「陣の浜」迎撃戦闘 1
レイノルズ伍長は、M3のキューポラにある車長用潜望鏡から海岸線を注視していた。
ペリスコープ越しの視界は狭い上に、暗くて見え辛い。
ハッチから頭を出して双眼鏡を使えば、敵の動きが一目瞭然だとは思うのだが、艀で隠密裏に上陸した敵先遣隊がいないとは限らない。
戦闘が始まってもいない内に、いきなり無音で毒矢を喰らうのは願い下げだった。
車長席ですらこの有り様だから、運転席や機関銃手席の覗視孔からは、もっと何も見えていないに違いない。
細いスリットからの眺めは、松林の先の砂浜部分が月の光でボンヤリと明るい程度の、明暗の区別しか付いていないのではあるまいか。
戦闘が開始されれば前照灯を点灯するし、日本軍が照明弾を上げる手筈になっているから、照度不足による視界不良は解消するとは思うのだが、何しろ夜間に戦車で乗車戦闘するのは初体験なので、不安感ばかりが胸を過る。
けれども、兵の手前、車長の下士官が怯えを見せる訳にはいかない。
「もうちょっとで、オッ始まるぞ。……あと一分か、そこいらだ。行くぞ、漢ども!」
レイノルズの声を押し殺した激に応えて、車内には、これまた声を落とした「オゥ!」という小さな歓声が上がる。
レイノルズの目には、海賊の教導船に灯された松明が、ユラユラと揺れながら、波打ち際の、つい先にまで迫っているのが映っている。
まるで御伽話に聞く、スピリット・オブ・ア・デッド・パーソン(人魂)のようだ。
クソッ! 海賊め、何時まで待たせやがる! 早く、撃たせろってんだ!
ジョーンズ少佐が到着した時、オキモトは分隊全員を整列させ、敬礼して出迎えた。
少佐はジープの助手席に仁王立ちになると
「全員、ご苦労! しかし閲兵しているヒマは無い。敵は陣の浜に来襲するぞ。前進!」
と号令を掛けた。
オキモトは「まだ戦闘が始まっておりません。ここから先は、灯火管制中です。」と、一応は意見具申する。―――まあ、少佐は聞く耳を持たないだろうが、と思いながら。
はたして少佐は
「あー、作戦中の灯火管制の禁を破る心算は無い。……要は、無灯火で前進すれば良いのだ。」
と彼の意見をアッサリと切り捨てた。
オキモトは分隊に「乗車! 準備が整い次第、前進する。」と命じて、少佐に「なぜ、海賊は西の浜でなく、陣の浜に上陸すると、予め分かったのですか?」と質問してみた。
少佐は貨車山砲を東回り隊に配置したし、司令部を飛び出した時点では、敵は動き出したばかりで、どちらの浜に向かうのか、判明していなかった筈なのに。
「野生の勘だ!」と言う様な、非合理的な答えが返ってくるのかと思っていたが、少佐の返答は
「御蔵島の最高部に、より近いのが陣の浜だからだ。」という合理的な推理だった。
「海賊どもは、蓬莱の神仙から宝物を盗もうと押し寄せて来るんだ。仙人は高い山に住んでいるモノなのだろう? だったら、奪うにも逃げるにも、距離が短い方が良い。」
ゴンドウ曹長の「乗車完了!」の声に、少佐は
「それでは諸君! 騎兵隊前進だ。後に続け!」と号令を掛けると、月明りの下を慎重に進み始めた。
双眼鏡で敵の動向を窺っていた立花比佐江少尉候補生は、先導船よりも前方の波打ち際に、火縄の火らしい小さな光が見えた事に気が付いた。
最前列の海賊が、携帯型の火鉢から、火縄に火を移したに違いない。
「敵前衛、教導船より前に着岸! 火縄、確認。」
通信機に叫んだ後、比佐江は特務曹長の顔を見た。
彼は首を振ると「待て。」とだけ、短く口にして、肉眼で海岸線を見張っている。
比佐江が再び双眼鏡を覗くと、既に砂浜には、時折キラリと輝く物がある。
敵兵の短槍か剣が、月光を反射しているのだ。
「敵歩兵、砂浜に進出!」
『司令部、了解。』通信機からの声は、落ち着いていた。
『戦車隊からも、敵上陸は確認済。』
ウィンゲート少尉は、キューポラから出していた頭部を、そろそろと車内に引っ込めた。
今や車外に出しているのは、目から上だけだ。
敵は、艀で上陸した先遣隊が何の攻撃を受けなかったのを確認すると、松明を大きく振って後続に伝えた。
海賊の20m級ジャンクが次々に砂浜に乗り上げ、武装兵が舷側から飛び降りる。
火縄銃にしろ半弓にしろ、飛び道具を持つ兵は少数で、槍を装備している者も少ない。
大半は、それほど長くない刀か剣で武装し、小さな楯を持っている。
理由は簡単に想像が付く。戦利品を持ち帰るためには、両手が塞がる武器は不向きだからだ。
襲撃が成功すれば、剣を鞘に納めて腰に吊り、楯は背中に絡げて荷物を運ぶ腹積もりに違いない。
敵兵は散開するでもなく整列するでもなく、密集して緩い輪形陣を作っている。
一応、外周には重武装の槍兵を配置して、不意の会敵に備えてはいるようだ。
けれどもそれは、機銃掃射に耐えられる陣形ではない。
無能としか言い様が無いが、機関銃の存在を知らない時代の人間ばかりしか居ないのだから、その評価は酷であろう。
渚から、20mほど沖合にまで到達した60m級大型船の間を小舟が行き来し、砂浜の兵数が増加してゆく。
後続兵力の集結を待って、水際には上陸用舟艇を押さえておく人員を残し、全力で押し出す心算と見える。
60m級は、一旦落としていた篝火を再び明々と灯し、兵を小舟に移している。
数百を数える兵を揚陸したので、奇襲では無く強襲になっても、充分行けると踏んでの措置のようだ。
そろそろ頃合いだな、とウィンゲートは外付けスピーカーに接続しているマイクのスイッチを入れる。
『放下武器! 投降! (武器を捨てて投降しろ)』
静かな待機時間が長かったせいか、スピーカーを通した自分の声が、驚くほど大きく感じる。
渚の敵は、急に大音量で降参を勧告されて、慌てふためいている。
ウィンゲートは念のために、もう一度勧告を繰り返す。『投降!』
敵銃兵の何人かは混乱から立ち直り、こちらに向かって射撃を開始する。
但し、明確な目標を持っての銃撃ではなく、牽制目的の探り撃ちだ。
現に、敵弾はウィンゲート車をカスリもしない。
しかし、敵槍兵が穂先を揃えて、突撃を開始する。
敵兵の中でも重武装の者は、士気も訓練度合いも高いようだ。
ウィンゲートはマイクを車外に放り出すと、キューポラのハッチを閉め、小隊に「エンジン始動。」を命じた。
砂浜の敵から、真っ黒な松林に向けて、発砲炎が伸びた。
比佐江が通信機に「敵、発砲。」を告げる。先ほどの連絡時とは異なり、冷静な声が出せた。
と、ほぼ同時に、特務曹長が「一番、撃て!」の命令を下す。
至近からの92式歩兵砲の発射音は、強烈な音の壁となって比佐江を殴りつけ、彼女は通信機からの返答を聞き取れなかった。
ペリスコープで敵を観察していたウィンゲートは、M3のエンジンが咆哮を始めた瞬間に、急に視界が明るくなったのが分かった。
照明弾が上がったのだ。
海賊どもが、突撃を始めていた短槍兵まで含め、空の異変に戸惑っているのがハッキリと視認出来る。
彼らの大半は、照明弾に魅入ってしまっているから、夜目が効かなくなってしまっているに違いない。
「前照灯、点灯!」
M3のヘッドライトも、眩い光を放つ。
棒立ちになった槍兵が、呆けたように立ちすくんでいる。
「攻撃開始!」
ウィンゲートが号令を下すと同時に、彼の乗車するM3が37㎜砲を発射する。
着発信管の榴弾は、ほぼ直線的に敵兵の群れに突っ込み、数人を貫通したところで炸裂する。
爆風と破片が、バラバラになった海賊の肉片と共に、更に後方に被害を拡大させる。
前方機銃も敵兵の塊に対して、撫で回すように掃射を始め、敵前衛は見る見る数を減らしてゆく。
小隊長車の左右に位置した車両からも、砂浜に向かって砲弾と機関銃弾の赤い舌が伸び、敵兵を絡め取る。
恐慌状態に陥った海賊は、その場に伏せる事さえせず、ただ後ろを向いて、海に船に逃げようとして撃ち倒され、被害を拡大させている。
立ったまま背中を見せて密集しているので、貫通力のある一発の機関銃弾が複数の敵に被害を与えているのだ。
彼らは中世の人間だから、機関銃掃射には遮蔽物の陰に隠れるか、せめて伏せて頭部を守り、匍匐して安全地帯に逃げるという基本動作さえ知らない。
ただただ仲間を肉の遮蔽物として、我が身一つだけ助かろうと、ますます団子状に固まってゆく。
陣の浜の右端・左端に位置していた、各2両 計4両のM3も、戦闘に参加するべく前進を開始した。
履帯を軋ませ、松林からヌッと姿を現した、巨大な獣の姿を見た敵兵は、最早我慢が効かなくなって、我勝ちに海へ駆け込む。
海賊の中でも機転の利く者は、いち早く金属の胸当てや鎖子甲を脱ぎ捨てているのだが、それに気付かなかった者は、沖へ進むにつれて動きが鈍くなり、波間に沈んでゆく。
艀には、収容人数を越える逃亡者が殺到したために、大型船に到着する前に転覆する舟や、沈没してしまう舟が続出した。
20m級ジャンクに残っていた水夫は、上陸部隊の惨状を見て、仲間を見捨てて逃げようとしているが、砂浜に乗り上げた船を海に押し戻して離水することが困難で、数隻を除いては身動きが取れないでいる。
ウィンゲートは彼の小隊長車にも前進命令を下し、7両のM3が敵の橋頭保を締め上げてゆく。
外周道路を東回りで前進していた貨車山砲分隊からも、歩兵砲の発射音と照明弾の光が確認出来た。
先頭のジープからジョーンズ少佐が立ち上がり「ヘッドライト、点灯!」を命じる。
ほぼ同時に、灯火管制のために消されていた外周道路の外灯も、光を取り戻す。
ジープが速度を上げて走り出し、オキモト少尉も、何時しか自動貨車の助手席で
「行け、行け、行け!」
と、声を限りに叫んでいる自分に気が付いた。
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登場機材
鎖子甲
チェーン・メイルや鎖帷子に相当する鎧
金属板を繋ぎ合わせた鎧よりも軽量
通気性が良い
刀槍による切り付け攻撃は防げる
(打撃による衝撃は防げないが)
唐~明末まで活躍した




