ヘッドライト、点灯!」を命じる。

 ほぼ同時に、灯火管制のために消されていた外周道路の外灯も、光を取り戻す。

 ジープが速度を上げて走り出し、オキモト少尉も、何時しか自動貨車の助手席で

「行け、行け、行け!」

と、声を限りに叫んでいる自分に気が付いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

登場機材


 鎖子甲さしこう

  チェーン・メイルや鎖帷子くさりかたびらに相当するよろい

  金属板を繋ぎ合わせた鎧よりも軽量

  通気性が良い

  刀槍による切り付け攻撃は防げる

  (打撃による衝撃は防げないが)

  唐~明末まで活躍した

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ